争奪編7話 獅子と坊主



シオンが実は尽くしたがりだったという驚愕の事実を知ったオレは、ガーデンの訓練区画に戻ってきた。


バクラさんから電話があって、すぐに訓練区画にこいと言われたからだ。


やれやれ。今日はノンビリ過ごす予定が、もう地獄の一丁目に到着かよ。


シグレさんが用意してくれた地獄巡りの旅の始まりだ。気合いを入れていくぜ!


最初の試練は槍術の達人「獅子髪」バクラか、相手にとって不足はない。


バクラさんは相手がオレじゃ役不足だろうけどな。




「きたか、カナタ。言っとくが傷の一つや二つ、いや、三つや四つ、待て待て、百や二百は覚悟しとけよ?」


四つからいきなり桁が三桁に増えたんですが? ま、覚悟は出来てるからいいか。


訓練場にはバクラさんの率いる獅子神楽ししかぐらの副長、秋芳寺如泥しゅうほうじじょでい中尉もいた。


シグレさんの話では、ジョデイさんは鬼道院でバクラさんと共に槍術を学んだ間柄らしい。


格式の高いお寺の跡取りでれっきとしたお坊さんだったのに、バクラさんを慕って軍に入ってきた変わり種だ。


軍人だけどお坊さんでもあるから、縁者のない戦死者の葬儀もジョデイさんがやってるって話も聞いた。


戦死者の多い4番隊の隊員はよくお世話になるんだとか。


「ジョデイさんもオレに稽古をつけてくれるんですか?」


「いえ、私はシグレさんから立会人を頼まれました。バクラさんは馬鹿だから「やり」過ぎるかもしれないと仰って。「槍」使いだけに。ふふっ。」


「おい、馬鹿だからは余計だろ!」


「………馬鞍ばくらだけに馬鹿。ふふっ。」


ジョデイさん、そのネタはもうやりましたよ?


「うるせえわ!寒いネタで笑うな!空調は十分効いてらぁ!」


「バクラさんは相変わらず「ゆうもあ」が足りませんね。まさにYou、moreです。ふふふ。」


………ガーデンって変人しかいないのかな?


「カナタさん、三度も傑作ジョークを耳にしているというのに笑わないとは………心が死んでいませんか?」


「寒さで死にそうです、ジョデイさん。」


「カナタさん、私の事はジョニーとお呼びください。ふふふ。」


「ジョニー?」


「アビーの馬鹿がジョデイをジョニーだって勘違いしててな。秋芳寺ジョニーとかどこの坊主なんだ。おかしいって気付くだろ、普通は!」


「ですが私が気に入っていまいまして。秋芳寺ジョニー………傑作ですね………ふふっ。」


「………それじゃあジョニーさん、立会人をよろしくお願いします。」


「心得ました、ふふふっ。」


これ以上、異次元のユーモアに付き合ってたらマジで凍死しちまうからな。さっさと始めよう。




オレが訓練用の刀を手にすると、バクラさんも訓練用の槍を構えて、無精ヒゲの目立つ顎をしゃくる。


かかってこいってか。じゃあ遠慮なくいくぜ!


オレが踏み込もうとした位置に、槍の穂先が「置いてある」!


慌てて停止したオレに、バクラさんは一呼吸で3度の突きを繰り出してくる。


かろうじて刀で弾き、再度踏み込もうとしたが、またも穂先が置いてある。


「槍を相手に猪みてえに真っ直ぐ踏み込んでくんな!頭を使え!ご自慢の納豆菌はどうした!」


ごもっとも! 夢幻一刀流の足裁き、流影脚を使う時だ。


「………はん。アギトの使ってた歩法を使えんのか。まだ荒さもあるが、なかなかサマになってんぞ。カーチスの言ってた通り、俺らの土俵に立つ資格はあるみてえだなぁ。」


バクラさんは自分から踏み込んできて槍を突いてくる。


オレは流影脚を駆使して最小限の動きで躱す。まずは突きの速さに目を慣らすんだ。


槍術の達人の技は豪快だが緻密、何度も突きをもらって、訓練場のあっちこっちに突き跳ばされた。


それでも苦節するコト一時間、だいぶ槍の穂先が見切れるようになってきたぞ!


「怖え小僧だ、100回は殺してやろうと思ってたんだが10回ほどで済ませやがった。ダラダラやってても身になりゃしねえし、次の一本で最後にするか。集中しろカナタ。俺も集中する。狼眼を含め、何をつかっても構わん!最後の一本は実戦形式じゃなく実戦だ!こい!」


「おう!」


オレは左右にフットワークを使って槍の穂先を絞らせないように動くが、相手は鬼道院流豪槍術を極めた男「獅子髪」バクラ。その穂先から逃れるのは難しい。


だがオレにも温存しておいた切り札がある!


まず三の太刀、双牙!


左手で抜いた脇差しで穂先を受け、そこから三の太刀破型、空牙に繋ぐ!


右手で投げつけた刀は槍を回して弾かれたが、その隙をついてオレはバクラさんの懐に飛び込んでいた。


だがここからが「獅子髪」の本領発揮だ。飛び込むのも大変だが、飛び込めても地獄が待っている。


バクラさんの長い髪がオレの両腕に巻き付こうとするが、オレは両腕を上げてあえて胴に巻き付かせる。


「バカが!腕を取られたくないってのは分かるが、俺の髪が胴に回ったら体ごと圧殺出来るんだぜ!」


知ってますよ!でも即死はさせらんないでしょ!


