再会編50話 コロンブスの卵
ロマーノ・ロッシは死すべき運命にあるらしい。ヤツのバカンス初日が、リックとビーチャムのカリキュラム休講日と重なっていると判明した時、オレはそう思った。
シャングリラホテルのスーペリアに、ショッピングから帰ってきたシオン、ナツメ、リリス、それにカリキュラムを終えたリックとビーチャムを呼び寄せて、作戦を説明する。
「
赤毛の毛先を指でイジりながら不敵に笑うビーチャム、リックは着崩した軍服の袖をまくって筋肉を隆起させた。弟分の太い腕に浮き出す太い血管、だが一番太いのはその神経だ。
「ロッシとやらも兄貴に狙われるたぁツイてねえな。」
「異名兵士でありながらマフィアの軍事顧問とは……感心しませんね。」
気鬱げな顔で資料を読むシオンに、リリスが物騒な物言いをする。
「この手の手合いに裁判も弁護士も必要ないわ。生かしておいても市民が泣くだけ。」
例によってレーズンクッキーからレーズンを外す作業に余念がないナツメは、ロッシが何者であるかへの関心は全くない。ナツメにとってロッシとは、より分けたレーズンよりも価値がない存在なのだ。
「はい、あ~ん。」
楽しそうにオレの口にレーズンを入れるナツメに、シオンが苦言を呈する。
「ナツメ、ブリーフィング中よ。後になさい。」
「レーズンは外したてが美味しいの。」
どんな理屈だよ。だいたいナツメはレーズンを食べないじゃないか。なのに味の違いがわかるのか? せっかくだからレーズンは頂くけどな。
レーズンを咀嚼し、飲み込んだオレは、メンバー全員に明日の予定を伝える。
「明日の15:00にホテルを出発し、湾内の海に潜伏する。リリスは港のワゴン車で待機。合図があればリグリット駐屯軍の空挺部隊に連絡しろ。司令の裁可は取ってある。そんな事態にゃならないはずだがな。消去屋を消去したら、ホテルに戻って祝勝会だ。年代物のワインを手配してあるからな。」
「楽しみなのです!」
なぜ喜ぶんだ、ビーチャム。さてはこっそり飲んでやがるな?
「ビーチャムとリリス、それにナツメはノンアルコールビールな?」
「………」 「差別なの!」 「この偽善者!」
差別じゃない、区別だ。偽善者と言われようが、お酒は二十歳になってから、だ。
─────────────────
ダイバースーツとマスクを装着し、あまり綺麗とはいえない首都の湾内に潜むオレ達、網膜時計の時刻は18:00を指している。そろそろのはずだな。
(少尉、シェフの車がクルーザーの傍に来たわ!イレイレ作戦、開始よ!)
「
足にフィンを着けた殺し屋5人はマグネット吸着器で船底に張り付き、船が動き出すのを待つ。
ロッシ、港に接舷されたままのクルーザーが盲点だったな。船のレーダーシステムは数日前に、ナツメとリリスが弄くっておいた。だが船底まで映せるレーダーシステムが配備してあったのは流石だったぞ。
動き出した船はかなりの速度だ。メンバーの中では腕力に劣るビーチャムと、オレの体は命綱で繋がっている。オレの膂力なら二人分の体重を支えられるはずだ。
30分ばかりしてから船は止まった。ロッシの墓場になる孤島に到着したのだ。指向性聴覚機能をオンにして船頭部の音を拾う。
天狼の目で抜いた刀に殺戮の力をチャージ、念真皿の上級テクニック、念真反発皿を水中に形成して、一気に水中から飛び出し獲物に襲いかかる。
「何者だっ!」
ロッシチーム隊員は咄嗟に抜いたナイフで刀を受けたが、黄金に輝く刃はナイフを破壊して頸動脈を断ち切った。……二の太刀を考えずに繰り出した飛翔鷹爪撃、おまえ如きに受けきれるものか。死体からの出血が激しいが、偽装用に色彩を合わせられるカメレオン繊維のコートを持ってきてある。デザインは似てるし、血止めしてから着させれば問題ないだろう。
「ヒイィィィッ!!」
背後で上がるシェフの悲鳴。いい小遣い稼ぎの代償は、満点のスリルだったな。
「キャビンに戻れ。そして目を瞑って、耳を塞ぎ、ガタガタ震えてろ。キャビンから出ようとしたり、船を動かそうとしたら爆発する。そういう仕掛けを施しておくからな。なに、数時間もすれば救助が来るはずだ。」
「はははは、はいっ!!私はなにも見てませーん!!」
キャビンに飛び込み、内側から鍵をかけるシェフ。あの様子なら大人しくしているだろう。
