皇女編19話 新しいトモダチ



森の探索は天気がよく、明るい間にだけ行う。それがカナタの方針だ。


普通の霧と有毒の霧の区別がつかないのだから、カナタの方針は当然だと言える。


「十分な食料が確保出来たら、探索自体をやらずに済むんだがな。」


そうだね。足手まといのボクを連れて危険な森を探索するなんて、気苦労が絶えないはずだ。


ギャアギャアと鳥の鳴き声が森の中に木霊する。


この声って確か………


「この鳴き声って、変異カラスの声だよね?」


「ああ。夜行性のはずだが、昼でも目は見えるらしいな。伊達に生物兵器の末裔やってませんってか。」


「生物兵器の末裔?」


「ここが魔境に変わったのは生物兵器研究所の暴走事故が原因だって説が濃厚なんだよ。変異種のDNAを調べたら人為的に操作された形跡があったんだと。変異カラスは大した脅威じゃないし、様子を見にいってみるか。」


「いいの? ボクも気にはなるんだけど、危なくない?」


「危ないと思ったら逃げよう。好奇心、猫を殺すってのは御免だからな。」


ボク達はカラスの鳴き声がする方へ行ってみる事にした。




駆けつけた場所、森の中の木の根元では絶望的な戦いが行われていた。


襲いかかる二羽のカラス、必死に防戦するのはポケットモンキーの……母親だ。


全身傷だらけの母親は背後に子供を庇いながら、勝てるはずもない相手に懸命に牙を剥く。


「カナタ、助けてあげて!」


「子供が木から落ちちまったか、落っことしちまったか。どっちにしても猿が木から落ちたら洒落にならんぜ!」


カナタが刀を抜いて走り寄ると、変異カラス達は慌てて飛び去った。


変異カラスは賢いから、不得手な昼間に強い相手とは戦わない知恵があるのだろう。


逃げ去るカラス達を見届けた母猿は、力尽きてその場に崩れ落ちてしまった。


小猿がキィキィ泣きながらすがりつくのを、母猿は弱々しいけど慈しむような目で見つめ、ゆっくりと瞼を閉じる。


ボクは母猿の口の前に指をあててみたけど、もう息をしていなかった。


「ああ、死んじゃったよぅ。………ゴメンね。もうちょっと早く来てあげてれば。」


「なまじ知能が高いとダメなとこだけ人間に似やがるな。」


「?」


「あのカラス共だよ。嬲り殺しにして遊んでやがった。木から落ちたポケットモンキーなんか殺す気ならさっさと殺せてる。じゃなきゃ止めなかったよ。」


あのね!どういう状況でも助けてあげるべきでしょ!


「カナタって意外と冷たいんだね!」


「冷たい? 凶悪な面構えのカラスだろうが、生きる為に殺して食うのは当然だろ? 可愛いポケットモンキーは助けるけど、可愛くないカラスが餓死するのは知らんなんて人間のエゴだと思うがね? ローゼの理屈で言うなら肉食獣は全部……」


「あ~もうわかった!わかったから!」


理屈屋のカナタに口では敵わないや。


「で? どうすんだ、その小猿?」


「連れてっていい? このままじゃ……」


「小猿が一匹で生きてける森じゃない。連れていくべきだろう。」


「よかった。自然に任せるとか言い出すかと思って心配しちゃった。」


「関わらないなら指一本触れない。だが関わった以上はコトの顛末を見届けるのがオレのルールでね。」


でたよ……カナタルール。


「まずお母さんを埋葬してあげないとね。」


「オレが穴を掘る。ローゼは小猿の説得を頼む。助けると決めたローゼには、全ての責任を負う義務があるんだぜ?」


「全ての責任を負う義務?」


「ポケットモンキーの上に小猿だから食べる量はしれてるだろう。だがその小猿は疫病を持ってるかもしれない、その感染リスク。それに息を潜めなきゃいけない場面で小猿が怯えて騒ぎ出すかもな。この森から帰った後、侍女に預けて、はいお仕舞いとかもよせよ。森に帰すにせよ、保護施設に預けるにせよ、ローゼが手配すべきだ。一番いいのはローゼが一緒に暮らしてやる事だが………」


あうあう、いっぱいあるんだね。


「ローゼ、可哀想な小猿を助けたいなんて誰だって思うんだ。でもな、助けたいって思うコトと、助けるコトの間には大きな壁があるんだよ。どう助けて、その後はどうするかまで考え、実行してこそ価値がある。甘っちょろい感傷で半端に手を出すぐらいなら、ハナからなにもすんな。かえって残酷なんだ、半端者の覚悟のない情けなんてな。」


母猿を埋葬する為の穴を掘りながら、カナタはそう言った。


その言葉には重みがあった。だってボクの事がそうだから。


あの夜、絶体絶命のボクをカナタは助けてくれた。


そして今もいない方がいい足手まといのボクを守って生き残る方策を巡らしている。


不言実行、いや有言実行かな。とにかくカナタは言った以上は何事も完遂する人なんだ。


ボクはカナタを見倣うべきだ。口先だけの理想家になりたくない、この森で遭難する前までのボクみたいに。


叶えたい理想、理念があるなら、実現可能な方策をちゃんと考え実行しよう。


小猿ちゃんを助けたい、だったらどうすればいい?


