出張編44話 絶対零度と剣狼と



今夜、あの男とアスラ部隊の小隊長の座をかけて勝負する。


負ける訳にはいかない、アスラ部隊への入隊は私の復讐の必須条件だ。


入隊だけでなく小隊長の座までついてくる、この好機を逃す訳にはいかない。


オリガ・カミンスカヤ………必ず殺してやるから待ってなさい。


例え貴方が「純白ベルーガ」のオリガと呼ばれる最後の兵団ラストレギオンの部隊長に出世していようが、必ず………殺す!


パーパとスノーラビッツの仲間達の復讐。それだけが私の目的、生きる意味だから。


………復讐、か。あの日、理由はどうあれパーパを殺したのは私だ。


………最愛の父をこの手にかけた私は地獄へ堕ちるだろう。


だけどオリガ、貴方も地獄の道連れよ。………共に地獄の業火に焼かれましょう。





決闘の時間は21:00、だけど少し早めに出掛けよう。


小細工出来るような場所だとは思わないけれど、下見をしておくにこした事はない。


私は開発中の人工島である黒龍島に新設されたというヒンクリー師団の訓練場にバイクで向かった。




訓練場に到着した私を迎えてくれたのはヒンクリー准将だった。


ヒンクリー准将はかつての父の戦友だ。


父と仲間を失い、一人になってしまった私に色々と便宜を図ってくれている。


どの部隊にいても孤立してしまう私の唯一の相談相手であり、後ろ盾だ。


「………シオン、久しぶりだな。また背が伸びたか?」


「いえ、私ももう二十歳です。さすがに成長は止まったかと。」


「そうか、イスカ司令から経緯は聞いている。………どうしてもやるのか?」


「はい、あの女が最後の兵団ラストレギオンの部隊長である以上、勝てる可能性が最も高い部隊はアスラ部隊ですから。」


「なあ、シオン、俺は思うんだが………」


「やめません。今の私を支えるのは復讐だけですから。」


ヒンクリー准将は私に会う度に復讐などやめろと言う。


世話になっておいて言う事ではないが、ありがた迷惑だ。


私の事を心配してくださっているのは分かるが余計なお世話、私に失うものなどなにもないのだから。


「分かった、では行こう。」


「はい。」


ヒンクリー准将の後を歩き、決闘場へ向かう。


屋内訓練場の中に入ると先客が二人いた。ダニーと琴鳥だ。


「どうしても見学したいと押しかけてきてな。勉強になるだろうと思って許可した。不服か?」


「誰が見ていようが構いません。私の勝利の証人になってもらいます。」


私は屋内訓練場をぐるりと見回す。


遮蔽物はない………床は天然芝か。やはり小細工は出来ない状況ね。


私にとっては好都合と言える。あの男は小狡い、小細工が得意なタイプだ。


「カナタも来たらしい。迎えに行ってくる、少し待て。」


そう言って准将は屋内訓練場から出て行った。


決闘前で集中を高めたいのに、ダニーと琴鳥が近づいてきて話しかけてくる。


「排撃拳にレッグガードか。やる気満々だな、シオン。」


「こんな時間にわざわざ見学、いえ、見物とは暇人ね、ダニー。」


「ま~な。琴鳥と賭けをしたんで見届けねえとよ。」


「私に賭けたんでしょうね、ダニー?」


「あたぼうよ。俺に勝ったおまえに負けられたんじゃ、俺は3番目になっちまうからな。」


「賢明な選択ね。稼がせてあげるから後で奢りなさいよ。琴鳥は支払いの準備をしておく事ね。」


琴鳥は優雅に微笑みながら、


「もう勝った気でいはるみたいですけど、そううまい事いきますやろか?」


「小細工抜きの勝負なら剣狼には負けないわ。たかが3ヶ月のキャリアしかない男なのよ?」


「やっぱりウチとシオンはんは気が合いまへんなぁ。考え方がまるで逆やわ。」


「何が言いたいの?」


気が合わないのは同意するわ。貴方の知った風な顔と物言いは私を苛立たせるから。


「たかが3ヶ月のキャリアって言わはりますけど、そんなキャリアで異名持ちの兵士にならはった、とも言えるんちゃいますの?」


「………剣狼に才能があるのは認めているわ。私以上ではないというだけよ。」


「認めている? ふふふ、認めたくない、の間違いちゃいますのん?」


剣狼がオルセンを嬲り殺しにしようとしていた光景を思い出し、頭に血が昇るのが分かった。


「そうよ!強さと小賢しさは認めるけれど、やり口は認めないわ!それが悪い?」


貴方に何が分かってると言うの!という台詞はすんでのところで飲み込んだ。


