第二章 入隊編 新兵を待っていたのは天国か地獄か

入隊編1話 ローズガーデンへようこそ




空の旅はけっこう長くかかった。


オレとワガママ大佐とボーラー中佐を乗せたヘリは途中で一度中継基地で補給に着陸して、そこでオレ達は食事と短い仮眠を取った。


それからまた結構な時間をかけて、ようやくアスラ部隊の本拠地が見えてきた。


ガッチガチに武装された要塞みたいなとこかと考えていたが、そうではなかった。


規模は研究所とは比較にならないほど大きいけれど、コンクリートの分厚い壁があるでもなく、迎撃用の重火器の配備もまばらだ。


これなら研究所の方がよっぽど守りが堅いんじゃないか?


娯楽施設にばっかり力が入ってて、肝心の防御が薄いとか洒落にもなんないぞ? 大丈夫なんだろうか?


オレが視界に広がってきた本拠地を見ながらそんな事を考えていると、


「思ったより防御が薄いな。こんなんで大丈夫か?、と言ったところか。感想は?」


「うわっ、司令。いきなり気配を殺して近づかないで下さいよ!」


この司令は人の心を映す鏡をお持ちらしい。


「カナタも軍人になったからには常に周囲に気を配れ。敵はどこにいるか分からんぞ?」


「流石にこのヘリの中にはいないでしょう。」


「だといいがな。基地の防備に関しては気にするな。私の城を攻撃してくる命知らずがいたら返り討ちにするだけだ。私自身や私が留守を任せた部下を倒しうるような輩はいない。仮にそれが可能な輩がいたとしたら防御施設などあってもなくても同じだ。」


「人は城、人は石垣、と言うことですね。」


「うまい事を言うじゃないか。どこかで盗用させてもらおう。」


そういう名言を残した戦国武将が元の世界にいただけです。


そんな話をしている間にヘリは着陸態勢に入った。基地の屋上にヘリポートがありそこに着陸する。


ヘリを降りると4人の兵士が出迎えに出てきていた。


「司令、お帰りなさいませ。」


司令は兵士達に向かって片手を上げながら、顎をしゃくってオレについてくるよう促す。


オレは金魚のフンみたいに後をついていく。クランド中佐は出迎えの兵士になにやら指示を出している。


大股で歩く司令の後にオレは付き従い、建物内の廊下を進んでゆく。


そして司令室、と書かれたプレートの掛かっている部屋に到着した。


ゴージャス司令の部屋なんだからゴージャスなんだろうと思ったが、またしてもオレの予想は外れた。


質素だ。部屋そのものが地味で、置かれている調度品はさらに地味。


マホガニーの机どころか簡素な事務机。キャビネットも見るからに安物。


「また予想が外れたな、ん?」


司令、お願いですからオレの心を読むのはもう止めてください。


「ええ、またしても予想外です。もっとゴージャスな部屋かと思ってました。」


「あえて居心地の悪い空間にしている。ここでは主にオフィスワークをやるのでな。早くこの部屋を出たくて執務がはかどる。」


司令の一番の敵は書類みたいだ。管理職の天敵だね。


司令は椅子じゃなく事務机に腰掛け、コホンと咳払いをしてから、


「ローズガーデンへようこそ。ここが地獄になるか天国になるかは、おまえ次第だ、カナタ。」


「ローズガーデン? 薔薇でも植えてあるんですか?」


「花はないがトゲはある、基地の周りにな。」


……ああ、基地の周りの有刺鉄線を薔薇に見立ててるのね。


「正式名称も無論あるが、基地のゴロツキどもは皆ローズガーデンと呼んでいる。カナタもそうしろ。」


「はい。」


この人、自分の部下をゴロツキ呼ばわりしちゃったよ。オレ様を極めてらっしゃる。


まさにオレ様イスカ様だな。


「アスラ部隊は9つの大隊で構成されている。0番隊は私の親衛大隊だ。私の直属部隊への配属にはクランドが反対しているから1~8番隊のどこかに配属する事になるな。アミダでもやるか?」


「オレ、いや自分は運命をアミダに託すというのはちょっと……」


「オレで構わん。大体察しているだろうが私の部隊はフランクがモットーだ。気楽にやれ。」


「……はぁ、心がけます。」


軍隊って普通、規律が最優先される組織なんじゃなかろうか?


