戦役編32話 土雷衆名代にして料理長
戦闘が終わってから、始まる戦争がある。土雷衆里長名代のミザルにとっては、一番忙しい時間の到来であった。
欠食児童、いや欠食青年や中年が大挙して食堂に押し寄せ、その対応にてんやわんやになる。
それが亡霊戦団の風物詩であった。
「食堂に入りきれねえ亡霊共は廊下で食え!押すんじゃねえよ、馬鹿タレどもが!」
まず大鍋でチャーハンを作って、と。賄い方の給仕兵どもは、なにモタモタやってやがる!
「いつもより味付けは雑でいい!そこ!チンタラ盛り付けしてんじゃねえ!色彩なんざ二の次、三の次だ!」
まったくコイツらときたら、よっぽどの事がねえと軍用レーションで済まそうって気になりゃしやがらねえ!
「
「レンゲで皿をチンチン叩くな!行儀が悪いと後でお仕置きだかんな!」
しょうがねえ妹だぜ。おめえは将来、土雷衆の里長なんだかんな。ちったぁ落ち着いた所作を覚えろってんだ!まあ可愛い妹が飢えてんなら仕方ねえ。そらよっ!
「わぁい!チャーハンだぁ!」
しゃもじで掬い投げた飯の塊を、器用に皿でキャッチしたかと思ったら、もうリスみてえに頬袋をいっぱいにしてやがる。すばしこくって食いしんぼな妹だよ、まったく。
「パスタ20人前、茹で上がりました!」
「ミートソースをぶっかけてガンに持ってってやれ!弟のカロリー消費が一番激しいからな!」
「アイサー、料理長!」
久しぶりにガンも全力で暴れたからな。ハンパなくカロリーを消費したはずだ。
………キカの奴ぅ。ガンの大皿の前でもの欲しそうな目ぇしてんじゃねえ!
「………ほら。」
「わぁい♪ ガン兄、ありがとー!」
………すぐそうやって妹を甘やかしやがる。人のコタぁ言えねえが、ガンの奴もキカには甘えなぁ。
「そろそろデザートにかかります、料理長!」
「おう。寒天と蜜豆を出せ。そっちは任せたぞ。俺は少佐の飯にかかる。」
激戦は二時間でケリがついたか。ようやくカロリー争奪戦が小康状態になったみてえだし、少佐の飯にかかるとするかね。
少佐の飯だけは誰の手も借りたかねえ。例外はバクスウ老師だけだ。
今日はしゃぶしゃぶにするか。
少佐はいつもみてえに艦長室で酒を飲むはずだ。今日は亡霊共が墓から這い出た記念すべき日、性根を入れて旨い飯を作んねえとな。
飯が仕上がる頃には少佐も戻ってきてるだろう。
「おっ。今日はしゃぶしゃぶか。いいねえ。」
「酒は悪代官大吟醸だろ。さ、食ってくれ。ゴマだれに少しポン酢を垂らすのが少佐流だったよな?」
脂身の多い肉はしゃぶしゃぶと相性がいい。さっぱり食えるからな。
「旨いねえ。やっぱり肉はすき焼きじゃなくしゃぶしゃぶに限る。」
「ステーキも好きだろ。いい肉をシンプルに塩で食う。焼き加減はレアでな。後で焼こうか?」
「今日はステーキはいらん。昼間に黒焦げ死体を量産したんでな。肉の焦げる匂いにゃ食傷気味だ。………なに笑ってんだ、ミザ?」
笑いたくもなるさ。少佐の力がようやく日の目を見たんだからよ。
「嬉しいんだよ。少佐の力を敵も味方も思い知ったんだからな。記録班の連中が言ってたぜ。狂犬が持ってた世界記録を少佐が塗り替えたんだとさ。一度の戦闘で殺したその数、なんと375人だ!狂犬の持ってた333人より40人以上多い。」
同盟の人斬りは一日で444人殺したって話だが、朝夕二度の戦闘の累計らしいからな。もう一戦ないのが残念だぜ。少佐だったらもっといってたはずだ。
「次からはそうはいかん。アホな連中が密集陣形なんか組むからそうなっただけだ。オマケに雑魚ばっかりときてたしな。狂犬の記録もデビュー戦でだったろう?」
「なんにせよ、少佐が世界一なのは誰もが知ったさ。」
「雑魚をいくら倒しても自慢にはならんよ。真の強者はそんな事では計れない。」
「もうちょっと景気のいい事言ってくれよ。ガンの豪勇も知れ渡るだろうし、俺らにとっちゃいい日なんだからさ。」
「名声ねえ。ガンは気にもしてないだろう。」
ガンもキカも、その辺に頓着しねえから俺が困ってんだよ。
おっと、肉のお代わりがいるな。それに出汁も濁った。予備を持ってこねえと。
酒は………このニュアンスはもっと強い酒を欲しがってる。ウィスキーのハイボールを濃い目に。
その後は赤ワインに流れるだろう、銘柄はムーランルージュ2085だな。
デキャンタにワインを移すのは繊細な作業だ。芸術的ワインもこの工程をしくじれば台無しになる。
「ミザ、おまえは龍の目でも持ってるのか?」
少佐のグラスにワインを注ぎながら俺は答えた。
「俺の持ってるのは妖狐の目だ。龍の目じゃねえよ。」
「幻影を見せるだけじゃなくて、心を読めたりもするんじゃないのか?」
「無理だっつーの。」
ンな事が出来るんだったら、少佐の腹のウチを読んでみてえよ。
「俺の飲み食いしたいモノを完璧に先読みしやがるからな。心を読まれてるとしか思えん。」
「前から言ってるだろ。俺は子分を極め過ぎて、もう自分なんだって。自分の飲み食いしたいモノがわかんねえ奴なんざいねえさ。」
カロリー補給は済んだようだ。ワインのつまみにサラミをスライスするか。
俺がサラミをスライスしていると、少佐は通信装置を操作し始めた。どこかから通信が入ったみたいだな。
