幕間編2話 勝利こそ全て



機構軍加盟都市バルク・マウルを巡る攻防は激化し、両軍の死者は加速度的に増えつつあった。


戦いの優劣はハッキリしていた。同盟軍を率いるナザロフ大将は2万という大軍と大量の移動式曲射砲を活かし、戦いを優位に進めている。


このまま時間が推移すれば、同盟軍の勝利は確実と思われた。


最後の兵団ラストレギオンが出現しなければ、そうなっていただろう。






「ライゼンハイマー中将、ゴッドハルト元帥からの命令は聞いたはずだ。」


無能者め。四の五の言わずに指揮権を寄越せばいいのだ。貴様の尻拭いをしてやろうというのだぞ。


「ロウゲツ大佐、元帥からの命令は聞いたが……私の師団の指揮権を大佐に移譲しろなどという話を首肯しゅこう出来る訳がなかろう。」


「ならば元帥にナインと仰ればよろしかったのでは?」


ライゼンハイマーにそんな事が言えるはずもないと分かっているだろうに、アマラもなかなか意地が悪い。


「……私にも面子がある。貴官が我が師団に協力してくれればよい。私に必勝の策が……」


面子? 面子にこだわってよいのは能のある者だけだ。家柄しか取り柄のない低能は引っ込んでいろ。


「必勝の策? そんなものがあるのなら、こんな事態になる前にサッサと使えばよろしかろう。指揮権に関して不満があるなら、文句は元帥に言うがいい。指揮権を移譲するのか否か、ヤーナインで答えろ!今すぐにだ!」


「き、貴様!大佐如きが機構軍中将である私に向かって……」


「是か否かで答えろと言ったはずだ!答えねば否とみなし、我々は他の戦地に向かう!」


「………いいだろう。この局面を打開出来るならやってみせろ。ただし、負けた場合はその大言壮語の始末は私がつけてやる!」


「私に貴様以上の失態を演じるなど不可能だから安心するがいい。指揮権移譲の命令を全軍に出せ。貴様の仕事はそれで終わりだ。」


……通信を叩き切ったか。プライドの高さの半分でも能力があればよかったものをな。


大戦おおいくさの度に指揮権移譲の交渉をせねばならぬとは手間ですね。ご心労、お察し致します。」


アルハンブラがシルクハットを脱いで私に一礼する。


「やむを得んさ。私は未だ佐官に過ぎぬ身だ。」


「功績から言えばとっくに将官になっていなければおかしいというのに………ゴッドハルト元帥も何をお考えなのか……」


私は指揮シートを回して、アルハンブラと正対する。


「アルハンブラ、元帥の心の内が分からないか?」


「私には理解致しかねますね。元帥の麾下で一番優秀な指揮官が団長なのは、誰が見ても明白でしょう。」


「だからこそだ。元帥はのだよ、この私がな。権力を与え過ぎると自分の地位を脅かすかもしれんと不安なのだ。」


「だから佐官に据え置いて、コントロールを利かせたいという訳ですか。……なんと身勝手な。」


アルハンブラはピンと立った髭を震わせ、憤慨する。


「まあそう怒らずともよい。分かっていて利用し、利用されている。イソギンチャクとクマノミの関係に似ているな。、だが。」


「団長はいずれ大海へ雄飛する身、それまでの辛抱ですか……」


「海に例えるなら雄飛ではなく遊泳かな?……遊泳では格好がつかぬか。」


「なかなかどうして、言葉というものも難しいものですな。」


「フフッ。今は気の利いた言い回しではなく、ライゼンハイマーの尻拭いについて考えるべきだろうな。アルハンブラ、部隊長は全軍作戦室に集まっているな?」


「はい、狂犬以外は。」


「よし。ムクロ、ここは任せる。アマラ、ナユタ、行くぞ。」


勝つ算段はついている。だが4番隊にかなりの犠牲が出るだろうし、ザハトが死ぬかもしれんな。




私は作戦室で部隊長達に作戦概要を指示した。


概要を聞き終えたユエルンがため息をつく。


「これまた4番隊兵員の棺桶が沢山要りそうな作戦ですね。市内への強行突入作戦でもそこそこ死にましたよ。これ以上の損耗は今作戦以降の作戦継続に差し障りが出そうですが、よろしいのですか?」


