争奪編31話 作戦会議は荒れ模様
「どうした、リリス。仏頂面して?」
リリスの隣の席に座りながら水を向けると、堤防が決壊しグチの奔流が溢れ出す。
「マリカとゲンさんからありがた~いお説教をされたら、こうなるわよ。だいたいね!元はといえば准尉が……」
溺死する前に手を打とう。オレはリリスの口に手をあて、奔流を止める。
「そりゃ災難だったな。けどリリスが悪いんだぞ?」
「何を他人事みたいに言ってる。悪いのはリリスだけじゃない。カナタも同罪だろう。」
「マリカ様、カナタも難しい立場でした。カナタの性分では話せないでしょう。」
「ラセンさんも事情を知ってるんですね。マリカさん、話しちゃったんですか?」
「いや、昨晩シュリとホタルから事情を聞いた。我ながら思慮が浅かったな。副官失格、汗顔の至りだ。」
そっか。あの後、二人で幹部達に事情説明に行ってくれたんだろう。ホタルにとっては辛いコトだったろうに。
「そんな顔をするな。カナタが悪い訳ではない。」
「ラセン、カナタを甘やかすな。気付いた時点でアタイに相談してしかるべきだったんだ!」
そうすべきだったのはわかってますが………
「マリカ様、お言葉ですが八つ当たりはどうですかのぅ。」
「ゲンさん、八つ当たりってのは聞き捨てならないね! アタイがいつ八つ当たりしたってんだい?」
「アギトやご自分への怒りをカナタにぶつけるのは筋違い、と爺は思いますがの。」
「………確かにな。カナタにあたるのは筋違いか。」
猛るマリカさんに意見出来るのはゲンさんしかいない。
火隠れ忍軍の宿老ってのもあるけど、家族を早くに亡くしたマリカさんを育てたのはゲンさん夫妻なんだそうだ。
1番隊の御意見番のおかげで虎口を脱したオレは胸をなで下ろした。
「ホタルの事情を知っているのは、ここにいるメンバーだけでいい。他には決して漏らすな。」
マリカさんの言葉に全員が頷く。
でもマリカさんはまだ憤懣やるかたないようで、罪のないスチールポットを飴細工みたいに丸めてしまった。
そこに乾いたノックの音が響き、ホタルを伴ったシュリが入室してくる。
「マリカ様、なにかあったんですか? ご機嫌がよろしくなさそうですが?」
この朴念仁にも空気の重さは伝わったらしい。
「シュリ、少し空気を読んで。」
機微のわかるホタルがシュリの軍服の袖を引っ張る。さっそく苦労してますね。
「………あの………みんなには私の事で迷惑をかけました。ごめんなさい。」
ホタルが皆に頭を下げると、マリカさんがホタルに優しく言い含める。
「ホタル、アタイらは迷惑をかけた事に怒ってるんじゃない。迷惑を
「マリカ様の仰る通りだ。支え合わずして何が家族か。俺達はそんなに頼りないのか?」
いつも飄々としているラセンさんが珍しく厳しい表情で叱責すると、ゲンさんがなだめに回る。
「ラセン、事情が事情だけに男衆には言いづらかったろう。そこは含んでやるべきじゃよ。じゃがのぅ、ホタル。カナタが入ってきた時点でマリカ様には相談すべきじゃったぞ?」
「はい、里に帰った時に、お
「ホタル、
「いえ。でもお婆様は私が悩んでいる事にお気付きでした。」
なにか知らない人が出てきたぞ。
「お婆様って?」
オレの問いにラセンさんが答えてくれる。
「火隠れ忍軍の最長老で、マリカ様の名代として里を預かっている婆様だ。くノ一梟、皆には梟お婆と呼ばれている。」
そんな方がいるんだ。初めて知ったよ。
「それではマリカ様、幹部が揃ったところで、ぶりーふぃんぐを始めましょうわい。」
「みんなに珈琲を淹れますね。あら、ポットはどこに………」
オレは金属球になったスチールポットをホタルの前に転がした。
「……マリカ様、備品は大事に扱うべきだと思います。」
「直接カップに淹れりゃいいだろ。リリス、作戦概要を説明しろ。」
リリスは戦術タブレットを皆に渡し、概要説明を始めた。
「なるほど。対死神の部隊が結成された偽装工作を行う訳ですか。問題は標的が遠く、時間が限られてるって事ですね。移動がヘリで不知火が使えないなら総員出撃は出来ない。となると人選は慎重にやらないと。」
概要を聞いたシュリが思案顔で呟き、ホタルは懸念を口にする。
「辺境の基地を壊滅させる、誰一人生かして帰さない………でも基地にはガーデンみたいに民間職員もいるのでは?」
「民間職員がいない基地を選んだ。整備兵、給仕兵、共に正規の軍人だ。無論、僻地でさほど重要ではない基地だから、前線に出た事がない奴もいるだろうがな。」