鍋を片付けたテーブルの上にロウゲツ大佐の上半身が現れる。仲のいい事に大佐もワインを片手に持ってらぁ。
「トーマも祝杯をあげていたようだな。」
「別に祝杯って訳じゃない。日課さ。」
「せっかくワイングラスを持っているのだ。世界記録に乾杯といこう。」
大佐と少佐はグラスを合わせる。大佐の姿は立体映像だから音はしなかったが。
「乾杯か。……祝うような事でもないと思うが。」
「トーマの言葉を借りれば「孤児と未亡人を量産しただけ」という事かな? 武勇の誇示は武門の誉れ、そう考えた方が健全だと思うが?」
「これで同盟も本腰を入れて対策を講じてくるだろう。面倒な事にならなきゃいいがね……」
「知ったところでどうにも出来んよ。真の強者とはそういうものだ。出来ればその力は私の麾下で奮ってもらいたかったが……」
「俺と同系統の狂犬がいるだろう? 同じ駒は二枚いるまい。」
「頭の出来が違う。狂犬はなにも考えていない。脳味噌が少ないお陰で、頭内に爆弾を埋め込むのは簡単だったろうがな。」
「セツナ、狂犬は考える頭がない訳じゃない。あえて考えないだけだ。甘くみない方がいい。」
「フフッ、分かっている。だが狂犬に足元を掬われるような私ではない。」
………あの粗暴で乱暴な暴君に考える頭があったのか。
意外だな、小賢しい知恵はユエルンが付けているもんだと思ってたぜ。
「ところでセツナ、少し問題が起こった。」
「ああ、老師から聞いたよ。姫がマッキンタイアに盛大に喧嘩を売ったらしいね。私のところにも抗議がきた。アマラに適当にあしらわせておいたが。」
一国の皇女を雑種呼ばわりしたんだぜ? 喧嘩を売ってきたのはマッキンタイアだろ。姫は売られた喧嘩を買っただけだ。
「抗議だけならいいんだが、実害がありそうでね。」
「ほう、どんな実害だ?」
「モンパッサン陸軍基地で整備と補給を行う予定なんだが、……あの方面の兵站中継担当はモーズリー中佐だったはずだ。」
「ああ、ロンダル貴族の。……確かモーズリー中佐の細君はマッキンタイアの縁戚の家の出身だったな。」
「敗走するマッキンタイアを救って恩を着せ、円滑に補給物資を受け取る算段だったんだが、当てが外れた。夫人の実家の財力と権力で出世した婿殿は、実家の意向には逆らえんだろう。」
「なるほど。
「そんなところだろう。マッキンタイアは姫の足を引っ張りにかかるはずだ。」
「薔薇十字が足止めを食うのは喜ばしくない。わかった、私が手を打っておこう。」
「すまんな。」
「君と私の仲だ、気にするな。では会えるのを楽しみにしている。」
通信を終えた少佐は苦い顔でワインを飲み干し、煙草に火を点ける。
「火なんざ俺に点けさせろよ。それが大物ってもんなんだぜ?」
「そんな大物面に興味はないし、そもそも大物でもない。」
「………苦味の強いワインだから、そんな顔をしてるって訳じゃなさそうだな。」
「モーズリーの身に降り掛かる不幸を考えるとな。第一子が誕生したばかりだってのに、下手をすれば鬼籍に入るかもしれん。判断を誤らない事を祈るばかりだ。」
「おいおい、穏やかじゃねえな。どういう事なんだ?」
「モーズリーは貴族と言っても準男爵家の次男、しかも実家は没落寸前だ。だが二枚目だったのが幸いして伯爵家に婿入り出来た。実家を引き立ててもらってる上に自分の地位も嫁の実家ありき、到底逆らえる立場じゃない。」
「大佐の要請には従わないと?」
「従わんだろう。実家に逆らえん上に、マッキンタイアは少将で、セツナは大佐だからな。可能な限り努力するが、物資到着が遅延する事は避けられない、とでも回答するだろうな。」
「そうすればどうなる?」
「死ぬ。セツナは
「真夜中の騎士団……あの正体不明の殺し屋共か。」
俺達、
大佐の指揮下にある事以外、一切謎だ。その存在を知ってるのも俺達ぐらいだろう。
「モーズリーが死ねば、その職責を代行するのは副官であるゾアン大尉だ。物資は予定通りに到着する。」
「大佐に頼んで、元帥である皇帝に動いてもらったらどうだ? そうすれば……」
「動くならそうしてる。だが皇帝は動かん。皇帝にとってはセツナがモーズリーを始末する方が好都合なんだからな。セツナもそれが分かっているから、皇帝の耳には入れまい。」
「娘であるお
「同じだ。動かんか、動くとしてもセツナに命じてモーズリーを始末させるだけさ。」
皇帝を噛ませた時点でモーズリーの死は確定するって事か。だとすれば……モーズリーが生き残る為には嫁の実家に逆らってでも、物資を予定通りに到着させるしかない。そこまで読める男かどうかが奴の生死の分かれ目になるな。
「ミザ、この事は絶対に他言無用だ。」
「わかってる。お姫さんが知ったら心を痛めるだろう。」
「ああ。……それに「汚れた神輿は誰も担がん」からな。この手の暗闘は俺達でやるしかない。」
お姫さん、少佐を引っ張り込んだのは正解だったぜ。
不遜な台詞だが、俺もお姫さんが気に入ってるからな。汚れ役は俺らがやってやるよ。
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