争奪編42話 臨時基地司令カナタ



かろうじて虎口、文字通りの人食い虎の牙から逃れたオレ達は、灌木の森に入り一息つく。


悪魔形態を解除したリリスは肩で息をしながら草むらを指さし、教えてくれる。


「少尉、そこにヨモギが生えてるわ。」


ヨモギの葉と茎には止血効果がある。オレはヨモギを摘み取ってナイフの柄ですり潰す。


ポケットからウィスキーの入ったタンブラーを取り出し、シオンとナツメの傷口を消毒した。


それからヨモギの汁を染みこませたガーゼで傷口を撫でる。


「オッケー、後は私の仕事ね。」


そう言ったリリスはタンブラーのウィスキーで髪を濡らし、変移性戦闘細胞の髪で二人の傷口を縫合した。


「止血パッチは私が貼ります。ナツメ、傷口を見せて。」


シオンはナツメの傷口に手際よく止血パッチを貼り、同じように自分の傷口も処理する。


その間にリリスはポケットから懐中時計を取り出し、何度かボタンを押してレーダー表示機能に切り替えた。


「リリス、なにやってるの?」


ナツメの問いにリリスは安堵した顔で答える。


「少尉が死神に一太刀浴びせた隙に、髪を使って発信器をヤツのズボンの裾にくっつけといたの。死神は基地の方向に向かってる。私達を追跡する気はないみたい。」


「基地を襲撃している殲滅部隊を呼びに行ったのかもしれません。」


シオンの懸念はもっともだ。………死神がMr.ジョンソンだったなら、キカちゃんはヤツの部下のはず!


「グズグズしてられないな。シオンはオレにおぶされ。ナツメは……」


「……もう歩ける。」


「もう一度、悪魔形態を……」


「ダメ!リリス、顔色が悪いよ。ひょっとして私より重傷なんじゃない?」


「………土手っ腹を刺されたナツメよりマシよ。」


「急所は逸れてる。こんな手してて強がらないで。」


ナツメが掴んだリリスの手は、何カ所も出血していた。


「念真力全開で戦闘したから、血管が破裂したんだ。無茶しやがって!」


「無茶でもなんでもやんなくちゃ私達、死ぬか捕虜だったじゃない!」


「そうだよな。……ありがとう、リリス。お陰で助かったよ。」


おそらくリリスのダメージは腕だけじゃなく、過負荷がかかった全身に及んでいる。この華奢な体で600万nもの念真力を支えるのは無茶すぎるんだ。


……リリスのこのザマはオレの責任だ。オレの読み違いの代償をリリスに払わせちまった。


しかし1000万nを全開にしても全く反動がこない死神ってどんだけ頑丈に出来てんだか。


だからこそ、あの体格で重量級なのか。パワーを支える土台が必要なんだ。


「……少尉。目が……」


気付かれたか。天狼眼の反動だろう。視界がやや霞む。


身の丈に合わない力を行使した、この程度で済めば安いモンだ。最悪、失明もあり得たんだからな。


「問題ない。ちょっと霞むがちゃんと見える。疲れ目みたいなモンさ。」


「隊長、本当に大丈夫なんですか?」


心配性のシオンにオレは頷き、みなを促す。


「行こう。死神が殲滅部隊を連れて戻ってきても、長く捜索に時間をかけられない。捜索しにくい山岳地帯まで入ってしまえば逃げ切れる。」


地獄耳のキカちゃんがいれば、それでも危険なんだが、不安にさせる必要はない。


「隊長、捜索に時間をかけられないというのは、どうしてわかるんですか?」


「ヤツらが襲撃したのは通信基地だ。都市間の通信を保全するタメの中継をやってる。」


「なるほど。通信基地が破壊されれば、すぐに通信に影響が出る。殲滅部隊はすぐに撤退しないといけないのですね。ここは同盟の勢力圏なんですから。」


「ああ、だから一日どころか半日だって捜索は出来ないハズなんだ。ここから山岳地帯は遠くない。みんな、辛いだろうけど頑張ってくれ。数時間、発見されなきゃ逃げ切れる。ガーデンに帰れるんだ。」


