戦役編10話 お館様って何時代だよ



シズルさんの作ってくれた食事は簡素だったけど、驚くほど美味しかった。


磯吉さんには及ばないにせよ……いや、材料のハンデがあるからな。粗悪な材料でこれだけの味が出せれば大したもんだ。


食事を終えた頃にリックがやってきた。トレーラーの調査が終わったらしい。


「兄貴、トレーラーの故障は事故じゃない。時限式で壊れるように仕掛けがしてあった。」


瓢箪から駒だな。ホントに仕掛けが施されていたか。


「どういう事なんだ? トレーラーを故障させれば私が村へ戻ってきてしまう。内通者にとっては不都合極まりないではないか!」


シズルさんは訳がわからんといった風で首を捻る。


「……内通者とは別の誰かがいるというコトだ。その誰かは内通者に逆らえない立場か事情があり、車両に詳しいか、詳しい友人か家族がいる。その誰かさんは村を悲劇が襲うコトは望んでいないが、狗の悪巧みを密告も出来ない小心で善良な人間だ。だから車両に細工して、シズルさんが途中で引き返してくるように仕向けたんだろう。狗の方は強欲な卑怯者だが、面と向かってシズルさんに刃向かう度胸はない。だからヒャッハー共を手引きした。シズルさんに恨みを持つ人間である可能性もあるな。ここは大きな街じゃない。そんな歪な関係にある人間は限られてるんじゃないか?」


「………心当たりがある。そんな兄弟が、この村に住んでいるのだ。」


「兄弟か。どんな兄弟なんだ?」


「流れ者の兄弟なのだが、兄はこの村で詐欺まがいの行為を働いたので、私が懲罰を加えた事がある。弟は整備工で、作業中の事故で兄の片目を潰してしまった。作業中の弟の邪魔をした兄にも十分な過失はあったのだが………弟は兄の為に高性能の義眼を欲しがっているが、なにぶん高価なモノゆえ、辺境暮らしの身では思うようにはなるまい。」


「だとすれば当事者の兄はより切実に大金を欲しがっているだろう。その兄弟は身柄を拘束した方がいい。兄貴の方はまた悪巧みを企む可能性が高いからな。弟を尋問すれば有罪か無罪かはじき判る。」


「すぐに身柄を拘束させる。少し待っていてくれ。」


シズルさんは席を立ち、しばらくして戻ってきた。


「正直に話せば兄の命だけは助けると弟に持ちかけたら全部喋ったそうだ。おおよそ貴公の推論通りの話だったよ。兄の方はロードギャングとつるんでいる事が確定しているから、奴らと繋ぎを取る方法を聞き出している。アジトが分かれば潰しに行く。」


「それがいい。害獣は駆除するに限る。リッ……マミー2号、先に戻って休んでてくれ。場合によってはもうひと働きするコトになる。」


「貴公もロードギャング退治を手伝ってくれるのか?」


「距離と数によるけどね。明日の早朝に出発するのは変更出来ないから。」


「兄貴のポリシー、「いったん関わった以上は事の顛末を見届ける」ってヤツだな。それじゃあ戻って仮眠を取っとくよ。」


「すまんな。オレはシズルさんと少し話をしてから戻る。」


リックは頷いて部屋を出た。オレのお節介に文句も言わずに付き合ってくれるんだから、いい男だよ。


「オレの密命の話をする前に、また質問をさせてくれ。」


「なにが聞きたい?」


「シズルさんが御門家に復讐する気があるかどうかだ。」


「あるに決まっている。八熾宗家を粛正し、我らを照京から追放したのだぞ。」


「追放した御門家の先代はもう死んだ。それでも復讐するつもりか?」


「現当主のガリュウは先代よりも非道だ。叢雲むらくも一族を宗家のみならず一族ごと粛正した。八熾家と叢雲家は二千年の長きに渡り御門家を支えてきた股肱の臣であるにもかかわらずだ!」


だよなぁ。でもミコト様を爺さんと親父の悪行の道連れなんかにはさせない。


「御門家は龍にあらず、自分の足を喰らうたこへと成り果てた。我らの恨みだけでなく、親子二代に渡る圧政の報いも受けさせねばならん。貴公はそう思わないのか?」


「オレは別の道を模索している。シズルさんの返答次第でオレ達は敵同士になるかもしれない。心して聞いてくれ。」


「………聞こう。別の道とは?」


「八熾、叢雲宗家を粛正し、一族を追放したコトは誤りだったと御門家に認めさせる。その上で照京に帰るなり、関わらずに生きていくなりは各々が選べばいい。」


「そんな事が出来るものか!ガリュウの尊大で冷酷な人となりを貴公は知らないのか?」


「娘のミコト姫はそうじゃない。ミコト姫は祖父や父の所業に心を痛めておいでだ。ミコト姫が御門家当主になれば照京は変わる。」


「貴公はミコトと繋がりがあるのか!」


「ああ。だからシズルさんがミコト姫に仇なすというのなら、オレは敵になる。滅んだ名門の再興よりも、今を生きる人を大事にしたいんでな。」


「八熾家は滅んでなどいない!宗家の血を引かれた方がまだいらっしゃるかもしれぬのだ!貴公も旅をしているのなら噂ぐらいは耳にした事があろう!同盟に狼眼を操る兵士が現れたと!その噂が本当ならば八熾宗家の血は絶えてはいない!」


