皇女編18話 ドッグタグとペンダント



雨上がりの森をカナタと手を繋いで歩く。


なんだか恥ずかしいよ。でもそんなに悪くないかな?


「見てみな、ローゼ。」


「また猛獣でもいた? ヘ、ヘビじゃないでしょうね?」


「そうじゃない、ほら。」


カナタの指差す先、森の開けた場所から見える山の稜線に………虹がかかっていた。


「虹だぁ!こんな魔境でも虹がかかるんだね。」


「ここを魔境にしちまったのは人間だけどな。」


「………そうだね。」


ボクとカナタはしばらく虹を眺めていた。あの虹がボク達の希望の架け橋になってくれないかな。


「いくか、もう少しで目的地だし。」


「森でなにを見つけたの?」


「着いてからお楽しみだ。」


カナタは意地悪な顔で笑う。なんだかイヤ~な予感がしてきたよ。





「はい、目的地はここで目的はアレな。」


カナタが親指で指し示したモノは樹にぶらさがっている球体だった。


「あれって蜂の巣だよね?」


「空飛ぶ昆虫類でも最強の呼び声も高いスズメバチの巣ですな。」


そんな事だと思ってたよ。猛獣に爬虫類、その次はスズメバチ?


この森って危険生物しかいないの?


「スズメバチなんかどうするの?」


「食べる。見た感じ、普通のスズメバチっぽいし。」


「ええっ!スズメバチって食べられるの!?」


「成虫は無理だが幼虫は食べられる。昆虫は高タンパク高カロリーなんだ。栄養食としては悪かないんだぜ?」


「でもどうやって幼虫を捕るの? 成虫がいっぱいいるよ? 危なくない?」


カナタがいくら強くても何百といるスズメバチを全部はたき落とすなんて無理だろうし。


「危ないから離れるな。もう少し寄ってくれ。」


言われた通りにカナタに身を寄せる。


カナタは小石を拾って、無造作にスズメバチの巣に投げつけた!


もちろん怒ったスズメバチがボク達に向かってくる。い、いっぱいいるよぉ!


「カナタ!どうするの!」


「まあ見てろ。」


スズメバチが襲いかかってくる瞬間、バチッと音がして衝撃波のような念真障壁が形成される。


「念真障壁!?」


「軍教官に教えてもらった技でね、念真衝撃球エクスプロージョンスフィアって呼ばれてるんだとさ。自分の体を中心に球体をイメージして念真衝撃波を発生させる。手練れになれば人間を弾き飛ばすコトも出来るそうだ。オレにはまだそこまでは無理だが、ハチぐらいならね。」


カナタは群がるスズメバチを次々と弾き殺していく。


「す、凄いね。」


「乱戦で周囲を囲まれた時に重宝する技だ。早くマスターしないとな。」


アシェスが言ってた。カナタは第二の氷狼になりかねない男だって。


アシェスの考えは杞憂じゃなかったよ。カナタは恐ろしい兵士に成長しつつあるみたいだ。


「あらかた片づいたな。では労働の対価を頂きますかね。」


カナタは高く跳んで居合斬りを一閃、スズメバチの巣を切り落とした。


そのまま巣を空中でキャッチし、ボクに見せてくれる。


「見せなくていいから!怖い怖い!」


「そっかぁ? オレの故郷じゃガラスケースに入れて置物にしてる家もあったけどなぁ。」


覇国じゃそうかもしれないけど、ガルムにそんな習慣はないから!


「……!急いで洞窟に戻るぞ!」


「ど、どうしたの!?」


「霧が近づいてきてる。」


「道に迷ったら大変!」


「ただの霧ならいいんだが、そうとは言えないのが問題なんだよ。有毒性の霧がこの森の名物だからな。」


「は、早く帰ろう!!」


「そうだな、ちょっと巣を持っててくれ。」


い、いきなり巣をパスしないでよ!怖い怖い!で、でも貴重な食料だし!


おっかなびっくり巣を抱えたボクをカナタが抱え上げる。


「ちょっ!? カ、カナタ?」


「ローゼが走るよりオレが抱えて走った方が早い。これがホントのお姫様抱っこだな。」


そう言ったカナタはボクを抱えて疾風のように駆け出す。


走るの速い!確かにボクが走るより倍は速そうだ。


「ボ、ボク、重くない?」


重いって言ったら洞窟に帰ってからヒドイからね!


「軽いよ。やっぱりおっぱ……」


「その先は言わなくてもいいから!」


どーせボクは胸もお尻もちっちゃいですよ!カナタってホントにエッチなんだから!




