出張編12話 ガーデンマフィアの弁護人
オレはリグリットの裏路地にある「海鮮居酒屋 わだつみ」で、偶然出会ったヒムノン少佐となんでだか一緒に飲むコトになったんだけど、このヒトって………使えるんじゃないのか?
「ヒムノン少佐って軍務官僚タイプの軍人ですよね? じゃあ軍法に詳しかったりするんじゃありませんか?」
「カナタ君も分かっているだろうが、私は荒事はからっきしでね。たぶん同盟で最弱の軍人じゃないかな。でも法学、特に軍法には自信があるよ。父が詐欺にあって自殺した時に悟ったんだ。法は正義や弱者の為にあるんじゃない、法は法を知る者の為にあるんだってね。最初は法を利用して成り上がろうと思って学び始めたんだが………これが面白くてね。経済的に可能だったら法学者になっていたと思う。」
やっぱそうか。いいぞいいぞ。
「ヒムノン少佐は軍法のエキスパートってワケですね!」
「ああ、明日からは将校カリキュラムの軍法の講師を務める事になっている。なんでも正規の講師だった軍事大学の助教授が「あんな恐ろしい生徒達相手に授業なんて出来ません。」と、上に泣きをいれたらしい。なにがあったか知らないが、講師として教壇に立てるというのに逃げ出すなんて学者の風上にも置けんね。」
「………明日からよろしくお願いします。」
「………カナタ君、君がなにかやったんじゃなかろうね?」
「原因を作ったワケじゃありませんが、便乗はしたかもしれません。ついでに後から共犯者も出ました。」
「法的に言えば君も事後共犯だな。君の性格を考えると共同正犯の疑いも濃いが。………そうか、君は将校カリキュラムを受講する為にリグリットに来ていたのか。とにかくお手柔らかに頼むよ。いくら私に軍人として先がないにしても、教壇に立っている以上は先生なのだから。」
事後共犯に共同正犯ねえ、さすがに法学者志望だっただけのコトはある。
「軍人として先がないのなら、先を作りましょうよ。」
オレがお気楽にそう言うと、ヒムノン少佐はやや鼻白んだ。
「気楽に言ってくれるね。それが出来れば苦労はしない。君のような異名持ちの兵士ならば己が腕一つで先も作れるだろうが、私のような軍務官僚は後ろ盾が全てなんだ。」
「後ろ盾を失ったなら、新たな後ろ盾を探せばいいだけです。ウチの司令なんかどうです?」
ヒムノン少佐は今度は苦い顔になった。
「うるかの苦味が一段と増したよ。御堂司令にさんざん干物呼ばわりされていたのを君も見ていただろう? 失意の中年をからかうのはよしたまえ。」
「からかってません。少佐もご存知でしょうがアスラ部隊はフィジカルエリートの集まりで、なおかつ素行が悪い。軍法スレスレの連中ばっかりいるんです。さっき少佐が言ったじゃないですか、「法は正義や弱者の味方じゃない、法を知る者の味方なんだ。」って。オレもそう思います。ヒムノン少佐は問題軍人の巣窟である薔薇園の弁護人に名乗りを上げればいいんです!」
「………どんな犯罪者にだって弁護人を頼む権利はある。それに比べれば薔薇園の軍人は素行はともかく、戦果においては同盟軍において比類なき精鋭………違法を脱法と強弁するぐらいの事はしても、良心に恥じ入る事もないような………」
「そう、違法を脱法に変えてこそ法のスペシャリストですよ!これは正義!正義なんです!」
ヒムノン少佐は見るからに胡散臭げな表情になって、
「君が正義なんて連呼するといかがわしさが半端ない気がしてきた。………マフィアの悪行を知りながら弁護する悪徳弁護士になれと言われているような気が………」
事実、そうなんですけどね。
「じゃあヒムノン少佐はずっと冷や飯を美味しくお茶漬けにして食べ続けると?」
「冷や飯で作るお茶漬けは私の好物ではあるが………毎日はかなわんね。それに冷や飯食いに甘んじるとしてもだ、いつ難癖をつけられて茶碗を奪われたっておかしくない状況だな。…………よし、やってみよう!このまま燻って一生を終えるだなんて真っ平だ!少なくともシモン少将にひと泡吹かせてやるぞ!」
冷や飯で作るお茶漬けはオレも大好きだよ。ちょっと気が合うかもしれませんね。
「オッケー、司令への顔繋ぎはオレに任せて下さい。でもヒムノン少佐、覚悟は必要ですよ。戦場で命を懸けるのと同等の覚悟が。」
「………私自身の事は何も問題ないが………後顧の憂いが私にはある。」
「お母さんのコトですよね。それは問題ありません。司令はアスラ部隊に献身し、命を失った者の家族を粗略に扱ったりしません。嘘だとお思いなら確かめてみればいいですよ。司令の器量と気前の良さが分かりますから。」
「よし、御堂司令に信頼されるかどうかは分からんが、母以外に失うものなどない私だ。悪徳弁護士大いに結構!私を軽んじた連中に法の怖さを教えてやる!」
窮鼠猫を噛むっていうけど、開き直りって怖いよなぁ。
「じゃ、乾杯しましょうか。我ら薔薇園のゴロツキと、その悪徳弁護士の未来の栄華を祝って。」