マリカさんがホタルに答え、ラセンさんが冷徹な表情で発言する。
「安全を求めるなら軍人になるべきではない。軍に属した以上、覚悟を決めているとみなそう。カナタ語録にそんなのがあったはずだ。」
こんなところで引用されてもなぁ。それにやや誤解がある。
「ラセンさん、引用は正確にお願いします。容赦しないのは、オレの前に戦う意志を持って立ったヤツ、にです。投降してきたヤツまで殺す気はありません。」
「カナタよ、ならばどうするのじゃ?」
ゲンさんにそう聞かれたので、素直に答える。
「投降してきたヤツは捕虜でいいんじゃないですかね?」
「数によるぞい? 標的の基地には100人から兵士がおる。」
「基地の戦闘員は80名、オレとラセンさんが本気で殺れば8割は死にますよ。64人殺して16人が投降、整備兵と給仕兵が20人、計36人。大型ヘリが3機あれば、貨物室に積み込めなくはない。」
「じゃがカナタ、
「存在しない捕虜として強制収容所送りですか。死ぬよりマシだと諦めてもらうしかないですね。」
どうせ機構軍も似たようなコトをやってるだろう。捕虜になったヤツはお互い様だからしょうがないなんて納得しちゃあくれないだろうけど。
「怖いのう。怖い怖い。カナタもいっぱしの
笑いながら言われましても。………だがオレも立派な人でなしだな。
「カナタ案を採用する。少人数による短期決戦で補給物資はさほどいらん。積載スペースに問題がないなら投降者は捕虜でいい、無駄な殺しはアタイも嫌いだ。カナタ、コンマツーはどの程度やれるんだい?」
「練度が普通の兵士が相手なら完勝出来ます。」
「よし、コンマワン、ツーは実戦テストも兼ねて出撃させる。残りの人選をやってから、作戦の仔細を詰めるぞ。」
オレ達は珈琲を飲みながら作戦の検討を始めた。
「まずアタイが単独潜入して基地の通信機能を破壊、それから奇襲開始だ。ラセンの広範囲炎術とカナタの狼眼で敵を一掃、撃ち漏らしをゲンさんが片す。シュリは雪風と一緒に逃げた奴を捕捉しろ。この作戦のキモはホタル、おまえだよ。わかってるね?」
「はい、インセクターを基地周辺に展開、監視を密にして誰も逃がしません。」
「よし、それでいい。リリス、なにかいい作戦名はあるか?」
「そうね。作戦名は「パンプキンヘッド」よ。」
また突拍子もないコトを言い出したな。
「カボチャ頭? ハロウィンに被るアレか?」
こっちにもハロウィンはあるんだよな。
「そうよ。お祭り、いえ血祭りらしく仮装して出撃しましょ。そうでもしなきゃこんなアホらしい作戦、やってらんないわ。」
「悪くない。顔を隠す必要があるからな。リリス、仮装の手配は俺がやっておく。」
ラセンさんがそう言い、マリカさんが会議を締めくくる。
「では明日の10:00に出撃する。リリスとホタルは残って作戦概要を戦術タブレットに入力しな。他は解散だ。」
「やれやれ。残業手当は出るんでしょうね。ん、雪ちゃん。どうかしたの?」
ボヤくリリスの服の袖を雪風が咥えて引っ張ってる。
………あれ? ミルク瓶のイメージが頭に浮かんだぞ。………ひょっとして………
「雪風、喉が渇いたんだろ。ミルクが欲しいんじゃないか?」
「!! バウ!(そうだよ!)」
「備えつけの冷蔵庫にミルクあるはずだから、待っててくれ。」
「バウ!(待ってる!)」
「ちょっ!准尉!雪ちゃんの言ってる事がわかるの!」
「ああ、なんとなく。ニュアンスって~か、イメージみたいなのが読み取れた。」
「………カナタはアニマルエンパシーまで持ってたのかい? リリス共々盛り過ぎだろう。」
マリカさんはビックリしたみたいだ。オレもビックリだけどね。
「いや~、オレも雪風とお喋りしたかったから丁度よかったですよ。はい、雪風。ミルクでちゅよ~。」
「バウワウ!(子供じゃないもん!)」
おっと、そうでしたね。成犬になったばっかりでも、立派な
「バウバウ!(お散歩いこ!)」
喉を潤した後は運動ですか。よろしいですな。
「オッケー。全体作戦会議が始まるまでお散歩な。それじゃ、オレは雪風とデートしてきます。」
あっけにとられた幹部達を尻目に、オレは雪風と一緒に部屋を出た。
オレはアニマルエンパシーも持ってたのか。もっと早くに気付いてりゃよかったなぁ。
ま、いいか。これからは雪風や修羅丸と楽しくお喋り出来るぞぉ。
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