戦役編11話 神器を宿す人器



オレは八熾一族の八乙女シズルさんに、自分の正体を明かした。


やむを得なかった。放置しておけばシズルさん達はミコト様に仇なす存在になりかねないんだから。


シズルさんは夢幻一刀流を使う強者だし、部下達も精鋭だ。


機構軍に走られても困るし、照京に対するテロリスト、いや、体制転覆を謀るレジスタンスになられても厄介極まりない。


シズルさんは八熾家再興の為にオレに接触しようとしていたようだし、ここで正体を隠したところで、いずれは話をせざるを得ないんだ。


シズルさんは平伏したまま、オレの言葉を待っている。


年齢的に直接八熾家に仕えていたコトはないだろうに、この態度。忠誠心の塊なんだろうなぁ。


「シズルさん、頭を上げてください。オレ、こういうのホント苦手なんで。」


「お館様とはつゆ知らず、無礼を働きました。伏してお詫びを……」


ああもう、マジでやりづれえ。オレはシズルさんの両肩を掴んで体を起こしてもらう。


「シズルさん、オレはお館様じゃないから。同盟軍の一兵士だよ。」


「なにを仰いますか!黄金に輝くその瞳こそ、八熾家当主の証!狼眼の中の狼眼である天狼眼に相違ありません!」


そういやマリカさんはアギトの狼眼は氷みたいな白銀だったって言ってたよな?


「叔父のアギトの狼眼とは違ったものなのか?」


「はい。狼眼は八熾宗家にしか顕現しない神器ですが、通常は白銀。黄金の狼眼は当主様にのみ顕現します。いえ、順序が逆ですね。宗家に黄金の狼眼を持つお方が現れれば、次男末弟であろうと次期当主になる。それが八熾家の掟なのです。」


うへえ、人格能力関係ナシかよ。世襲ってそういうトコがダメなんだよな。


「不合理だなぁ。黄金の狼眼を持つ双子や兄弟が生まれたらどうすんだよ。」


「問題ありません。天狼眼は天神アマテラスから与えられる神器の中の神器、故に神器を持つ当代が健在である間は誰にも天狼眼は顕現しません。当代がお亡くなりになられれば、宗家の誰かの狼眼が天狼眼に昇華するか、天狼眼を持ったお子が産まれる、そういう仕組みなので。お祖母様の話ではお館様の大叔父、八熾レイゲン様も天狼の目を持っていらしたそうです。」


大叔父じゃなくて爺ちゃんなんだけどな。オレは書類上では爺ちゃんの妹、八熾シノの孫ってコトになってっけどさ。


「そうなんだ。八熾の真の神器である勾玉を宿す人器は一人、叢雲家や御鏡家はどうなんだろうね。」


「八熾のみならず、叢雲、御鏡家もそうらしいです。天狼眼とは至高の勾玉である天玉を宿す目、同じように叢雲家当主には神剣を宿す神虎眼しんこがん、御鏡家当主には聖鏡を宿す聖鏡眼せいきょうがんという神器があるのだとか。」


叢雲家は滅んだ。だけど御鏡家は健在で、司令は鏡眼を持ってたよな。


「鏡眼と聖鏡眼はどう違うんだ?」


「鏡眼は邪眼の能力を跳ね返すといいます。聖鏡眼にはさらなる能力があるという話ですが、お祖母様もご存知ではありませんでした。」


天狼眼は睨み殺すという狼眼の力に加えて、武器に殺戮の力を付与するという能力がある。どういうシステムなのかはわからないけど、真の神器を宿す人器は常に一人。人器がいなくなれば、次の人器が選ばれるんだろう。選ばれる理由………一番力のある者ってのが有力だよな。今の御鏡家の当主、御鏡雲水みかがみうんすいは文弱の徒、娘の稲穂いなほはまだ少女……となると司令が聖鏡眼を持ってる可能性がある。


