幕間編3話 良将のジレンマ



「ナザロフは良将だ。両軍の将官の中ではかなり上の方だと言える。戦闘能力は特にな。」


戦局をモニターで見ながら私が述懐すると、アマラが感想を述べた。


「そうですわね。だからこそ我々が出向いてきたのですけれど。」


「だがな、アマラ。良将は良将に過ぎぬのだ。そして良将であるが故に、ナザロフは敗北する。」


「セツナ様、それはどういう意味なのですか?」


ナユタが答えをせがむように私の前に回り、首をかしげる。


いい機会だ。良将の陥穽について教えておこうか。


「良将は良い手を打ってくる。だが最善手を打ってくる事は稀で、奇手を打ってくることはない。格上に当たると順当に負けるのが良将というもの。」


「格上相手には善戦すれど及ばじ、それが良将の定め、ですか?」


理解が早いな、ナユタ。そうでなくては私の眷族とは言えん。


「そうだ。良将だけに良き手は打てる。だがそれ以上の手を打てる相手には為す術がない。良将は良将だけに悪手は打てない。だが格上をどうにかするには、一見、悪手に見える奇手が必要な場合もある。」


背水の陣がその典型だ。一見、兵法のことわりからは外れて見えるが、実はそうではない。


ナザロフは常識も良識もある良将、であるが故に敗れるのだ。


捨て駒部隊がナザロフ師団を予定地点まで連れてきたな。頃合いだ、ナザロフに良将のジレンマを味合わせてやろう。


「アルハンブラ、やれ!」


「少数とはいえ、倒壊に友軍も市民も巻き込まれますが……よろしいので?」


「大事の前の小事だ、構うな。アルハンブラ、おまえは私と共に新世紀を創始すると誓ったはずだ。その誓いを忘れるな!」


「ハッ!!」


私の合図で大爆音が街中に木霊する。摩天楼を織りなす高層ビル群が次々に倒壊し、ナザロフ師団と運の悪い捨て駒達を押し潰してゆく。


倒壊したビルはナザロフ師団の兵達を押し潰すだけではなく、敵軍を分断する壁でもある。


どうだナザロフ? 混乱し、分断された部隊を緊密に連携させ、戦線を立て直す力量が貴様にあるかな?


「征くぞ!アマラ、ナユタ!私に続け!」


「はい、セツナ様!」 「ナユタはどこまでもお供つかまつります!」




侵入してきた全ての敵軍を分断する事は不可能。分断出来なかった部隊には4番隊をぶつける。


我が友とおなじく、狂犬の能力特性も広範囲、多対一に強い。


4番隊500名のうち半分は死ぬだろうが構わん。幹部まで死にはすまい。


ナザロフは良将で勇将、故に最前線で指揮を執っている。そこにはザハトをぶつける。ナザロフを足止めするのが目的の鉄砲玉だ。


ザハトがナザロフを討ち取ればいいが、そうでなくても構わない。


私の率いるゲッコーパフォーマンスが到着するまで、ナザロフを離脱させなければそれでいい。


4番隊と8番隊は消耗が前提、温存すべきはその他の部隊なのだからな。


とりわけ私の月光、アマラの月影は新世紀を切り開く中核部隊だ。こんなところで無駄死させる訳にはいかない。


オリガの支援狙撃で怯んだ敵部隊にゲッコーパフォーマンスは攻撃を仕掛ける。


「兵団団長の煉獄だ!奴さえ倒せば我々の勝ちだ!」


………身の程知らずが。私の前に出ようとする親衛隊を手で制し、前に出る。


「セツナ様、此奴らは我々が。お手を汚す程の相手ではありません。」


「たまには私も運動せねばな。ウォーミングアップの相手としては手頃だろう。」


愛刀、滅一文字を引き抜いて私は敵兵達を迎え撃つ。


下等者共が!数を頼んで包囲すれば、この私をどうにか出来るとでも思ったか?


「ギエッ!」 「グボッ!」 「アヒャア!」


私は一呼吸の間に三人を斬り伏せる。


「遅いっ!そんな腕前で、よくもこの私の前に立とうなどと思い上がったものだ!」


剣技というには稚拙過ぎる腕しかない連中を次々に撫で斬りにしていく。


おっと。前衛の数が減って誤射の恐れがなくなった後衛の連中が、対戦車ライフルを構えたか。


フン、オリガめ。私には支援狙撃なしか。私が自分の上に立つ男か、お手並みを拝見とでもいうのだろう。


お望み通り、見せてやろう。私の上に立つ者など、存在しえないという事実をな!


