戦役編9話 通りすがりの正義の味方



立ち上る黒煙目がけて疾走するホバーバイクは、丘陵を駆け上がって騒動の原因を探す。


………あれか。


スクラップを積み上げて高く築かれたバリケードの前を蛇行しながら銃を乱射するバイクメンズと、火炎瓶を投げて抵抗する住人達、まるで映画のマッドマックスだな。


望遠機能を最大倍率に上げて、と。ヒャッハーの人種はバラバラだけど、住人達は全員、覇人か夏人かだな。


荒野のど真ん中にあるリトルトーキョーかリトルチャイナなのかね?


村の自警団っぽいヤツは10人ってとこか? そんでヒャッハーの方はと……


「ひのふの………ヒャッハーの数は40人ってトコか。」


「ひとり頭13人だな、兄貴。楽勝だろ。」


「早く助けたげよ? バリケードが突破されそう。」


ヒャッハーのアジトを兼ねてそうなバカでかいコンボイがやってきて、フック付きの鎖をバリケードに引っ掛けて引っ張り始める。


「敵の数も質も問題なし。日が暮れるまでの退屈しのぎにゃ丁度いい!」


オレ達はバイクを駆って丘陵を下り、不運なヒャッハー達に襲いかかった。


奪う側から奪われる側に転落したヒャッハー達は、包帯を巻いた襲撃者に蹂躙される。


一際ひときわ体のデカいダブルモヒカン、あれがリーダーっぽいな。


「ナツメ、コンボイのドライバーを殺れ。」


「オッケー。」


オレがバイクをコンボイに横付けすると、ナツメは後部座席からコンボイの屋根に飛び移る。


そのまま身を翻してドアの窓を蹴破り車内に侵入、瞬く間に悲鳴が上がり、フロントガラスが血で染まった。


オレは右手に刀を握ったまま、左手でアクセルを吹かす。


バイクの頭をダブルモヒカンに向けてアクセル全開、すれ違いざまに刀を一閃する。夢幻一刀流、馬上の太刀・海燕うみつばめ……解き放たれた白刃の燕は、巻かれた鎖ごとダブルモヒカンの太い腕を両断した。


