戦役編31話 神輿のお仕事
パラス・アテナの作戦室に指揮官達が集合してきた。
その顔付きには勝ち戦の高揚感と、少しの緊張が伺える。緊張の理由は一つ残った
まだ到着していない最後の指揮官が座る椅子は、トーマ少佐の椅子。
「死神め、大物演歌歌手よろく、最後に登場するつもりか。いい気なものだ。」
リットクさんが苦々しげに吐き捨てた。
「戦鬼よ、おヌシはさほど驚いておらんようじゃの。」
「爺さんもだろう。知っていたのか?」
「戦えるじゃろうとは思っておった。あそこまでの怪物じゃとは思うておらなんだがの。」
「ローゼ様はご存知だったのですね?」
クエスターに問われたので頷くと、アシェスにさらに問われる。
「どうして我々にまで黙っていたのですか?」
「話したところで実際に目にするまでは半信半疑だったでしょうから。違いますか?」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
ボクは居並ぶ指揮官達に向かって語りかけた。
「トーマ少佐が超人兵士であり、優れた戦術家でもある事は、皆がわかったはずです。今後も戦術指揮は少佐に執って頂きます。異論はありませんね?」
誰からも異論の声は出なかった。いや、少し間を置いて一人だけ声を上げた者がいた。戦鬼リットクだ。
「ローゼ姫、少しいいか?」
「なんでしょう? なにかご意見が?」
「死神が指揮を執るのは構わん。ではローゼ姫はなにをなされる? 戦線に出るでもなく、指揮を執るでもない。なにが役割なのでしょうかな?」
リットクさんの
「リットク!言葉が過ぎるぞ!」
「アシェス、リットク大尉の言わんとする事には理があります。私は戦う訳でなし、指揮する訳でなし、これでは………「置物か?」と言いたくもなりますね。」
「………ワシはそこまで言っておらんが………」
「リットク大尉のお力で、私を置物ではなく神輿にしてください。大尉だけではなく、皆に担いでもらうのが私の仕事です。いずれは指揮を執りたいと思っていますが、今の私が指揮など執れば、無用の戦死者を出すだけですから。」
「……なるほど、お神輿か。これでも祭りは好きな方でな。担がせてもらうとするか、見栄えのするお神輿を。」
ちょっと意外、リットク大尉はお祭り好きなんだね。
話がまとまったところへ、トーマ少佐が入ってきた。
当然、みんなの視線が集中する。
「よぉ、ご歴々。お揃いのようだな。おいおい、そんなに見つめなさんな。テレちゃうだろ?」
うん、トーマ少佐は平常運転に戻ってるね。
いつものようにまったりとしてて、それでいて
念真重力壁を纏った超人じゃなく、こっちの姿のがボクは好きだ。
とはいえ、ここは軍隊。誰かが小言を言わないといけない。それは重鎮であるバクスウ老師のお仕事だ。
「おヌシが遅れてきたのじゃろうが。反省せんか、反省を!」
「反省だけなら猿でも……おっと!」
「キッキキィ!!(バカにしちゃダメなの!!)」
タッシェが種族の名誉を守る為に抗議する姿に、指揮官達は相好を崩した。
「……姫のお友達がこう仰っておる。今後は猿を揶揄した言葉、諺は禁止じゃ。よいかの、皆の衆?」
こうして薔薇十字軍に新しい紳士協定が誕生した。
「皆さんのお力で緒戦は大勝利に終わりました。ありがとうございます。さて、これからの……」
「ローゼ様、マッキンタイア少将より通信が入っております。」
テーブルの上にちっちゃなオペレーターが現れ、報告してくれた。
「繋いでください。ここで話します。」
「はい、通信を繋ぎます。」
オペレーターの姿が消え、卓上には等身大のマッキンタイア少将の上半身が現れる。
少将はぐるりと周囲を見渡し、不愉快そうな顔になる。
「周囲を囲まれて訓示を行うのは不愉快だな。まるで査問委員会のようではないか。」
少将は艦橋のメインスクリーンから見下ろして話したかったみたいだ。
「私は査問委員会に出廷した事がないのでわかりかねますが、ご用件はなんでしょうか?」
「来援に一応感謝しておこうと思ってな。
胸を張ってのご発言に対する指揮官達の反応は、あっけにとられたり、失笑したり、無関心だったり………
もちろん、敵対的な反応もある。先陣を切ったのは、やっぱりリットク大尉だった。
「我々の勝利? 少将がなにかしたのか? 野良犬に追いかけられた
「貴様無礼であろう!私を誰だと思っている!ロンダル貴族の侯爵にして……」
「他人の功績を横取りするのがお得意のマッキンタイア少将閣下、ですかの?」
ああ、バクスウ老師まで加勢しちゃった!
