再会編36話 ラーメンも人間も骨柄が大事



シュガーポットで演習、訓練をこなしながら、財団部隊レイブンを再編成する。部隊はチームスポーツと同じで特性を考えて編成しなくてはいけない。さらにその部隊の特性を踏まえて、さらに大きな部隊を編成する。


個から小集団、中集団、そして大集団を考え、時には逆算もしてみる。大事なのは大局を見るコトだ。中集団としてはいささかアンバランスでも、大集団の一部としてならバランスが良かったりもするから難しい。この点に関しては経験豊富なヒンクリー少将とエマーソン少佐にアドバイスをしてもらった。


スリーフットレイブンは現在500余名、半個連隊に相当する数だ。彼らは今後、拡大してゆく部隊の中核になってくれるはず……


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逗留日程も半ばを過ぎ、少しこの前線都市にも慣れてきた。休日と夜間訓練のない日には、食べ歩きと飲み歩きをやってたせいでもあるが。少将やリックほどの再生力ではないにせよ、超再生持ちのオレは燃費が悪い。中軽量級のバイオメタル兵では大食の部類に入るだろう。食べ歩きには適した体質ではある。


今夜はギャバン少尉と串カツ屋で飲む約束になってる。なんでもその串カツ屋は主の為にギデオンが見つけてきたらしい。見た目は完全に悪党、言動は三下そのものなんだが、本当に健気な従卒だよな。


……しかしギャバン少尉が串カツ屋ねえ。育ちも悪けりゃ学もないと自慢しているギデオンならまだしも、庶民フードの代表格である串カツが、ちょいと前までは世襲貴族のお坊ちゃまだったギャバン少尉のお口に合うのやら。


久しぶりに電車に乗ってみたくなったので、大円線の駅まで行ってみる。改札をくぐってホームに立ち、夕陽で赤みがかった駅の構内を眺めてみた。向かいに見えるホームはかなり遠い。この街が戦場になれば、この上り下りの線路を跨いで超大型列車砲「八岐大蛇」が運用されるからだ。


……こうして電車を待ってると大学時代を思い出すな。でも、あの頃に戻りたいとは思わない。


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降りた駅の改札口では、ギャバン主従がオレを待っていた。


串カツ屋というからには、てっきり椅子のない立ち飲み形式の店なんだろうと思っていたのだが、ギデオンに案内されたお店はテーブル席もある小奇麗で小洒落た佇まいだった。これならギャバン少尉の趣味にも合いそうだな。


予約席と書かれた札が置いてあるテーブルに案内され、まずは生ビールで乾杯する。お通しは枝豆、ビールの良き相棒だ。


「ふむ。店構えに品揃え、これは創作系の高級串カツ店だね。メニューをみたまえ、覇国最高の肉質と評価の高い王味牛の牛カツが載っている。……ほう、阿南産のオイスターまであるね。これは是非、食しておくべきだろう。こう見えて僕は、世界各地の絶品オイスターは全て制覇…」


出たな。こう見えて僕は~シリーズの新作が。


「はい、そこまで。ギデオン、オーダーは任せる。坊ちゃんの好みは把握してんだろ?」


「ガッテンだ。お姉さん、オーダーを頼んます!」


キワミさんほどの身のこなしではないが、十分に洗練された店員のお姉さんに、チンピラっぽいが忠誠心に溢れた庭師兼兵士は料理をオーダーする。


しばらくして運ばれてきた串カツに舌鼓を打ちながら、ギャバン隊の戦術について議論を開始した。


「宴の席で仕事の話は野暮の極みだが、僕達の命が懸かってるからねえ。やむを得ざる仕儀ではある。」


「おっ死んじまったら、酒も飲めねえでやすからな。しかし坊ちゃんはやれば出来る男だと思ってやしたが、本当に出来る男だったんでやぁすねえ。」


ギデオンはサンピンさんを師匠と呼んでリスペクトしてる。三下道を極めた男として憧れちゃったらしい。んで、憧れが高じて、とうとう口調まで師匠に寄せてきやがったか。でもサンピンさんは三下口調ってだけで実際は凄腕の博徒で兵士。「単眼蛇」の異名を持つ羅候の元副長なんだぜ? 口調は簡単に真似出来ても、強さを真似るのは茨の道だ。


