争奪編6話 絶対零度の尽くしたがり屋



墓地に隣接した公園には誰の姿もなかった。オレ達は円卓を囲んで腰掛る。


最初に口を開いたのはウォッカだった。


「シオン、今までどこにいたんだ? 親父っさんの戦死を聞いてから、何度も手紙を送ったんだぜ? 」


「ごめんなさい。父を失ってから一度も家には帰らず、色んな部隊を転々としていたの。」


申し訳なさそうな顔のシオンに、気まずそうな顔のウォッカがさらに問いかける。


「シオン、親父っさんの事なんだが、イヤな噂を聞い……」


「私がパーパを殺したって噂でしょう?」


「ああ、そんなのデタラメだってのは分かってる。だが………なにがあったんだ?」


「………デタラメじゃないわ。私がパーパをこの手にかけた。」


「!!!……ウソだ!言っていいウソと……」


「イワン、私の話を聞いてくれる?」


ウォッカはウォッカの小瓶を取り出し、一口煽ってから返事をする。


「聞かせてくれ。悪いがカナタは席を外してくれねえか? こいつはスノーラビッツの問題だ。」


「隊長はもう知ってるの。」


「そうか。じゃあ俺にも聞かせてくれ。親父っさんの最後を………」


シオンは二年前の雪原の悪夢を語り始めた。





「クソアマがぁ!………よくも、よくもそんな真似を!許せねえ!」


怒りのあまり、ウォッカは小瓶を握り潰してしまった。円卓にポタポタと血が滴る。


「イワン、血が……」


ウォッカは上着を開けて、流れる血で胸に文字を書く。おそらく復讐の儀式だろう。


「シオン、オリガとかいうクソ女は俺が必ずブッ殺す!そんな腐れがのうのうとお天道様の下で生きてんじゃあ、親父っさんが浮かばれねえ!」


「もちろんそうするつもりよ。でもオリガを殺すのは私。イワン、力を貸してくれる?」


「たりめえよ!オリガをブッ殺すのは親父っさんの愛娘のシオンに譲るが、奴への復讐には俺も噛ませてもらう!」


「ありがとう、頼りにしてるから。」


「話はまとまったみたいだな。ウォッカ、オレは小隊を率いるコトになった。副隊長はシオンだ。ガード屋として参加してくれるか?」


「任せとけ!俺が隊の盾になってやんよ!」


ウォッカは分厚い胸板を叩いて請け負ってくれた。


「隊長、これで後一人ですね。」


「そうだな。アタッカー、スナイパー、ガード屋、後は………」


「リムセでいいんじゃねえか? リムセは遊撃だが斥候も出来る。」


リムセは斥候も出来たのか。ちっちゃくてすばしっこいから斥候も出来そうだと思ってたけど。


「今までリムセが斥候に回ったのを見たコトないんだけど、出来るのか?」


「クリスタルウィドウにゃアサルトニンジャだらけだから出番がなかっただけだ。リムセは10歳の頃から森に出てる狩人なんだぜ? 気配を殺して獲物を探すのは得意中の得意だ。」


「リムセとは何度も組んでるから連携もスムーズにいきそうだな。」


「決まりですね。」


オレは頷いてから、元スノーラビッツの二人に釘を刺しておく。


「二人に言っておく。「純白の」オリガとかいうクソ女を殺すのは確定してるが、今すぐじゃない。まずはオレ達が強くならなきゃいけないんだ。ヤツは最後の兵団の部隊長、実力的にはアスラ部隊の隊長級に匹敵するだろう。オレは負ける戦いはしない主義だ。」


