昇進編4話 壊し屋アビー



ローズガーデンの649室、それがオレのマイルームだ。


いつものように体内時計のアラーム機能で目を覚ます。


日課は一つ増えた。


ベットの上で座禅を組み、眼球のカメラ機能を立ち上げる。


そうすれば乳神様が降臨される。


何度みてもまさに神だ。オレはおっぱい革新党の党員であり、乳神教の司祭でもあるのだ。


キッドナップ作戦で報奨金500万クレジットを得たが、例え500億クレジット積まれてもこの画像は消さないだろう。


乳神教の司祭として、オレは教義に殉ずる覚悟は出来ている。


ありがとう御座います、乳神様。


貴方の忠実なる下僕は頂いたパワーで今日も一日頑張れます。


ランニング、素振り、演武、射撃演習、黙々とこなす。


そして遅い昼食を取りに食堂へいく。


食事の時間を遅くしているのは訳がある。


ピークタイムはバイキングだが、それを過ぎれば好きな料理を注文できるからだ。


時間に融通が利く時は遅いか早いかに調整して好きなモノを食べたいものだ。


食堂にいくとラセンさんがいた。


食べてるのはカツカレーだ。


オレはラセンさんがカレー以外を食べてるのを見たことがない。


オレもカレーは大好物だが、流石に毎日は無理だ。


ラセンさんはカレー教の司祭に違いない。


「ラセンさん、またカレーですか。」


「うむ、カレーは完全栄養食だからな。」


「それ、カレーじゃなくて卵ですよね?」


ラセンさんはカレーに載せた生卵をスプーンで差した。


「………いや、ドヤ顔されても反応に困るんですが。」


「カナタ、カレーはいいぞ。軍隊には必需品だ。」


「海上で時間の感覚がなくなる海軍じゃ、決まった曜日にカレーを出す慣習があるみたいですね。」


あ、それは元の世界の話だ!やばいな、大丈夫か。


「うむ、海軍カレーもいいものだ。」


ホッ、こっちでも海軍カレーは存在したのか。


ラセンさんは水を口にした後でカレー談義を始める。


「だがな、カレーを必要とするのは海軍だけではない。古くなった食材でもカレー味に調理すればそれなりに食べられるものだ。スパイスの薫りのおかげで食欲不振の時でも食べやすい。カレーパウダーなら持ち運びも容易いしな。かようにカレーと軍隊とは切っても切れぬ関係なのだ。」


いつの間にかやってきたシュリが、ラセンさんに小言を言う。


「だからと言って3食全部、カレーばっかり食べていいものではありません。僕もカレーは好きですがラセンさんは明らかに偏りすぎです。過度な偏食というものはですね………」


ラセンさんはみなまで言わせず、


「おいおい、シュリ。俺は3食全部がカレーライスという訳ではないぞ。」


眼鏡の奥の目がいぶかしげなシュリは質問する。


「では聞きますが、昨日の食事はなにを召し上がったのですか?」


「朝はパン、昼はうどん、夜はピラフだ。火隠れの忍として、これは断じて虚偽ではないと誓おう。」


「そうですか、それならいいんです。僕は印象だけでモノを言ったみたいですね。すみません。」


「分かればいい。では俺は食い終わった事だし訓練にいくか。」


カレーを急いでかき込んだラセンさんは、足早に食堂から去っていった。


「ラセンさんはカレー以外もちゃんと食べていたのか。僕は本当に頭が固いな。」


「ああ、ホントに頭が固えよ。一杯食わされたのに気付かねえんだから。」


「上忍筆頭のラセンさんが火隠れの忍として断言したんだぞ。虚偽な訳ないだろう。」


「虚偽じゃねえよ。ただ一部を省略しただけだ。」


「どういう意味だ?」


「さっきラセンさんが言ったメニューの頭にカレーを付けてみな。」


「……カレーパン……カレーうどん……カレーピラフ………あ~!!!」


我が友よ、少しウィットの勉強もしような。




オレとシュリは一緒に昼食を取る事にした。


メニューは2人とも天ざる蕎麦と稲荷寿司だ。


「まったくラセンさんときたらあんな姑息な小細工で僕を煙に巻いて、1番隊の副長として皆の規範になるべき立場だというのに………ブツブツ………」


我が友はまだ憤懣ふんまんやるかたないようだ。


「シュリ、騙される方が悪いって言葉もあるんだぜ。」


「その言葉は嫌いだ。騙す方が悪いに決まってるじゃないか。」


うん、おまえはそういうヤツだよな。ホンット真面目だ。


オレとしてはこの状況は感慨深いモノがあるなあ。


「しかしなんだ、俺は人付き合いが苦手だったのに、ガーデンに来てから一人で飯を食うことがほとんどないなあ。」


「僕はそれは違うと思う。」


「なにが違うんだ?」


「カナタは人付き合いが苦手なんじゃない。してこなかっただけだ。」


「そうかな?」


「そうだよ。カナタはみんなと上手くやってると思う。」


「マリカさんにシグレさんって人に剣を習えって言われたんだ。その人とも上手くいくかな?」


「上手くいく。もし上手くいかなかったら原因はカナタにある。」


「友達甲斐のないヤツだ。」


「事実だから。シグレさんは僕がガーデンで小言を言った事がない唯一の人だ。」


シュリに小言を言わせないって偉業だぞ。シグレって人は菩薩の化身か?


