開幕編9話 さようなら研究所、こんにちは美人司令
研究所での最後の食事は、やっぱりカレーにしよう。
この研究所で名残おしいのは食堂のカレーぐらいだもんな。
カレーにハンバーグ2個乗っけてサラダにフルーツ、と。
今日の夕方にここを立つ、今のオレは囚人服じゃなくて正規の軍服姿である。
首から下げてるのはドッグタグ、真新しいタグにはオレの新しい名前が刻まれている。
最後の研究所カレーを楽しんでいると、オレと同じ因果律に縛られる博士が紅茶を片手にやってきた。
この貧相な顔を見るのもこれが最後かと思うと感慨深く………ないね、全然。
「やぁ12号。いや、天掛カナタ伍長になったんだっけ?」
そう、オレには名前だけじゃなく階級もついた。大分、人間らしくなってきたね。
「そうだよ、久しぶりじゃん。やっぱ13号事件の後始末で忙しかったのか?」
「ああ、後始末が大変だった。上からは散々絞られるし踏んだり蹴ったりさ。」
13号の暴走の原因は、新人職員の鎮静剤の投与ミスだったみたいだ。
ミスした当人の責任は問われなかった。13号に殺された13人の中に、新人さんも入ってただけだけど。
「まだ始末書と再発防止プランも提出しなきゃならないんだよね。早く研究に戻りたいってのに、たまったもんじゃない。」
「ならこんなところで油売ってていいの?」
「12……伍長は今日出立だろう。見送りにはいけないけど、最後に顔ぐらいは見ときたいじゃないか。」
へえ、そんな感情の持ち合わせがあったのね、博士にも。
「そういや昨日久々に調整用ポッドに入ったけどなんだったのアレ?」
「キミにいくつか新しい機能をつけ加えたんだ。それも説明しておこうと思ってね。」
「どんな機能?」
「まず翻訳機、主要10カ国の言語を翻訳してくれる。軍には色んな人種がいるからね。」
そりゃマジで助かる!たまにはいいことするじゃん、博士も。
「それからFCSも搭載しておいた。」
「FCS?」
「ファイアーコントロールシステム。火器管制装置だよ。ターゲティングをサポートしてくれる。ここの訓練では使わなかったけど、軍隊に銃は必需品だろう?」
確かに。
「あと、サーモセンサーとスターライトスコープもね。スターライトスコープは使う時は気をつけてね。フラッシュでも浴びせられると暫く視界がダウンするよ。」
ふむふむ、元から望遠鏡機能はついてたし、まさに人間兵器って感じだねえ。オラ、ワクワクしてきたぞ。
「もう一つあるんだけど、これは僕からは言えない。」
「なんで?オレと博士の仲じゃん。教えてよ。」
「………いずれ分かるよ。」
もったいぶるねえ。まぁいいか。
「それじゃ伍長、僕はもういくよ。くれぐれも死なないでよ。」
「勿論だ、博士も研究頑張ってな。」
オレは最後まで心にもない事を言った。
昼食を食べて暫くした後、オレは兵士2人に連れられて研究所の屋上に上がった。
屋上はヘリポートになっていて、そこには迎えの大型ヘリがもう到着していた。
ヘリはこの世界のメジャーな移動手段だ。それには理由がある。
攻撃衛星群は自分達の存在を破壊可能な脅威と認識すれば攻撃してくるのだが、航空兵器でも大気圏突入が不可能なヘリコプターなら攻撃される恐れはないからだ。
ヘリに乗り込むと先客が2人いた、大佐と白髪の執事っぽい男。
ヘリが離陸する、こうしてオレは2ヶ月近くを過ごした研究所とお別れした。
ファーストミッションコンプリート。
大型ヘリの機内は思ったより静かだった。ローター音はほとんど聞こえない。
大佐が搭乗しているくらいなんだから、特別機なんだろう。
「天掛カナタと名乗ることにしたのか。ではカナタ、おまえはこれから私の指揮下に入る。」
「はい大佐。」
「大佐ではなく司令と呼べ、アスラ部隊の隊員はそう呼ぶ。」
「はい司令。」
「いいコだ。いくつか言っておくことがある。心して聞け。」
「はい。」
「先に紹介しておこう。この男は
白髪の男はオレを一瞥しながら言った。
「おまえがくたばるまでの短い間だがよろしくな。」
わぉ、歓迎されてねー。クローン兵士だし、しょうがないか。
「くたばるつもりはないですが、司令の部下として微力を尽くします。」
このくらいは言ってもいいだろう。
「バカか、イスカ様の部隊は全員氏素性のしっかりした精鋭で構成されている。クローン如きが配属される訳なかろう。」
そりゃオレ以上に氏素性が怪しい人間はいませんけどね。好きでこうなったんじゃねーよ。
んで、イスカ様、ね。この男はお嬢様の爺的なポジションだな。
「クランド、そのあたりにしておけ。私の直属部隊でなくとも部下ということに違いはない。」
クランド中佐は大げさに肩をすくめた。
「話を続けるぞ。言うまでもないが、おまえがクローン兵士であることは極秘だ。アスラ部隊でも私とクランド以外にそのことを知る者はいない。万が一、露見したら……」
