兵団編2話 五代目鉄斎



起床してからシャワーを浴び、着替えを済ませる。もう侍女の手は借りない。


出来る事は自分でやる、そう決めたから。


逆に言えば出来ない事は遠慮なく手を借りるって事なんだけどね♪


一番手を借りたいのはトーマ少佐にだ。少佐がいくらボクに好意的でも無条件で助けてくれる訳はない。


ボクの思惑通りにいくかどうかは、ボクの説得次第だ。


カナタ曰く、「目的が違う相手と連携したければ、利害の一致を計るコトだ。原理主義者の弱点は融通が利かず、横に広がりを欠くコト。ならばその逆をいけばいい。理念は真っ直ぐに、手段には融通を利かせるのが賢明な指導者さ。」


トーマ少佐の目的はわからないけど、どういう人間かはわかってる。だったら利害の一致も計れるはずだ。




午前中に執務を終え、クリフォードの運転する車に乗ったボクは護衛車2台に挟まれながら白夜城へ向かう。


荒野を走り抜け白夜城へ入城、内部区画へ通じる直通道路に乗り入れる。


外部区画と内部区画には高く厚い壁があり、内部区画への通行は兵団でも一部の人間にしか許されていない。


犯罪者で構成されている悪名高い4番隊を始めとして、問題のある兵員が多いからこういう構造になっているとの噂で、当たらずとも遠からずなのじゃないかとボクも思う。


味方の間に垣根を作るのはよくないと思うけど、必要な措置なのだろう。




ロウゲツ大佐に挨拶し、今後の薔薇十字軍と兵団の協調関係について協議する。


協議はつつがなく終わったけど、クリフォードはアマラさんと仔細な打ち合わせ事があるというから、司令部へ残ってもらった。


ボクを一人にするのをクリフォードは心配したが、一人で大丈夫と押し切った。ボク一人でやりたい事があったからだ。


心配顔のクリフォードには、ロウゲツ大佐が内部区画の安全を力強く請け負ってくれた。


だからボクは一人で最初の目的地へ向かう。


ナユタさんが同行を申し出てくれたのだけど遠慮した。アマラさんとナユタさんはロウゲツ大佐の副官兼秘書だ。手をとらせたくない。


彼女達には薔薇十字が持ち込んだ案件の処理に集中してもらいたいし、第一、ボクには一人ですべき事があるのだ。


アシェスやクエスターに会う為に白夜城には何度か来たので、内部区画には詳しくなった。


ゲストハウスに向かう前に工兵区画へ向かおう。会いたい人物はそこにいる。




工兵区画の最奥にある工房の中にその人物はいた。


一心不乱にふいごを操作し、金槌を振るい、刀を精錬する小柄な老人。


……現代最高の刀匠、五代目鉄斎先生。長い白髪を後頭部で結ったこの刀匠にボクはお願いがあるのだ。


「………ワシになんぞ用かね? 用がないならどこぞへ行っとくれ。邪魔じゃからの。」


ボクの方を見もしないで鉄斎先生はそう言った。


中立都市で刀鍛冶を営んでいた鉄斎先生を、ロウゲツ大佐が強引にここへ連れてきたらしい。


拉致同然の方法で連れてこられた鉄斎先生だけど、特に文句も言わずここで刀を打っているのだそうだ。


刀を打つのに場所は選ばない、という事らしいけど、鉄斎先生はロウゲツ大佐に条件をつけた。


条件は二つ。期間は一年、そして打った刀を与える相手は鉄斎先生が選んでいいというのがその条件だった。


ロウゲツ大佐は気持ちよく鉄斎先生に仕事をしてもらう為にその条件を受諾した。以来、鉄斎先生は白夜城で刀鍛冶に勤しんでいる。


アマラさんの話では鉄斎先生は戦争の行方に興味はないのだそうだ。


最高の刀を打ち、その刀を持つに相応しい相手に渡す。それだけがこの刀匠の興味であり生き方という事らしい。


「鉄斎先生にお願いがあって参りました。私はリングヴォルト帝国皇女、スティンローゼ・リングヴォルトと申します。」


「身分はいらんよ。刀を扱うのに関係ないからの。」


素っ気なく答えながら手を止めた鉄斎先生は、ようやくボクの方を向いてくれた。


「………剣がご入り用かね、お姫様?」


「はい。どうしてお分かりに?」


「刀を打つしか能の無いジジィに他の用などありゃせんじゃろ。それにお姫様は戦う者の顔をしとるしの。」


「お願い出来ますか?」


「断る。ワシの刀剣はアクセサリーではないのでな。相応しい相手を選んで渡す事にしておる。」


ピシャリと拒絶されたけど、諦めが悪いのがボクの取り柄だから食い下がらせてもらいますね。


「腕前が不足だと?」


「腕前ではない。ワシの作品をド素人に渡した事はあるが、力足らずに渡した事はないのじゃよ。」