食料問題はオッケー、小猿ちゃんの食べる量はしれてる。


「カナタって5世代型のバイオメタルなの?」


「5世代型じゃない。。」


それ以上? まあいいか。それなら疫病問題も大丈夫なはず。


5世代型のバイオメタルなら、悪性のアウトサイダーズペストでさえ免疫可能なんだから。


それでも疫病に罹ったら………その運命を受け入れる覚悟はある。ボクが疫病に罹患した時には、カナタを巻き込む前に小猿ちゃんを連れて森に消えよう。


ここまではオッケーだ。………後は小猿ちゃんに懐いてもらわないといけない。


危機的状況でもボクの言うことを聞いてもらえるように。


母猿の遺体から離れようとしない小猿ちゃんに、アニマルエンパシーで呼びかける。


(お母さんはね、もう起きないの。ゆっくり眠らせてあげて。)


(!?)


やっぱり太刀風みたいにうまくイメージが掴めない。悲しんでるのだけはわかるんだけど。


(これからはボクが守ってあげるから、いいコにしてね?)


(!?………??)


う~ん、たぶん伝わってない。手を差し伸べてみようか………噛まれるかもしれないけど………


ダメだ。ここは魔女の森。もしこのコが変異生物で、新種の疫病のキャリアーだったら感染しちゃう可能性がある。


考えるんだ、非力なボクに今出来る事は考える事だけ。う~ん………


そうだ!ボクには………ボクにはこのコの気持ちがわかるんだ。だってこのコは10年前のボクなんだから!


あの時の気持ち………母様に先立たれてしまった時の……胸が張り裂けるように悲しくて、霧の中を彷徨ってるような不安な気持ちを思い出すの。


その気持ちを……このコに伝えよう。強く、鮮明に、あの悲しみをイメージして!


(………ボクもね、もうお母さんがいないんだ。キミとおんなじだよ。)


(!!………(T^T)………)


あ………伝わった!伝わったよ!小猿ちゃんはボクを悲しそうな目で見上げてくる。


あの時に差し伸べられた騎士達の手、ボクの大切な新しい家族。


今度はボクが、このコの家族になる!


(ね? だからボクと一緒に生きよ?)


(♡!………(>_<。)………)


ボクの差し伸べた手に小猿ちゃんは飛び乗ってくれた。


「いいコだね。さあ、お母さんにちゃんとお別れするんだよ、今までありがとうって。」


カナタが母猿の遺体を丁寧に穴の底に置いてくれたので、ボクは手近にあった野花を摘んで体に置いてあげた。


それから優しく土を被せていく。


途中から小猿ちゃんもボクの真似をして土を被せ始めた。


賢いコだね。後で名前を考えてあげないと。





小猿ちゃんを助けたボク達は、日が落ちかけてきた事もあるし、探索を切り上げて洞窟に戻る事にした。


洞窟に戻ったボクは、このコの名前を考える事にする。


「う~ん………どんな名前にしようかなぁ………クローネとか………」


「小猿に王冠は大袈裟じゃないか?」


「白いからヴァイスとか………」


「犬にいそうだな、それ。」


文句ばっかり言わないでよ!


「じゃあ聞くけどカナタならどんな名前をつけるの?」


「太郎。」


「このコは女の子だし!」


「じゃあ花子。」


投げやりすぎない? カナタはなんだか機嫌悪そうだけど………どうしたんだろ。


「なにが気に入らないのか知らないけど、このコはお母さんを亡くしちゃったばっかりなんだから!ちょっとは労ってあげてよ!」


「………思い出があるだけいいだろ。オレは母親の顔すら知らねえよ。」


………そう言えばカナタは母親の話はしなかった。しないんじゃなくて出来なかったのか。


それに昨日、熊の親子愛を見た時の顔………


お父さんの事は嫌いな親父って言ってたし、カナタは両親にいい感情を持ってないんだ。


「………カナタが両親の事を良く思ってないのはわかったよ。でも、だからって………」


「そうだな、ローゼや小猿にあたるなんてみっともねえや。悪かったよ。」


うん、間違ってると気付けば素直に謝れる。そこがカナタのいいとこだもんね。


「ポケットモンキーの名前ねえ。ガルム語でポケットってなんて言うんだっけ?」


「タッシェだよ。うん、このコの名前はタッシェにしよう!」


「キキッ?」


「おいで、タッシェ。」


「キッ!」


元気よくお返事したタッシェはボクの腕を伝って肩に乗っかる。


「お利口な小猿ちゃんでよかったな。じゃあ晩メシにするか。タッシェにはドライフルーツを分けてやれよ。」


「うん!」


ボク達は仲良く食事をする事にした。


ボクがドライフルーツのスモモをタッシェに渡すと、タッシェは嬉しそうに両手で抱えて齧りだす。


「キキッ♪」


お気に召したみたいだ。時折ボクを見上げながらスモモを齧る仕草が可愛いよぉ!


お腹がいっぱいになったタッシェは体を丸めて横になった。お眠の時間だね。


「おい、タッシェ。ローゼの手足の届かないところで寝ろよ。寝相が悪いから潰されかねないぞ?」


大きなお世話だよ! でも本当に気をつけないと。


ボクはそ~っとタッシェから離れた場所で横になる。




おやすみ、タッシェ。今夜は悲しい夢を見るかもしれないけど、これからはボクが一緒だからね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る