再会編39話 電撃作戦



「カナタ、部隊のマッチアップだけの打ち合わせでいいのかい?」


本業が工作兵だけに下準備に細かい親友は、ブリーフィング後にわざわざ艦長室まで確認しに来た。


「今のところはな。オレ達が戦地に到着する時点での敵味方の状況がわからない以上、その程度でいい。」


「レイブンは演習では結果を出したけど、実戦は初めてだ。万全の準備を施し、慎重に事にあたるべきだよ。」


「いや、慎重ではなく大胆に事にあたるつもりだ。ついてはシュリとホタルに仕事を頼みたい。万全の準備は必要だからな。」


「出たね、納豆菌。何か悪知恵があるんだな?」


「ああ。奇襲を受けたロスパルナス防衛部隊は籠城策を取るに決まっている。攻撃側としては、まず近隣都市からやって来る増援部隊を叩こうとするだろう。」


「増援部隊がロスパルナスに入れば、街を落とすのが困難になる。当然の一手だね。」


「加えて敵軍指揮官のアダム・リード中佐は攻勢戦術に定評のある男だ。」


「指揮官はダン・フレッチャー大佐じゃないのかい?」


「表向きはそうなってるが、司令の考えは違う。ロスパルナスは戦役前まではフレッチャー家が統治していた。フレッチャー大佐はザラゾフ元帥に為す術なく惨敗して街を失ったが、当然、失地は回復したい。そんで自らが所属するロンダル閥に泣き付いた。そしてロンダル閥は身分は低いが、猛将の誉れ高き「豪腕」リードを送り込んできた訳だ。」


母体都市を失った専制君主なんて哀れなものだ。その悲哀には一時だって耐えられまい。


「なるほど。フレッチャー大佐はお飾りの大将で、実際の指揮官はリード中佐という訳か。攻めダルマの彼は城塞都市の攻略には適した人材だね。機構軍にしては珍しくまともな人選だ。」


「だがリード中佐は攻勢戦術には定評があっても、防御戦術はそうでもない。名槍を振り回す素っ裸の男、それが司令の評価だ。敵の不得意を突くのが戦の常道、リード中佐には守勢に回ってもらう。」


「どうやってだい? 僕達は途中にある同盟領からの増援部隊も糾合しながら戦地へ向かう。ロスパルナスに到着する頃には数にして2000は超えているだろう。大規模部隊では敵の物理索敵網からは逃れられない。必ず迎撃布陣を敷かれてお出迎えされるはずだ。」


「そこでシュリの出番だ。」


机下のスイッチを操作して、ディスプレイモードに切り替えっと。


「ロスパルナスの周辺図? これがどうしたんだい?」


艦長室の机に映し出された地図を羽根ペンで指し示しながら、二人で謀議を始める。


「オレ達はこう進軍している。そしてここに森林地帯があるな。」


「この森林には背丈の高い樹木が密集している。これじゃあ陸上戦艦で走破するのは不可能、迂回するしかないね。」


「敵もそう考えるだろう。だからこそオレ達は森林地帯を走破し、電撃戦を仕掛けるのさ。不意を突かれたリード中佐は不得意な防御戦術を余儀なくされる。」


「カナタ、森林に道を開くより、迂回する方が早い。僕の工作兵としての腕を評価してくれるのは嬉しいけど、この森林に道を切り開くにはどうしたって時間がかかる。急がば回れ、だよ。」


「既に道があるとしたらどうだ?」


「なんだって!?」


「これを見てくれ。」


難しい工作かもしれないが、シュリならやってくれる。「豪腕」リードにひと泡吹かせてやるぜ。


───────────────────────


アダム・リード中佐は元々はロードギャングの頭目であった。普通のロードギャングは強奪した財産はすぐに浪費してしまうのだが、彼は違った。手にした財貨を貯め込み、それが目標額に到達すると手下共々、顔を変え、身分を買い、自前の戦力を整えた。そして自分の軍団を機構軍に売り込んだのである。


そして戦働きで名を上げて、とうとう機構軍中佐にまで登りつめた。だが飽くなき上昇志向を持つ彼の欲求は中佐という地位では満たされない。目指すは将官の椅子、それに爵位と私有領も手に入れる。その為にはさらなる戦果を上げねばならない。自分には十分可能で、身分不相応でもない、計画通りに出世の道を歩んできたリードは意気軒昂であった。


街を救援するべく現れた増援部隊の第一陣を粉砕したリード中佐は上機嫌だったが、艦に帰投し、派手派手しい指揮シートにふんぞり返った瞬間に、面白くない報告がもたらされる。


「お頭、剣狼の率いる増援部隊なんですが、ポイントVで見失いました。斥候部隊を潰されたようです。」


「マヌケが!……まあいい。奴らの進軍ルートは読めている。森林地帯の左右に埋伏させてる斥候部隊に厳重警戒を打電しておけ。右と左、どっちから来るかはわからんが、迂回してくる事は間違いないんだ。それと俺をお頭と呼ぶんじゃない。リード中佐、だ。」


