昇進編5話 我慢にだって限度はあるさ




格納区画から購買区画に戻ったオレはアプリショップに向かう。


どうせアルコール分解アプリもクソダサネーミングだろう。


たぶんノメールくんとかじゃねえかな。


………ニアピンだったか。アルコール分解アプリの名称は呑む蔵くんだった。


さっさと購入して調整ポッドに入ってインストしてもらおう。




調整ポッドに向かう途中でホタルに会ってしまった。


ホタルは必要のない時には絶対オレに話しかけてこないので別にいいけどさ。


険のある目で睨まれるのにはもう慣れたしね。


オレはさっさと調整ポッドに向かおうとしたのだが、刺のある声で呼び止められた。


「ちょっと待ちなさいよ!」


「オレは急いでんだ、後にしてくれ。」


「アンタ、シグレさんに剣を習うって本当?」


人の話を聞いちゃいねえ。急いでるっつったじゃねーか。


「だったらなに?」


「辞退しなさいよ。」


「はぁ? なんでそんな事言われなきゃならないんだ?」


「とにかく辞退しなさい。アンタにシグレさんから剣を習うような資格はないわ。」


そこまで言うかよ。さすがにムカついてきたな。


「文句はマリカさんに言えばいい。決めたのはマリカさんなんだからな。」


「本当にバカね、だからアンタの方から自発的に辞退しなさいって言ってるんじゃない。」


「イヤだね。用がそれだけならもう行くぜ。」


アホくせえ、付き合ってられっか。


「待ちなさいよ!」


肩を掴まれたので、睨みつけて警告しておく。


「大概にしとけよ、人間の我慢には許容量があるんだぞ?」


「!!!」


なんだ、ホタルのオレを見る目………オレが最初に殺した兵士みたいな………怯えた目だ。


ホタルは身を翻して距離を取り、忍者刀の鯉口を切る。


こいつ、マジでやる気かよ。


「先に鯉口を切ったのはホタルだぜ。」


オレも刀に手をかける。


オレ達は距離を取って睨み合ったが、そこに怒声が響き渡る。


「やめんか貴様ら!!!」


ラセンさんだ。いつもの糸目じゃなく目が見開かれていて、有無を言わせぬ迫力がある。


「2人共、得物から手を離せ。ホタル、どういう事だ。」


得物から手は離したが、ホタルは答えない。なのでラセンさんはオレの方に向き直って聞いてきた。


「カナタ、事情を説明しろ。」


「オレは夕刻に帰投予定の壬生大尉から剣を習うようにマリカさんから指示されました。ホタルはオレに自発的にその件を辞退しろと言うので拒否しました。話は済んだので立ち去ろうとしましたが、成り行きでこうなりました。」


「………先に刀に手をかけたのはどっちだ?」


「………オレです。」


畜生、こう言うしかねえじゃねえか!


「カナタ、今から俺の部屋へこい!」


「待って下さい!先に刀に手をかけたのは私です!」


「なに?」


ホタルはオレを睨みつけながら罵声を上げる。


「アンタなんかに庇われてたまるものですか!アンタなんかに!」


「ホタル!先に俺の部屋に行ってろ!」


ホタルはラセンさんに一礼すると、逃げるように駆け出していった。


………今、アイツ泣いてなかったか?


ホタルの姿が見えなくなってから、ラセンさんは落ち着いた声でオレに問いかけてくる。


「………なぜ庇った?」


「シュリならきっとそうしました。オレはシュリの友達なので。」


「………そうか、ホタルには俺から言い聞かせておく。ホタルが何故、カナタをそこまで嫌うのか訳が分からん。」


「オレが気に入らないのもあるでしょうけど、アギトの甥というのもあるんでしょう。」


「アギトの甥である事はカナタにはなんら責任のない事だ。ホタルはその程度の分別がつかんような人間ではない。だから判らんのだ。」


オレも知りたいですよ、実際。


ラセンさんは硬い表情をようやく崩して、


「カナタが常日頃からおっぱいおっぱいと言ってるのが、潔癖症のホタルのカンに触るのかもしれんな。」


「潔癖症なんですか、ホタルは?」


「ああ、綺麗好きでマメで真面目だ。ホタルが汚れるのをいとわないのは戦場だけだよ。入隊時の書類の趣味の欄に、お掃除って大真面目に書いたぐらいだ。」


「シュリはお小言って書くべきでしょうね。」


「違いない。バカ真面目と潔癖症で昔から気の合う2人だ。だからカナタもあまりおっぱいおっぱい言わない事だな。」


「それだと多分、オレは死にます。」


「マリカ様が言ってたぞ。カナタは水と酸素がなくても生きていけるが、おっぱいがないとすぐに死ぬだろうってな。」


「酸欠の金魚みたいになるでしょうね。」


「まったくしょうがないヤツだな。さて、俺はホタルに事の道理を説いてやらんとな。」


そう言ってラセンさん兵舎棟の方へ去っていった。


ふう、オレもさっさと呑む蔵くんをインストしてこよう。




3時間後、インストが終わったのでラボから出ると、アビー姉さんと鉢合わせした。


「カナタだっけか? アタシらはこれから一杯やるが、カナタもくるかい?」


アビー姉さんに拉致連行された場合の備えに、呑む蔵くんをインストしたばかりだからって、いきなりコレかい!