……見える。飛んでくるライフル弾のうち、私に当たるのは一発のみ。


射線の軌道上に斬撃を


念真障壁すら展開せず、飛んでくるライフル弾を斬って落とした私の姿に敵兵達は戦慄した。


「弾丸を斬り落とす程度の芸が珍しいのか?」


「ば、ば、化け物め!」


「化け物? 違うな。私のような存在はと称されるべきだ。」


次弾をリロードする前に念真障壁の足場を作って左右に飛び、狙撃兵の懐に飛び込む。


目と鼻の距離にまで飛び込まれた狙撃兵は、拳銃に武器を切り替えようとするが……無駄だ。


武器を切り替える間もなく、私は全員を斬って捨てた。


さて、ウォーミングアップも済んだ事だし、ナザロフを守る前衛部隊を殲滅にかかるか。




手早く前衛部隊を処理し、ザハトが足止めしているナザロフの本営に部隊を率いて向かう。


「団長、やっと来てくれたのぉ。遅いよう。もう僕の部隊は半分も残っちゃいないんだから。」


青い軍服の老人と戦っていたザハトが、首を回して愚痴を言う。


「半分も残っているなら上出来だ。」


「まあ、ちょっと待っててよ。この老いぼれは僕が仕留めるからさ。」


「小癪な!貴様の如き小僧に遅れを取るほど耄碌しておらんわ!」


吹雪の老人ジェド・マロース」の異名を持つ同盟の老将は、氷結した槍を複数纏わせザハトに襲いかかる。


「ちょ!あぶないじゃん!そんなの刺さったら僕死んじゃうよ!」


ザハトはサイコキネシスで氷槍を砕きながら念真破で反撃するが、老人とは思えない速さで躱される。


老人の部下と戦って消耗したザハトには荷が重い相手だな。仮にザハトが万全でも分が悪いぐらいだ。


アスラ元帥に「吹雪の老人」と異名を付けられただけの事はあるな。


「私がその老人の部隊を殲滅している間に仕留めてみせろ。せっかく部隊が半分も残ったのだ。全滅はしないようにしてやろう。」


………おまえにその老人を倒すのは無理だと思うが、試しにやってみるがいい。


何度でもチャンスがあるのだけが、おまえの取り柄なのだからな。




8番隊の生き残りを後退させながら市街各所の戦線に指示を与え、市街戦の勝利を確信した。


「ムクロ、この戦いの趨勢は見えた。ザハトの所に戻る前に賭けをしようか。」


「……殺されている方に賭けます。」


「それでは賭けにならんな。」


吹雪の老人ジェド・マロースの異名を持つ同盟最強の氷結能力者に、消耗したザハトでは及びますまい。」


「だろうな。」


ムクロと親衛隊を連れてザハトの元に戻ってみたが、待っていたのはザハトのだった。


下半身は氷漬けにされた挙げ句、粉々に粉砕されたらしい。残骸が赤い氷片となって散らばっていた。


「おっかしいなぁ。こんなはずじゃなかったんだけど?」


「やはり負けたか。口ほどにもない。」


「雑魚を相手に消耗してなきゃこんな事にはなってないよ!」


上半身だけになっても口だけは達者な奴だ。


「どうだかな。」


「あのね!こうみえて僕は………ぴゃん!」


情けない声をあげて上半身も氷漬けにされた。静かになって助かる。


「醜悪な糞餓鬼のオブジェの完成じゃ。次は貴様の番じゃぞ、若僧?」


醜悪なのは認めるが、ザハトは糞餓鬼ではない。中身はいい大人だ。


私は醜悪なオブジェを蹴飛ばして戦場の片隅に追いやる。


「余裕めかしてないで逃げればよいものを。」


「どうも負け戦のようじゃからのう。せめて若僧の首を土産に持ち帰ろうかと思ったまでよ。覚悟せい!」


部下達を制した吹雪の老人ジェド・マロースは氷槍を展開する。ザハトと同様、私にも一騎打ちで挑んでくるか。


よかろう。私もムクロと親衛隊に合図し、下がらせる。


「白髪首を置いてゆくのは貴様の方だ。私に勝てる者など………いない!」


私の斬撃を氷の盾で受け止めたか。やるではないか!


「さっきの小僧よりは出来そうだな、亡国の若僧よ!」


「二度と滅びぬ王国を私は創り上げる!貴様はその礎になれ!」


何合か打ち合ってみてわかった。この老人はザハトが万全であっても及ばぬ腕前のようだ。


「伊達に機構軍最強の男などと呼ばれてはおらぬようだの。じゃが氷結能力を極めた儂には及ばん。相手が悪かったな。」


「……私に固有能力がないとでも思っていたのか? 小手調べは終わった。」


「どんな芸を見せてくれるんじゃ、若僧?」


「貴様如きが私の首を土産には出来ぬ。代わりと言ってはなんだが………冥土の土産に見せてやろう。」


瞑目して瞳に力を込め、刻を司る龍を目覚めさせる。見開いた瞳には緊迫した老人の顔が映った。


「な、なんじゃ!貴様のその目は………」




これか? これが私の刻龍眼こくりゅうがんだ!






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