「では最初の挑戦をお願いします。力足らずに相応しい刀を打ってみてください。後学の参考になると思いますよ?」


「老い先短い年寄りに後学もなにもないものじゃよ。」


「人生とは終わりなき研鑽と学習の日々です。無理を押してお願いします。」


お辞儀してから鉄斎先生の目を真っ直ぐに見つめる。困り顔の先生はぷいっと目を逸らした。


「やんごとなき身分の方はこれじゃから困る。なんでもワガママが通ると思うておるからのぅ。」


「あはは、本当に困りものですね。」


「他人事みたいに言いなさるな。こんなジジィにわざわざこしらえさせずとも、お姫様の帝国の宝物庫にいくらでも名剣があるじゃろう?」


「宝刀斬舞をご存じですよね?」


「知っとるよ。ワシの子じゃからの。兄には及ばんがいい刀じゃ。」


「はい、持ち主の意に沿ういい刀だと思いました。ボクもああいう刀が欲しいんです。」


「ほっほっ、ボクときたか。」


あ!よそ行きモードをうっかり解除しちゃったよ!もういいや、地でいこう。


「斬舞の使い手曰く、装備も実力のうち。ボクが白刃を振るう事態は避けるつもりですが、思惑通りにいかぬのが人の世。ですので折れるつもりはありません。」


「ふぅむ。斬舞はワシのおらん間に照京に献上されてしもうたのじゃが、生き場所を見つけよったか。宝物庫の肥やしにならずに済んで良かったのう。………いいじゃろ。斬舞の近況を教えてくれたお礼に一振り拵えてみよう。」


「ありがとうございます!恩に着ます。」


「お姫様は意志が固そうじゃからの。ワシがうんと言うまでここを動くまい?」


「まさか!作業のお邪魔ですから、早々に退去しましたよ?」


「本当かの?」


「もちろん。うんと言って頂けるまで何度でもお願いに上がろうと思っていただけです。一度で済んだのは僥倖でした。」


「やれやれ、とんだ御仁に見込まれてしもうたわい。……月龍ユエルン、他人様の背後に黙って立つものじゃない。お姫様相手でなくとも無礼じゃよ?」


ハッとなったボクが背後を振り返ると、細身で長身の男性が静かに立っていた。


央夏の伝統衣装って事はこの方は夏人なのかな?……4番隊の隊章!じゃあこの人はヘルホーンズの!


「失礼。話の腰を折ってはいけないと思いまして。」


柔らかい物腰で一礼されたので、ボクも慌ててお辞儀する。


「皇女様、ご警戒なさらず。4番隊は犯罪者だけで構成されていますが、私と私の中隊は例外なのです。4番隊の監査役を務めます煌月龍ファンユエルンと申します。お見知りおきを。」


監査役………そうか。犯罪者で構成されている4番隊にお目付役がいない訳がない。


「私はリングヴォルト帝国皇女、スティンローゼ・リングヴォルト。ええと、ユエルン殿……」


「私の事はどうかユエルンとお呼びください。それとボク、で結構ですよ。」


悪戯っぽく微笑んだユエルンさんは、スゴイ美男子だった。


中性的美貌っていうのかな? 艶やかな黒髪を長く伸ばしてて、男装の麗人でも通りそうだ。


「ユエルンさんはボクに何か御用ですか?」


「いえ、鉄斎先生に頼んでおいた武器を取りに伺っただけですよ。先生、出来上がっていますか?」


無言で立ち上がった鉄斎先生は奥の間に入り、マグナムスチール製のヌンチャクを手に戻ってきた。


うやうやしくヌンチャクを受け取ったユエルンさんは、ヒュンヒュンと風切り音を立てながら見事なヌンチャク捌きを見せてくれる。


その一糸乱れぬ流麗な動きに、ボクは見とれてしまった。監査役は武の達人、かぁ。


演武を終えたユエルンさんは満足げな微笑を浮かべ、賛辞の言葉を口にする。


「さすがは現代最高の刀匠と謳われる五代目鉄斎先生。素晴らしい出来栄えです。」


「ヌンチャクを打つのは初めてじゃったが、まあまあの出来栄えじゃろ? その棍には闘棍禅戒とうこんぜんかいと名付けた。」


………とうこんぜんかい………そう言えば五代目鉄斎先生の作品ってそんなネーミングが多かったような………


「ありがとうございます。闘棍禅戒、大切に使わせて頂きます。」


優雅にお辞儀してから、ユエルンさんは袖の中にヌンチャクをしまい込んだ。


「お姫様の剣が出来上がったら連絡しよう。さて、ワシは作業に戻るぞ。もう一度火を入れるところからやり直しじゃのう。」


これ以上邪魔をするのは申し訳ないので、ボクとユエルンさんは鉄斎先生にお別れの挨拶をしてから工房を後にした。




鉄斎先生はボクにどんな刀を打ってくれるんだろう? 今から楽しみだよ。



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