出張編13話 アスラ部隊唯一のルール
オレはヒムノン少佐を揺さぶって起こし、事情を説明する。
「い、今からかね!えらく急な話じゃないか。わ、私にも準備が………」
「思い立ったが吉日って言うでしょ!さ、呑む蔵クンを起動させてアルコールを抜いて下さい。身繕いを済ませたら、勝負しにいきましょう!」
「そ、そうだな。よし、腹はくくったんだ。後はやるだけ、やるだけだ。」
「そうそう、人生にはのるかそるかって局面が必ずあります。行くべきときにイモを引いたら、男は仕舞いですよ!」
猫を噛んででも、もう一度上を目指す気になったヒムノン少佐はテキパキ身繕いをして、オレと一緒に最上階のペントハウスに向かった。
専属の女性コンシェルに案内されて、ペントハウスの中に入る。
スゴいねえ、体育館みたいに広くて天井はガラス張り、中央にプールまでありますよ。
って、司令が泳いでます!ハイレグ水着で泳いでますよぉ!
ヒムノン少佐もまさか司令が泳いでいるとは思わなかったらしく、呆気にとられた顔をしてる。
華麗なバタフライでプールサイドに辿り着いた司令はコンシェルからタオルを受け取り、体を拭く。
コンシェルは司令が体を拭き終えると、さっとガウンを司令に羽織らせる。
セレブや、セレブリティな世界や。オレには一生縁がなさそうな世界や。
司令はプールサイドのテーブルセットの椅子に腰かけると、アゴでオレ達に座るように促す。
オレとヒムノン少佐は命令を忠実に実行し、椅子に腰かける。
「水泳が司令の朝の日課ですか? 薔薇園にも温水プールがありましたけど。」
「そういう訳ではないが、なかなか目が覚めんので泳いでみる事にした。カナタは濃い珈琲だったな。ヒムノン少佐は何にするかね?」
目覚ましアプリを司令は使ってないのかねえ、便利なのに。
ヒムノン少佐が答えるが声が固い。緊張してますね、それとも気合いが入ってるのかな?
「私も同じモノを。昨日いささか飲みすぎたようで、濃い珈琲が欲しいところです。」
司令が指を鳴らすとコンシェルが控え室に下がり、直ぐに珈琲を載せたトレイを持って帰ってきた。
珈琲タイムと洒落込みながら………勝負の時間だ。ヒムノン少佐、頑張って下さい!
「ざっと軍歴に目を通したが、なかなか立派なキャリアを積んでいるな。」
「そうでなくては前線での戦果もなく、中佐まで出世は出来ません。軍法と兵站の実務なら、アスラ部隊のお役に立てると思います。」
司令は冷ややかな顔になって、言葉のジャブを繰り出してくる。
「中佐の地位からは転落したようだがな。出世出来たのはビロン少将の引き立てがあったからだろう? ビロン少将から切り捨てられたからと言って、私に乗り換えようというのはいささか虫のいい話のように思うがな。」
「虫のいい話なのは承知しております。しかし肝心なのは役に立つか、立たないか、であると愚考しますが?」
いいぞ、負けてない負けてない。生まれ変わったヒムノンmarkⅡは出来る男だよ!
「命惜しさで真っ先に戦場から逃げ出した男が言うではないか。ン? そのあたりはどう考えているのかな?」
「命惜しさで逃げ出したのは事実ですな。私は臆病で生きたがりの性格、しかも病身の母まで抱えている身なもので。御堂司令、道具には適した使い道があるモノです。私のような文弱の徒を前線に送る方が悪い。ロードローラーをスピードレースに出走させて、結果が出せるものでしょうか?」
「ロードローラーはサーキットを舗装する為にある。レースを戦うのはレーシングカーの仕事、と言いたい訳かな?」
「はい、世辞でなくアスラ部隊は同盟最高のレーシングカーの集団でしょう。ですがレーシングカーが最高のポテンシャルを発揮する為には、綺麗に舗装された道が必要なはず。アスラ部隊にはロードローラーが御入り用かと。」
司令はヒムノン少佐のアゴを掴んで顔を覗き込む。
………アスラ部隊に入る時にオレもやられたなぁ、なんだか懐かしい。
「カナタがおまえの事を猫を噛む気概を手に入れた針鼠と評したが………そのようだな。あの時は貧相な顔の干物だった癖に、今は貧相な顔の窮鼠になったようじゃないか。なかなかどうして、人間というものは捨てたものじゃないな。………いいだろう、ヒムノン少佐。ロードローラーとしての貴官の働きに期待させてもらおうか。」
司令がアゴから手を離すと、ヒムノン少佐は立ち上がって直立不動の姿勢から敬礼する。
「ハッ!このオルブリッヒ・ヒムノン、司令とアスラ部隊の御為、微力を尽くす所存であります!」
「私とアスラ部隊のゴロツキ共が走る道を見事に舗装してみせろ!………共に栄光のゴールへ連れていってやる。」
司令ってホントにヒトを乗せるのが上手いよなぁ。名女優の上に言葉の魔術師といいますか。
「有難きお言葉!身命を賭して栄光へ続く道を舗装させて頂きます!」
「ヒムノン少佐の御母堂の話は聞いている。御堂アスラの娘として誓おう、少佐になにがあろうとも、私とアスラ財団が決して粗略に扱わん。安心するがいい。」
そして飴の与え方も絶妙ときてる、理想的な専制君主だよな。
「心から感謝致します!後顧の憂いなくば、さほど惜しい命ではありません。」
「命は惜しめ。だがアスラ部隊の同志達の命が懸かった時は惜しむな。それが私の定めたアスラ部隊唯一のルールだ。」
「ハッ、肝に銘じます!」
そのルールってトゼンさん達、羅候にも適用されてるんだろうか?