「…………」


「貴公にお祖母様から教わった伝承を聞かせてやろう。」


そう言ってシズルさんは詩のように韻を含んだ伝承を唱え始める。


「叢雲一族は剣をたたえたもう。その剣を以て帝の敵を討ち滅ぼす者なり。」


「八熾一族は至玉を称えたもう。その至玉を以て帝の御身おんみを護る者なり。」


「御鏡一族は鏡を称えたもう。その鏡を以て帝の心を映す者なり。」


………はるか昔、御門家はイズルハ全土を統一せんと帝を称した。


そして叢雲一族が外征をおこなって数多くの敵を討ち滅ぼし、八熾一族は照京を我が物にせんと押し寄せる敵を全て打ち払った。御鏡一族は外交と内政における御門家の相談役であり代理人。


無論、完全分業制という訳ではなく、役割が入れ替わるコトも多々あったが、概ねそんな感じだったようだ。


御門家によるイズルハ統一が成された後は、司法、立法、行政の三権を御三家で分担し、龍の島と呼ばれるイズルハ列島を統治していた。近代に入るまでは、だが。


龍眼を持ち、龍が家紋の御門家を頂点に戴く龍の島、か。


イズルハが龍の島と呼ばれる由縁は列島の形状が龍のようだからだ。日本で言えば北海道にあたる島の地形が龍の頭のようで、房総半島の部分が長く前足、四国が後ろ足で九州を尾に見立てている。


………そういや司令は行政を担当していた御鏡家の血を引いているんだっけ。司令は政治家としても有能……血は争えないってのはホントなのかもな。


「………だが剣は折れ、至玉は光を失い、鏡は曇った。御門家の所業が原因で……」


シズルさんは険しい顔で御門家を断罪した。


「叢雲一族は滅ぼされ、八熾一族は追放され、御鏡一族は相談役としての役割を放棄した、と言いたいのか?」


「そうだ。御門家を支えた御三家とは人の器なのだ。神器を瞳に宿す人器じんぎ、今度はその人器の力を以て御門家を滅ぼしてやろうではないか。至高の座は至玉を有する八熾一族にこそ相応しい。私は各地に散った八熾の一族眷族を探し出し、機会を窺っている。後は狼眼を持つという天掛カナタ少尉を説き伏せ、我らの旗頭に立って頂くだけだ。」


オレの知らねートコでめんどーなコトになってやがんな、おい!


だがミコト様に仇なす者はオレの敵だ。それは爺ちゃんの願いでもある。


「照京は同盟側の有力都市で、狼眼を持つという天掛カナタは同盟軍の兵士だぞ。そんな話に乗る訳がない。」


「お館様はたぶらかされておられるのだ。私が情理を尽くして説得すればわかってくださるはず!」


……お館様って。そもそもオレはクローン兵士で八熾宗家の人間ってワケじゃ……


いや、地球に逃れた八熾レイゲンの孫ではあるんだが、八熾レイゲンは天掛翔平になっていて……


ああもう!なんだよ、このワケがわかんねえ状況は!


「シズルさん、なんとか思い止まってくれないか。無駄な死人が出るだけだ。」


シズルさんはオレの胸ぐらを掴んで叫んだ。


「無駄とはなんだ!貴公はそれでも八熾の一族か!私が狼眼を持っていたら、貴公を睨み殺すところだぞ!」


「狼眼とは………この目のコトか?」


オレは極小威力で狼眼を発動させた。


「ぐぅ!そ、その目は!まさか!!」


痛いはずなのにシズルさんはオレから目を逸らさない。


オレは瞳を閉じて包帯を解き、ドッグタグを外して手渡した。


「天掛カナタ………で、では貴方が………我らのお館様!」


驚愕に満ちた顔でシズルさんは身を正し、オレに向かってこうべを垂れる。




なんだかなぁ………また特大の面倒事を拾っちゃったよ。でも放っておくワケにもいかないし。


ねえ神サマ。オレの人生、ちょっと波瀾万丈過ぎやしませんかね。もう少し加減してくれてもいいのよ?



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