争奪編41話 リリスの悪魔形態



死神は念真強度1000万nを誇る天賦の超人、今のオレじゃ逆立ちしたってコイツに勝てない。


勝てないのなら逃げるまでだ。背中の傷は戦士の恥、だがオレは兵士なんでね。


本気を出した死神からかなりのダメージをもらったが、まだやれる。残った力は逃げるコトに使うんだ。


「……まいったぜ。だが手加減してくれてありがとよ。おかげで時間が稼げた。」


「時間を稼げば援軍でも来るのか?」


よし、食い付いてきた!ボロを出すな。ハッタリに命を張れ!


「死神さん、オレが誰の部下だかお忘れかい?」


「……惜しいな。」


「惜しい? なにが惜しいんだ?」


「その台詞は事前に布石を打って、俺の口から言わせないといけない。「ひょっとして緋眼のマリカが来てるのか?」ってな。焦りすぎだ、剣狼。今の誘導で確信した、緋眼のマリカはここに来ていない。」


コ、コイツ……マジで始末に悪い。次の手を考えないと……いや待て!今の台詞がハッタリなんだ!


「………ま、アンタがそう思うのは勝手だが……」


「もうよせ。俺のハッタリに即答せずに沈黙した時点で本当に確信した。やっぱり来てない、そうなんだろ? なんと答えてもいいぞ。俺の確信はもう揺るがない。」


……駆け引きまで一枚上手か。どうすりゃいい?


(カナタ、助けにきた!)


(来るなって言っただろ!コイツは規格外の怪物モンスターなんだ!)


(逆の立場だったらカナタは逃げるの? 自分に出来もしない命令を出さないでよ!それより死神の注意を引きつけて!)


言葉の駆け引きは見抜かれる。なら行動のハッタリだ。


オレは秘伝書にある夢幻一刀流最終奥義、夢幻刃・終焉の構えを取る。


「………乾坤一擲の博打技にきたか。その前に、降……」


突然、死神は刀を返して背後の空間を刺し貫く。


「ナツメ!!!」


死神が刀を抜くと何もない空間から血が流れ、体に投影した背景を歪ませながらナツメの姿が現れる。


鏡面迷彩が解けたナツメは苦悶の表情を浮かべながら、なおも戦おうと刃を振るうが、よろめいて膝を着いてしまった。


「ナツメから離れろ死神ィ!」


オレは死神に特攻し、死力を振るって猛攻を仕掛け、なんとか膝立ち状態のナツメから死神を引き離す。


ナツメは刀を杖に立ち上がったが、まだ足元が覚束ない。オレは左腕でナツメを抱えた。


肩を抱かれたナツメは疑念の言葉を絞り出す。


「………どう……し……て……完全に……死角だった……のに……」


「ああ、今のは完全に虚を突かれたよ。バイオセンサーがなければ殺されてたかもしれん。だが、特殊兵装も実力の内だ。悪いな、お嬢ちゃん。」


念真力をバカ食いするバイオセンサーも、この男の桁外れの念真容量があれば常時起動が可能ってコトか。


死神は剣術武術のド素人、気配で敵を察知するなんて芸当は絶対無理だ。だがバイオセンサーを入れっぱなしなら問題ない。バイオセンサーの索敵範囲は念真強度に比例するから……不意打ちなんざ受けませんってか!


バイオセンサーと相性良すぎだろ。まるで死神用に開発されたアプリなんじゃねえかって疑いたく……


待てよ、バイオセンサー搭載ってコトは、コイツも零式ユニットなのか!


オレは左腕でナツメを抱えたまま、右手で構えた刀で死神を牽制する。


牽制になんかなっちゃいないだろうがな。………殺されるよりはマシだ。諦めて投降するしかないのか?


(……まだ……手はある。リリスも……来てる。)


そうだよな、リリスが逃げるワケがない。


ナツメのダメージは大きいが、意識はしっかりしてる。ゲームセットにゃまだ早い!諦めねえぞ!


(リリス!来てるのか!)


(状況はインセクターで把握してるわ。ねえ、少尉。私達、生きるも死ぬも一緒よね?)


