再会編2話 運命を変えない選択



「ジャコビニ流星あたっ~く!」


龍ヶ島の調査を終えて東京に戻り、天掛家の玄関を開けたまではよかったんだが、まさか丸めた新聞紙で連打されるとは思わなかった。


「参った参った。アイリちゃんの勝ちだ。でもジャコビニ流星打法の間違いじゃないのか?」


「ジャコビニ流星打法? なにそれ?」


「あらかじめバットに亀裂を入れておき、打ち返したボールと同時にバットの破片を飛ばす荒技だ。」


「破片が飛ぶの? 危なくない?」


「アストロ球団の技の中では可愛いほうだ。殺人X打法とかビーンボール魔球とか、死人や廃人が後を立たない技がいっぱいあるんだぞ?」


「……それ、野球なの?」


考えて見れば、アストロ球団とビクトリー球団の試合は野球と言うより殺し合いだったような……


「……どうだかな。殺人野球って言葉通りに、平気で死人と廃人が出る野球マンガだったから……確か走者殺しの必殺技、人間ナイアガラだけで三人殺してる。」


野手総掛かりで走者にスパイクを向け、次々と落下してくるってんだから恐ろしい。走塁妨害もいいとこなんだが……


「……魔球の投げすぎで死んじゃった蛮ちゃんは可愛いほうだったんだね……」


野球というスポーツの恐ろしさを知ったアイリちゃんの声は寂しげだった。


「蛮は侍らしくマウンド上で絶命したなぁ。番場蛮の魔球って実は全部、反則投球なんだが……」


「ボーク取られるよね、普通。それに"威張った奴は嫌いだぜ"って歌ってるのに、蛮ちゃん自身が威張ってた。……野球に懸ける情熱って童夢君ぐらいが丁度いいのかも……」


ミラクルジャイアンツ童夢君か。……スノーミラージュボールを練習した幼き日の思い出が蘇る。東京ドーム限定の魔球だとわかった時には涙したものだ。


「アイリ、玄関で何を騒いでるの? あら、権藤さん!龍ヶ島から帰ってきたのね?」


階段を降りてきた風美代さんに声をかけられたので、敬礼しながら答えてみる。


「それで調査報告に来てみたんだが、玄関先でジャコビニ流星打法の餌食にされた次第でして。」


「ジャコビニ流星あたっくだよ!ユングの必殺技なの!」


ユングって誰だ?……どうやらそんな必殺技が存在するらしい。俺もまだまだ不勉強だな。後で調べておこう。


「ごめんなさいね、権藤さん。このコったらお祖父様のコレクションばっかり見てて……夕飯はまだなんでしょ? 一緒に食べていかない?」


「そいつぁ有難い話ですな。実は腹ぺこでして。」


「メニューは何がいいのかしら?」


「是非とも鉄板焼きナポリタンで。」 「アイリもナポリタンがいい!」


「はいはい。すぐに準備するからリビングで待っててくださる?」


大事の前には腹ごしらえだ。鉄板焼きナポリタンが出来上がるまでアイリちゃんと野球談義でもしていよう。


まず、番場蛮はマンガ版では絶命したが、アニメ版ではちゃんと生きてるって事は伝えなければならないだろう。事実を伝える、それがジャーナリストの仕事だ。


─────────────────────────────────────


小男だが大食漢である俺の為に多目に作られた鉄板焼きナポリタンは、すぐに役に立った。


焦げたケチャップの匂いが漂うリビングにインターフォンの音が鳴り響き、雨宮の来訪を告げてきたからだ。


「雨宮さん、いいところに来たわね。鉄板焼きナポリタンを召し上がる?」


「頂くよ。権藤もいたんだね。久しぶりじゃないか。」


テーブルに置かれた鉄板焼きナポリタンにさっそく手をつける雨宮。空腹だったらしい。


「今、京都から帰ったところさ。雨宮は何の用なんだ?」


「風美代さんの術後の様子を見にきたんだ。奥様に何かあったら天掛に殺されるからね。」


「圭介おじちゃん、聞いて聞いて!お父さんと連絡が取れたんだよ!」


口の周りをケチャップで真っ赤に染めたアイリちゃんの台詞を聞いた雨宮はフォークを落としてしまった。


「なんだって!? 本当なのかい?」


「ホントホント!お父さんはね!向こうで元気に犯罪者やってるよ!」


「……元気に犯罪……天掛はなにやってるんだ……」


俺と違って雨宮は善良な堅気だからなぁ。そりゃ呆れるか。


「それじゃあアイリちゃん、報告会をお願い出来るかな?」


鉄板焼きナポリタンをツマミにビールを飲む中年二人に、アイリちゃんは天掛の近況を説明し始めた。


───────────────────────────────────


戦友の近況を知った俺は、天掛家滞在時用に買ったアイコスでニコチンを補給する。


天掛は有能な悪だと思っていたが、思った以上にアウトロー気質だったようだ。


しかも俺の名を騙って悪行に勤しんでやがるとはな。しょうがない奴だよ。


「以上がお父さんの近況報告になります!」


敬礼したアイリちゃんに中年二人で拍手しておく。


「権藤さん、そっちは何がわかったの?」


「色々面白い事がわかった。今度は俺の話を聞いてくれ。いくぶん、推論も混じってるんだが……」


俺はここ数ヶ月の調査の報告をする事にした。


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「なるほど。面白いね。僕は権藤の推測は当たってると思うよ。」


