再会編37話 異母兄弟



「飲みのシメに食べるラーメンは屋台に限るね。風情があって、良いものだ。」


レンゲに乗っけた半熟煮玉子を口に運んだギャバン少尉は満足気な顔になった。お口に合ったらしい。


「坊っちゃんの言う通りでさぁ。野郎三人ってのが色気もクソもねえでやすが。」


「それを言っちゃあ、おしめえよ……ん?」


キャバクラっぽい店からケバい女の子が逃げ出してきたぞ。そんでその後から人相の悪い野郎どもがお出ましか。なんとも分かりやすい状況だな。


「やれやれ。オレってホント、トラブルに好かれてるよなぁ。」


「まったくだね。だが義を見てせざるは勇なきなり、だ。」


「一昔前の自分を見てるようで嫌になりやんすな。やりますか、お姫様との約束を破る訳にもいかねえ。」


ギャバン少尉は紙幣を屋台の店主に握らせて席を立ち、ギデオンが後に続く。


……お姫様との約束ねえ。あの人徳の固まりはギデオンと何か約束してたらしい。


「ギデオン、ローゼと何か約束したのか?」


「剣狼に言伝を頼まれた時、"粗暴なふるまいが出そうになったら、その相手も誰かにとって大切な誰かなんだって考えてみて"って言われたんでさぁ。要するに堅気に迷惑かけんなって事でやしょ?」


「ふむ、しかしローゼ姫は"堅気を助けろ"とまでは言っていないようだが?」


ギャバン少尉は悪戯っぽく笑ったが、ギデオンは大真面目に答える。


「ここで見て見ぬふりは、俺らを逃がしてくれたお姫様の思いやりに反しやすな。第一、坊っちゃんがやる気だってのにやらない理由がありゃんせん。」


尻餅をついたまま後退る女の子に、下品な面構えの男二人が近付いていく。


「やめたまえ。どう見ても嫌がっているじゃないか。」


爵位は失ったが心を取り戻した男とその従卒が女の子を守るように立ちはだかる。


「あんだおめえ?……てめえはロベール!!」


「僕を知ってるのか?」


問答が終わる前に、店内から新手が三人登場した。そのうちの一人は一際デカい。2m近くあるな。


そのデカブツが一番若そうだが、この御一行のボスだったらしい。左右の取り巻きを手で制して、尊大な態度でギャバン主従に話しかける。


「なんだ、負け犬ロベールか。軍をクビになって飲み屋の下働きにでもなったのか?」


「……ピエール、なぜここにいる?」


ピエール? じゃあコイツがギャバン少尉の異母弟、ピエール・ド・ビロンか。髪こそ兄貴と同じ金髪巻き毛だが体格と顔付きは全然違うな。


「なぜって? 前線基地の視察だよ。なあ、おまえには階級章が見えないのか? 上官には敬語を使え!」


分厚い胸を張った尊大マッチョの階級章は中尉、ギャバン少尉の後釜に座ったらしいな。


「あいにくだけどね、アスラコマンドは階級だけでは従わない。僕もガーデンマフィアの一員なんだ。」


「テメエら坊っちゃんを見限っただけじゃ飽き足らず、ピエールに付いたんだな?」


ピエールの左右にいる二人はモブの三連星の面子か。全然わからなかったぜ、ザコ顔ってのはホントに覚えにくいな。


「ハハッ!テメエこそ、そんな負け犬にまだ尻尾を振ってんのか?」 「負け犬に尻尾を振る犬はなんて呼びゃいいんだ?」


問答している間に女の子をラーメン屋台の影に隠して、と。


「じゃあ聞くが、ゴリラに尻尾を振ってるテメエらはなんなんだ?」


モブの三連星同士の喧嘩が始まったか!だけどな、ギデオンはもうモブじゃないんだぜ?