「別に悪いとは言うてまへんえ。せいぜい軍人はんにならはったら?」


琴鳥の言葉には薔薇のツタのようなトゲがある。


私が言い返そうとした時に訓練場に剣狼を連れた准将が帰ってきた。


………言い争いなどしている場合じゃなかった。軽くアップをしておきたかったのに。


「少し早いが始めようか。剣狼、準備はいいか?」


「その前にいいですか?」


「なんだ? 言ってみろ。」


「審判は准将がやってくださるんですよね? ルールは?」


ルールの確認は大切だ。この小賢しい男はルールの穴をついてくるに決まっている。


「ああ、審判は俺がやる。勝敗の決着はどちらかが参ったと言うか、俺が勝負ありと宣言するかまでだ。目突きと金的は無しにしておくぞ。」


「目突きと金的無しじゃ格闘家で女のシオンに不利すぎです。アリでいいですよ。」


目突きはイーブン、でも金的アリは私に有利だ。女の私は金的を気にしないのだから。


いや、目突きも徒手の私の方が狙いやすい。有利になったと喜ぶべきなのだろうけど………


だけど剣狼はどういうつもりなの? わざわざ自分を不利にするだなんて。


「剣狼、決闘とはいえ仲間内だぞ。」


「お言葉ですが准将、実戦では目突きも金的もアリですよ。」


「………分かった。目突きも金的もアリだ。だが決まると思えば勝負ありを宣言する。それでいいな?」


「了解です。それとこの勝負、オレは狼眼は使いませんから。狼眼を使ったらオレの負けってルールを追加してください。」


なんですって!? 狼眼を使わない? 


「どういうつもり? 貴方の最大の武器でしょう!」


「おまえに理由を言っても、どうせ理解出来ねえよ。有利になったんだからそれでいいだろ?」


「よくないわね!狼眼を使っていたら勝ててたなんて言い訳されちゃたまらないわ!」


「そんな言い訳はしない。実力での負けだと認める。准将とそこの二人が証人だ、それで文句ないだろ?」


………狼眼にどう対処するかが一番の難点だった。封印するというなら私には好都合だ。


何がなんでもアスラ部隊に入り、まずは小隊長になる。


そして功績を上げて中隊長、それから部隊長になり、オリガに復讐するのだ。


私の人生はそこで完遂される、後はどうでもいい。


「そう。だったら勝手にすれば? 准将、私はいつでもオーケーです。」


「同じく。」


「ならば始めよう。」


准将はポケットからコインを取り出し、武骨な親指の上に載せる。


「このコインが地面に落ちたら試合開始だ、両者とも位置につけ。」


私と剣狼は芝生に埋め込んである金属プレートの上に立つ。


位置についたのを確認した准将は親指でコインを弾いた。


コインが天然芝の上に落ちた! さぁ行くわよ!


私はステップを踏みながら前に出る。


狼眼がないなら遠距離から氷槍で削るという手もあるけど………コイツは力でねじ伏せる!!


剣狼は抜刀せずに刀に手をかける。


それは何度も見たわ。貴方の初手は大抵、抜刀術よね? たしか咬龍って言うのだっけ?


蹴りが届く位置の直前で剣狼は咬龍を繰り出してくる。予想済みの行動だ。


!! 予想外だったのは剣速だ!オルセン戦の時より速い!


軽くバックステップして躱し、距離を詰めるつもりが排撃拳で受けざるを得なかった!


次にくるのは下段払いの平蜘蛛!


私はレッグガードで下段払いも受ける。レッグガードを装着しておいて正解ね!


型通りの動き、それが剣法の弱点よ。型を知られれば、動きを読まれるだけ。


私がパーパから仕込まれた格闘術コントラに決まった型などない。


あらゆる状況に柔軟に対応し、変化させる、それがコントラの極意。


近代格闘術の前では、秘伝剣法などカビの生えた前世紀の遺物だって教えてあげるわ!


私の払い蹴りを軽く跳んで躱した剣狼に、上体を伸ばして追撃のバックナックルを見舞う。


剣狼は空中に念真球を発生させ、それを掴んでさらに身を翻して躱し、後方に着地した。


………やるわね。コイツの戦い方には知恵がある。


恵まれた素質に胡座をかいている連中が多い中、コイツは創意工夫を忘れない。


成長の早さはそこからきている。気に入らない男だけど、そこのところだけは認めてあげるわ。




でもね、創意工夫は貴方だけの武器じゃないのよ?




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