「………露見したら?」
司令は腰の刀の柄をトントンと叩きながら、
「私の愛刀、絶一文字のサビが一つ増えるな。」
ズンバラリンっすか。楽には死ねそうだけど。
「それから、逃げ出そうとか考えんことだ。おまえの体には逃げたら殺せる仕掛けを仕込んである。どんな仕組みかまでは教えんがな。私の言うことがハッタリだと思うなら、かまわんから試してみるがいい。」
………あ、博士が言ってたな。僕からは言えない、いずれ分かる。そういう事かよ。
上手い手だよなぁ。なにが仕掛けられてるか分かれば対策も打てるけど、なにされてんのか分かんないじゃ手の打ちようがない。
勿論、ハッタリの可能性もある。でもその可能性に賭けるのはリスキーすぎる。
「逃げるつもりは毛頭ありません!大佐の為に身命を賭す覚悟です!」
司令はニヤリと笑った。博士と違って魅入られるような笑みだった。
「
また顎を掴まれた。そしてオレの目を覗き込む。怖え、やっぱこの人怖えよ。
「心にもない台詞を吐く時にはな、その時だけでも本当にそうだと思い込め!相手を騙す時は、まず自分を騙すんだ!分かったな?」
「ひゃ、ひゃい。」
博士を心理的に上手く誘導出来たからって調子にのっちゃいけない。あれは博士がチョロすぎたんだ。
司令は博士とは役者が違う。下手な真似すると見透かされてこっぴどい目にあう。学習した。
「心配するな。おまえが役に立つ男なら私は手厚く遇してやるぞ。我がアスラ部隊では基本給よりも戦果による手当の方が遥かに多い隊員が何人もいる。」
「え? オレ給料貰えるんですか?」
「私が待遇面では一般軍人と同様に扱うように取りはからってやったのだ、感謝しろ。戦果による手当は正規の支給に加えて、私のポケットマネーからも支給している。どうだ? やる気になってきただろう?」
「はい!とっても!」
脅した後に優しくする。ヤクザ屋さんの手口だとは思ったけど、確かにやる気が出る。我ながら現金なことだ。
それにポケットマネーから手当を支給って、大金持ちだからやれるんだろうけど、いいボスだよな。
上に立つ人間が
「大事なことは以上だ、あとは同盟軍の軍隊規則と軍法を守れ。何か聞きたい事はあるか?」
「一つだけいいでしょうか?」
「許す、なんだ?」
「牙門アギト大尉ってどんな人だったんです?」
「兵士としては最高の部類で、人間としては最低の部類の男だ。」
「司令の部下だったんですよね?」
「いっそ敵だったら遠慮なく殺してやれるのにとは何度となく思ったな。」
「オレ、その人の甥って経歴ですよね。イジメられません?」
「かもな、頑張ることだ。」
うわぁ。ただでさえ苦手な人間関係がマイナスからのスタートかよ。
「あと、ボロが出ませんかね? アギト大尉が家族の事を隊員の誰かに話してるとか。」
「その心配があればおまえを引っ張ってきたりはせんよ。アギトはそんなタイプじゃない。それにヤツに双子の姉がいた事は事実だ。没交渉だったのは確認済みだから、アギト自身も姉の消息は知らなかっただろう。そこからボロは出ない。おまえがミスしなければな。」
「了解しました。」
「基地に到着するまで、まだまだ時間がある。基地の見取り図だ。今のうちに目を通しておけ。」
「はい。………あの、基地内にカラオケボックスとか表記があるんですけど、誤植ですよね?」
「カラオケボックスがあったらまずいのか?」
「………あんまり得意じゃないです。」
だってボッチだもん……って、そういう話じゃないだろう。
「私は得意だぞ。管理職はストレスも多くてな。思い切りシャウトしたくなる時もある。」
「バーとか、ビリヤード場とか………温水プールにゲームセンターに雀荘? うわ、マンガ喫茶まである。ミニシアターも!あの、ここホントに軍事基地なんですか!?」
これでボーリング場があったら完全にアミューズメントパークだよ。
「以前はボーリング場もあったんだがな。あまりにも故障が多いので閉鎖せざるをえなかった。」
以前はあったんかーい!どこまでやりたい放題してんのさ司令!
大抵のワガママは通るからってやりすぎでしょ!
「パワータイプのバイオメタル兵も多いですからな。おまけに手加減を知らない筋肉バカ揃い。おかげでワシのアベレージ220オーバーの腕前を披露出来なくなったのは無念な事です。」
爺さんボーリングが趣味かよ!アベレージ220オーバーとかプロ級じゃんかよ!ってかそうじゃなくて!
「クランドのカーブボールは芸術的だからな。」
「いやはや、イスカ様に褒められると面はゆいですな。」
ああもう、ホントに声に出してツッコミてえええー!
まあいいか。ないよりあった方がいい。マンガ喫茶にゲームセンターはオレも大好きだし。
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