争奪編32話 苦労人詐欺の代償



ガーデンのアイドル、みんな大好き雪風さんとデートだ、デート。楽しいなぁ。


「どこに行こうか?」


「バウ!(中庭!)」


「中庭ね。あそこの芝生がお気に入りですな。途中で食堂に寄ってソフトクリームを買おう。なにがいい?」


「バウ!(バニラ!)」


バニラソフトですか、気が合いますね。


雪風さんは気をつかって食堂に入らないので、外で待っててもらい、ソフトクリームを買ってくる。


「雪風が食堂に入ってもみんな気にしないと思うけどなぁ。」


「バウ?(そうかな?)」


「盲導犬はレストランに入ってるじゃん。」


「バウワウ?(盲導犬ってなに?)」


義眼が発達したこの世界じゃ、盲導犬は過去の存在だったな。


「ちょっと昔にいたお手伝い犬さ。今度司令に頼んでアンケートを取ってもらおうな。」


「バウバウ?(反対する人もいると思うよ?)」


「そこは民主的に多数決だ。」


「バウ!バウワウ!(ん~ん、別にいい。お外のが好き!)」


「そっか。じゃあ中庭に行こう。」


尻尾を振りながらついてくる雪風さん、可愛い可愛い。




中庭の芝生に腰掛けて、雪風とソフトクリームを食べる。


「バウバウ!(うまうま!)」


「生乳から手作りだからね。市販品ザコとは違うのだよ、市販品ザコとは!」


オレは言ってみたかった台詞をドヤ顔で言ってみた。


元ネタを知らない雪風さんは不思議そうな顔だったが……


ソフトクリームを食べ終えたオレは手櫛で雪風さんをブラッシングしてあげたり、食堂でもらってきたアルミ皿をフリスビーにして遊んだりした。


空中で一回転してからキャッチしたり、尻尾でリフティングしてからアルミ皿を咥えたりするあたりが、並の犬とは違うけどね。


「全体ブリーフィングが始まる前に軽くメシでも食おうか。」


「バウバウ!(照り焼きチキン食べたい!)」


「いいですなぁ。オレも照り焼きチキンにしよう。」


オレと雪風は食堂にUターンするコトにした。




食堂に行って照り焼きチキン定食を二人前頼み、食堂外で待っている雪風に届けてやる。


「バウ!(いいニオイ!)」


「覇国直送の地鶏を丁寧にグリルで焼いてある磯吉さん自慢の一品だ。もちろん照り焼きソースも自家製だよ。」


「バウワウ?(ザコとは違う?)」


「そう、ザコとは違うのだよ、ザコとは!」


言いたかったから、もう一度言ってみた。


「何を力説してるんだ?」


「ラセンさんもブリーフィング前にメシですか?」


「ああ。待ちに待ったカレーコロッケ定食が……雪風、どうした?」


「ガウガウ!ウ~!(カレーは食べちゃダメ!)」


「カレーは食べちゃダメって言ってます。」


「なに!? どうしてだ!」


そんなこの世の終わりみたいな顔をしなくても。


「ナツメの笑顔が見られたら1ヶ月カレーを食さない、そう言ってませんでしたか?」


「バウ!(そう!)」


「あ、あれは言葉のアヤと言うか………」


「男らしくないですよ、ラセンさん。男がいったん口にすれば万金の重みがあるものです。諦めましょう。」


「常日頃から言葉遊びに興じてるカナタに言われてもな………」


「雪風さんの鼻を誤魔化せる自信がおありなら、ご随意に。」


「……無理だろうな。エラい事を口走ってしまったものだ。」


ガックリ肩を落としたラセンさんはトボトボ食堂に入っていく。




「おや、ラセン。珍しくカレーじゃないんだね。作戦時には悪天候のが都合がいい。せいぜい雨でも降らせておくれ。」


マリカさんにからかわれながら、照り焼きチキン定食を細々と食べる苦労人詐欺師ラセンさん


可哀想に……いや、たまにはいいのかな?


だが日頃の行いは大切らしい。ラセンさんのちゃっかり振りに痛い目に合わされている幹部達は、ここぞとばかりにカレー系メニューをトレイに載せてきた。


マリカさんにゲンさん、シュリにホタル、それに張本人のナツメまで。


そして香ばしいカレーのニオイを漂わせながら、これ見よがしにカレー教の教祖の前でカレーを食し始める。


「カツカレーうどんってどうかと思ってたけど、美味しいんだなぁ。小鉢に取ってあげるから、ホタルも食べてみるかい?」


「うん。シュリには私のカレーピラフを分けてあげる。」


シェアご飯かよ。そんなの二人の時にやれ、バカップルめが!


「カレーコロッケがホクホクしておって旨いのぉ。長生きはするもんじゃて。」


「……ご老体まで悪ノリに参加しないで頂きたいものだ。」


「ん? なんぞ言うたかの? このところ年のせいか耳が遠くてのぉ?」


耳に手をあて挑発するゲンさん。すげえ嫌味な笑顔を浮かべている。


「………クソ爺ィ………」


ギリッと歯ぎしりするラセンさん。キャラ崩壊しかけてますよ?