スイマセン、トゼンさんのお答えが聞こえました。
「んなワキャねえだろ、ボケが!だいたい俺らが誰かに
「ヒムノン少佐は下がってよし。カナタは残れ。少し話がある。」
ヒムノン少佐は一礼してからペントハウスの出口に向かう。
ペントハウスから出る前にコッチを振り返って、
「カナタ君ありがとう、世話になったね。それから将校カリキュラムには遅れないように。」
オレは立ち上がって敬礼し、ヒムノン少佐を見送った。
「司令、ありがとうございます。ヒムノン少佐を登用してくださって。」
「カナタが礼を言う話じゃない。私が使えると判断したから使うまでだ。ヒムノン少佐をアスラ部隊に引っ張ってくるのに、叔父上の力を借りねばならんな。」
………大型ヘリと陸上戦艦をおねだりしといて、今度はヒトをおねだりしますか。
シノノメ中将、また胃薬のお世話になるんだろうなぁ、お気の毒。
「中将も大変ですね。オレに話ってなんですか?」
「マリカから頼まれ事をしていたのを思い出した。狼眼の使い方はマスターしたのか?」
「完全とは言えないですけど、だいたいは。」
「なら加減して私にかけてみろ。どういう効果があるのか、身をもって知っておくといい。」
そう言えばマリカさんがそんなコトを言ってたな。
「では遠慮なくいきますね。」
オレは司令を凝視する。
「………カナタ、見るのは胸ではなく目だ。」
オレは無意識のうちに、水着姿の司令の胸を凝視していたらしい。
「はっ!ついつい目が………なんて恐ろしいトラップなんだ!」
「まるで私が企んだみたいな言い方はよさんか。カナタが勝手に飛び込んできただけだろう。」
「申し訳ありません。美しいモノには惹かれる性格でして。」
「美しいのは否定しないが、今度やったらその目をエグる。」
司令なら本気でやりかねねえな。少なくとも指で目潰しぐらいは平気でやるヒトだ。
「では気を取り直して………いきます!」
オレは狼眼を解放して司令の目を見つめる。
司令の瞳が変化していき、オレの瞳を写す鏡と化す。これが司令の鏡眼か!
鏡の如く狼眼を映し出し、金色に輝く瞳。オレの狼眼の力が………跳ね返ってくる!
ぐぉ!こ、これ………滅茶苦茶痛え!威力ミニマムでこれか!
オレはたまらず目を逸らして、頭を抱える。
直ぐにアドレナリンコントロールを起動させて痛みを和らげたが、それでも痛い。
「自分の邪眼を喰らった気分はどうだ? 見たところかなり痛そうではあるが。」
「効きますね。なんていうのか………脳を直接、灼熱の鋭利な刃物で切り刻まれてるみたいな痛みが走ります。こりゃ威力マックスでかけたら、脳が破壊される前に激痛でショック死しかねないな。」
「狼眼は殺傷能力においては最強の邪眼だ。特に多対一で強みを発揮する。群れられると鬱陶しいレベルの敵でさえ、睨むだけで殺せるのだからな。……ふふふ、カナタを研究所から強奪してきた甲斐があったというものだ。その力、私とアスラ部隊の為に使わせてもらうぞ。」
雑魚殺しの特性、ね。狼眼を司令の為に使うのに異存はない。
気前のいい司令はたっぷり使用料を弾んでくれるだろうから。
「機構軍の連中に警告はしました。それでもなおオレの前に立つってんなら、遠慮する理由はない。」
「戦う意志を持ってオレの前に立った以上、死ぬ覚悟があるとみなす、か。なかなかの名ゼリフだったぞ。用件はそれだけだ、下がってよし。」
「下がる前に一つだけ聞いていいですか?」
「なんだ? 言ってみろ。」
リグリットに来て、確信したコトがあるんだよな。それを確かめておこう。
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