戦役編12話 シズルさんは確信犯



ひょんなコトから、いや、暇で意地悪な神サマの配剤によって、オレは八熾のお家再興に手を貸すハメになってしまった。


どこかに出掛ける度に起こるトラブルにはもう慣れっことはいえ、こう毎回だと笑えてくるわ。


「なにが可笑しいのですか、お館様?」


「シズルさん、当主についてはお家再興が成就してからって話にしたよね? だからお館様って呼ばないでよ。カナタでいいから。」


「暫定お館様などと呼ぶのは変ですので、省略したまでです。決して既成事実化を狙っている訳ではありませんので、気になさらないでください。」


いやいや、狙ってるでしょ!狙ってるよね? 獲物を見つけた猛禽類みたいな目をしてるじゃん!


抗議しようと口を開きかけたオレは、縁側に面した障子に月の光に照らされた人影が映ったのに気が付いた。


「シズル様、賊のアジトが判明いたしました。」


障子の人影は片膝を着いたまま、シズルさんに報告を入れる。まるで時代劇だな。


「ご苦労。物見役は出したのか?」


「はい。いかがなされますか?」


「しれた事。二度と悪さが出来ぬよう、冥府へ送り返すまで。白狼衆はくろしゅうに下知を。」


「ハッ!」


命を受けた人影はタタタッと走り去っていく。


「白狼衆?」


「八熾の眷族の中でも夢幻一刀流を使う精鋭達の事です。」


「さっきシズルさんと一緒に戦っていた白装束達か。たしかに手練れだったな。」


ヒャッハーが相手とはいえ、なにもさせずに完勝していた。たぶん白狼衆はアスラ部隊に匹敵する精鋭達だ。


「オレも行こう。」


「我らでカタを付けて参ります。お館様がお出になるほどの事ではありません。」


「いや、ヒャッハー共には人身御供になってもらう。シズルさんは夢幻一刀流の皆伝を持ってるんだろ?」


「はい。分家に伝わる全ての技は会得しております。」


「そのシズルさんにオレの夢幻一刀流を見ていて欲しいんだ。それで修正すべき点やコツなんかがあれば教えて欲しい。それからお館様はマジでやめて。」


「承りました、お館様。」


半分しか承ってないよね?……そのお顔は確信犯ですね、シズルさん。


「よし、行こう。」


「ハッ!当主様、ご出陣!」


「だ~か~ら~!当主様じゃないって!」


包帯を巻き直したオレは、ウキウキ気分でたすきを掛けたシズルさんと共に屋敷を出て、ナツメとリックがいる庵へ向かった。




「……マミー1号。ヒャッハーを潰すのはいいけど、私達には任務がある。忘れてない?」


普段は衝動で行動する気まぐれ少女のナツメだが、任務にはひたむきだ。


「明日の早朝にここを発つ予定に変更はない。睡眠時間が少しキツいが……」


オレ達の会話を聞いていたシズルさんが提案してきた。


「ホバーバイクに乗っていたところを見るに、大湿原を抜けてどこかに行くのだろう? ならば村の大型ホバークラフトとクルーを出そう。湿原を抜ける間に休んでもらえばよい。」


「……信用していいの?」


ナツメは忍者だけに警戒心が強い。オレとシズルさんの事情を知らないコトだし、用心するのは当然だけど。


「信用していい。事情は後で話す。」


「わかった。2号、準備は出来てる?」


「おうよ。」


三つに分解してあったポールアームの棒の部分を、ガシンガシンと繋ぎ合わせながらリックは頷いた。


「ヒャッハー共を生かしておく理由はない。後腐れがないよう、全員地獄に送る。」


黙って頷く二人。まだ十代なのに、無法者を殲滅するコトに微塵も躊躇はしない。


この世界の悲しい現実をわかっているからだ。荒野には人の皮を被ったゴキブリが群れているって。




白狼衆20名を引き連れたシズルさんと共に、オレ達は夜の荒野を車両で進む。


途中で物見役の白狼衆が合流し、敵の数と首魁の情報がもたらされた。


ダブルモヒカンの上にはシングルモヒカンがいたらしい。


大物ぶって襲撃には参加せず、上前だけをブン取るつもりだったようだ。


アホなヤツだ。戦力は集中して運用しろよ。戦力の逐次投入は愚将の証、命のやりとりの場じゃなにが起こるかわからないんだぜ?