(おまえと死ぬのなら地獄行きも悪くない。)


(そ、当たり前の台詞だけど、ちょっと嬉しいわ。)


灌木の茂みからエンジン音が聞こえ、車両ヴィークルがフルスロットルで突っ込んできた。


真打ちのリリスは車のハンドルを髪で操作しながら、猛スピードでコッチへ走ってくる。


時間差で登場するのはナツメと打ち合わせてたんだろう。文字通り、最後の切り札だ。


死神は念真重力破を何発も放ち、そのうちの一発が命中、車両を大破させた。同時に凄い速さで黒い影が空へと跳躍、リリスにあんな瞬発力があったか?


もうもうと上がる炎と黒煙を背景に、空から死神を見下ろすのは……黒い翼を生やしたリリス。


なんだ!? リリスのあの姿は!!


綺麗な銀髪は闇を溶かしたような黒髪に変色していて、元から長い髪がさらに長く伸びている。絡み付いたその髪は、ドレス型の装甲となって全身を覆っていた。


リリスが右腕を水平に伸ばすと、腕に巻き付いていた黒髪がまるで生き物のように伸びてゆき、漆黒の大鎌を形成する。


コウモリのような翼に漆黒の鎧、手に携えしは死の大鎌………まるで本物の悪魔じゃないか!


空中から死神を睨みつけていたリリスは黒い翼を羽ばたかせて飛来し、オレを守るように目の前に着地。死神と対峙する。


「お待たせ、少尉。真打ち登場よ。」


「………リリス、その姿はいったい……」


「話は後。私と少尉のコンビは絶対無敵で地上最強よ。このクソッタレに目にもの見せてやるわ!」


黒い念真波動サイキックウェーブを放出するリリスの姿を確認した死神は、感嘆したような声で呟く。


「ラバニウムコーティング……悪魔形態デモニックフォームが使えるとはな。恐ろしいおチビちゃんだ。」


そう言えばリリスを救出した時に司令から聞いた。


リリスには開発段階のラバニウムコーティングシステムが搭載されてるって。


変移性戦闘細胞が組み込まれた髪の本来の目的は、悪魔形態化の為だったのか。


さっき見せた跳躍といい、身体能力が飛躍的に向上しているんだろう。


ラバニウムコーティングが実戦投入されない理由は二つ、念真力をバカ食いするコトと、使用者の体に過負荷がかかるコト………華奢なリリスが悪魔形態なんか取ったら………


(少尉!わかってると思うけど、長くは持たない!だから考えて!この場を切り抜ける手立てを!)


考えろ!ここが最後の勝負どころだ!


選択その1、リリスと一緒に死神と戦う。……あり得ない。ここは選択その2、逃げの一手だ。


今のリリスは速くてパワフル。シオンを抱えて逃げるコトは可能。


だが、ただ逃げるだけじゃダメだ。考えろ!なにか手はないのか?


オレの目に太陽を映し、輝く湖面が見えた。死神は重量級、だったら………


(ナツメ、少しだけでいい、走れるか?)


(うん。走れる!)


(リリス、オレが時間を稼ぐ。シオンを抱えて……)


(私も走れます、隊長。十分休憩しましたから。)


(よし、だったらオレとリリスで時間を稼ぐ。その間に二人は湖に飛び込め。リリス、オレ達は……)


(時間稼ぎしてから、二人の後を追って湖に飛び込む。奴が重量級なら泳ぎは苦手、そうでしょ?)


(そうだ、みんな覚悟はいいな?)


(うん!) (行きましょう!) (二人とも、後ろを振り返っちゃダメだからね!)


重量級は泳ぎが苦手。だけど湖に逃げる根拠はそれだけじゃない。


戦ってて気付いたんだ。全力モードの死神は膨大すぎるパイロキネシスをコントロールしきれてないって。


おそらく死神だけの固有能力タレントスキルだろうが、その力は火炎と放電の複合型パイロキネシスと見ていい。そして念真力を全開にすれば、パイロキネシスが勝手に複合しちまうんじゃないか?


遠間から念真重力破を撃ってきた時にも、死神はその身に炎を纏いながら放電していたから………おそらく間違いないだろう。


オレの考えが正しいなら、全力モードの死神は水中でパイロキネシスを使えないはずだ。自分が感電しちまうからな。


(3カウント後に仕掛ける、3、2、1、ゴー!)


