入隊編2話 緋眼のマリカ




試練は入隊初日にいきなりやってきた。


オレのオリジナルである氷狼アギトの素行の悪さのとばっちりは、そのクローン体であるオレに見事に命中、オレはセクシー軍人の入隊テストを受ける羽目になってしまった。


ま、同盟軍最強部隊にテストも無しで入隊なんて美味い話はないよな。


寝技主体の格闘テストとかだったら嬉しいんだけどねえ。




最強の敵である書類と戦い始めた司令を置いて、オレとセクシー軍人さんは司令室を出た。


例によってオレは金魚のフンみたいにセクシー軍人さんの後をついていくだけだけどね。


カメラ機能で記録しておいたローズガーデンの見取り図を確認すると、向かってるのは訓練場だと思われた。


「え~と、その……」


火隠ほがくれマリカ、階級は大尉だ。アタイの事はマリカでいい。」


「上官を名前で呼ぶ訳には……」


「まだおまえの上官になると決まっちゃいない。」


「そ、そうですね。ではマリカさん。入隊テストってどんな事を?」


「軍人に必要な能力は決まってるだろ。おまえの力を見せてもらおうか、仮にも氷狼の甥だろ?」


甥じゃなくてクローンなんですけどね。



到着したのはやはり訓練場だった。


かなり広い、大学の体育館よりもひとまわりは大きいな。


セクシー軍人マリカさんは無造作に訓練用の刀をオレに投げてよこした。


……最強部隊の1番隊隊長が相手かよ。インフレ激しすぎんだろ!


まずはスライム、そこからドラキー、キメラと順番にランクアップしていくもんだろ普通。


最初の村から出ていきなりシルバーデビルとか無理ゲーにも程がある。


「さ、実戦だと思ってかかってきなよ、坊や。」


「あの、マリカさんは刀は?」


「坊や相手に得物なんか使う必要はないね。」


「じゃあ、遠慮なく……」


行きますよ、とは言えなかった。オレは地面すれすれを水平に吹っ飛ばされて、訓練場の壁に激突していた。


口から苦い胃液をしたたかに吐き出す。


夕飯の前でよかったぜ。飯の後だったら間違いなくオールリバースしてたな。


しかし……速いなんてもんじゃねえ。マリカさんがまっすぐ片脚をこっちに向けて一本足で立ったままだから、かろうじてサイドキックを腹にもらったんだと分かったけど、そうじゃなかったら何をされたかも分からなかっただろう。


「もうお終いかい、坊や?」


「マリカさんが加減してくれたので、まだやれます。」


「ふぅん、加減してやったのは分かったのかい。」


あてずっぽうで言っただけなのに、本当に加減してやがった。


オレは立ち上がって刀を構える。集中しろ、強化されたオレの動体視力なら集中すれば見えるはず。


オレはジリジリと摺り足で前に出る、いつ動く、目を離すな。


一瞬残像が残ってマリカさんの姿が消えた。右だっ!


体勢を右に向かって整えた時にはマリカさんはもう目の前にいた。


オレは最速の払いを繰り出したがマリカさんはしゃがんで躱し、即座に跳んだ。


跳び越し際にオレの首を両手で掴んで、そのまま空中で一回転してオレを投げ飛ばす。


高く投げられたのが幸いして、オレは空中で体勢を整え無事に着地。


「ん、なかなか身軽だな。頭を掴んで捻ってやればよかったか。」


やめてください、死んじゃうから。


マリカさんは動画で見た完全適合者のアギトよりも動きが速い。


博士が言ってたな。アスラ部隊には少なくとも2人のハンドレットがいるって。


ということはこの人は……


「……マリカさんはハンドレットなんですね?」


「違う、言っとくけどアタイはアスラ部隊じゃ最弱の隊長だ。」


「うっそでしょー!嘘だと言ってお願いだから。お願いお願いお願い!」


マリカさんは反っくり返りそうな勢いで豪快に笑った。


「嘘だよ。リアクションが面白いねえ、坊や。」


手のひ~らでこ~ろころ。面白いように転がされた。


言葉だけじゃなくて、その後の戦闘でも。


「タフなところとリアクションが面白いところは評価してやってもいい。」


リアクションを評価されても嬉しくない。出川哲朗さんなら本望だろうけど。


どうやったらマリカさんに入隊を認めてもらえるだろうか。


考えろ。10分ばかり戦って分かったこと。


その① 絶対に勝てない。


その② 勝つどころか一矢報いるのも無理。


その③ マリカさんもそんな事は分かっているはず。


……よし、方針は決まった。念真障壁を全開!特大の盾を形成、ぶっつけ本番だけど左手だけじゃなくて右腕でも!


刀を手放す訳にはいかないから……そう、聖闘士星矢のドラゴンの盾のイメージだ!


燃え上がれオレの小宇宙!……やった、右腕にも形成できた!ありがとう車田先生!