自分は手を下さず、襲撃した連中が持ち帰るはずの酒と女を心待ちにしていたんだろうが、残念だったな。


酒と女の代わりに、鉛弾と白刃をくれてやるよ。




ヒャッハー達は渓谷の合間に、バラックのようなテントを張って野営していた。


歩哨役のヒャッハーは2人か。一応警戒はしてんのな。


当たり前か。ヒャッハーはヒャッハーも警戒しなきゃなんねえんだ。無法者同士は敵同士でもある。


「マミー2号、あっち向いとけ。白狼衆のみなさんもお願いします。」


リックは即座に、白狼衆はシズルさんが目配せするとあさっての方を向いてくれた。


ナツメは衣服を脱ぎ捨て鏡面迷彩をオン、背景と同化する。


「行ってくる。」


オレにだけ聞こえる小声でそう言い、見えない暗殺者は哀れな犠牲者に忍び寄っていく。


鏡面加工を施されたナツメの愛刀、輝剣キケン夜梅ヤバイが闇を切り裂きながら、犠牲者二人の喉笛も切り裂く。


悲鳴を上げるコトも出来ず、犠牲者二人は倒れ……なかった。倒れる前にナツメが死体の襟首を掴んでいたからだ。


ナツメは目を剥いたまま絶命した死体をそっと地面に寝かせ、腕の迷彩だけオフにしてハンドサインでクリアと合図してくる。


「彼女は手練れですね。バラックを囲むように白狼衆を伏せます。それから火矢を射かけましょう。」


伏兵か。シズルさんも戦慣れしてるな。ヒャッハー共と戦うのが日常なんだろう。


「わかった。あのデカいバラックがシングルモヒカンの寝床だろう。オレはそこに伏せる。2号、オレと来い。」


オレはリックを連れて、一際大きいバラックの前に忍び寄り、息を潜める。


ささやかな月明かりに、燃え上がる炎が加わり、渓谷を明々と照らし出す。


バラックから飛び出してきたヒャッハー達は、白狼衆の無慈悲な斬撃で一刀のもとに斬り伏せられていく。


リックを従えたオレは、首魁であるシングルモヒカンのお出ましを待つ。


テントの中から鎖付きの分銅が、オレの頭を目がけて飛び出してきた。


抜刀して分銅を跳ね上げ、中にいる首魁に呼びかける。


「舞台の幕は上がってんだ。勿体つけてねえで出て来いよ。観客がお待ちかねだぜ?」


「……上がってるのは歓声ではなく悲鳴のようだがな。」


のっそりとテントの中から首魁がご登場か。拍手で迎えてやるべきかな?


毛皮を纏ったシングルモヒカンは半裸の女二人をアクセサリーみたいにはべらしている。


「こりゃまたわかりやすい悪党が出てきたもんだな。躊躇わずに殺せそうだ。」


「テメエは殺すのを躊躇うような目をしちゃいない。俺と同じだ。おい、おまえらは長物のガキを殺れ。」


「こんなチビ、ボスが殺るまでもないさ。二人まとめてアタイらが殺ってやんよ。」


雑魚女がアタイなんて言うな。おまえらは二人まとめても、マリカさんの爪の垢にも及ばねえだろう。


「このチビは出来る。長物の小僧もな。……シメてかかれ。」


ダブルモヒカンと違って、シングルモヒカンは一党の頭をやるだけのコトはあるようだな。


「2号、女二人を頼む。」


「アイサー。女は殺したかねえが、人間の皮を被ったゴキブリなら別だ。」


女二人は左右に分かれ、二人がかりで鞭を振るう。


リックはポールアームで鞭を弾きながら、距離を詰める機会を窺う。


自分よりリーチの長い得物を使う相手と戦うのは、いい経験になるだろう。


(ナツメ、ヤバイと思ったらリックのフォローを。)


(私が殺った方が早くない?)


(だと思うけど、経験を積ませたい。)


(わかった。)


さてと、オレの相手のシングルモヒカンの得物は鎖鎌チェーンシックルか。


頭上でヒュンヒュンと分銅を回しながら、鎌で刀に備える、ね。時代劇でよく見た光景だ。


……動きに澱みがない、これは我流じゃないな。我流だとしたらトゼンさんに迫る才覚だが、あんな天才はそういるもんじゃない。


見かけは雑魚っぽいのに手練れじゃないか。


「どうした? 来ないのか? じゃあ……こっちからいくぜ!」


頭を狙って飛んでくる分銅を、今度は屈んで躱す。


「甘え!」


躱したはずの分銅が、まるで生き物のように戻ってきて、オレの回りでとぐろを巻く。


間一髪で跳んで躱した。一瞬でも遅れていれば、鎖が蛇のように胴を締め上げていただろう。


「それだけの腕を持ちながらヒャッハーの親玉かよ。芸を仕込んだ師匠が浮かばれねえな。」


「確かに浮かばれねえだろうな。この俺が殺したんだからよ。」


「……なぜ師を殺めた?」


「俺が覇人じゃねえからって継承者から外しやがったからよ!許せるか? 俺だって十数年、厳しい修行に耐えたんだ!」


口から泡と共に恨みの台詞を飛ばすシングルモヒカン。だが同情する気にはなれない。


「師の口から聞いたのか? 覇人じゃないから継承者から外すと。」


「聞いてねえがそうに決まってらぁ!弟子の中じゃ俺が一番強かったんだ!なのになぜ継承者になれねえ!」


「継承者になれなかったのは、おまえが覇人じゃないから?……違う、短気で思慮が浅く、力に酔う不適格者だからだ。おまえの師匠は見る目があっただけだよ。唯一犯した過ちは、おまえを弟子にしたコトだろう。」


「抜かせ!おまえに何がわかる!」


オレは包帯を取って素顔を見せた。そして刀を構え、名乗りを上げる。


「夢幻一刀流、天掛カナタ。渾名は剣狼。」


「………奥群おくむら風刃流ふうじんりゅう、シド・バイケン。渾名は無法鎌アウトローシックル。」


シド・バイケン、ね。創作上の人物にせよ、宍戸梅軒も鎖鎌使いの野党の頭目だったが……




無法鎌のバイケン、相手にとって不足なし。勝負だ!



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