「返り討ちになっちゃ元も子もないからな。了解だ。」 「ええ、まずは力をつけましょう。」


この二人は歴戦の兵士だ。感情に振り回されて大局の見えない未熟者じゃない。


彼我の実力差を考えず、なにがなんでも復讐優先なんて餓鬼とは違うのだ。


旧知のウォッカがいてくれるお陰で、復讐に前のめりだったシオンも落ち着きを取り戻してくれたみたいだし、一安心だぜ。


後の問題は……シオンの悪評だな。


「ウォッカ、シオンの「父殺し」の噂ってどのぐらい有名なんだ?」


「ガーデンのゴロツキはみんな知ってるだろう。親父っさんは同盟軍最高のスナイパーとして勇名を馳せた男だったからな。」


ウォッカは憮然としながら答えた。


「………隊長の言いたい事は分かります。でも私は釈明しようとは思いません。」


「シオン、それじゃあ誤解する奴も出てくるぜ!ガーデンにゃ気のいいゴロツキが多いがよ、口さがねえヤツだっているんだ。」


ウォッカの懸念はもっともなんだが………


「イワン、私ね。同情されるのは嫌いなの。同情されるぐらいなら軽蔑される方がマシよ。隊長なら分かってくれるでしょう?」


「分かるよ。オレもそうだから。同情なんてクソ喰らえ、噂や上っ面しか見ねえヤツらにシオンを理解してもらう必要もない。」


オレの答えにシオンは満足そうに頷く。


「わかったよ。もうなにも言わねえ。シオンは立派な大人なんだからな。………あのちびっ子だったシオンがなぁ。」


ウォッカはずいぶん前からシオンを知ってるみたいだな。


ニャーニャーニャーと猫の鳴き声が公園に響く。本物の猫じゃなくて、猫の鳴き声を真似たリリスさんの声なんだが。


「なんだ? 猫の物真似?」


「オレのハンディコムの着信音だよ。アロー、カナタですが……」


「カナタか、今どこにいる?」


「墓地の公園です。シグレさん、なにかあったんですか?」


「イグナチェフ曹長を探している。カナタと一緒じゃないかとコダマ曹長が言うのでかけてみた。」


「一緒です。シオンになにか用ですか?」


「二人にガーデンの施設案内をせねばならん。食堂前で待っているから、イグナチェフ曹長に来るように言ってくれ。」


「了解、それでは。シオン、シグレさんが施設案内をしてくれるそうだ。すぐに食堂前に行ってくれ。」


「ダー。(はい。)」


シオンはオレに敬礼して公園を出て行く。


シオンの姿が完全に公園から消えたのを見届けて、ウォッカが聞いてくる。


「………なんでシオンの復讐に手を貸す気になったんだ? カナタは親父っさんとは関わりがないだろう。覇国のサムライが重んじる義侠心ってヤツか?」


「そんな立派なモンじゃないし、オレはサムライでもない。間尺に合わないコトは合わさせる、場合によっては力づくで、がオレのルールだ。シオンのケースは場合によった、それだけの話だ。」


「なるほど、いいルールだな。カナタが自分のルールで動く男なのは知ってる。だが………それだけじゃないんだろ。」


やれやれ、見透かされてるか。大男、総身に知恵が回りかね、なんて諺は嘘っぱちだな。


「シオンを放っておけば一人で復讐に突っ走って自滅しかねない。オリガにやったコトの落とし前はつけさせるが、なによりオレはシオンを救いたいんだよ。復讐なんて意味がないって知りながら、どうしても復讐の炎を消せないシオンを……オレは気に入っちまったのさ。」


「俺が気に入ったから肩入れする、か。リリスの時とおんなじだな。自分勝手な野郎だ。」


「褒めてもなにも出ねえよ。ウォッカは昔っからシオンを知ってるみたいだな?」


ウォッカがルシア文字の刻まれたタバコの箱を取り出したので、ライターで火を点けてやる。


「親父っさんがシオンを引き取る前からスノーラビッツにいたんでな。軍に入った頃の俺は怖い者知らずで………半端な強さを鼻にかけてよ、粋がってたんだ。そんで異名兵士の親父っさんに素手ゴロを挑んでフルボッコにされた。親父っさんはコントラとコマンドサンボの達人だったからなぁ、勝てるワキャねえ。」


「ウォッカのコマンドサンボは皇帝直伝ってワケか。興味が湧いてきたぜ、続きを聞かせてくれ。」


「大して面白い話じゃないがな。親父っさんは鼻っ柱をへし折られた俺に「見所のある若造だ。ワシに勝ちたければウチにこい。」って言ってくれたんだ。俺は親父っさんに勝ちたい一心でスノーラビッツに入り、いつの間にか家族みてえになっていた。」


懐かしそうな顔で紫煙を吐き出しながらウォッカは話を続ける。


「親父っさんに鍛えられて本物の兵士になれた俺は、親父っさんに勝ちたいじゃなく、親父っさんみてえになりてえって思うようになった。まだ青年で野心もあった俺はスノーラビッツを除隊して、指揮官を目指したんだが………スマン、そのあたりは話したくねえ。」


前に不知火の棺桶部屋で聞いたウォッカの言葉を思いだした。


………部下はもう持ちたくねえんだ、ドジを踏んでも自分の命だけで始末をつけたい。


ウォッカにも苦い過去があるんだろう。たぶん暴力沙汰で軍刑務所に送られかけた一件が関係してる。


「いいさ。話したくないなら話さなくていい。……いつか話す気になったら聞かせてくれ。」


「俺の話はそんなもんさ。暴力沙汰を起こして臭いメシを食いに行こうとしたところを、マリカさんにナンパされた。んでホイホイついてきて、今じゃ立派なゴロツキさんよ。」


「マリカさんにナンパされたんじゃあ断れねえよな。シオンのコトをちょっと聞いてもいいか?」


「スリーサイズは知らないぜ?」


ウィンクすんなよ、気色悪い。ウォッカのウィンクなんて犯罪行為だぞ。


「シオンとはリグリットの将校カリキュラムで出逢ったんだけど、最初はこれぞ絶対零度って感じのツンドラっぷりだったんだ。紆余曲折あって副隊長をやってくれるコトになったんだけど、態度が豹変したというか………」


「親父っさんの件があって、やさぐれてただけだろう。シオンは元々、尽くしたがりの性格なんだ。俺は休暇の時はよく親父っさんの家に遊びにいってたんだけどよ。その時に見たシオンは親父っさんを甲斐甲斐しく、時には過剰なぐらい世話してたもんさ。傍目に見てもちょっと行き過ぎだったように思うなぁ。」


「マジで!? 尽くしたがり? 「絶対零度」が異名のシオンが?」


「マジだ。あんまり尽くしたがりの度が過ぎるからよ、親父っさんも心配になったんだろうな。「シオンがいい娘すぎて心配だ。ろくでなしのダメ男相手でも尽くしかねん。」って口癖みたいに言ってたぜ。」


「本来そういう性格なのか。無理してんじゃないならいいんだ。」


大男のウォッカは頭一つ高い位置からジト目でオレを見下ろし、嘆息する。


「………はぁ……こりゃ親父っさんの心配は的中したかもしれんなぁ………」




おい、ウォッカ!そりゃどういう意味だよ!


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