再会編38話 舞い降りる凶鳥



一ヶ月に及ぶシュガーポットでの逗留を終えたカラス達は、ガーデンへの帰投を開始する。


帰途の行軍とはいえ訓練の一環でもある。オレはブレイザー1に旗艦を移し、大規模行軍の予行演習だ。ラウラさんは戦艦の操舵も見事なもので、艦を乗り換えた影響は見られない。艦隊の先頭を切る撞木鮫には予定通り、シュリに搭乗してもらっている。シュガーポットに逗留している時に視察にやってきたアレスの重役と交渉し、撞木鮫の同型艦を二隻、生産してもらう話をつけた。コストの問題で量産が見送られた撞木鮫だが、その性能は申し分ない。


生産されるのは艦頭換装システムを略し、固定武装化した同型艦。攻撃型のタイプAはシュリ、索敵型のタイプBにはホタルに搭乗してもらう。二人はサンブレイズ財団の理事なんだ。専用艦ぐらいあってもいい。


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スリーフットレイブンの幹部候補達とブレイザー1のブリーフィングルームで昼食会を兼ねた打ち合わせを済ませ、オレはドネ家から派遣される予定のカレルさんを連れて艦橋に戻った。カレルさんは自前の戦艦と隊員を連れて行軍に参加してくれている。陸上戦艦一隻と一個大隊が持参金とは、ドネ伯爵も太っ腹だな。女伯爵は第二夫のカレルさんにドネ家の方針には口出しさせないようだが、良人を大事に思っているのは間違いないようだ。


「財団軍事部門「スリーフットレイブン」の部隊指揮官はオレが務める。カレルさんはその副官で、財団に於いては参事をまとめる参事長も兼任してもらうつもりだ。」


オレはブレイザー1の指揮シートから、手前の副官シートに座るカレルさんに内定した人事案を伝えた。


「夫人はその人事案を是とされたのですか?」


「ドネ伯爵とも相談した上での話だ。」


「でしたら俺に異存はありません。侯爵マーキス、一つお願いがあります。」


「なんだい?」


「俺の事は今後、カレルとお呼びください。アスラでの地位は中隊長でも、サンブレイズ財団に於いては財団理事にして軍団長、威厳を保つ為にもそうすべきです。」


"カレルは己が分をわきまえ、与えられた責務を忠実に全うする男です。きっと侯爵のお役に立つでしょう"とはカレルさんの細君、事実上の主君であるドネ伯爵の言葉だ。夫人のみならず、俺もシュリ達もそう思ったからこそ、レイブンの副官を彼に任せるコトにした。


「威厳ねえ。……それがオレに一番欠けてる要素なんだがな。カレル、俺からもお願いがある。侯爵って呼ぶのは勘弁してくれ。」


「そうはいきません。"侯爵は貴族としての自覚が欠けておいでです。それは美点だとも言えますが、周囲の者に天掛少尉は同盟軍侯爵であるという事実を認識させる為に、侯爵とお呼びしなさい"と夫人から申し使っておりますので。」


内定副官カレルは実直だが、命令の第一優先がドネ伯爵だってのが困りモノなんだよな。まあ、司令とドネ伯爵の間で話はついた。"信用していい"と司令が言った以上、ドネ伯爵ごと信用していいはずだ。


「やれやれ。カレル、一つお願いと言ったが、他にはないのか? 就任前の今なら、大抵のコトはなんとか出来る。」


「……そうですね。これはお願いではなく、俺の個人的心情なんですが……」


「あるなら遠慮せずに言ってくれ。これからは共に戦う仲間だ。」


「では遠慮なく言わせて頂きますが……元気を出してください。竜胆中佐が戦死された事は残念ですが、侯爵に責任はありません。」


帰投途中にグラドサルへ寄った時、シノノメ中将からリンドウ中佐の戦死が確定したコトを聞かされた。司令が機構軍と交渉し、中佐の遺体は同盟軍に返還されるコトになっている。近いうちに、中佐が命を賭して仕えようとしたミコト様の元へ帰ってくるはずだ。


「……カレル、リンドウ中佐とオレは長い付き合いとは言えなかったが、軍人として尊敬していたし、為政者としても教えを乞いたかった。なにより、中佐の偉ぶらずに親しみのある人柄が好きだったんだ。」


「……お察し致します。ですが侯爵は我々レイブンの指揮官、気鬱げなお顔は全体の士気に影響しかねません。健啖家であるはずの侯爵が昼食を残されたので、お口に合わなかったのだろうか、給仕に粗相があったのだろうかと、シェフや給仕兵が気落ちしておりました。私が事情を説明したので安堵したようですが……」