繰り出された二つの拳を左右の手で受けたギデオンは、手を交差させながら投げ捨てた。


体を入れ替えるように左右に投げ飛ばされた二人は、女の子を追っかけてた二人に加勢を頼み、前後左右、4方向からギャバン主従に襲いかかる。


「ギデオン、もう少し体を寄せてくれ。」 「あいです、坊っちゃん。」


ギャバン少尉の念真衝撃球が炸裂し、新メンバーを加えて結成されたばかりのモブカルテットに地を舐めさせた。


「……ほう。貧弱な兄貴だと思っていたが、少しはやるようじゃないか。ではビロン侯爵家次期当主である俺が直々に相手をしてやろう!」


コイツ!本身を抜きやがった!街中の喧嘩だってのにマジかよ!


居合の一撃を咄嗟に大鎌で受けたギデオンは宙を舞い、閉店した店のシャッターに激突。見た目の通りのパワーバカか!だがギデオン、いい仕事だったぞ!


オレは跳躍し、ピエールの前に立ち塞がった。


「そこまでだ、金髪ゴリラ。」


「……貴様は剣狼だな? 面白い、俺の相手をしようというのか?」


「勘違いするな、バカ。おまえ如きがオレの相手? 10年早い。」


「ちょっとばかり名を上げたぐらいで調子に乗っているようだな!失せろ!」


力任せの斬撃を抜いた刀で受けるとピエールは驚いた顔になった。


「なんだと!?」


「豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔しなさんな。それともおまえの斬撃を受けた相手は吹っ飛ばなきゃいけないルールでもあるってのか?」


「このクソチビがぁ!」


意地になって力を込めたって押されたりしねえよ。どうやらパワーで張り合う相手と戦うのは初めてらしいな。軍歴はオレより長いんだろうが、くぐった修羅場はオレのが上だ!


「確かおまえは超再生持ちだったよな? つまり少々痛めつけても問題ないってコトだ。」


「やれるもんならやってみろ!」


やらいでか。おまえのキャリアじゃ邪眼持ちに会ったコトはあるまい?


「ぐあっ!」


ホラな、モロに食らった。邪眼への抵抗のやり方も知らねえ。


仰け反った巨漢のアゴを思いっきり蹴り上げてやると、綺麗に1回転して仰向けに倒れた。


「バカっぽい面構えだが、オツムの中身もモノホンのバカだったか。オレが邪眼持ちなのぐらいは知ってるだろ?」


「やりやがったな、テメエ!」


立ち上がりながら攻撃してくるのはいいが、粗い斬撃だな。コイツは得意武器が剣じゃないんだろう。たぶん、ハンマーか斧かだ。


「そんな雑な攻撃じゃ当たらんよ。いくら得意武器じゃないにしてもお粗末すぎる。」


ヒョイヒョイと連撃を躱してから向こう脛を蹴り、うつ伏せにこかす。立ち上がろうとする頭を踏んでお説教タイムだ。


「取り柄のパワーとタフさで戦場を渡ってこれたようだが、おまえの最大の長所は運の良さだ。格上と会わずに済んだ、その幸運が長続きするコトを祈ってろ。」


「ぐぬぁぁぁ!」


後頭部を踏む足を掴もうとしてきた手を躱して、二歩後退する。


立ち上がったピエールはまだやる気みたいだが、まったく回りが見えていない。短絡思考の直情バカ、シュリの言ってた通り、典型的な猪武者だな。


「剣狼、この俺にここまでやってタダで済むと思うなよ?」


「ここまでやられて力量の差がわからん程のバカさ加減には感心する。おまえに出来るコトは"うえ~ん!剣狼にイジメられたよぉ!"ってパパに泣き付くコトぐらいさ。」


「殺してやる!」


「その前に回りを見ろ。」


周囲を見回したピエールは兵士の人だかりが出来ている事にようやく気付いた。ここは飲み屋街、あれだけ暴れれば、そりゃ兵士が集まってもくるよな。


駐屯兵の輪が狭まり、モブのカルテットがピエールの回りに追い詰められる。


「ピ、ピエール様、どうしましょう……」 「さすがにこの数は……」


モブらしい台詞を口にする取り巻き達、ピエールはギリリと唇を噛んだ。


「数で囲んで袋にしようだなんて尻の穴のちっちゃい事は言わねえよ。おい、ピエールさんよぉ、兄貴の言った通りだったろ? おまえが剣狼カナタの相手をしようだなんて10年早いんだ。」