「うむ、軍法を駆使して黒でもグレーだと強弁してやるか!なんだか楽しくなってきたな!」
「じゃあ悪代官大吟醸でも頼みますか。」
「ハッハッハッ、そちも悪よのう。」
「いえいえ、少佐の方こそ。ツマミは………へえ、鯉の洗いなんかあるんだ。」
「この店は季節によっては川魚も仕入れるからね。酢味噌で食べると独特の旨味がある。門出の縁起物としてもいいね。鯉は登竜門を越えれば龍になれるらしいから。」
コッチの世界でも登竜門の定義は一緒なのか。
「じゃあ鯉の洗いと………後はめでたいですから鯛のカブト煮も頼みましょう。」
「やはり縁起物として鯛は外せないからねえ。出世魚も縁起がいいが、司令に同盟軍の
オレとヒムノン少佐は縁起物をツマミに痛飲するコトにした。
軽く飲むつもりが妙なコトになったもんだよ。
んで、酔い潰れたヒムノン少佐を背負ってオレはホテルに帰ってきた。
眠ってしまうと呑む蔵クンを起動させらんないからなぁ、せっかく気分よく酔い潰れてる少佐を起こすのも気の毒だし。
家に帰っても誰もいないなら外泊したって問題ないだろう。
少佐をベットに寝かせてオレはソファーで横になる。
寝床にさほど拘りのないオレは毛布さえあればどこでも快適に寝られる。
ここんとこだけは軍人向きの性格だと言えるだろう。
目覚ましアプリを6:00にかけておき、時間通りに起床する。
シャワーを浴びて身繕いをすませ、司令に電話する。
企業絡みの案件の処理に追われ、忙しい司令の睡眠時間を削るのは申し訳ないけど、オレもカリキュラムがあるから早めに話をつけておきたい。
何度かコールしたが繋がらない、諦めて後からかけ直そうかと思った矢先に司令は電話に出てくれた。
「………カナタか。つまらん用件だったら銃殺刑にするからな。」
やっぱり機嫌が悪いよなぁ。
「つまらなくはないです。司令にとってはいい話ですよ。」
「………詐欺師はみんなそう言うな。」
声が尖ってる、リリスとおんなじで司令も朝に弱かったか。
「軍法に精通した弁護人をスカウトしてきました。ガーデンマフィアの弁護に役立ってくれるはずです。」
「ほう、誰だ?」
お、ちょっと食いついてきたぞ。
「オルブリッヒ・ヒムノン少佐です。」
「ヒムノン?………ヒンクリー准将のお目付役につけられていた干物か!?」
「はい、その干物です。昨夜、偶然居酒屋で出くわしましてね、聞いてみれば軍法のエキスパートみたいです。」
「………ちょっと待て、今、干物の軍歴を調べてる。………士官学校は優秀な成績で卒業しているな。戦技が落第スレスレでなければ首席卒業出来ていたレベルか。兵科将校として着任し、もっぱら軍法会議の判士として実績を積んで出世、法曹資格も既に取得済みか。干物はゆくゆくは軍法会議の法務官を目指していたのだな。………兵士としては鼻クソ以下だが、軍務官僚としては優秀なようだ。」
「なんだって法務畑の住人が、武闘派のヒンクリー准将の副官なんかやってたんですかね?」
「そこが小作人のツラいところさ。農場主の意向には逆らえん。」
「法務畑の農場主………シモン少将がそうですよね?」
「ああ、シモン少将とヒンクリー准将は中将レースのライバルだったからな。ヒンクリーのアラを探す為に送りこまれたんだろう。」
ヒンクリー准将もお目付役だってのは承知してたよな。しかし、なんだって………
「どう考えても鬱陶しいダケですよね。よくそんな人事を准将が飲んだもんです。」
「軍も上の方にいくと軍事より政治になると言ったろう。おそらく農場主達のボス、
有力な無所属将官を自分の派閥に引っ張り込む、それがSNC作戦の眼目だったってコトか。
「なるほど。話をヒムノン少佐の件に戻しますが、どんなモンでしょう? ヒムノン少佐にガーデンの法務畑をやらせてみるってのは。」
「無理だな。カナタも前回の作戦での干物のチキンぶりを見ていただろう。いくら軍事官僚として優秀だろうがリスキー過ぎる。人材を登用する時に、私がなにより重視するのはメンタルだ。」
「そこをクリア出来てなければ推挙したりしませんよ。チキンハートの干物ン中佐は死にました。オレが推挙しているのは、失脚と引き換えに猫を噛む気概を手に入れた針鼠のヒムノン少佐です。」
「どういう事だ? 詳しく話してみろ?」
「実はですね………」
オレは昨日居酒屋で聞いたヒムノン少佐の事情と状況を司令に話した。
「………なるほど、あれはあれで結構苦労をしていたのだな。よかろう。私が今から面接してやるから、ヒムノン少佐を連れて最上階のペントハウスに連れてこい。」
ペントハウス………シャングリラホテルは司令がオーナーだったんだ。
財閥の総帥ですもんね、名門ホテルの一つや二つは持ってますか。
よし、司令の面接まではこぎ着けた。ヒムノン少佐、後は少佐次第ですよ。
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