オレとリリスは死神めがけてダッシュし、ナツメとシオンは湖めがけて走り出す。


リリスは手にした大鎌デスサイズを振りかざし、死神に斬りかかる。


死神は硬化した髪で形成された大鎌を刀で受け止め、空いてる左腕で念真力を纏ったパンチを繰り出すが、リリスも念真強度600万nを誇る超人体質、死神の拳を念真障壁で受け止めた。


リリスが防御に徹すれば、しばらくは攻撃を凌いでくれる。だったらここは賭けにいく!


なんとしてでも死神を怯ませなければ、逃げる背中から追撃される。通じそうな技はただ一つ!


(リリス!しばらく壁になってくれ!)


(任せて!なにか手があるのよね!)


(イチかバチかだが、コイツに通じる技が一つだけある。)


(少尉の土壇場の強さは本物よ!信じてるから!)


死神の猛攻を歯を食いしばり耐え続けるリリス!この献身に応えられなきゃ男じゃねえ!


リリスの稼いでくれた貴重な時間、まず神威兵装オーバードライブモードを起動!


そしてオレは宝刀斬舞を全力以上の狼眼で見つめ、念真力を刀に込める。


これじゃダメなんだ、全力以上でも足りない!


シグレさんに教わった無の境地を今こそ………違う!邪念雑念でいい!


リリス、シオン、ナツメを………守りたいんだ!!たとえこの身を焼き尽くそうと!


だから頼む。天狼よ!今だけ、この一瞬だけでいい!オレの瞳に宿ってくれ!!


………やった!!瞳に感じるこの力………オレの瞳に眠る狼が目覚めた!


黄金に輝く狼眼、その輝きの中に浮かぶのは……八熾の象徴たる勾玉だ!


組み合わさった二つの勾玉が………愛刀の刀身に映ったオレの瞳に宿っているのが見える!まるで対を為す黄金の狼の牙のように!


これが狼眼の真の姿、天狼眼だ!天駆ける狼の力を刃に込めろ!


オレの技でコイツに通じる可能性があるのは最終奥義、終焉しかない。


未完成だろうが、この一太刀にオレの、……オレ達の全てを賭ける!


「いくぞ!死神ィ!!」


オレが大地を滑るように駆けるのと同時にリリスは飛翔し、空中から無数の念真槍サイキックジャベリンを投擲して援護してくれる。


死神は左手を上にかざして念真重力壁を形成、念真槍を全て受け止めた。だが隙が出来たぞ!


リリス、おまえはオレのベストパートナーだぜ! 


喰らえ!!最強のド素人さんよ!


天狼の力を宿した金色の刃は、死神の念真重力壁を貫き、脇腹を切り裂く! 


「夢幻刃・終焉だと!……つ、使えたのか!……」


呻きながら脇腹を押さえた死神が、片膝をついた。手応えはあった!逃げるのは今だ!


オレとリリスは脇目も振らず湖めがけて疾走し、迷わず湖面へ飛び込んだ。





湖底で待っていたシオンをオレが、ナツメをリリスが抱え、懸命に泳いで逃げる。


待てよ!死神はバイオセンサーを搭載してる。水中にいてもオレ達の位置はわかるはずだ!


(リリス!後背からの念真重力破を警戒してくれ!ヤツにはオレ達の位置がわかってる!)


(どこまで防ぎ切れるかわかんないけど、やってみる!)


だが、恐れていた念真重力破は飛んでこなかった。


(どういうコトだ? この状況で撃ってこない理由は………)


(さっきの一撃で重傷を負ったのかも。それか奴もガス欠なんじゃない?)


(念真強度1000万nだぞ? そう簡単にガス欠になるワケが……)


(理由の詮索は後!撃ってこないならもっけの幸いでしょ!さっさとトンズラするのよ!)


リリスの言う通りだ。撃ってこない、追ってこないってんなら、それに越したコトはない。


リリスが髪でフィンを作ってくれたから、かなり速度も出せる。


遭遇地点から十分離れた湖面の様子をリリスがインセクターで確認。


安全と分かってから浮上する。


「地形図によると、この近くに森があるわ。そこで一休みしましょ。」


湖から出たオレは素っ裸のナツメにコートを羽織わせ、ガックリ膝をつく。


「隊長!!大丈夫ですか!」


シオンの悲鳴に頷いて応える。もう声すら出ねえ。




………なんとか、なんとか窮地を脱したぞ。しかし、なんて怪物だ。暴威を振るう死の化身……まさに死神だぜ。



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