「グオアァァァ!!……な、なんだ貴様は!」


「オレか? 通りすがりの正義の味方だ。」


照京御三家、八熾一族の秘伝剣法である夢幻一刀流には、馬上で使える技も充実してて助かるぜ。


都じゃいいご身分だっただけに、騎乗して戦うコトも想定されてるからな。


「ふ、ふざけやがって!殺してやらぁ!」


片腕を両断されてんのに元気だね。ま、バイオメタルはそんな生き物なんだけど。


振り回される鎖を躱しながら、オレは不運仲間のダブルモヒカンに少しだけ思いやりを見せてやる。


「次の台詞がおまえの人生の最後の台詞だ。辞世の句でも詠んでみな?」


採点は出来ねえけどな。シグレさんの親父さんは剣だけじゃなく俳人としても有名らしいけど。


観流斎ってのは本名じゃなくて俳号なんだってさ。


「もう殺す!絶対殺す!くそチビが!」


おいおい、ほんとに五、七、五になってんじゃねえか。季語もなければ、センスもない一句だけど。


飛んでくる鎖を飛んで躱し、モヒカン頭の真ん中めがけて飛翔鷹爪撃を振り下ろす。


振り下ろされた刃は、ダブルモヒカンの体を真っ二つ、綺麗に二枚に下ろした。


ボスであるダブルモヒカンが倒されたコトによって、戦いの幕も下ろされる。


ヒャッハー達は逃げ散り始めたのだが………逃げ切れなかった。


新たに現れた白装束の一団が、哀れなヒャッハー達を殲滅したのだ。


特に目を引いたのは、先陣を切ってヒャッハーに襲いかかった女性だった。


強さにも目を奪われたが、それよりもあの剣法はひょっとして……


無惨に荒野に骸を晒すヒャッハー達に一瞥もくれず、覇国の装束に身を包んだ女性はオレの方に歩み寄ってきた。


オレを守るようにナツメとリックが左右を固めてくれるが、手で制した。


この女性は敵じゃなさそうだし、さっきのダブルモヒカンとは比べモノにならないほど使剣客だ。


「村の窮地を救ってくれたようだな、礼を言う。」


「気にしなくていい。オレの商売だ。」


「商売? 無法者を殺すのは商売と言うよりボランティアではないのか?」


む、美人の上に声も綺麗だ。わかったわかった。ナツメさん、そんな冷ややかな目でオレを見ないで。


「無法者は乗り物を持ってるだろ? 売り払えば小銭になるんでね。」


「なるほど。私は八乙女静流やおとめしずる。貴公の名は?」


「……マミー1号。」


「顔を隠し、偽名を使うのは八熾の眷族だからか?」


「………なんのコトだ?」


「トボけるな。海燕に飛翔鷹爪撃、同じ流派の使い手を見間違う訳がない。」


やっぱりこの女性ヒトも夢幻一刀流の使い手だったか。


八乙女シズル………名字に八の字を冠し、夢幻一刀流を使う……というコトは……


「あんたは八熾一族なのか?」


「そうだ。………40年前、照京を追われ、八熾の一族、郎党はちりぢりになった。貴公もその末裔ならば正直に答えてくれ。」


「オレは一族でも郎党でもない。夢幻一刀流は、とある方から習ったものだ。」


「八熾一族の秘伝剣法を一族外に教える不忠者などいない!」


「40年前はな。時代が変わったんだよ。八熾の栄華は過去のものだ。」


「過去のものではない!必ずやこの私が八熾一族を再興してみせる!」


(カナタ、長居は無用。カナタが八熾宗家の血筋だとバレたら面倒な事になる。)


そっか、ナツメはマリカさんの命令で、アギトの素性を洗ったんだった。


(だな、サッサと退散………いや、それはマズイ。)


(どうして?)


(この人は八熾宗家を滅ぼし、一族を照京から追放した御門一族を恨んでるかもしれない。場合によっては機構軍につく可能性がある。)


(……じゃあここで始末しとく?)


(怖いコト言うな。敵になるかもしれないなんて理由で人を殺せるか。)


蛇は卵のうちに殺せなんてのは御免だ。人食い蛇になったら殺すのはやむを得ないけど。


とにかくこの女性がミコト様に危害を加える人間なのかは確かめないといけない。


オレは考えを巡らせながら、八熾一族の末裔に声をかける。


「嘘をついてすまない。実はオレも八熾一族なんだ。あなたが信用出来る人間なのか見定めたかった。」


オレの言葉を聞いたシズルさんの顔がパッと明るくなる。


「おお!やはりそうだったか!貴公はどの一族なのだ? 八州賀はちすかか? それとも八多巻やたまきなのか?」


「故あって今は明かすコトが出来ない。八熾にまつわる密命を帯びた身なんだ。」


「八熾にまつわる密命!どんな内容なのだ!」


「密命の内容はここでは話せない。どこか内密に話せる場所はないか?」


「なるほど、そういう事情であったか。村へ案内しよう。私の屋敷なら邪魔は入らない。」


シズルさんはついて来いと手で合図して、村へ向かって歩き出す。


(……カナタってホントに嘘八百が得意だよね。)


(兄貴ぃ、俺は話が全然見えないんだけどよぉ……)


(後で話す。ナツメと一緒に野営を片して、荷物を持って戻ってきてくれ。今夜はこの村で泊めてもらおう。)