唯一?って事はまさかコイツ………


「おい、シュリ。おまえひょっとして、司令やクランド中佐にまで小言を言った事があるのか?」


「誰であれ度が過ぎれば言わなきゃいけない場合もあるよ。」


勇者や、勇者がおる!コイツはホンマモンの勇者様なんや。


元の世界でも歴史上に直言居士って呼ばれる人達がいるけど、大抵は直言が原因で死んでいる。


きっと、こういうタイプだったんだろうな。


まあシュリが小言を言っても嫌われないのは、分け隔てなく誰にでも小言を言うからだろう。


相手によっては沈黙するようじゃ、只の蝙蝠野郎だもんな。


ゴゴゴと食堂内に響く音、陸上戦艦の駆動音だ。


シグレさんは夕刻に帰投って聞いてたけどえらく早いな。


「夕刻に帰投って聞いてたんだけどな。出迎えに行けってマリカさんに言われてるんだ。オレは行かないと。」


「僕もいこう。」


オレ達は慌てて蕎麦をかき込むと格納区画へ向かった。




格納区画に到着したオレ達は2番隊の区画である2番格納庫へと歩いていく。


「よう、シュリじゃないか。相変わらず小言ばっかり言ってんのかい?」


女性の声だが張りがあってよく響く。美声ではなく勇壮な声と言うべきか。


オレが声の主の女性の姿を視界に収めたその瞬間に。


…………オレのおっぱいスカウターは破壊されていた。


オレが後どのぐらい生きて、どれだけの女性と出会うかは分からない。


だがこれ以上の巨乳の持ち主と出会うことはもうないと断言できる。


タチアナさんが特盛りならこの女性はギガ盛りだ。


元の世界にもバカみたいに、造形的に不自然な大きさのおっぱいの女性はいた。


でもそれは過剰な豊胸手術によるものだ。


おっぱい革新党の党則第1に「おっぱいは自然なものでなくてはならぬ」という決まりがある。


この女性はそれに反してはいない。


そう、この女性はガタイそのものが大きいのだ。


優に2mを超えている。170ちょいのオレやシュリより頭一つデカい。


そのガタイで比率的にはタチアナさん級のおっぱいが付いてるんだから、そりゃデカいよ。


鮮やかなオレンジ色の巻き毛を肩まで伸ばし、精悍な顔つき、美しいと言うより格好いいと言う方がしっくりくる容貌。


健康的な褐色の肌で、なにより目を引くのは鍛え上げられた全身の筋肉。


ウォッカみたいなムキムキボディの持ち主はガーデンには多いけど、この女性の筋肉の放つ肉体美は群を抜いている。


キングオブガテン系、そう表現するべきだろう。


「シュリ、この男はアギトの親類かなにかか?」


その声で我に返った。


「天掛カナタ軍曹です。牙門アギトは叔父になります。」


「へえ、アギトにゃ甥っ子がいたのかい。」


「アビー姉さん、カナタはアギトさんとは性格が全然違います。僕の友達でもあります。」


「シュリ、なにも取って食ったりはしないさ。カナタって言ったな。アタシはアビゲイル、みんなアビーって呼んでるよ。よろしくな。」


シュリが説明してくれる。


「アビゲイル・ターナー大尉。8番隊の隊長だよ。戦車や装甲車、敵基地の破壊においてはアスラ部隊でもアビー姉さんの右に出る人はいない。」


「よろしくお願いします。オレはシュリと同じ1番隊に配属されてます。シュリ、この方はどんな異名で呼ばれてるんだ?」


「カナタ、それは、あのな、え~と………」


「ハハハッ、言いたい事いいのシュリでも言いにくいかい?アタシは気に入ってんだけどね。カナタ、アタシはちまたじゃ「壊し屋アビー」で通ってるみたいだよ。」


「………壊し屋、ですか。」


「ああ、戦車から気に入らない上官まで、なんでもぶっ壊しちまうからねえ。」


「アビー姉さんは同盟軍の戦車破壊台数の記録保持者なんだ。2位にダブルスコアをつけてね。2位の人も8番隊の隊員だけど。」


「ターナー大尉は凄いんですね。」


「アビーでいいんだよ。そんなしゃちほこばんなよ。」


「はい、アビー姉さん。」


「おやおや、アンタまでアビー姉さんって呼ぶのかい。なんでだろうねえ、みんなアタシをアビー姉さんって呼ぶんだよ。アタシより年上のオッサンまでだよ。わっかんないねえ。」


その全身から醸し出す男前オーラを見れば、年上だろうと姉さんって呼びたくなりますって。


そんなアビー姉さんのところに、ムキムキマッチョ軍団がやってきて、直立不動で敬礼する。


「アビー姉さん、司令がお呼びです。」


「おう、じゃあな2人共。………やれやれ、ドンパチは好きなんだが、祭りの後の報告書ってのが難儀なんだよねえ。」


そう言ってアビー姉さんはマッチョ軍団を引き連れて去っていった。


「なんだかすんげえ人だな。」


「戦場ではもっと凄い。重量級でも両手じゃないと扱えない大型パイルバンカーを片手で使う。パイルバンカーの二刀流とか実際に見ても冗談としか思えない。」


「………力こそパワーを地でいくタイプか。」


「8番隊がガーデンにいる間はアルコールの消費量が跳ね上がるそうだ。アビー姉さん達が酒盛りしてても近づくなよ。捕まったら逃げられないぞ。僕は一昼夜拘束された事がある。」


「………オレ、念の為に今からアルコール分解アプリをインストしてくる。」


「それがいい、シグレさんの帰投予定の夕刻までにはインストは終わるだろう。」


「なあ、シュリ。以前はガーデンにあったってボーリング場なんだけど………」


「聞かなくても分かるだろ。主犯は8番隊。アビー姉さん達が原因だ。」




急いでアルコール分解アプリを買いにいこう。


間の悪いオレの事だ。一回ぐらいは捕まるに違いない。




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