上忍筆頭にトドメを刺しにきたのは、無情にも里長のマリカさんだった。


「フフッ。ラセン、いい顔してるねえ。真打ちはコイツだ。じゃ~ん!期間限定、磯吉カレースペシャル!」


「い、磯吉カレースペシャルですとぉ!」


「3種のルーをサフランライスとナンで楽しむ至高のカレーセットさ。磯吉にアタイがオーダーしといたんだ。」


「ラッシーもついてるの。うまうま。」


ストローでラッシーを飲みながらナツメが追い打ちをかける。


……この世界でもカレーにはラッシーなのかよ。


「……元凶のナツメまで嫌がらせに参加するのか!……喪が明けたら必ずや……」


喪に服してんの、ラセンさん? カレー断ちはカレー教の信者には喪みたいなもんか。


「残念だねえ、ラセン。期間限定メニューって言っただろ?」


「ま、まさか、その期間とは……」


「二週間だ。喪があける頃にはメニューから消えてる。」


きりきりばたーんって感じでラセンさんは椅子ごとひっくり返った。




苦労人詐欺師への制裁を終えた幹部達は大作戦室に移動する。


「カナタも今後は前に座れ。まだ小隊長だが幹部として扱う。」


「はい。でもいいんですか? どの隊でも幹部は中隊長からですが?」


「マリカ様が良いといってるのだから、いいんじゃないか。……どうでもいい事だ。どうでも。」


やさぐれた感じでなげやりなコトを言うラセンさん。いい加減立ち直ってくださいよ。


「こりゃお灸が効きすぎたかのう。たかが食い物、されど食い物じゃの。」


「たまにはいいと思います。今まで僕やホタルが、どれだけちゃっかりの犠牲になってきた事か。」


「ラセン副長、喪が明けたら私がカレー雑煮を作ってあげます。お餅にカレーって合うんですよ?」


慈しみに溢れたホタルがフォローを入れる。菩薩様かよ。


「カレー雑煮!それは新機軸だ!あれだけ米に合うカレーが餅に合わない訳がない!」


新たな発見に小躍りする教祖ラセンさん華麗かれーに復活しやがった。……カレーだけに。


復活した勢いのまま、威勢よく大作戦室のドアを開けたラセンさんは声を張り上げる。


注目ア・テンション!今から作戦会議を始める!……リリスは来てるな、では頼む。」


ちゃっかり振りも復活かよ。しょうがねえなあ。




ビールケースに乗った天才ちびっ子は、選抜されたメンバー相手に作戦説明を開始する。


「今回の作戦は手薄な辺境基地を狙って無双してる、根暗で陰険な疫病神の真似をしてみようって話よ。」


「嬢ちゃん、疫病神じゃなくて死神じゃなかったかい?」


「シャラップ!疫病神じゃなきゃ貧乏神よ!とにかく奴にハッタリをかましてやんの!辺境基地を壊滅させて、血文字でヤツ宛のメッセージを残す。たぶん疫病神はハッタリだと見抜くでしょう。でも殲滅部隊を戦略的拠点の攻略に使いたい機構軍の上層部はそうは思わない。前線に出す体のいい口実が出来る訳なんだから。」


「そうなると死神が前線に出張ってくるんじゃね?」


「出てくるかもね。でも今みたいに手薄な辺境基地や、孤立した部隊を撃滅されてたんじゃ奴は倒せない。死神はスペック社の新兵器実験部隊だけど、いずれ倒さなきゃいけない事に変わりはないの。機構軍が劣勢になれば出ざるをえなくなるし、優勢になればフィニッシャーとして出てくる。奴を燻りだすには生け贄が必要よ。それが今回の標的………」


リリスは淀みなく説明を続け、途中何度か質疑を交えながら、つつがなく作戦説明は終了した。


「説明は以上。本作戦を「パンプキンヘッド」と呼称するわ。辺境基地でのんびりほうけてる機構軍の惚け茄子ボケナス共を、こんがりローストして焼き茄子にしてやるわよ!」


「おうよ!」 「焼き茄子をアテに一杯やるかね。」 「運の悪いボケナス共に乾杯!」


ちびっ子悪魔の物騒な台詞に、選抜されたゴロツキ共は歓声で応える。惚け茄子を焼き茄子にする気満々だな。


………笑い話になってねえか。火炎魔神ラセンさんはホントに大量の焼死体を量産するだろう。


「生還者を一人でも出したら任務ミッション失敗インコンプリートだからね!締めてかかんなさい!」


「イエス、リトルマム!」


作戦会議が終わるとリックがオレに話しかけてくる。


「なあ兄貴。作戦会議っていつもこんな感じか? 前の部隊じゃもっとお堅い集まりだったんだが……」


「他所は知らんが、ここじゃそうだ。」


「隊長、死神がハッタリに引っ掛かる可能性はないんですか?」


ノゾミが小首をかしげながら聞いてきた。


「ないだろう。陰険で根暗な男だが頭は切れる。だが気付いてもヤツにはどうしようもない。死神に出撃要請出来る立場にあるおバカな偉いさん達に口実を提供するのが目的だからな。無論、ヤツがハッタリに引っ掛かってくれれば言うコトないんだが。」


「引っ掛かってくれれば、辺境の基地を襲撃するのに躊躇しますもんね。」


「そういうコトだ。どっちに転んでもオレらにデメリットはない……コトはないな。」


「なんでです、隊長?」 「損はないッスよ?」


「だからおまえらはウスラトンカチなんだよ!考えても見ろ!死神が前線に出てくるとなりゃ……」


「そうです。誰かが死神の……」


リックとノゾミは気付いたか。


……そうなんだよな。死神が前線に出てくれば、誰かが相手をしなきゃいけない。




今まで一人の生還者も許さなかった死神と、ヤツが率いる殲滅部隊を相手に……戦わなきゃいけないんだ。




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