戦役編29話 人間要塞の咆哮



前哨戦はトーマ少佐のプラン通りに運んだ。


敗走する第7師団を後方へ逃がしつつ、追いすがってくる敵にはアシェスとバクスウ老師の部隊が対応する。


ボクの誇る真銀の盾であるアシェスの守りは鉄壁で、バクスウ老師は歴戦の猛者もさらしく、柔軟に富んだ防御を見せてくれた。


攻勢が止まった敵の鼻っ面に襲いかかったのは、黄金の剣であるクエスター、それに「鬼の」リットク。


クエスターは帝国一と称えられる攻勢戦術の冴えを見せ、鬼と恐れられるリットク大尉も負けてはいなかった。


聖剣と鬼刃に切り裂かれ、算を乱した敵軍に薔薇十字の精鋭達が逆撃をかけて、見事に撃退に成功する。


パラス・アテナにやってきて逆襲のタクトを振るったトーマ少佐の手腕を、ボクはずっと観察していた。


少佐がパラス・アテナで全軍の指揮を執った理由は、ボクに見ていろ、という事なんだから。


見事な指揮で整然と動く兵達、これがスポーツだったら口笛を吹いて拍手しただろう。……でも、これは命を奪う戦争だ。


ボクの意志で始めた戦争で、人が死んだ。せめてもの慰めは正々堂々たる戦いだった事だろうか?


「追撃中止、そこまででいい。」


髑髏マスクの指揮者はタクトを止め、死の協奏曲を演じ終えた。


「死神、まだ殺せる。」


返り血に濡れて凄惨な様相の戦鬼の抗議に、髑髏マスクは冷静に答えた。


「慌てなくとも、じきに向こうからやってくる。」


「フン。ワシ等に戦わせておいて、自分は高みの見物とはいいご身分だな。」


メインスクリーンにバクスウ老師の映像が割り込み、会話にも割り込む。


「やめんかリットク。せっかくの勝ち戦に水を差すな。」


「水を差すな? バクスウ、それこそ「年寄りの冷や水」だろう?」


不服そうなリットク大尉の映像はスクリーンから消え、バクスウ老師は嘆息する。


「なんでこうも癖のある者ばかりが揃っておるのじゃ。年寄りには堪えるわい。」


「爺さん、文句はセツナに言え。兵を収容して第一種戦闘配備、じきに本隊がくるぞ。」


知道了わかった。しかし死神よ、おヌシは師団級の指揮も執れたのじゃな。どこで習うた?」


「通信教育だ。「鳩でもなれる師団指揮官」ってテキストを読んだ。」


猿でもなれる、じゃなくなってる。タッシェに抗議されて改めたらしい。


「愚にもつかぬ戯れ言を抜かしおって。おヌシの出来の悪い冗談を聞いておると、疲れが倍増するわ。」


まんざらでもない笑顔でバクスウ老師は通信を切った。





「すり鉢型の戦型を取る。右翼のトップはクエスター、続いてリットク、亡霊戦団ゴーストナンバーズも右翼に加われ。戦団の指揮はコヨリに任せる。残り部隊の半分をそっちに回す。」


敵軍本隊の布陣を確認した少佐は、自軍の戦型を変化させるようだ。


少佐はパラス・アテナのメインスクリーンに映った指揮官達に次々と指示を飛ばしていく。


「左翼のトップは爺さん、残りの軍勢の半分を加える。ミザルは土雷衆だけ連れて左翼に入れ。左翼からは攻勢に出なくていい。後の連中は正面だ。トップはアシェスがやってくれ。」