いつまで経っても荒野でたむろしていた頃の癖が抜けん連中だ。リードは心中で毒づいたが、彼の中核部隊は荒野にいた頃からの手下で固められている。徒党を組めれば誰でもいいのがロードギャングだが、彼は普通のロードギャングとは一線を画していた。先々を見越して、強いか、目端の利く連中だけを手下としてきたのだ。少し思案した後、リードはスキンヘッドのオペレーターに指示を出す。


「フレッチャーに通信を繋げ!」


「イエッサー!」


メインスクリーンに映し出された小太りの元領主は不機嫌そうだった。呼び出すのは好きでも呼び出されるのは嫌いと、その表情が物語っている。


「リード中佐、いったい何用だ? 私は曲射砲の準備で忙しいのだよ。」


そんな事はわかっている、喉まで出かかった台詞を飲み込み、リードは作戦を指示する。


「フレッチャー大佐、予定変更だ。高台からの曲射砲撃は中止、曲射砲は増援部隊第二陣の殲滅に使う。」


「なんだと!?」


「剣狼の部隊がポイントVまで到達してきた。思ったより足が早い。」


リードは剣狼の来援はもう少し遅いと考えていた。各地の部隊を糾合しながらの進軍、ある程度は手間取るのが普通だからだ。だが現実には、剣狼は増援部隊を糾合しながら、通常通りの進軍速度を維持していた。事実を認識すれば、それに沿って修正が出来るのがリードの長所である。かなりの規模のロードギャングを率いながら、軍の討伐を免れてきたのは伊達ではない。


「け、剣狼がもうそこまで来ているのか!だ、だったら一刻も早く、私の街を取り戻さねば!」


「落ち着け、大佐。森林地帯を迂回してくる以上、まだ時間はある。今のうちに別方面からの増援第二陣を粉砕し、それから剣狼を迎え討つ。ロスパルナスの奪還はメインディッシュ、最後に取っておくのだ。」


増援Aを叩いてから、増援Bを潰す。最後に街を攻略。同盟の馬鹿どもは戦力の逐次投入という愚を犯しているのだ、付け入らない手はない。リードは山賊上がりではあるが、極めて合理的な思考の持ち主であった。


「いいや!街の奪還が最優先だ!私の、私の領地なのだぞ!」


金切り声を上げるフレッチャーだったが、リードは取り合わない。


「奪還部隊を編成する際に、お偉方と約束したはずだな? "指揮を執るのはリード中佐だ"と。約束が守れんなら我々は撤収する。大佐の率いる敗残兵だけで街を奪還すればよかろう。」


力の根幹である領地を失ったフレッチャーが相手ならば、山賊上がりのリードであっても、いくらでも強気に出られる。哀れなフレッチャーは街を奪回出来ても、お飾りの領主として奉られる運命にある事を知らない。ロスパルナス奪回のあかつきには、駐屯部隊の指揮官に就任予定のリードが事実上の領主となるのだ。そういう話が事前に出来ているのである。攻勢戦術を得意とするリードは駐屯部隊の指揮官には不向きなのかもしれないが、奪回の功には報いねばならない。論功行賞の難しさである。


同盟の第二陣は剣狼の到着を待つべく防衛陣地を敷いているが、あの程度の守りなら曲射砲の援護があれば手もなく落とせる。大事な事はとにかく増援部隊をロスパルナスに入らせない事だ。長く籠城が可能な戦力を与えれば、時間の経過がさらなる増援を招き、ロスパルナスの奪回は不可能となる。フレッチャーと違い、その事実を理解しているリードは迅速に行動を開始した。


状況の全ては自分がコントロールしている、リードはそう思っていた。自ら白刃を握って陣頭に立ち、第二陣の先手を粉砕するまでは、だが……


「お頭!剣狼率いる増援部隊が現れました!後2時間で来援します!」


旗艦から悲鳴混じりの報告を受けたリードは驚愕を隠せなかった。そんなはずはない、そう思ったが、嘘の報告をする必要はそれ以上にない。


「索敵部隊はなにをやっていた!森林地帯の左右、どっちから現れたんだ!」


「ど真ん中からです!」


ど真ん中だと!? 友軍が各個撃破されると踏んだ剣狼は戦艦を捨てて戦場に急ぐ道を選んだのか!噂通りの切れ者のようだが……かえって好都合だ。


「先陣は叩いた!ここには最小限の守備部隊を置いて全艦隊を以て剣狼に対処する!船のない剣狼を先に叩くぞ!」


剣狼がいくら同盟最強のアスラコマンドといえど、こちらには陸上戦艦と曲射砲がある。その援護を受けながらならば、勝機はいくらでも見出せるはず……リードはそう考え、行動に移そうとした。


「それが!剣狼は艦隊を率いてやってきてます!」


「なんだと!そんな馬鹿な!? 艦隊を連れてどうやって森林地帯を抜けてきたんだ!」


指揮官であるリードにわからない事が、オペレーターにわかるはずもない。




リードとオペレーターにわかった事は、このままでは同盟艦隊に挟撃されるという現実だけであった。


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