「リングヴォルト中佐!部下の無礼な振る舞いを見過ごすつもりか!」
「見ての通りの小娘ですので、まだ軍団を掌握しきれておりません。」
指揮官達がどっと笑い、マッキンタイア少将は怒りで髭先まで震えてる。
トーマ少佐がじと~っとした目でボクを見てるけど……
しょうがないでしょ!ご意見番の老師まで喧嘩を売りにいっちゃってるのに、ボクにどうしろって言うの!
「勝利した我々として、閣下は今後の方策をどのように考えておられますか?」
クエスターの言葉に、マッキンタイア少将は少し落ち着きを取り戻したみたいだ。
「ガルム貴族で伯爵家の血筋であるナイトレイド卿は、さすがに分別があるようだな。今後の方針は当然、ビロン師団への追撃あるのみだ。徹底的に殲滅し尽くし、勝利を完璧なものとせねばならん。無論、中佐の軍にも協力してもらうぞ。」
都合のいい話だなぁ。断っていいと思うけど、一応、参謀である少佐の意見を聞いておこう。
(少佐、どう思われます?)
(断っていい。マッキンタイアの意趣返しに付き合う義理はない。)
「我々は追撃には参加いたしかねます。次の戦略目標がありますので。」
「小娘に戦略のなんたるかを分かれというのは無理かもしれんが、私の言葉には従ってもらう。これは要請ではなく、
そっちが階級を嵩に着るなら、こっちも遠慮なく血縁を嵩に着るね!
「私達は最後の兵団のロウゲツ大佐の指示で動いています。そして兵団に命令を下しているのはリングヴォルト元帥。大佐なり元帥なりに掛け合ってください。私の独断では応じかねます。」
「独自に判断も出来んのか!王族とは言っても、平民混じりの雑種はこれだから………」
幕僚全員に睨まれたマッキンタイア少将は、途中で口を閉ざした。
「平民混じりの
「………い、いや。今のは言葉のアヤであってだな………」
「そんなにアヤがお好きなら、お屋敷に帰ってアヤ取りでもなさったら?」
「言葉尻を捉えていい気になるな!いいか、とにかくビロン師団の追撃に……」
「ハッキリ言っておきましょう!追撃をしたければご自分の師団でおやりなさい!少将にも分かるように表現すれば、
「………い、いまの無礼極まる発言、必ず上に報告し、厳罰で報いてやるぞ!覚えておれ!」
「罰を下すのに上の力が必要ですか!卑怯者!」
ボクは通信を叩き切った。ここまで頭にきたのは久しぶりだ。頭から湯気が立ってるんじゃないかな!
……でもマズった。怒りに任せて少将に喧嘩を売るなんて、薔薇十字の総帥としては失格だよね……
「あ、あのね。みんな……」
ボクが口を開こうとした時に、バクスウ老師が拍手をし始めた。
堰を切ったようにみんなが続き、気が付けば幕僚全員にボクは拍手されていた。
「え、え~と………」
「神輿の仕事を見せてもらった。それでこそ担ぎ甲斐がある。」
「ありがとう、リットク大尉。」
「大尉はいらん、リットクと呼んでくれ。上に立つ者に必要なのは気骨だ。魂が骨太でありさえすれば、血肉は勝手についてくる。」
「はい、肝に命じます。………リットク。」
「ククク、残飯に興味はない、か。けだし名言と言うべきだな。愉快愉快。」
口元を歪めて笑う戦鬼リットクは心底楽しげだった。
よかった。どうやらこの戦の鬼に、神輿と認めてもらえたみたい。
「
「でも老師、今のやりとりでマッキンタイア少将を敵に回しました。そのツケは薔薇十字に回るかも……」
もともとガルム閥とロンダル閥は不仲なだけに、確実に敵に回しただろう。マッキンタイア少将はロンダル閥の重鎮だけに、軍閥ごと敵に回したと思わなくてはならない。
「姫を雑種呼ばわりするような輩は、どう転ぼうと不倶戴天じゃよ。のう死神。」
「賢い奴なら思っていても口には出さん。その程度の思慮も配慮もない奴は敵でいい。恐れるべきは有能な敵より、無能な味方だ。」
恐れるべきは有能な敵ではなく、無能な味方か……
カナタ語録にもあったね。たしか………「有能で勤勉が理想だが、無能なら怠惰な方がいい。無能で勤勉なヤツこそが、状況を悪化させる元凶になる」だっけ。
ボクは勤勉で有能な存在にはなれないかもしれないけど、有能なみんなに勤勉になってもらう非力にはなれる。
特にトーマ少佐だ。有能なのに怠惰なんだもん。
非力な神輿は反省もしないとね。今のやりとりをみんなは褒めてくれたけど、ボクは感情を制御しないといけない。
慎重に考えて、心のウェイトを後ろにかけよう。感情は大事にするけれど、流されるのはダメだ。
今は神輿の行く道は、音頭を取る少佐が決めてくれる。でもいずれは………ボクが決めないといけないんだから。
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