しかしこんなトコで八熾一族に出くわすかね。ツイてんだか、ツイてないんだか。





バリケードの中は覇国風の家屋が立ち並んでいた。遠い故郷を偲んで先人達が作ったんだろうなぁ。


オレにとっても帰る事はない日本みたいで懐かしい。感じるのは懐かしさだけじゃないけど。


風雨に晒され、煤けた佇まいの家並みは……辺境で生きる厳しさを物語ってもいるんだ。





シズルさんの庵は村の中央にあって、土塀と竹垣で周囲が囲われていた。


他の家屋に比べれば造りが立派、おそらくシズルさんがこの集落のリーダーなのだろう。


「しばし待たれよ。客人をもてなす準備をさせる。」


そう言ってシズルさんは数寄屋門すきやもんをくぐって邸内に入っていき、すぐに戻ってきた。


「すまぬが私が戻るまでこの屋敷で待っていてくれ。留守を任せた者達がいないのはどうした事かと侍女に聞けば、近くのコロニーがロードギャングの襲撃を受けたらしく、その救援に向かったそうだ。」


「近くのコロニーまでの距離は?」


「バイクを飛ばせば一時間と言ったところだ。」


出発は明日の朝だ。だったら時間の余裕はあるな。


「オレも加勢しよう。この村はオレの仲間二人が守ってくれる。野営を引き払ってじきに戻ってくるはずだ。」


「助かる。お連れの事は侍女に命じて村人達に伝えておく。急ごう。」


村のバイクを借りて、シズルさん率いる10人の自警団員と共に襲撃されているコロニーへと向かう。


戦争と無関係なトコでなにやってんだかね、オレは。





結果から言えば、救援は必要なかった。コロニーを襲撃したヒャッハーは留守居役のはずだったシズルさんの部下達によって撃退されていたからだ。


襲撃の様子を聞いたオレの心が警報を発している。なにか妙だと。


納豆菌に状況を分析させながら村へ戻ったオレは、シズルさんの屋敷の座敷に通された。


畳敷きの部屋はやっぱり落ち着く。オレは日本人だもんな。


足を崩してくつろいでいると、侍女らしい女の子がシズルさんとオレにお茶を持ってきてくれた。


「こんな所ゆえ、十分なもてなしも出来ぬがくつろいでもらいたい。」


「オレの仲間は?」


「空き家へ案内してある。もう日も暮れた。今夜はこの村に泊まっていかれるがよい。」


「助かる。今夜は厄介にならせてもらって、明日の早朝にここを発つ。」


「そうか。して、貴公の密命とは?」


「その前に聞きたいんだけど、シズルさん、でいいかな?」


「我らは同族ではないか。遠慮はいらぬ、シズルで構わんぞ。出来れば貴公の名も聞かせてもらいたいのだが?」


「それはいずれ。先に気になるコトがある。妙だと思わないか?」


「妙、とは?」


「シズルさんの不在時に近くのコロニーが襲撃されて、留守居の自警団員が救援に向かった。そして手薄になったこの村にも襲撃………偶然にしちゃ出来すぎだ。オレは偶然が二つ以上重なった時には、必然の可能性を疑うコトにしている。」


「………確かにな。話が出来すぎではある。貴公達がいなければ、この村は危うかった。私達は物資調達用のトレーラーが故障して引き返してきたのだが、これも偶然だったのだろうか?」


トレーラーの故障でUターンか。どうも偶然が重なり過ぎてる。オレ達が近くにいたのは本当に偶然だと思うが……


「オレの仲間に故障したトレーラーを調べさせてくれ。トレーラーの故障が偶然かどうかも知りたい。」


「わかった。侍女を走らせよう。」


シズルさんは手を叩いて侍女を呼び、使いに走らせた。


「貴公はこの状況をどう考えているのだ?」


「ヒャッハーと内通しているいぬがいる可能性を考えている。」


「この村に内通者がいると言うのか!」


「落ち着いてくれ。まだ可能性だ。」


「………夕餉の膳でも用意しよう。貴公も空腹なのではないか?」


「確かに腹は減ってるけど、侍女のコは使いに出たばかりじゃないか?」


「私が作る。あの娘は気立てはいいが、料理はまだまだでな。仕込んでいる最中なのだ。」


シズルさんは腕まくりしながら席を立った。




世が世なら照京の上流階級のお嬢様だったお人が、ヒャッハーのたむろする辺境の村のリーダーかぁ。


運命ってのは残酷な真似をしやがるもんだよ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る