再会編40話 兵は詭道なり



剣狼カナタの率いる増援部隊が森林地帯を越えてきたカラクリを、遅まきながらリードは悟った。カラクリは森林地帯を跨いで流れる河川にあった。剣狼は森林地帯に流れる幅の広い河川を堰止せきとめ、森林地帯外で干上がっていた旧河川に引き込んだのだ。そして大きく水位が減衰した河を道に使って森林地帯を走破し、戦場に現れたのである。


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進軍中にロスパルナス周辺図を見たカナタは森林地帯の近くに旧河川がある事に気付き、森林地帯を横切る河はロスパルナスに水源をもたらす為に造成された人工河ではないかと推理した。そしてロスパルナスに通信を入れ、30年前に造成された人工河である事を確認すると、その造成計画図を送らせたのである。計画図によると人工河の最大水深は50m、大きな段差や滝はない。参謀にして人間演算機であるリリスに計算を頼み、"河を堰止め、旧河川に水を引き込めば水深は5m前後にまで下がる"との答えを得たカナタは、作戦の決行を決断した。


詳しい経緯は分からずとも、支流の川の水位が下がっている事で、それを悟ったリードであったが、時既に遅し。剣狼の来援を知った対面の同盟部隊は活気づき、逆襲の狼煙を上げる。眼前の敵を牽制しながら後退を試みたリードだったが、それは彼の不得意分野だった。逃げる時は徹底して逃げる、決して戦わない。ロードギャングとして積んだ経験はこの状況を打開する助けにはならない……


リードは懸命に部隊を鼓舞し、何度も牽制攻撃を試みたが、同盟軍は退かない。今は劣勢でも、剣狼が来援すれば状況が逆転する事を知っているからだ。人間は心に希望を持った時にこそ、持ちえる力を発揮する。逆に予期せぬ逆境に立たされた機構軍は浮き足立った。そして時間だけが経過してゆく。黄金の砂粒がこぼれる、貴重な砂時計の針は容赦なく進んでいくのだ。


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この時点で、リードには二つの選択が出来た。進むか、引くか、の二つの道。持てる戦力をフルに使って、剣狼の来援前に眼前の同盟部隊を叩き、返す刀で剣狼と戦う。そうしないのであれば、犠牲を覚悟で撤退するしかない。


そしてリードは眼前の同盟部隊を叩く道を選んだ。自分の長所は攻勢戦術にあると考えたからだ。だが優れた心理学者が彼の傍に居れば、その行動の動機は長所を活かす事にではなく、手の届く場所にあるロスパルナスの実質的領主の地位を逃したくない欲目に起因している事を看破したであろう。


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挟撃される前に眼前の敵を瓦解させようと猛攻を仕掛けるリードに、悪い知らせがもたらされた。彼が恐れていた事態、ロスパルナスの街からも敵軍が出撃してきたのだ。だが予想していた事態だけに、対処する方策も講じてある。


部隊の一部を裂いてロスパルナスからの軍勢に対処させ、フレッチャーの率いる曲射砲台に支援させる。これで眼前の増援部隊を叩く時間は稼げる、リードはそう計算していた。だがリードにとって計算違いだったのは、フレッチャーが陣地を放棄して逃げ出した事だった。


「待てフレッチャー!逃げるな戦え!貴様の街を取り戻す為の戦だろうが!」


「断る!三方から迫る賊軍に対処しきれるものか!」


「ロスパルナスからの軍勢は寡兵、現在交戦中の敵はすぐ蹴散らしてみせる!まだ包囲された訳でもないのに浮き足立つな!」


確かに戦況はリードの言葉通りなのだが、フレッチャーにはリードの半分の度胸もない。終わりが来るまえに"もう終わりだ"と諦め、本当に事を終わらせてしまう事例があるが、この戦いがそれであった。


「グズグズしていれば「邪眼持ちの悪魔」がやってくるのだぞ!……私は生きて捲土重来を期す。さらばだ。」


おめおめと逃げ帰ればフレッチャーもタダでは済まないはずなのだが、そこは甘やかされて育った特権階級の悲しさ。自分だけは特別であると考える悪癖は直らない。


曲射砲の援護がなくては、差し向けた別働隊もロスパルナス駐屯軍を短時間で撃破する事は不可能である。これでは剣狼の来援前にロスパルナス駐屯軍と同盟軍増援を撃ち破る事は、リードといえど難しい。仮にそれが出来たとしても、休憩どころか陣形を整える事すら叶わず、剣狼率いる新手の増援部隊と相対する事態になる。さらに悪い事に、フレッチャーの撤退を知った同盟軍は嵩にかかって攻め寄せてきた。即座に先陣の鼻っ柱を叩いたリードだったが、同盟軍は怯まない。臆病なはずピラニアが血の匂いで狂騒したかの如く、群がってくる。


その攻勢は勇猛というより兇猛、例えれば百戦錬磨の闘犬が、恐れを知らぬ若犬に噛み付かれて閉口しているような状態であった。それでも時間をかけて戦えば、勢いだけの攻勢よりも、経験と理に裏打ちされたリードの攻勢戦術が勝利したであろう。そう、時間さえあれば……