兵士の輪をかき分けて、「鮮血の」リックがピエールの前に立った。


「……リッキー・ヒンクリーか。久しぶりだな、剣狼の部下になったのか?」


知った仲らしいピエールの問いに、リックはポキポキと指を鳴らしながら答える。


「おうよ。剣狼カナタは俺の兄貴分だ。これ以上やるってんなら兄貴に代わって俺が相手になるぜ?」


ガタイの良さと希少能力ならいい勝負だが、それ以外の点ではリックが全部上だろうな。


「フンッ、ここは顔を立てておいてやる。おまえもロベールも剣狼に尻尾を振ってればいいさ。いくぞ!」


「待て、ピエール。」


取り巻きを連れて立ち去ろうとするピエールの背中をギャバン少尉が呼び止めた。


「なんだ、負け犬。」


振り返りもしない弟に、兄は諭すように言葉をかけた。


「義母に伝えてくれ。"僕は弟の家督を奪うつもりはない"とね。」


「馬鹿馬鹿しい!そんな言葉を誰が信じる。」


「信じる信じないは勝手だ。だけど僕はもう家督になんて興味がない。これからの人生はビロン家と関わらずに生きていく。ただし!そっちから仕掛けてくるなら話は別だ。」


「……ふん。」


背中越しに異母兄の顔を見やったピエールは取り巻きを連れて去っていった。


「ご苦労様、カナタ君。」


人だかりの中にエマーソン少佐もいたようだ。いるんなら早く出て来てくれりゃあいいのに!


「見てたんなら早く助けてくださいよ。エマーソン少佐も人が悪いですね。」


「スマンスマン。少将から"ピエールが悪さをやらかす前に止めろ"と命令されていたんだがね、尾行中に交通事故に出くわして応急手当をしている間に見失ってしまった。飲み屋街にいるだろうと探していたらこの騒ぎさ。」


「んで、騒ぎを口実に追い返すつもりですね?」


「前科があるだけでは裁けないが、罪状もあって証人もいるからね。Uターンか、営倉入りかの二択ならUターンを選ぶだろう。禍を転じて福となす、さ。」


「やれやれ、お陰でシメのラーメンがのびちゃいましたよ。弁済を要求します。」


「わかったわかった、超過勤務手当てにラーメンを奢ろう。」


───────────────────────


エマーソン少佐はオレとギャバン主従、それにリックとウスラトンカチにラーメンを奢る羽目になった。任務達成と喧嘩の見物料としては妥当なところだろう。


「しっかしピエールの奴、前から嫌な野郎ではあったが、磨きがかかってやがったなぁ。」


感慨に耽ってから、ラーメンはスープまで完食する主義のリックは丼のスープを一気飲みする。


「リックはピエールを知ってたみたいだな?」


丼を置いたリックは肩を竦めながら答えた。


「ま~な。前の部隊で一緒に戦った事があんだよ。似たようなタイプの兵士だったんでどっちが上か殴り合いもしてみた。」


「どっちが勝ったんだ?」


「引き分けさ。奴はあんまり成長してねえみたいだから、今なら俺が勝つだろうけど。……はぁ、以前の俺ってあんなだったんだなって思うと厭気が差すぜ。」


「以前の僕もあんな風だったのだろうね。リック君とは違う意味で、だけど。親父さん、替え玉を。」


嘆息したギャバン少尉だけど、替え玉を食べる食欲はあるようだ。


「かつての自分を省みる事が出来るのは成長の証だ。親父さん、私にも替え玉だ。大食漢のリックは替え玉は要らなかったのかい?」


エマーソン少佐の問いかけにリックはニヤリと笑った。


「替え玉なんてまどろっこしい事はしない主義なのさ。親父さん、チャーシュー麺をもう一杯。油マシマシで。兄貴はどうすんだ?」


「味玉ラーメンをもう一杯。麺は柔らかめで。」


ウスラとトンカチも空の丼をかざしてお代わりをアピールする。


「……高い見物料になってしまったな、これは。」



自業自得です、エマーソン少佐。


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