出張編11話 ヒトは案外奥深い
将校カリキュラムの一日目を終えて、オレはシャングリラホテルに帰ってきた。
ひどく疲れたな。久しぶりの座学、しかも大学の講義と違って真剣に聞かにゃならん。
オマケに午後から絶対零度のルシアン美女とガチバトルとくれば、疲れないワケないか。
………シオン・イグナチェフ曹長か。またしてもワケあり美女の登場だけど、部隊も違うし気にしなくてもいいよな。
ここんとこ色々ありすぎて心の
でっかいベットに大の字になって寝そべり、目を瞑って心と体を休める。
オレの勤勉な納豆菌もさすがにいらんコトを考える余裕がないみたいで助かるぜ。
少し休むつもりが、どうやら寝入ってしまっていたようだ。
もう22:00を回ってるじゃないか。
………腹が減ったなぁ、ルームサービスでも取るか。
気前のいいボスはありがたいモノで、リグリット滞在中はホテルのサービスはなんでも利用していいってお言葉を頂いている。
支払いは司令持ちだからってがっつくのもなんだよな、せっかくの大都会の夜なんだし外で軽く飲むか。
オレはホテルを出て、歩きで繁華街へと向かうコトにした。
リグリットの夜の住人達はどこか華やかだ。ここは同盟の本拠地がある最重要拠点で、この世界に数少ない戦火とは無縁の都市だからかな?
この街で戦闘が起きるようじゃ戦争は同盟軍の負けってコトだもんな。
さて、なにをツマミに飲もうか。
焼き鳥が定番なんだけどガーデンに鳥玄があるからなぁ、鳥玄以上の焼き鳥屋ってちょっとないだろう。
そうだ、リグリットは港町、ってコトは海鮮が豊富なはずだ。
その方面で店を探してみよう。あえてハンディコムに頼らず、ブラついて気に入った店になんとなく入る。
ぶらり居酒屋巡りと洒落込んでみよう。
居酒屋探求の旅はすぐに終わった。
シャングリラホテルのすぐ近くの路地裏に「海鮮居酒屋 わだつみ」と書いた看板を見つけたからだ。
オレは骨の髄まで小市民らしく、表通りの小綺麗な店より裏路地にある煤けた感じの店の方が好きだ。
暖簾をくぐって店に入ると、オレの期待していた空間が広がっていた。
上司の文句を言ってるリーマンっぽいグループ、叶いもしないだろう夢を熱く語るミュージシャンっぽい人達に、カウンターの隅っこで眠りこけてる軍人さん、と。
いいねえ、人生の哀愁が漂ってますわ。ここで飲もう。
オレはカウンター席に案内され、なにはなくともまず生中を注文する。
お通しは河豚皮の和え物ですか、結構結構。
オレはお通しをあてに生中をグイッと一気飲みしてから、メニューに目を通す。
海鮮一人鍋も捨てがたいが………海鮮炉端焼きに興味をそそられる。
よし、海鮮炉端焼きを注文しよう、酒はお気に入りの悪代官大吟醸で決まりだな。
しばらくして運ばれてきた海鮮炉端焼きは期待以上の出来映えだった。
卓上コンロで自分で焼くスタイルで、エビ、ホタテ、牡蠣、子持ちシシャモにサーモンに………アワビまでついてやがるぜ!
オレは贅沢な海鮮炉端焼きに舌鼓を打ちながら、悪代官大吟醸をグイグイ飲る。
堪えらんねえなあ、リリスも誘ってやるべきだったか。
なんだかんだ言ってもリリスの酌で飲む酒が一番旨いんだよなあ、オレってばすっかりあの小悪魔美少女に依存しちまってもう。
追加で酒とアサリバターを注文していると、となりで寝入っていた酔客が目を覚ましたみたいだ。
軍服を着た酔客はカウンターに突っ伏したまま叫び声を上げる。
「うぉい、酒持ってくぉい!酒だぁぁ!」
どっかで聞いたような声だけど………気のせいかな?
「お客さん、飲み過ぎですよ。そろそろ呑む蔵クンを起動された方が………」
「ぬぁんだとぅ!わらひは客らぞう!いいくぁら酒を持ってくぉおい!」
オッサン飲み過ぎだよ。店員さんの言う通りにしときなって。
オッサンが身を起こして店員に突っかかろうとしたので見過ごすワケにもいかず、止めに入る。
「なんどぅわぁ、若造!酒ぐりゃい飲ませりょお!………き、きしゃまは、け、けんろぉ!」
あ、思い出した!このオッサンは………
「あの~、確かヒモノン中佐………でしたよね?」
「ヒムノンだ!………もう中佐ではなく少佐だが………」
失敬。司令に干物扱いされてたんで、すっかり干物のイメージしかありませんでした。
「少佐ってコトは降格されたんですか?」
呑む蔵クンを起動させたらしいヒムノン少佐は慇懃無礼な口調で、
「させられたんだ。考えてもみたまえ。戦場に残って逆転勝利したヒンクリー少将が緒戦の敗北の責任を取ると言って自ら降格したのに、副官でありながら先にバルミット要塞に撤退した私がお咎めナシで済むと思うかね?」
そりゃそうか。あそこから逆転勝利するなんてヒムノン少佐は思ってもみなかったんだろうなぁ。
「それはお気の毒でした。アルコールを抜いちゃったみたいだし、一杯如何です?」
オレが徳利を差し出すとヒムノン少佐は乱暴に引ったくり、手酌でガブガブと何杯も飲み干す。
荒れてんなぁ。でも自業自得ですって。
「私はもうお仕舞いだ。勉強に勉強を重ねて士官学校を卒業して、上官に媚びへつらって、愛してもいない女と見合い結婚してまで懸命に出世レースから振り落とされまいと励んできたのに………ビロン少将の不興をかってしまったんだ………君のせいで。」
え!? オレのせいなん?
