戦役編30話 一人の軍隊
同盟軍は射撃で以て、巨軀の人間要塞への反撃を試みる。サイズがあるという事は、狙える部分も大きいという事、その戦術は間違っていない。
だけどイワザルさんの巨体を狙って飛来する対人ミサイルの雨は、少佐の放った極大の念真重力砲によって誘爆を起こし、空中で四散した。
「おい、トーマ………卿は………戦えるのか?」
あっけにとられたアシェスが少佐に声を掛けたけど、少佐の答えは素っ気ない。
「戦えないと言った覚えはない。そっちが勝手な判断をしただけだろう。」
「と、とにかく、戦えるというのなら……」
「離れてろ。巻き込まれたくなければな。」
「それはどういう意味……」
問答させてる場合じゃない!少佐が全力で戦う時は誰も傍にいてはならないんだ。
(アシェス、少佐から離れて!少し下がってイワザルさんと一緒に討ちもらしを排除!)
(ハッ!仰せのままに!)
アシェスとイワザルさんはトップを少佐に譲って後退する。
兵士全員を下げさせて、単独で最前線に立った少佐に、
たった一人で立ちはだかる少佐に対し、敵の執った作戦は数の力を頼みとした包囲戦術だった。
戦艦の主砲に匹敵する念真重力砲を放った少佐に遠距離戦は不利、と踏んで選んだ道なのだろう。
………それが死への一本道だとは知らずに。
一斉に襲いかかろうとした敵兵達は、少佐の手前で膝を着き、這いつくばった半身を両腕で支える。
その姿は……まるで王に平伏する臣民のようだ。
パイロキネシスを全系統使えると言った言葉に嘘はなかった。
凶悪な重力磁場が少佐の周囲に発生し、立っていられなくなったのだ。
そして戦場の王に逆らった愚者達には制裁が待っている。
地面からタケノコのように生えた氷槍が、身動き出来ない敵兵達を容赦なく貫いてゆく。
哀れな犠牲者の口から吐き出された鮮血さえも、その場で凍り付かせながら……
敵も味方も、そのあまりの凄惨さに動きが固まる。
「……こないのか? だったらこっちからいくぞ!」
串刺しの刑を執行した完全適合者は、重量級とは思えない速さで敵の群れに突進する。
今度は火炙りの刑から始まる虐殺フルコースの時間だ。
力任せに振るわれる帯電した宝刀、渦巻く業火、唸りを上げる暴風……それは戦いとは言えない、一方的な殺戮の狂宴だった。
悲鳴を上げる事さえ許されず、消し炭になる者……感電のショックで眼球がこぼれ落ち、空になった眼窩を手で覆いながら絶命する者……鎌鼬で全身を切り裂かれ、血飛沫の沼に沈んでゆく者………
目を逸らさない、耳を塞がないと覚悟を決めていたはずなのに………心が悲鳴を上げている。
もうやめて!殺さないでって叫びたくなるのを懸命に堪えるだけで、汗だくになった。
涙がこぼれそうになったけど、ボクに悲しむ権利はない。この地獄は自分で選んだ道なのだから。
………俺を使うという事がどういう事かわかってるんだろうな、少佐はボクに念を押した。
わかってる。この殺戮はボクが起こした惨劇。奪われる命はボクが奪った命。だけど………ボクはやる!
例えこの戦争を終わらせて、世界の歪みを正したとしても………ボクは地獄に堕ちるだろう。
超人の殺戮に恐慌を起こした敵軍に対し、薔薇十字は反撃を開始する。
逆襲の始まりを告げる号砲のように放たれるイワザルさんの音響砲。回避不可能な範囲攻撃に吹き飛ばされた敵兵達を、薔薇十字の騎士達は手もなく討ち取ってゆく。
手薄だったはずの中央に厚みが増した。殺戮を演じながら戦線を押し戻したトーマ少佐は、空いたスペースにバクスウ老師率いる武烈をスライドさせていたのだ。
武烈の精鋭拳法家達を率いるバクスウ老師も、戦線を押し上げ、空いたスペースへさらに左翼の兵士を引き込んでくる。
殲滅力のある超人と精鋭達によって、サンドイッチのパンを開き、間にレタスとスライスチーズを挟み込んでゆく……そんな要領で、どんどん具材の厚みが増してゆく。
こぼれてくるパンくずの処理は、アシェスの仕事だ。
………トーマ少佐は、最初から左翼の戦力は空いたスペースにスライドさせるつもりだったんだ。
戦力が薄くなってゆく左翼では、ミザルさん率いる土雷忍軍が陽動と撹乱を行って、無事に左翼の軍勢を中央に合流させた。
これで中央は突破出来ず、右翼からは横撃されるという敵軍にとって最悪のシナリオの完成、ビロン少将は後退して態勢を整え直すしかないのだが………それを許すほど少佐は優しくなかった。
右翼のクエスター、リットク大尉に命じて敵軍の横っ腹から楔を打ち込む。
寸断された敵の殲滅はみなに任せ、トーマ少佐はペットボトルを口にした。