その為の4番隊だ。損耗する前提だから、他隊に比べて5倍もの人数を揃えてあるのだからな。


「かまわん。心おきなく死んでこい。」


「やれやれ。まあウチは幹部だけ健在であれば後はどうにでもなる連中ですし、捨て駒もやむなしですね。」


そこの認識は私と違うな、ユエルン。狂犬も捨て駒なのだよ。


「4番隊はそれでいいけどさぁ、僕のところも結構ヤバくない? また僕に死んでこいって言うの?」


ヘルホーンズとおなじく、危険地帯に投入予定のザハトがキャンディーを舐めながらグチる。


フン。外見が子供のままだからといって、子供じみた行動まで取る必要はあるまいに。


単にガキっぽい性格なのだろうがな。


「そうだ。おまえも死んでこい。別に生きていても構わんが、任務は果たしてもらう。」


「わかったよ。ご命令通り死んでくればいいんだろ? あ~あ、今度生まれ変わったら優しい指揮官の下で働きたいなぁ。」


貴様は何度生まれ変わろうと使い捨てにされる運命だ。その程度の器量しかないのだからな。


「オリガ、狙撃支援は任せたぞ。支援部隊の配置は君に任せる。」


「ダー(はい)。お任せ下さい、団長。」


白変種アルビノの魔女が微笑みながら頷く。これで支援は万全だろう。


「私は陽動だけで構わないので? 老師に戦鬼だけでなく、剣と盾もいません。アマラ、マードック、バルバネス、ザハトでは攻勢部隊の層が薄いやもしれませんが?」


「アルハンブラ、ペテンしか能が無い貴様が前線に出てきてもなんの足しにもならん。俺がいれば問題ない。」


「むしろ君がいるから問題だと思っているのだが。勝手な振る舞いが十八番だろう?」


蛮人バルバネス魔術師アルハンブラは友好の対極にある視線を交わす。


「アルハンブラ、私も出る。」


人手不足だからな、やむを得ん。だがトーマに任せた別働隊は期待通り、いや期待以上の戦果を上げてくれている。トータルで見れば大幅にプラス、問題ない。


「団長が自ら前線に立たれるのですか?」


「ああ、私が出ればなんの問題もあるまい。」


「御意。」


今回の相手のナザロフはそれなりに出来る男だ。油断してはならない。


私の目指す先はまだまだ遠い。新世紀ジェネシスを創始し、世界の頂点に立つその日まで、負ける訳にはいかないのだ。





バルク・マウル攻防戦が始まった。旗艦の指揮をムクロに委ね、私はアマラ、ナユタと共に高層ビルの上から戦場を睥睨する。


「セツナ様、ナザロフ師団の先鋒が市街に突入してきた模様です。」


緊張した面持ちのナユタがそう告げてきた。この程度の局面で表情を堅くしてしまうあたり、まだ未熟だな。


おまえとアマラは私と共に新世紀への扉を開かねばならぬ身なのだ。もっと成長してもらわねば。


「そうか。予定地点までどのぐらいで到着する?」


「防衛網の突破状況から見て、約30分かと。」


アマラは姉だけあって落ち着いているな。よしよし、それでいい。


アマラの差し出した無線機を取って、アルハンブラに連絡を取る。


「アルハンブラ、仕掛けは済んだな?」


「問題なく。いつでもいけます。」


では、そろそろ私も動くか。




市街地にゲッコーパフォーマンスを配置し、敵軍の来襲を待ち受ける。


さあ飛び込んでこい、死地にな。摩天楼を墓標に眠らせてやろう。


「それにしても大胆な作戦ですね、セツナ様。」


アマラの目には私の作戦は奇異に映ったようだが、私の副官たるおまえまでがそんな凡百の発想では困る。


「大胆? 凡百は拠点防衛というと馬鹿の一つ覚えのように市街地への侵入を阻もうとするが、意味が分からぬ。攻略戦であろうと防衛戦であろうと、要はだけの事だ。」


それが太古の昔から変わらぬ戦争の鉄則、その為には柔軟に物事を考える必要がある。


大昔の冒険家がパトロンを得るために、卵を立ててみせたのと同じだ。卵を無傷で立てるのが難しいなら、殻を壊して立てればいい。


重要なのは発想の転換。防衛戦でも防壁に拘らず、勝てるのならば市街地で迎え撃てばいい。


卵の殻を壊すように、市街と市民の犠牲など考えなければよいだけだ。


ここは私の街でもないし、市民も私の領民ではないのだからな。


捨て駒に使うのもマードックとザハトだけではない。ライゼンハイマー師団にも捨て駒になってもらう。


戦が終わればライゼンハイマー師団もボロ雑巾のような様相を呈するだろうが、負けるよりはマシだろう。





師団の兵達は少し気の毒だが、無能者の下に配属された不運を呪うのだな。





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