「いやいや、オレのせいじゃないでしょう。」
「い~や!君のせいだ!君がビロン少将のバカ息子を病院送りになんかするから!」
アサリバターを二人でつつきながら詳しく事情を聞いてみると、プリンスメロンに査察官としての実績を上げさせる為にガーデンへ派遣するコトを進言したのはヒムノン少佐だったらしい。
「上手くいくと思ったんだ。ビロン中尉がいくらボンクラでも、
うん、ですよね。薔薇園はラウンドワンが裸足で逃げ出すアミューズメントの殿堂ですもん。
どんな無能だってツッコミどころを見つけられる。いや、ツッコミどころしかない基地です。
「そのご意見にはガーデンの住人として全面的に同意します。つまりこういうコトですか?………ヒムノン少佐の後ろ盾はシモン・ド・ビロン少将で、こないだの会戦からすたこらさっさと逃げ出した後に逆転勝利が起こっちゃった件でイエロー1枚獲得。んで逆転勝利の立役者のアスラ部隊に嫌がらせを兼ねてビロン少将のバカ息子を送り込んだはいいけど、オレが病院送りにしちゃったんでまたイエロー、と。」
「累積2枚でめでたくレッドカード獲得だよ。見事に閑職に回され、肩も叩かれ始めた。」
ヒムノン少佐の台詞の節々に哀愁がこびりついてる。………悪いコトをしたかなぁ。
「あの~、たぶんなんの慰めにもならないと思いますけど、プリンスメロンを病院送りにしたのは事故でして………」
「フン、私を切り捨てたシモン少将のバカ息子の事なんかもうどうでもいい。どうせだったら病院じゃなく、地獄に送って欲しかったよ。そうなればスッパリ諦めもついたというものだ。」
うわ、この
「は、はあ。そうですか。あ、メニューにうるかがありますよ!鮎の内臓の塩辛で珍味なんです。」
「知ってるよ。極貧家庭に育った私は、家計を助ける為に子供の頃によく鮎を捕ってた。内臓を抜いて干物にして売っていたんだ。だから私達家族の口に入るのは内臓ぐらいでねえ………でも母さんの作ってくれるうるかは私にとって最高のご馳走だったんだ。この店に来るのもうるかがあるからだよ。」
鮎の干物を作って生計を立ててたとか………ホントに干物ン少佐でしたか。
「………泣ける話はヤメて下さい。罪悪感を感じてきました。でもヒムノン少佐はガルム系っぽいのに、鮎なんか捕ってたんですか?」
「イズルハにいるのは覇人だけじゃないさ。私が幼い頃に父が詐欺にあって自殺、借金取りから逃れる為に大陸を離れてイズルハ列島まで夜逃げしてきたんだ。苦労に苦労を重ねて体を壊してしまった母さんに最高の贅沢をさせてやりたくてここまでやってきたが………」
「………なんかスイマセン。」
「いいさ。考えてみれば私は軍人になんかなりたくなかったんだ。」
「え? だったらなんで軍人に………徴兵でもされたんですか?」
「士官学校には特別枠があるんだよ。成績優秀者は軍人として給料をもらいながら学ぶ事が出来る。病身の母を養いながら高等教育を受けられる場が士官学校しかなかっただけさ。………うるかを頼んでくれ。母さんの作ったうるかほどじゃないが、ここのはなかなかいけるよ。」
オレは店員さんを呼んでうるかと酒を注文した。なんだかこのヒトともっと話したい気分になってきたぞ。
人に歴史ありって言うけど、ヒムノン少佐も苦労してたんだなぁ。
運ばれてきたうるかをつつくヒムノン少佐の横顔は、ヒンクリー少将の副官として会った時とは別人のように見える。
「もう23:00を回ってますよ? 奥さんに連絡とかしなくて……」
「家内が家で待ってたりするものかね。今頃若い愛人とどこぞにシケ込んでるに決まっている。剣狼、老婆心ながら忠告しておくとね、結婚は恋愛結婚であるべきだよ。君は私のように見合い結婚で失敗しないようにな。」
「剣狼じゃなくてカナタでいいですよ。お言葉ですが見合い結婚でも幸せな家庭を築いている夫婦はたくさんいます。ヒムノン少佐の失敗は出世の為に、愛してもいない女と結婚したコトじゃないでしょうか?」
ヒムノン少佐はグイッとお猪口をあおってから、ため息をついた。
「………カナタ君の言う通りだね。偶然の出逢いでも見合いでも、愛があればいいのだな。そんな当たり前の事すら見えてなかったんだねえ。………バカだなあ、私は。」
嘆息するヒムノン少佐にオレが出来るコトは、お猪口に酒をついであげるぐらいだ。
いや待てよ? 他にも出来るコトってあるよな。ヒムノン少佐の覚悟次第だけど。
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