「口調がMr.ミズチに似てきたね。ギデオンにもいい師匠が出来て良かった。」


そのギャバン少尉はトッドさんトコのフィネル少尉を先生プロフェスールと呼んでいる。ギデオンを見習った訳でもなかろうが、ギャバン少尉も勝手に弟子入りしたのだ。勝手に弟子入りされたサンピンさんもフィネル少尉も迷惑顔だったけど、二人には戦い方をレクチャーしてくれるように頼んでおいた。ギデオンの弟子入り志願は憧れが動機だけど、結果オーライ。サンピンさんは面倒見が良くて教えるのが上手いからだ。


そして頭の回るギャバン少尉がフィネル少尉を師に選んだのには明確な理由がある。本人は"どうせ教えを乞うのなら見目麗しい淑女に限るよ"なんて言ってるが、非力なギャバン少尉は軽い刺突剣を得意武器とするフィネル少尉の技術を学びたいのだ。そして本命の目的は、念真衝撃球の扱いをマスターするコトだろう。フィネル少尉はガーデンの強者の中でも、特に念真衝撃球の扱いに秀でている。身体能力は低いが、念真強度は高いギャバン少尉は敵兵に寄られた場合は念真衝撃球で弾き飛ばすつもりなんだ。


「ギャバン少尉、どの程度まで仕上がってるんだ?」


「なにがだい、カナタ君?」


「トボケなさんな。念真衝撃球の扱いだよ。影で特訓してんのはわかってる。」


「お見通しだったか、参ったな。完全にマスターしてからお披露目したかったんだけど……」


「敵襲があればすぐに出撃するかもしれないからな。現状でどこまでやれるかは把握しておきたいんだ。」


「練度が並の兵士なら問題ないと思う。念真衝撃球を念真衝撃球で中和出来る手練れがいるなら心もとないけど。」


「早く手練れがいても対応出来るようになってくれ。寄られても弾けるのならデキるガード屋をつけとけば実戦に出られる。」


「わかった。隠れて特訓なんてカッコつけずに、醜く足掻いてみるよ。」


「坊ちゃんは隠れて特訓なんかしてやんしたんですね?」


「ああ。優雅に湖面を泳ぐ白鳥だって水面下じゃ必死に足をバタつかせてる。僕はスタートが遅れた分、人の何倍も努力しなくちゃいけないのさ。」


「坊ちゃんは醜いアヒルの子だったんでやすかい。ま、俺は坊ちゃんがアヒルだろうが白鳥だろうが、ついていくまでですがね。」


「ギデオンは本当に変わった男だね。」


まったくだ。チンピラっぽい風貌、小物臭い言動、そして律儀そのものの行動。変わり者が多いガーデンでも異才を放ってる。


「自分じゃ特に変わってるつもりはないんでやすがね。育ちも悪けりゃ学もない俺が、生き方のスジまで曲げたら何が残るってんで?」


「曲げられないスジか。牛スジ煮込みが食いたくなってきた。」


いい話を聞いといてあんまりな感想なんだが、スジ煮込みってホント酒に合うからなぁ。


「ここは飲み屋街だ。探せば専門店もありそうだよ? 今夜ははしご酒と洒落込もうじゃないか。僕はこの店に来る前に見かけた餃子専門店に寄ってみたいね。」


はしご酒か、いいねえ。


「そんじゃあ、程々飲んだら居酒屋探訪の旅に出ようぜ。しかし餃子専門店ってのは庶民派の代表だぞ。ハイソなギャバン少尉のお口に合うのかい?」


「坊ちゃんは結構、立ち飲み屋が好きなんでやすよ。以前は文句を言いながら飲んでやしたが、最近は素直に楽しんでらっしゃるんで。」


へえ、意外だな。もっとも以前のギャバン少尉は店にとっちゃ嫌な客だっただろうけど。


「カッコつけて生きるのはもうやめたんだ。上品に着飾った高級店でもマズい店はマズいし、飾り気のない大衆店でも星いっぱいのお店はある。世間から見たステータスなんて、人生になにも寄与しない。料理は味、人間は人品骨柄、遅まきながら真理に気付いたからね。僕がどれだけの人間になれるかはわからない、でもこれからの人生は飾らずに生きていくんだ。」


自分を飾らずに生きる、か。大切なコトなんだけど、難しいコトだ。


「坊ちゃん、ジンピンコツガラってプレミア鶏ですかい? それともプレミア豚? ラーメンはやっぱり出汁をとる骨柄が大事っすよねえ。」


「ナイスボケだね、ギデオン。いい感じで空気を読まない台無し発言、そうでなくてはいけない。」


「ケッヘッヘ、どうやらまた勘違いをやらかしたようで。でもシメはラーメンにしやしょうぜ。」




うん、やっぱり飲み歩きのシメはラーメンがいいよな。


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