「私もそう思うわ。」


「アイリもー!」


水割りを楽しみながら報告を終えた俺の仮説に、食後のティータイムと洒落こむ聴衆三人は賛同してくれた。


「まずすべき事は……僕がその龍ヶ島を購入する事だね。」


いきなり何を言い出すのか、この男は……


「確かに売りには出てるがな。5億だぞ、5億!」


「5億円で買えるんだよね? 何が問題なんだい?」


……そういや雨宮は日本でも指折りの医療法人のジュニアだった。俺らとは金銭感覚が違う。


タブレットで龍ヶ島の販売を手掛ける会社のホームページを覗いた雨宮は、あれこれ考えを巡らせ始めた。


「……これが龍ヶ島か。無人島だけど立地もいい。共生会病院の社員研修所を作ってもいいかな。妻も静かな別荘を欲しがっていたし丁度いい。あ!もちろん、神宿りの洞窟周辺は厳重に封鎖して誰にも入らせないからね。」


こりゃ雨宮は、島を本気で買い取るつもりなようだぞ。


「雨宮さん、本気で龍ヶ島を買い取るつもりなの?」


金持ちの道楽に呆れ気味の風美代さんに、雨宮はあっけらかんと頷いた。


「本気も本気だよ。父からも"おまえは少し人生を楽しめ"って言われてるからね。生まれて初めての道楽としては適当じゃないかな?」


言われてみれば雨宮は大金持ちだってのに、貴金属もブランドものも身に付けてない。量販店の白シャツの胸ポケットに安物のボールペンを差してるあたり、質素な生活をしてるんだろう。


「それじゃあ雨宮には日本経済の活性化に尽力してもらうとしてだ。風美代さんとアイリちゃんの移住計画を練ろう。順番的にはまず風美代さんが向こうに行き、勾玉の力がチャージされ次第、アイリちゃんが向こうに行くって事になるかな。」


天掛の体は共生会病院にある。風美代さん、そしてアイリちゃんまで植物人間になった事をマスコミが嗅ぎ付ければ面倒な事になりそうだな。その対策は俺の仕事だろう。


「風美代さん、僕から提案があるんだけど……」


「何かしら?」


「惑星テラから天掛にエリクセルを送ってもらうというのはどうかな? エリクセルを使って天掛一家のキマイラ症候群を治療、健康体になった体に天掛が帰ってくれば……地球で暮らせる。惑星テラの科学の結晶である抑制細胞が入手出来れば、キマイラ症候群に苦しむ人達だけでなく、人類最大の敵である癌から人類を救う事だって出来るんだ。」


「……それは出来ないわ。」


「どうして!多くの人命を救う事が出来るんだよ!」


「……そうね。でも抑制細胞は今世紀の核やダイナマイトにだってなり得る危険さを孕んでもいる。もし、抑制細胞から戦闘細胞が生み出されたら、そしてその力が悪用されたら……地球はどうなると思う?」


戦闘細胞と抑制細胞は同じラボにいた天才二人が開発した。という事は、おそらく同じ原理を使用しているはずだ。コア部分の全貌は惑星テラでも解明出来ていないようだが、コピーは可能。であるなら抑制細胞から戦闘細胞を生み出す技術が確立される可能性は高い。


……危険過ぎるな。もし、生体金属兵と呼ばれる超人達が生まれ、テロリストにでもなったら……


「超人兵士がテロリストになれば要人の暗殺、原子力発電所の破壊、なんでもござれだ。生体金属兵バイオメタルを止められるのは生体金属兵だけ。テロリストの手に渡らなくとも、各国はこぞって生体金属兵の開発に乗り出し、軍拡競争が始まる。……地球も戦乱の星になってしまうかもしれん。」


それに天掛からの情報では戦闘細胞も抑制細胞も親から子に遺伝するらしい。だとすればネズミ算式に超人細胞は世界に広がり、数世代を経れば世界中に拡散するだろう。


事の深刻さを雨宮も理解したらしい。天井を仰いで懸念を口にする。


「世界に蔓延する超人細胞。いずれはその中から完全適合者と呼ばれる超人の中の超人が生まれる、か。もし、完全適合者が悪しき心を持つ野心家だったら……悪のスーパーマンの誕生だ。」


「そういう事よ。さしずめ私達は現代のレックス・ルーサーになるのかしらね。」


「人類は救えなくても天掛家は救えるかもしれんぜ? エリクセルの秘密を漏らさなければいいんだ。」


俺の提案にも風美代さんは首を振った。


「私達がキマイラ症候群に罹った事を共生会病院のスタッフは知っている。ましてや植物人間から一家揃って奇跡の復活なんて、噂にならない訳がない。それに雨宮さん、成人のクローン体を造る事って出来るのかしら?」


「出来ない。少なくとも日本では。」


「じゃあ波平、いえ、カナタは地球に帰る事は出来ない。カナタもそれを望まないでしょう。カナタが帰らない以上、光平さんも帰らない。だから私とアイリも惑星テラで生きる。私の選択は難病に苦しむ多くの人を見捨てる選択。でも、私はこのワガママを通すわ。」


「……そうだね。癌の特効薬の開発は地球人の手で行うべきなんだろう。もし、その特効薬が軍事転用も可能な代物でも、それは地球人の責任だ。何をおいても人命を救うべきである医者として、風美代さんの選択を是とする事は間違っているのかもしれないけど……」


「正しければいいってほど現実は単純には出来てない。俺達に地球の運命を変える権利はないんだ。超人細胞はこの世界にあっちゃいけねえのさ。」




フフッ、俺も記者としては間違ってるな。こんな特ダネを墓まで持っていこうってんだから。



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