「アミダがいやなら……そうだな。今のこの基地には0番隊と1番隊しか駐屯していない。1番隊に預けてみるか。」


「他の部隊はどこにいるんですか?」


「世界各地だ。戦線が崩壊しかけた戦地に行って立て直したり、敗走する友軍の撤退を支援したりな。劣勢な戦地に赴くトラブルスイーパーが我々の主な仕事だ。」


博士が心配する訳だよ。助っ人派遣部隊だったのか。


「……大変そうですね。」


「大変だからこそ見返りも大きいのさ。優勢な状況でダメ押しに行って感謝されるか? 劣勢な状況で助けてやってこそ、恩なり貸しなりを作れるというものだろう。」


司令のワガママが通るのは創設者の娘ってだけじゃないな、軍高官に貸しを売りつけて回ってるのか。


重々わかってたことだけどやっぱり怖い人だよなぁ。


「今から1番隊の隊長を呼ぶから頑張って気に入られろ。どの部隊も一癖あるが4番隊になんぞ入る羽目になったら葬儀屋の予約がいる。」


4ってやっぱり不吉な数だね、ミスタもそう言ってたけどオレも同感だよ。


「4番隊ってやっぱり不吉なんですね。」


「アギトも大概だったが、まさかそれ以下がいるとは私も思わなかったな。」


うわぉ、絶対入りたくねえ!


司令は卓上の電話を取って頬と肩で受話器を挟む。


それで細長い煙草に火をつけ紫煙をくゆらせながら、


「ああ、マリカか、私だ。引き受けて欲しい新入りがいてな。ちょっと司令室まできてくれ。」


マリカ……女性みたいだ。どうか司令みたいな怖い人じゃありませんように。


せめて司令の半分ぐらいの怖さでお願いします。


こんな時だけ信じてもいない神サマに、祈ってみるオレが暫く司令室で待っていると、


「マリカだ。入るぞ。」


ノックもしないでその人は司令室にズカズカ入ってきた。


ありがたい事に司令に負けず劣らずの凄い美人だった。


ありがたくない事に司令と似た怖そうな雰囲気だった。


背は160cm半ば、司令よりは低いが司令は170cm越えてるからね。


司令は20代半ばだろうと思ってるけど、この人もそれぐらいかなぁ。


長い黒髪を後ろでまとめている。ポニーテールって言うんだっけ。


尻尾の部分が腰まで届きそうだから違う呼び名があるのかもしれないけど。


女性の髪型の名前はよく知らない。


整った顔立ちに猛禽のような目、一番の特徴は左眼だけがルビーのように赤い事だ。


胸元を見せつけるように軍服をかなり着崩している。


オレの上官予定のセクシー軍人はセクシーな唇を開いた。


「アタイに留守番なんかさせやがって。挙げ句こんなのを拾ってきたのかい?」


「まあ、そう怒るな。いろいろ事情があってな。」


司令に全く物怖じしてない。オレの願いは届かなかったらしい。


この世界には怖い女しかいないのか。


ここで初めてセクシー軍人はオレの顔を見た。瞳が険しくなる。


睨まないで、言いたいことは分かってますから。


「イスカ、こいつアギトの関係者じゃないだろうね?」


司令は煙草を灰皿に押しつけながら答えた。


「アギトの甥だ。」


「天掛カナタといいます。階級は伍長、出身は……」


セクシー軍人は事務机を拳で叩いた。灰皿さんが垂直ジャンプし、見事に着地成功。良かったね。


「アタイに厄介事押しつけようってのかい!」


「カナタはアギトと会ったこともない。なんの責任もないだろう? マリカ、おまえは坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって類の人間か?」


「なんにせよアタイはイヤだね。」


「わかった。ではシグレに頼むことにする。」


シグレ? 女の名前だよね、普通。


オレの事を頼むってことは隊長だよな。ここの隊長って女ばっかりなんだろうか。


だとしたら……最高じゃないか!


「待ちな!本気で言ってんじゃないだろうね?」


「数字の若い順から順番に打診しようと思ってな。変に気を使われるのは、それこそシグレも不本意だろう。」


気を使う?アギトとシグレって人の間でなにかあったのだろうか。


セクシー軍人は軽くため息をつくと、


「わかったよ。アタイが引き受けてもいい。ただコイツがアタイの隊で足を引っ張らないレベルかどうかはテストさせてもらう。」


「構わんよ、カナタが弱兵ならどの隊にも必要ないからな。」


口を挟める訳もなく、オレはセクシー軍人の入隊テストを受ける羽目になった。






またしても崖っぷちですか、そうですか。もう慣れましたよ。


せっかく研究所を脱出したってのに、即座に返品なんぞされてたまるか。


どんなテストか知らんがやったろうじゃないか!草食系男子ナメんなよ!




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