自分のツキのなさに呆れるよ。


ここはなんとか逃げ出さないとマズイ、ラボに先客がいてインストに時間を食っちまってる。


マリカさんと一緒にシグレさんの出迎えに行かなきゃ、あや取りの出来ない手にされちまうぞ。


「いきたいのは山々なんですが、シグレさんの出迎えにいかないといけないんです。弟子入り志願者なんで。」


「へえ、シグレに弟子入りねえ。ま、剣を習うなら適任だろうよ。だが銃はトッドには習うなよ。」


え、オレはもう金髪先生に銃を習っちまってるぞ。


「トッドさんに銃を習うのはマズイんですか?」


「腕そのものはまあまあだが、あの劣悪な人間性に影響されると堅気かたぎの世界に帰ってこれなくなる。」


そもそもガーデンに堅気がいるんだろうか? トップの司令からしてアレ系だぞ。


「たぶん、オレには影響ないです。トッドさんに会う前から汚染済みかと。」


「何だ、カナタはアクセルあたりの同類かい?」


「オレもおっぱい革新党の党員です。同志アクセルとは気が合いまして。」


「仕方のないヤツだねえ。忠告しとくけど、シグレにその手の冗談は言うなよ。」


「………首が飛びますか?」


「いや、もっとタチが悪い。本当に意味が理解出来ないんだ。そしてシグレはそういう所は天然なんだよ。ちょっと想像してみな? お下品ジョークを飛ばしてだな、「意味が分からない。詳しく説明してくれ。」って自分の飛ばした下ネタの意味を解説させられる状況をな。延々と自分が飛ばした下ネタの解説をさせられたアタシの部下は神経内科に通う羽目になった。」


ひぃぃ!考えるだに恐ろしい。シグレさんに下ネタ駄目、絶対。


「カナタ、ここにいたのか。油を売ってるんじゃない。シグレはもう帰投してきたぞ。」


マリカさんだ。ヤバイ、オレがインストしている間に2番隊は帰投してたのか!


焦ったオレを見て、アビー姉さんが取りなしてくれる。


「マリカ、そうカッカすんなよ。カナタから強引に油を買ってたのはアタシなんだからさ。」


「アビー、おまえも今日帰投だったのか。くたばってなくてなによりだ。ジェンガが出来るくらいスペアリブを作らされる食堂のシェフが、代わりに過労死するかもしれんがな。」


ジェンガが出来るくらい積み上がったスペアリブって壮絶な量じゃないかな。


「言ってくれるね。シグレの扱いとはエラい差だ。」


2番隊が帰投してきてるんなら、早く格納区画に行かないとな。


「じゃあアビー姉さん、オレはもういきます。」


ん? マリカさんが面白くなさげな顔をしたぞ?


「カナタ、アタイはマリカさんで、アビーはアビーか?」


「うぇっ、いけませんか?」


「………別にいけない訳じゃないが………」


アビー姉さんがガテン系の豪快な笑いを披露しながら、


「ギャハハハ、こりゃ珍しい事もあるもんだ。マリカが妬いてるよ。カナタにマリカ姉さんって呼んで欲しいのかい?」


「アビー!ここで死にたいのかい!こんなおっぱいマニアの弟なんかいらないね!」


………はい、軽くヘコみました。いや思いっきりか。


「マリカの顔も、緋眼以外が赤くなることもあるんだねえ。こりゃいい酒のツマミができたもんだ。」


「………おまえの墓標には「アビゲイル・ターナー 下らねえジョークが原因で下らねえ死を迎えた」って刻んでやるよ。」


「待ってくださいよ、マリカ姉さんって呼ばないのは………マリカさんは姉じゃイヤだからです。もっとお近づきになりたいと言いますか………」


「おい、マリカ、告られてんぞ。どうすんだ?」


マリカさんは無言でオレにヘッドロックをかけた。


そのまま引きずって格納区画に行くつもりみたいだ。


「………マリカさん!………マジでキマッてるから!………シグレさんに弟子入りする前に死んじゃうから!」


オレは懸命にタップしたが離してくれなかった。





まあいいか。頬で乳神様の感触を味わいながらの死ならば、乳神教の司祭として本望である。





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