大小2つの盾を構えたオレを見てマリカさんはニヤリと笑った。


「ない知恵絞ったみたいだけど、下手の考え休むに似たりって言葉、知ってるかい?」


「ここからがオレの本気ですよ!さあこい!」


そこからは防戦一方だった。狙い通りに。


マリカさんは今まで念真能力を一度も使ってない。使えないんじゃなくて使わないんだ。


マリカさんが念真能力を使えば武器なしでも、オレはあっという間にノックアウトされているだろう。


そう、マリカさんはオレを倒そうとは思っていない。オレがどういうヤツかを見てるんだ。


それに対するオレの答えがこの大小の盾だ。頼むから正解であってくれ。


大小の盾のおかげで血反吐を吐く回数はずいぶん減った。


盾に亀裂が入りかけた頃にマリカさんは攻撃の手を止めた。


「亀みたいにガードを固めてるがその意図はなんだ? 僕ちゃん痛いのもうイヤって事かい?」


「マリカさんは最初に言いましたよね、実戦だと思ってかかってきなよって。実戦ならオレはこうします。お気に召しませんか?」


「……続けろ。」


「実戦で明らかに勝ち目のない格上と戦わざるをえなくなった場合、オレは時間稼ぎに徹します。そうすればマリカさんや他の仲間の救援が間に合うかもしれない。生き残る可能性を少しでも上げる為ならオレは体裁なんかにこだわりません。格好良く死ぬより無様に生き延びます。」


マリカさんは色の違う左右の瞳でオレを見つめた。


「いいだろうカナタ。おまえは今日から1番隊の隊員だ。アタイの第一中隊にいれてやる。」


「了解!」


やった、上手くいった。


「おまえは今、考えて答えをだした。それを忘れるなよ、アタイは考え無しのバカは嫌いだ。」


「はい!」


認めてもらう為に考えて行動して、報われた。


オレは今モーレツに感動している!間違いなく全オレが泣いた。


「イスカに入隊の報告でもしてきな、アタイはシャワーでも浴びてくる。」


「オレも汗かいちゃったんで一緒にシャワーでも……」


「それが人生最後の光景になる覚悟があるならかまわないけどね?」


「………やめておきます。」


「いま迷ったろ? 命と引き替えにしてまでアタイのカラダが見たいのかい?」


「命が一つしかないのが残念すぎて泣きそうです。」


ドラゴンボールで生き返れるなら、迷わずマリカさんと一緒にシャワー浴びて殺されるルートを選択しただろうになぁ。残念無念。


司令も巨乳だけど釣り鐘型なんだよ、でもマリカさんはロケットおっぱい、オレのストライクゾーンに直撃である。


おっぱい鑑定士のオレはおっぱいに関してだけは一切の妥協はしないのだ。


「いつまでも、もの欲しそうな顔で人の乳眺めてないで、さっさと報告に行ってきな!」


「イエッサー!」




で、司令室。紳士なオレは当然ノックする。


「カナタです、入ってよろしいですか?」


「入れ。」


灰皿から吸い殻が溢れてる。ヘビースモーカーだな、司令。


「まったく……暫く留守にしただけで仕事と書類はじき溜まる。」


「金もそうならいいんですけどね。」


「同感だな、その顔だとマリカに認めてもらえたようだな。」


「血反吐と胃液を吐きながらですがなんとか。」


「個人的には複雑な気分だ。どっちに転んでも損はないだけにな。」


「オレが使えそうだから引っ張ってきたんじゃ?」


「使えるなら戦力が上がって結構、使えないならあの胸糞の悪い実験を止めさせる口実になる。」


ヒデえ話だ。でも司令はクローン実験には反対なのか。ちょっとホッとした。


「司令はあの実験には反対なんですね?」


「その実験で造られたカナタに言うのは酷な話だが、あの実験は人間の尊厳をコケにしているとしか思えん。表沙汰になったら同盟軍の名誉も緊急病棟入りだ。」


まったくですよ。よかった、怖い人だけど倫理的にはまっとうだった。


「計画段階ならどんな手段を使ってでも止めさせたんだが、私には隠していやがった。ここまで計画が進むと私といえど黙認せざるをえない。統合作戦本部のバカどもにつける薬があるなら、悪魔と取引してでも手にいれてやる。」


「是非そうしてください。さしあたってオレは今からどうすればいいですか?」


「ああ、話がそれたな、おまえの部屋をすぐ用意させる。ちょっと待て。」


司令は卓上電話でいくつか指示を出した。


「649号室にいけ。今日からそこがおまえの部屋だ。」


649ね。無欲なオレにはピッタリ。


「了解です。司令、一つ聞いていいですか?」


「なんだ?言ってみろ。」


「マリカさんってどんな人なんです?」


「火隠マリカ大尉、1番隊隊長でアスラ部隊のエース。通称「緋眼ひがんのマリカ」。俗にいうハンドレットで私が最も頼りにする部下、いや友だ。もう人となりに関してはだいたい分かったろう。」


なーにが最弱だよ。やっぱエースなんじゃん!


緋眼のマリカ、か。やっぱあの眼にはなにかあるんだろうな。


「はい、マリカさんの部下になれてよかったです。それでは失礼します。」





こうしてオレはアスラ部隊のエース、「緋眼のマリカ」の部下になった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る