洞窟前に戻るとカナタはボクを降ろし、眼下に広がる森を見渡す。


「やっぱ霧はこの高さまでは上がってこないな。小高い場所を拠点に選んで正解だった。」


そこまで考えてここを拠点にしてたんだ。カナタは沈思黙考型の人間なんだね。


黙考、じゃないね。カナタはよく喋るから。沈思饒舌型の人間なのか。変な表現だけど。


「そこまで考えてここを拠点にしたんだ。」


「第一の理由は木々に囲まれた森より、小高い岩場の方が上空から発見しやすいからだけどな。」


ホントに色々考えてるな~。




洞窟に戻ったカナタはヘリから剥がした薄型の鋼板に木の枝をくくりつけて、即席のフライパンを作る。


「それで鋼板を剥がしてたんだ。でも柄は金属のが良くない? 木だと焦げちゃうよ?」


「熱伝導率を考えような? フライパンの柄に木製が多いのは木の熱伝導率が低いからなんだぜ。ちょうど炭火が出来てるコトだし、早速焼いてみますか。」


カナタはサバイバルナイフでスズメバチの巣を壊して幼虫を何匹か取り出す。


「び、微妙に動いてるよ!」


「そりゃ生きてるからな。見たくないならアッチ向いててくれ。」


お言葉に甘えて遠慮なく後ろを向かせてもらう。


背中を向けてもジュウウーと幼虫の焼ける音と焦げた匂いが漂ってくる。


「調味料は塩しかないんだよな。バターでもありゃいいんだがねえ。贅沢言っても仕方ないか。ローゼには軍用米がある。飯盒で炊くから待っててくれ。」


考えてみればカナタは、ボクが食べる食料を浮かす為にガムシロップを飲んだり、スズメバチの幼虫を食べたりしてるのに目を背けるのって卑怯だよ。


虫を食べるのは無理でも、せめて真向かいに向き合って食事をするのが礼儀だよね。


大きく息を吸って深呼吸してからボクは振り向いた。


「ん? ローゼも食うか、スズメバチの幼虫?」


………ごめん、無理。塩焼きにしてあっても幼虫は幼虫だった。


「ごめん、遠慮させて。それ、おいしい?」


「正直言って微妙だ。珍味だっていう人もいるから料理の仕方が悪いのかもな。アンチポイズンが起動しないところをみると毒はないか。それだけでもありがたいな。」


「カナタって毒が効かない体なんだ!」


「おっと、うっかりバラしちまったな。ま、帰ったらオレに毒は効かないって味方に教えてやんなよ。」


「ボクの騎士に毒を使うような卑怯者はいないもん!」


「ほー、騎士道ってヤツか。オレにも似たような道はあるが。」


「覇人の侍が重んずるっていう武士道?」


「いんや、邪道。」


カナタは悪い顔でしれっとそう言った。


「似てないから!むしろ正反対だから!」


「邪道はいいが、外道は許さないのがマイルールでね。」


………カナタって結構、マイルールが多いよね。




食事を終えたカナタは洞窟内に掘った穴にビニールシートを敷いた水溜めに、焚き火の中に入れてあった飯盒のお湯を足してぬるま湯を作る。


「いい湯加減だな。ヘビはいないし体を拭くかい?」


ボクはスカートをちぎって作ったタオルをカナタに差し出す。


「オレが先に体を拭けって? オレはレディファーストを守る紳士だぜ?」


「目隠し!外にいても覗かれるかもしれないし!」


「………信用ないのね。」


前科があるもん!


ハイハイって感じで目隠ししたカナタに後ろを向いてもらってから、ボクは服を脱いで体を拭く。


ぬるま湯とはいえ暖かいお湯を使えるのはありがたいなあ。


でも目隠ししてるとはいえ、若い男の人の前で全裸になるのはやっぱり恥ずかしい。


手早く体を拭き終えて急いで服を着る。


「終わったから目隠しを外していいよ。」


「んじゃオレも体を拭きますか。」


カナタがいきなり上着を脱いだからボクは悲鳴をあげた。


「いやん、見ないで!ローゼのエッチエッチ!」


微妙に似てるボクの物真似、イラッとくるんですけど!


あ、カナタの胸に光ってる銀のプレートって……


「カナタも認識票をつけてるんだ。」


「そりゃ兵士だからな。………そうだ。このタグはローゼが預かっててくれ。」


カナタは首からドッグタグを外してボクの手に握らせる。


「なんでボクに?」


「オレに万一のコトがあったら、このタグをアスラ基地に送ってほしいんだ。」


え、縁起でもないコト言わないでよ!


「絶対生きて帰る、そう言ったでしょ!」


「その意志に変わりはないよ。でも、現実は残酷だからな。バリーやジャクリーンを見ただろ?」


何があってもジャクリーンさんを助けたいって思ってたバリーさんの最後をボクは見た。


確かに現実は残酷で、ボク達の意志を通せるかはわからない。


「わかった、預かるね。カナタも手を出して。」


ボクも首から提げてる剣模様のペンダントを外して、カナタの手のひらに置く。


「これは?」


「王家の人間である事を示す護りの剣のペンダント。ボクに万一の事があったら帝国に送ってほしいんだ。これでお互い様でしょ?」


皇帝が指輪、第一子が盾、第二子が剣をかたどったレリーフを持つのがリングヴォルト王家の習わしだ。


「オレのドッグタグなんかと違って高価っぽい代物だけど、預けちまっていいのか?」


「うん、預けるだけだから問題ないよ。」


「………わかった。あくまで万一の備えだもんな。絶対生きて帰るぞ。約束だ。」


「うん、約束だよ。」


約束を交わして、ボクはカナタのドッグタグを、カナタはボクのペンダントを首から下げる。


これって、まるで誓いの儀式みたいだね。




………必ず生きて帰ろう。そしてこの思い出を大切に生きるんだ。



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