軋む肋骨を無視して、バクラさんの髪を掴み、思いっきり引き寄せて顔を掴む。


至近距離だ!ここからなら、いくらバクラさんでもオレの狼眼からは逃れられないぜ!


「ぐぅ!き、効くねえ!」


「全力で狼眼を使ってます!どうなっても知りませんよ!」


「確かに!喰らい続ければヤバそうだ!」


次の瞬間、衝撃と共にオレは後ろに吹っ飛ばされていた。念真衝撃球か!


脇差しを構えて追撃に備えながらサイコキネシスで訓練刀を手元に引き寄せ、構えを取り直す。


バクラさんは念真力を瞳に集中させてロックを外し、槍の穂先をオレに真っ直ぐ向けて呼吸を整えた。


「そこまでです!」


「ジョニー、まだ終わってねえ!」


猛る獅子を相手に、落ち着き払ったお坊さんは説法をするように言い聞かせる。


「カナタさんのあばらにヒビが入ったのはお分かりのはず。この場はあくまで鍛錬、我意を通して大怪我をさせるは無思慮の極み。立会人として見過ごせません。」


「チッ。しゃあねえな。」


「それにバクラさんのオツムをこれ以上おバカさんにされても困ります。ふふふっ。」


「余計な御世話じゃ、クソ坊主!」


上官への尊敬の欠片もないジョニーさんの言葉を聞いて、色んな意味で全身から力が抜けた。


おっと、力を抜くのはまだ早い。まずは教授してもらったお礼が先だ。


「ありがとうございました!」


一礼したオレにバクラさんは無精ヒゲを抜きながら答える。


「気にすんな。俺も勉強になったわ。距離を詰めてきた連中は大抵、獅子の鬣を腕で受けて自滅すんだがな。根性のあるヤツァ相打ち覚悟で胴で受けやがるか。参ったね、こりゃあ。」


「格上相手にありきたりの戦法じゃ歯が立ちませんから。」


「バクラさんも天狗になっているとカナタさんに追い越されかねませんね、ふふふっ。」


「ケッ!意地でも上にはいかせねーよ!」


バクラさんとの訓練は自信になったけど、未熟さも痛感したよ。


バクラさんは念真衝撃球で吹っ飛ばしてくれたけど、実戦だったら髪で地面に叩きつけをやってただろうって今気付いた。


オレはまだ読みが浅い。研鑽あるのみだ。


バクラさんに特訓してもらって汗かいちまったし、部屋に戻って着替えるか。






ベットにリリスの姿はない。起きてどこかに出掛けたようだ。


覗かれる心配をせずに済んだオレはシャワーで汗を流し、体をタオルで拭く。


またしてもニャーニャー音、ハンディコムが鳴ってるな。


「アロー、カナタですが……」


「ヒンクリーだ。俺がつまらん頼み事をしたせいで、とんだ目にあわせちまったようだな。すまない。」


「ヒンクリー准将に責任はありません。パソコンで受けますからお待ちください。」


オレはハンディコムをパソコンに繋いで、テレビ電話で准将と話す。


「剣狼だけでも生還出来てよかった。さすがアスラ部隊の異名持ちだ。」


「………バリーとジャクリーンの遺体は森で火葬にしました。遺髪とドッグタグを持ち帰っています。」


「……ありがとう。遺髪とドッグタグは俺が遺族に届けよう。惜しい奴らを失った。」


「……ええ。いい兵士でした。引き受けた任務なんですが、今オレがアスラ部隊のトップ級に怖さを教えてもらってるんで、修行が済んだら准将の息子さんに精鋭兵の怖さを教えにいきます。」


「それには及ばん。遺髪とドッグタグを取りに息子を向かわせた。ガーデンに着いたら遠慮なくシメてやってくれ。少々の怪我、いや病院送りにしてもいい、完膚なきまで叩き伏せろ。」


同盟随一の猛将だけに息子にも厳しいねえ。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすを地でいってらぁ。


「了解。伸びた天狗鼻を景気よくへし折ってやります。でも自信を喪失しちまったらどうします?」


「天狗鼻をへし折られて立ち上がれんようなら、リックもそこまでの男だ。剣狼、決して倒れないのが理想の兵士、だがそうなる為にはイスカ司令のような絶対的な才能が必要で、そんな才能は万人に一人も持ち合わせちゃいない。……けどな、倒れても倒れても立ち上がる事は凡夫にだって出来るんだ、根性さえあればな。わかるか?」


ヒンクリー准将は何度挫折しても立ち上がって、過酷な戦場を生き抜いてきたんだろう。


その生き様を兵士達が「不屈」の異名で称えているんだ。


「わかります。倒れるのは恥じゃない。でも這いつくばったまま立ち上がれなかったら……恥です。」


「剣狼はいい兵士だ。その心構えをリックに教えてやってくれ。頼んだぞ。」


ヒンクリー准将はオレに敬礼してから通信を切った。





這いつくばったまま立ち上がれない情けない男か………


元の世界のオレがそうだった。たかが受験に失敗したぐらいで、自分の殻に閉じこもっちまった。


オレに根性があれば、挫折をバネにして高校に通い、親父と同じ大学を目指していただろう。


そうすれば親父の見る目も変わっていたのかもしれない。


もういまさらだけど………今のオレ生き様を親父に見せてやりたい。





親父に見捨られた天掛波平が、天掛カナタとして生きる姿をだ。




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