桟橋近くの停めてあった軍用車両のドアはナツメがこじ開け、乗り込んだリックが直結でエンジンをかける。オレはダイバースーツを脱ぎ捨ててから、死体を担いで軍用車両の運転席に載せた。
「やれやれ、今夜は死体とドライブかよ。」
「ボヤくな。コイツの顔が必要なんだ。リック、助手席からでも運転は出来るな?」
「レースをする訳じゃない。ただ走らせるぐらいなら出来るさ。」
「認証システムが設置されたポイントが来たら教える。通過時には屈んで身を隠せよ。」
「了解だ。」
ロッシは大金を積んで超精密な顔認証システムを開発させた。自分とチームの人間限定だが、その精度はミリの違いさえ許さないようだ。その更新は毎日、出掛ける前に行われている。オレが仕留めた隊員、カルロのデータは別荘を出る時に顔認証システムによって最新のモノに書き換えられているはずだ。それは自分のチームへの信頼の裏返し、ロッシは自分のチームメンバーが一瞬で仕留められる事はないと踏んでいたようだが、甘いな。信頼していても、保険は掛けておくべきだった。どんなエースを擁するチームでも、控えの選手は用意している。文字通りの顔パスを入手してしまえば、セキュリティシステムをほぼスルー出来てしまう状況が、おまえの驕りさ。
ま、対立組織のヒットマンを想定した備えで、古巣の軍人に狙われるとは思っちゃいなかったんだろうが……
ハンディコムを操作し、交換台を経由してガーデンに繋いでもらう。ガーデンと繋がってからカルロのベルトに差し込まれていた無線機を奪ってスイッチを入れ、別荘と通信を開始した。
「カルロか。シェフを連れてきたんだな。」
「はい。何事もなく、島に到着しました。これから屋敷に戻ります。シャンパンを冷やしておいてくださいよ。」
「わかったわかった。カルロは本当にシャンパンが好きだな。」
さすが声真似の達人コトネ先生、ロッシをうまく欺いてくれた。
さて、これで屋敷まではフリーパスだ。これでスティールメイト、あと一手でチェックメイトだ。
──────────────────
屋敷のガレージ前に車を止め、死角になった後部ドアを少しだけ開けてレコーダーを中庭に放り投げる。
投げたレコーダーには軍用ヘリのローター音が録音してある。コトネ先生にもう一仕事してもらうか。
無線のスイッチを入れ、ロッシを呼び出して、と。
「ボス!今、ガレージ前まで戻ってきたんだが、すぐにバルコニーに出てくれ!」
「どうした、カルロ。」
ここでレコーダーが作動、ローター音が中庭に響き渡る。オレは天狼眼と神威兵装を発動させ、いつでも飛び出せるように待機した。ロッシが一番警戒しているのは軍用ヘリでの強襲、ヤツが本物の兵士であるがゆえに、必ず目視しに出てくる。
「軍用ヘリが近くを飛んでる!あの飛び方は哨戒飛行だ!」
「バカな!対空レーダーをどうやって抜けてきた!」
バルコニーにガウン姿でサーベルと双眼鏡を手にしたロッシが姿を見せた!バルコニーに出た、それは中庭に設置してある迎撃システムをオフにしたってコトだ。
フフッ、掛かったな。卵を立てるのが難しいなら、殻を割って立てやすくすればいい。今回の作戦はコロンブスの卵と同じ、要塞化した屋敷の攻略が困難であるなら、屋敷の外に出してしまえばいい。……刃のチャージは完了した、いくぜ!
車から飛び出し、全速力で駆けたオレはバルコニー目がけて跳躍、その根元に渾身の力で刃を振るう!
「貴様はどこのファミリーの刺客だ!」
マフィアじゃねえよと言いたいが、ガーデンマフィアではあるんだよな。
「アスラファミリー直系マリカ組の若衆、天掛カナタだ。……下に参りま~す。」
壁に手を付き、根元に切れ目が入ったバルコニーの床を思いっきり蹴ると、バルコニーはロッシとオレを乗せたまま、中庭に落下した。
「ロッシ!」 「班長!」 「舐めた真似しやがって!」
バルコニーのなくなった掃き出し口から、ロッシ・チームが次々と中庭に飛び降りてくる。
庭で待機していたリック、ビーチャム、シオン、オレの三人の部下がロッシ・チームとマッチアップ。これで戦いの準備は完了だ。
さて、おっぱじめようか。消去屋ロッシのお手並み拝見だ。
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