「水を入れて小休止ですか。あれほど暴れれば喉も渇きますな。」
「……クリフォード、あれは水じゃない。たぶん、ガムシロップだよ。」
「ガムシロップ? ま、まさか……」
「カロリーを補給してる………少佐はまだ殺る気なんだ。」
ペットボトルを投げ捨てた少佐の隣に
脳波操縦システムを搭載したバイクに跳び乗った少佐は、フルスロットルで追撃を開始する。
漆黒の鉄馬を駆って戦場を疾走するトーマ少佐、その姿は本当に冥界からやってきた死神にしか見えない。
現代の死神は逃げる敵軍に追いすがって暴れ、撤退を阻害。追いついた後続が敵を殲滅にかかる。少佐はまた敵の追撃を開始、そんな死のサイクルが繰り返された。
………少佐が超人兵士である事は同盟に知られてるはずなのに、ビロン少将は対策を講じていなかったみたいだ。情報を軽視していたか、眉唾だと信じなかったのか………
指揮官の怠慢のツケは、兵士が命で支払う。戦場では、そんな理不尽がまかり通るんだ。
「平均点しか取れないビロンに、こんな上級問題を解くのは無理でしょうな。」
「それでももう少し落ち着くべきだよ。逃げる事だけ考えずに、戦艦や巡洋艦で壁を作って撤退を援護するとか………」
「陸上戦艦に搭乗出来る身分の連中は、自分達が逃げる事しか頭にないようで。」
歩兵達は置き去りって訳? それってヒドいよ!
念真強度1000万nの少佐なら、あの距離でもボクの念真通話を拾えるはずだ。
(少佐、もう十分です。攻撃を中止して投降を呼びかけてください。)
(まだだ。第10師団は壊滅させる。)
戦略的にその方がいいのはわかってる。薔薇十字の力を誇示する為の戦いなんだから……でも!
(お願いします。これ以上の殺戮は強さの誇示だけでなく、不寛容さの誇示にもなりかねません。)
これはとってつけた理屈だ。でも屁理屈だって理屈のウチだよ!
(……確かにな。わかった、投降を呼びかけよう。)
……よかった。おんぶに抱っこで勝たせてもらっておいて勝手な言い草だと思うけど、さらなる流血は避けたい。
覚悟が不徹底だと少佐は思ったかもしれない。でも、これで十分だとボクが判断したんだ。
「姫の判断は正しい。俺はそう思います。」 「吾輩もですな。それでこそローゼ様です。」
………ありがとう、ギン、クリフォード。
かろうじて壊滅を免れた第10師団は、大急ぎで戦線を離脱していった。
「半壊した師団を立て直して踏み止まる根性はない、か。所詮は特権階級、薄っぺらい覚悟だ。」
後退してゆく敵軍のマーカーを見ながら、ギンは吐き捨てるようにそう言った。
「ギン、ボクも特権階級なんですけど?」
「申し訳ない。俺はそんなつもりで……」
「ふふっ、冗談だよ。クリフォード、戦術指揮官達をパラス・アテナに集めてください。」
「承知しました。」
パラス・アテナの作戦室で指揮官達を待つボクに、後ろに佇立したギンが話しかけてくる。
「少佐の戦いを見るのはお辛かったようですが、目を逸らしませんでしたね。ご立派です。」
「………ボクの始めた戦いだから。」
「一つだけご意見してよろしいですか?」
「なに? 言ってみて?」
「少佐の暴れっぷりは戦闘ではなく殺戮、そうお考えになられたから心を痛められたのでしょう。ですがそれは姫の剣と盾とて同じ事。一見、戦いの呈を為しているように見えますが、そうではありません。力に差がある相手を一方的に殺しているという点において、なんら変わりがない。」
「………そうだね。」
「戦場には強者と弱者がいる、それだけの事。そう割り切ってください。」
「…………」
「新参のギンには分からんだろうが、ローゼ様は……」
クリフォードの言葉をギンは遮る。
「新参者の俺が、姫の心労を心配するのはいけないのか?」
「……そんな事はない。ローゼ様を案じてくれるのはよい事だ。」
………うん、もう大丈夫。ボクは一人じゃないから。
「心配をかけました。流血がイヤなら箱庭にいればいいのです。箱庭を出て何かを為そうという者が、こんな気弱な有り様では先が思いやられますね。」
ボクはもう怯まない。でも流血を悼む気持ちも忘れない。それは偽善だと
平和を求めながら戦争に身を投じる。偽善的で矛盾した行為なのはわかりきっていたはずだ。
でも、「あらゆる善行は偽善から始まり、完遂された偽善が善行と呼ばれる」のだ。
流血の果てに手にした平和が善行なのかはさておいて、もうボクの志の為に犠牲者は出た。
………引き返す道は閉ざされたのだ。だからボクは前に進む。
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