「トーマ、右翼が厚すぎないか? 中央に敵軍を誘い込んで右翼で叩く狙いはわかるが、正面が薄すぎる。」


クエスターが意見するが、少佐は反論する。


「あえてそうしてる。数的に勝る敵軍は右翼を押さえつつ正面突破、背面展開を狙ってくるだろう。」


アシェスがたまらず叫んだ。


「その正面にはローゼ様の本営があるのだぞ!正気か、トーマ!」


「大物を釣る時には撒き餌をするものだ。」


「ローゼ様を撒き餌にだと!ふざけるな!」


「他の者では食い付いてこないからやむを得ん。姫、覚悟は出来てるな?」


「はい。見事に撒き餌を務めてみせましょう。アシェス、しっかり守ってね。」


「無論ですが、いくらなんでも正面が薄すぎます。なだれ込む敵を抑えきれるかどうか……」


「守護神さえ抜けばローゼ姫を捕らえられる、そう思わせておかなければ、ビロンは乗ってこない。」


トーマ少佐は戦術に自信を持っている。その根拠はボクにはわかっている。


「死神よ、過大な戦果を求める必要はない。じっくり腰を据えて戦えばよかろう。」


バクスウ老師は重鎮らしく、冷静で慎重だ。だけどここは……


「バクスウ老師、少佐の作戦通りにしてください。大丈夫、勝算はあります。」


「姫がそう仰るなら従うまでじゃが……危険な賭けですぞ?」


知道了わかってます。承知の上です。みなさん、配置についてください!」


ボクの号令で、薔薇十字軍は動き始めた。




薔薇十字の歪な戦型を見て取った第10師団は、注文通りに正面突破を狙ってきた。


左翼に厚みを持たせて防御を固めつつ、紡錘陣形を取った主力部隊が猛スピードで手薄な正面へ展開してくる。


轟音と共に砲火が乱舞し、パラス・アテナの鼻先にも砲撃が着弾する。


地面に空いた大穴に、少し心がザワつくのがわかった。さらなる砲撃音が戦場に轟き、タッシェはボクの髪にしがみついてくる。


「………これが最前線、ですか。」


「パラス・アテナの重装甲モードはこの程度の砲撃では落とせんよ。それにビロンは姫を生け捕りにしたいはずだ。すぐに砲撃を中止して、陸戦隊を繰り出してくる。」


少佐の言葉通りに、敵艦のハッチが開き、陸戦隊が姿を見せた。陸上戦艦に乗りきれない歩兵達と歩調を合わせてパラス・アテナへ進撃してくる。


「陸戦隊が出てきました。アシェス!迎撃を!」


「ヤー!」


戦艦アイギスのハッチが開き、帝国の守護神は真銀の騎士達を従えて出撃する。


先頭を切って迎撃にあたる騎士達を、スペック社の企業傭兵達が援護し、白兵戦が始まった。


銀髪を靡かせて戦う守護神を討ち取ろうと敵兵が殺到するが、ボクの盾はモノともしない。


翻る白刃が起こす血煙と共に、次々と敵兵達は戦場の露と消えてゆく。


白兵戦は分が悪いと踏んだ敵陸戦隊は距離を取り、射撃武器での攻撃に切り替えた。


殺到する対人ミサイルの雨。脳波誘導されたミサイル群は編隊飛行する渡り鳥のようにアシェスに迫る。


大量の対人ミサイルが着弾し、戦場に土煙が上がった。敵は守護神の最後を確信したに違いない。


………晴れつつある土煙の中に、無傷の女騎士の姿を目の当たりにするまでは。


ブォンブォンと音を立てながらアシェスの回りを周回する球体。その球体から張り巡らされた障壁がアシェスの周囲に半円形の障壁を形成している。


戦場に君臨するアシェスの勇姿を見たトーマ少佐が呟いた。


「あれがガーディアンGBSか。大した防御システムだ。ドウメキ博士以外に、あんな兵器が造れる奴がいるとはな。」


「リングヴォルトの技術の結晶ですから。」


ガーディアン・グラビティ・バリア・システムはリングヴォルトの技術者達が開発した最新鋭の防御システムだ。


扱いが極端に難しい念真重力壁の展開を補助し、その維持をサポートする。


強力な念真重力壁を展開出来る兵士専用の特殊兵装で、アシェスにはうってつけだ。


と、いうよりガーディアンGBSの性能を過不足なく発揮出来る兵士はアシェスと、アシェスの父親であるスタークス団長だけって言うべきなのかな?


「でもガーディアンGBSはエネルギーの消費も激しいんです。」


「だろうな。……俺も出よう。」


来てしまったんだ。……「皆殺しの死神」の全貌が明らかになる時が。


「トーマ殿が出られると? いやいや、トーマ殿は薔薇十字の参謀。ここで指揮を執ってくだされ。吾輩がアシェス殿の援護を……」


「クリフォード、ここは少佐の出番です。少佐、お願いします。」


「姫、本当にいいんだな?」


少佐が本気で暴れたら同盟の兵士さん達は……怯んじゃダメだ!やるって決めたでしょ!


「……はい、覚悟は出来ています。」


トーマ少佐は頷いて艦橋を出ていきながら、言葉ではなく念真通話でビックダンディーに呼びかける。


(ガン!準備はいいか!)


(……出来てる。)


(先に出てろ。加減はいらん!俺もすぐ行く!)


(……わかった。)


パラス・アテナのハッチが開き、巨大な金棒モールを構えたイワザルさんが戦場に降り立つ。


真銀の騎士団をかいくぐり、パラス・アテナに迫ろうとする敵の一団に向かってイワザルさんは………咆哮を上げた!


「ガアアアアァァァ!!!」


艦橋ブリッジにいても思わず耳を塞いでしまうほどの大音響!!ビックリしたタッシェが肩から落っこちそうになる。


敵陸戦隊はビックリしたでは済まなかった。獣の咆哮の直撃を食らって、羽虫のように吹き飛ばされる。


(少佐、今のは!?)


(音響砲だよ。ガンの声帯に搭載されてる特殊兵装だ。普段は無口な奴なんだが、戦場じゃ声が武器だ。普通に喋っても暴発したりしねえって言ってんだが……)


気の優しいイワザルさんは音響砲の暴発が怖くて無口だったんだ。


(ま、見てな。イワザルの武器は音響砲だけじゃない。イワザルは歩く要塞、異名を付けるとすれば「人間要塞マンフォートレス」ってところだろう。)


戦場に降り立った人間要塞はその豪勇を容赦なく奮い始めた。


装甲車を金棒で殴ってひっくり返すとか、どこまで人外の怪力なの!


怪物の相手をする同盟軍の兵士さん達は、怪獣映画の登場人物の気分に違いない。


「驚きましたな。ミザル殿が「弟が本気で暴れ出したら、少佐じゃなきゃ止めらんねえよ。」と言っておりましたが………もしトーマ殿の命令ですら聞かないような暴れだったらと思うとゾッとしますな。」


「クリフォード、その止められるっていうのは少佐の命令に忠実という意味だけじゃないよ。」


「は? ローゼ様、それはいったいどういう意味です?」


「……見ていればわかるよ。」


イワザルさんが肉塊とスクラップで舗装した道を、軍用コートの襟を立てた髑髏のマスクがゆっくりと歩いていく。




これから起こる事を考えると、耳を塞ぎ、目を瞑ってしまいたい。


目を逸らしちゃダメだ。これはボクが選んだ、ボクの殺戮だ。見届ける義務が………ボクにはある。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る