切り札の中に真の切り札を隠すのがお好きな司令のコトだ、邪眼を跳ね返す鏡眼だけが切り札とは思えない。聖鏡眼を持っているとみた方がいいだろう。


聖鏡眼の能力ってなんだろうな?………ははぁん、鏡は相手の姿を映すものだ。おおかた邪眼能力のコピーとかだろう。


そう言えばアスラ元帥の伝記を読んだけど、元帥のお母さんは御鏡家の人間で駆け落ち同然に御堂家に入り、元帥を産んだらしい。


元帥のお父さんとは相思相愛の仲だったのに、宗家の人間は照京の外へは出さないってしきたりのせいで、結婚が認められなかったからだ。


何十年も経ってから、御門家の当主で元帥の後見人だった右龍総帥の取りなしで、なんとか特例として認められたらしいけど……


………そうか。外へ宗家の血族を出さない理由は、神器が流出する可能性があるからだったのか。


「それにしてもシズルさんのお祖母様って博識なんだね。お元気なの?」


「いえ、もう鬼籍に入られました。お祖母様はレイゲン様の側近を長く務め、八熾の知恵袋と呼ばれた元侍従筆頭、博識なのは当然です。ところでお館様、少し話が……」


「ごめんごめん、話が逸れちゃったか。オレは知りたがり屋なもんでね。御門家や御三家のコトはほとんど文献にないもんだからついつい。」


「ではこれからのお話を。お館様はどうなされるおつもりなのですか?」


「シズルさんには悪いけど、オレは八熾家の再興に興味はないよ。御門家に復讐する気もない。それどころかミコト様を守ろうと思っている。」


「そんな!」


「オレはミコト様にお会いした。あの方はお優しい方だ。オレのコトも大層気に掛けてくださっている。」


「それは報復を恐れての演技です!裏ではなにを考えているかわかったものではありません!」


………一つ嘘をつけば嘘を重ねるコトになるって言うが、その通りだな。


ミコト様はオレが地球から来た異邦人であるコトを知る唯一の理解者なんだって言えればいいんだけど、そんなワケにはいかねえし……


「八熾家の再興はシズルさん達だけでやればいい。でもミコト様に敵対するのなら、オレも敵になるってコトだけは覚えておいてくれ。」


「私がお館様に刃を向けられる訳がありません!それに八熾の再興に興味がないなどと!お館様は我らをお見捨てになると仰るのですか!」


まいったな。シズルさんが涙ぐんじゃってる。オレは女の涙にゃ弱いんだよなぁ。


「お願いだから二点だけ妥協して欲しい。40年前の恨みは水に流し、オレを当主に担がない。その代わり、オレは八熾の再興に力を貸すから。この村の人達やシズルさんが集めてる八熾一族のみんなに安住の地を約束するし、八熾宗家の座は正式にシズルさんに譲る。時が来ればミコト様にお願いして八熾宗家の粛正と一族の追放は誤りだったと声明を出してもらって名誉も回復させるから。………それで納得してくれないか? 頼むよ。」


「お館様がそう仰るのなら恨みは水に流します。ですが私が八熾の当主となる事などあり得ません。」


「なんでさ!一族なんだから、どこかで八熾の血が入ってる分家なんだろ? 分家から宗家の当主が出るなんて珍しくもないじゃないか。」


本来、分家ってのは本家が途絶えるコトを防ぐ為の血のスペアなんだから。元の世界の徳川家の御三家や御三卿はそういう理由で作られた家だ。実際、紀州出身の吉宗が八代将軍になった例がある。最後の将軍慶喜は水戸藩だったし。


「八乙女家の当主に八熾宗家の人間が就いたのは400年も前です。第一、当主の証である天狼眼を持つお館様がおられるというのに、分家の私が当主に就くなど許されません。」


どこまで頭が封建制なんだよ!もうちょっと近代化してくれよ!


ああもう!オレはクローン人間なんだって、ぶちまけたくなってきたぞ!


「とにかく!オレは当主だのお館様だの、そういう慣習みたいなのはゴメンだからね!」


「恨みは水に流す、シズルは一点妥協いたしました。ですからお館様も一点妥協してください。我らの当主として旗頭に立つと。」


「……う~ん。……シズルさんは恨みを水に流す、オレは八熾の再興に力を貸す。お互い一点づつ妥協したワケだ。だから当主の座については継続審議ってコトにしないか? 八熾の再興が成った時に改めて考えるってコトで。まずはお家再興が先だろ? 再興されたお家がなければ、当主もクソもないんだから。」


問題の先送りはよかないんだけど、時には他に方法がない場合もある。現時点で八熾の残党はシズルさんをリーダーと認めているようだ。うまくやればそのまま横滑りさせるコトが出来るだろう。


よく知りもしない若僧より、シズルさんを当主に担ぎたいって思う残党だって多いはずだからな。


「………承知いたしました。ですがお家再興のあかつきには、必ず当主に就いていただきますので。」


オレをキリッとした目で見つめてくるシズルさん。その眼力と気迫に押されたオレは、精神的に三歩ほど後退する。


「………あ~、うん。わかった。よく考えておくから………」


「目が泳いでます、お館様!ちゃんとシズルの目を見てご返答ください!」


身を起こし、さらにゴリゴリ寄ってくるシズルさん。オレは精神的にだけじゃなく、実際に後ずさりする。


コトネに倣って照京弁で言えば………あきまへん、ちょっとこの人苦手どすわ。


「ここであったが40年目、お家再興のその日まで決して逃がしませんから!お館様、お覚悟を!」


いやいや、その言い方だとオレがかたきみたいじゃん!




しっかしなんだってこう問題ばっかり起きるんだ。


今度の厄介事は追放された一族の再興かよ。………はぁ、参ったなぁ。



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