だが、今はその時間がないのだ。こうしてリードは本来負けるはずのない格下相手に苦戦を強いられ、撤退を決断する羽目に陥った。


だが、その決断は少し遅かった。機構軍の混乱を知った剣狼カナタ率いる増援部隊が、疾風のように退路に立ち塞がったからである。


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「グラドサルでもそうだったけど、機構軍には勝手にすっ転がらなきゃいけないってルールでもあるのかねえ。」


最初に降伏してくるのはフレッチャーだろうと思っていたが、砲台陣地を放棄して逃げるとは思わなかったな。機構軍の無能さは、いつも予想の斜め上をいってくれるぜ。


「曲射砲の対処が最優先だって気合い入れてたのに、まさか戦いもせずに放棄するなんてね。コッチは楽出来ていいけど。」


補助シートに座ったリリスは敵の醜態を嘲り、冷笑する。このちびっ子は冷笑する姿も絵になる天性のアクトレスだ。


「侯爵、フレッチャーはどうされます?」


初仕事が大仕事になったカレルだが、緊張した風はない。今後も頼りに出来そうだな。


「ほっとけ。本人は捲土重来を期すつもりだろうが、その機会はない。使えない上に度胸も責任感もないって事を、自ら実証しちまったんだから。それよりリードだ。奴とはここでカタをつけるぞ。」


フレッチャーはどうでもいいが、リードはここで逃せば後々面倒なコトになるだろう。有能な敵は狩れる機会に狩っておく。


ホタルの送ってくれる戦術情報でリードの戦術を解析、……紡錘陣形か。「豪腕」の異名通り、中央を突破して撤退するつもりだな?


「全軍、縦深陣形を取れ。そこから左右に展開し、挟撃する。退路は空けてやればいい。」


「少尉、連中を逃がしてやるつもり?」


「逃げ場がなければ、ヤツらも死力を尽くして戦うだろう。結果、こちらの犠牲もそれなりに出る。前が空いてるなら、左右から叩かれながらも逃亡を選ぶはずだ。」


"普通の兵士は自分が戦死しての勝利よりも、自分が生きて撤退する事を選ぶものだ"、これはヒンクリー少将から習った兵士の心理だ。普通の兵士どころか、ロードギャング上がりのリードの部隊なら、必ず逃亡を優先させるはずだ。そしてリードを逃せば、ヤツの部隊はシステムとして再機能する。リードさえ健在ならば、な。


「カナタ!敵軍が接近、距離5000!旗艦を先頭に突破するつもりよ!」


ソナーモードの撞木鮫からホタルが追加情報を送ってくれる。艦列の中央にいたリードの旗艦が先陣に出てきた、ねえ。


「ホタル、偵察用ドローンで旗艦艦橋を映してくれ。」


「艦橋付近の守りが一番堅い、すぐに撃墜されるわ。」


「一瞬でも映ればいいんだ。確認するのはリードが艦橋にいるかどうかだけだ。」


補助シートのリリスが可愛いあんよをプラプラさせながら具申してくる。


「リードは猛将よ。旗艦の艦橋にいるに決まってるじゃない。」


それはどうかな? 司令から送られてきた資料では、リードは過去に旗艦をオトリに使った作戦を実行した事がある。撤退戦だってのに一番危険な先頭に出てきたってのが気に入らない。奴の行動原理のド真ん中にあるのは"出世"だ。出世の為ならリスクを取れる男だが、死んだら元も子もない。ヤツの性格ならこの局面は、自分の脱出を最優先させるはず……


「ノゾミ!旗艦が先頭に出る前に左右を固めていた艦を割り出せ!まだ旗艦の脇を固めているかもだ。」


「はいっ!敵軍旗艦キングオックスの左右を固めていたのはどちらも巡洋艦、レッドキャップとハーミットです!現在は旗艦の両衛は別艦が固めています!」


「どっちの足が早い?」


「レッドキャップです!」


「巡洋艦レッドキャップの現在位置を探れ。」


「イエッサー!」


指示を終えたと同時に艦橋のメインスクリーンにキングオックスの艦橋映像が映り、画面右上にホタルの映像が割り込んできた。


「カナタ、艦橋にリードの姿はないわ!」


やっぱりな。リードは足の早い巡洋艦レッドキャップに乗り換えたんだ。いや、そう見せかけて旗艦に隠れている可能性もあるか。リードの立場になって考えるんだ。……この戦は負けでも、今後のコトを考えれば少しでも部隊は温存したいはずだ。それには緻密で正確、迅速な指揮が必要。だったら旗艦のどこかに潜んで指揮を執るってのはやりずらい。やはり艦を移乗したってのが本線だろう。


「巡洋艦レッドキャップの現在位置が判明!スクリーンに映します!」


おやぁ? 足の速い軽巡数隻に守られてますなぁ。語るに落ちたってのはこのコトだぜ?……そこにいるな、リード!


オレは指揮シートから立ち上がって全軍に檄を飛ばした。


「敵将リードは旗艦キングオックスから巡洋艦レッドキャップに移乗したと思われる!全軍に告ぐ!最優先攻撃目標は巡洋艦レッドキャップ!繰り返す、最優先攻撃目標は巡洋艦レッドキャップだ!」


オトリにした旗艦にオレ達を引き付け、足の速い艦で逃げようって算段だろうが、そうは問屋が下ろさないぜ?



……アダム・リード、おまえだけは逃がさない。ここがロードギャングから身を起こしてひた走ってきた出世街道、その終着点だ!


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