……昼メシを残しただけで、そんなコトになってたのか。なんて窮屈な身分なんだ。財団理事、レイブンの指揮官、本来はリンドウ中佐が就任すべきポジションだったってのに……


「隊長!ガーデンから通信が入りました。スクリーンに繋ぎます。」


メインスクリーンに腕組みした司令の姿が映し出される。オレに負けず劣らずの不景気面だな。なにか面倒事が起こったのだろう。


「カナタ、問題が発生した。」


「トラブルはガーデンマフィアの飯のタネ、今回はどんなメニューなんです?」


「敵襲だ。ロスパルナスの街に機構軍が奇襲をかけてきた。」


ロスパルナス、同盟軍の中規模都市だ。攻略する為にはそれなりの数の軍団が必要なはず……


「ロスパルナスを攻略可能な軍団の接近に気付かなかったんですか? 街の索敵要員はなにやってたんです?」


「報告では襲撃前夜から索敵班は街から消えた、との事だ。」


「機構軍に買収されていたってコトか。それで?」


「市長から救援要請が入ったが、今からガーデンを出ても、陸上戦艦の足ではおそらく間に合うまい。街の陥落の方が早いはずだ。近隣都市からの援軍も向かってはいるようだが、万全を期したい。ヘリでシグレとダミアンを応援に向かわせる。他の者は出払っているから、増援はその二人だけだが……やれるか?」


「やれます。ご心配なく。」


「おまえは兵士としてはクランドと互角に戦い、指揮官としてはヒンクリー少将と渡り合った。剣狼カナタの能力を心配してはいない。……訃報を聞いた直後でさえなければな。」


「八つ当たりの相手が欲しかったところです。奇襲部隊を相手に憂さ晴らしをしてやりますよ。」


「うむ。では任せたぞ。詳しい状況は今からブレイザー1に送信する。通信終わり!」


司令の姿がメインスクリーンから消え、代わりにロスパルナスの周辺図が映し出される。


「サンブレイズ財団の設立発表前からもう実戦ですか。せわしない話だ。」


肩を竦めて首を振るカレル。だが戦争ってのは、名乗りを上げる前に始まるなんてザラにある。


「ウォーミングアップとしては手頃だろう。カレル、ウタシロ大佐と随員のケイヒル少尉、それとランス少尉にブリッジに来てもらってくれ。事情を話して協力を仰ぐ。」


リンドウ中佐の軍葬に参列する為にグラドサル駐屯軍のウタシロ大佐とケイヒル少尉はブレイザー1に乗艦している。ガーデンを視察する予定だったヒンクリー師団のランス少尉もだ。訃報がもう少し早くもたらされていれば、エマーソン少佐もいてくれただろうが……


ブリッジにやってきた三人に状況を説明し、協力を要請すると、快く受諾してくれた。


「それではウタシロ大佐が名目上の総指揮官になってください。」


「おや、私はお飾りかね?」


「はい。暇がお嫌でしたらロスパルナスの偉いさんや、増援部隊の高官の横槍を排除してくださると有り難いです。万一、戦況が芳しくないと判断すれば、いち早く脱出してください。「軍神の右腕」の右腕を死なせる訳にはいきませんので。」


「フフッ、了解だ。閣下が「戦の申し子」と称した剣狼カナタの戦い振りを見学させてもらおう。」


「ランス少尉とトリクシーは観客ではなく、舞台に上がってもらうぜ。勇戦を期待するっつーか、死なない程度に頑張ってくれ。」


「了解だ。ここで槍働きが出来ないようでは、ダニーに笑われる。」 「任せてください!私もお役に立ってみせます!」


「炎槍」ことランス少尉はトーナメントで戦った「炎壁」ダニーと仲良くなったらしい。視察の名目でガーデンに来るのもダニーに会う為でもあったんだろう。炎槍と炎壁は、互いに違う長所を持った者同士だ、学ぶべきコトが多いだろうし、友誼は力にもなる。本業は対テロ部隊のトリクシーに助勢を頼むのは、いささか心苦しいが、背に腹はかえられない。


「カレル、今作戦を「レイブン・オブ・オーメン」作戦と命名する。各隊の隊長をブレイザー1の作戦室に召集し、作戦会議を行う。準備にかかれ!」


「イエッサー!」



人望のあったリンドウ中佐の訃報を聞いたカラスどもの気分が落ち込んでる時にやってくるとは不幸な奴らだ。戦場に舞い降りた凶鳥達の爪は、敵を八つ裂きにするだろう。


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