「はい、隊長!」 「うん!」 「さっさと帰ってベッドに横になりたいわね。」


リリスはホントに顔色が悪い。早く安全な場所で横にならせてやりたい。




オレがシオンを背負い、比較的軽症だったナツメが、思ったより重傷だったリリスを背負い、山岳地帯を目指す。


リリスはホントにマズいかもしれない。顔色が悪いし、なにより減らず口を叩かないのが証左だ。


オレ達は無言の行軍を続け、山岳地帯で見つけた洞窟に潜伏した。


魔女の森の時といい、オレはよっぽど洞窟に縁があるらしい。


「………少尉、まだ動ける?」


横になったリリスが薄目を開けて、オレに懐中時計を手渡してきた。


「ああ、懐中時計がどうしたんだ?」


「……この位置に……車両から降ろした小型バイクと医療キットを……隠しといたの。」


話すのもしんどくなってきてるのか。ちきしょう!オレのせいでリリスが……


「よし、すぐに取りに行ってくる。ナツメ、二人を頼む。」


「任せて。シオンとリリスは私が守る!」


「頼むぞ。医療キットを持ってすぐ戻る。」


オレは懐中時計を片手に山を下り、湖近くの灌木の森へ向かった。




死神の現在位置をこまめに確認しながら目的地を目指す。死神はやはり通信基地方向へ移動中か。


幸いリリスが隠した小型バイクと医療キットはすぐに見つかった。ナツメの衣服もある、早く持って帰ってやんねえと風邪を引いちまうな。


バイクに乗って急いで山へ戻り、みんなの手当をやり直す。栄養剤の注射も出来た。ナツメも着替えたし、これでしばらくは持つ。


「小型バイクがあるならブロッサムベリーへ戻って、車両を取ってくるのも手かもしれません。」


栄養剤のおかげか、少し元気を取り戻したシオンがそう提案してきた。


「そうだな。……動けるのはオレとナツメだが……」


ナツメはバイクの操縦がリガー並に上手い。だが負傷してる。………どうしたものか………


「私がいく!任せて!」


「ナツメ、大丈夫か?」


「血は止まったし、内臓も傷付いてない。いける。」


「……頼む。基地に戻って警戒を呼びかけ、車両を持って戻ってくれ。」


「任務了解。カナタは二人を守ってね!」


敬礼したナツメはバイクに跨がり、洞窟から走り出る。


ナツメなら上手くやってくれるはずだ。オレ達は薄暗い洞窟でナツメの帰りを待つコトにした。





思ったより早くナツメは車両に乗って戻ってきた。こぼれる笑顔が眩しい。


ナツメが無事で嬉しくて、車両を持ってきてくれてうれしい。こんな時は笑顔を隠さなくてもいいよな。


「ナツメ!早かったな!」


「答えは簡単。ブロッサムベリーに戻る途中で基地の兵士の車列に会った。サーフェイス通信基地の中継機能が断絶したから、調査に向かってたんだって。」


なるほど。


「よし、シオンとリリスを乗せてブロッサムベリー基地へ戻ろう。」


「うん。事情は教えといたから基地も警戒してるはず!」


死神は行き掛けの駄賃とか考えないタイプだ。もう撤退を開始しているだろう。


ブロッサムベリー基地は安全、なんとか助かったぞ。




数時間後、オレはブロッサムベリー基地の通信室で司令と話していた。


「………事情はわかった。すぐに迎えをやる。カナタ、おまえはどれだけ運が悪いんだ?」


「……言わないでください。己のツキのなさに泣けてくるんで。それとこの基地は現在、オレが指揮を執ってます。」


「なに!? 基地司令はどうした!」


「基地の駐屯兵の話によりますと、火急かつ速やかに善後策を協議する必要があるとかで、1機しかないヘリで基地から飛び去ったそうです。将校達も全員で基地司令のお供。なので現在、ブロッサムベリー基地に将校はオレだけです。」


「………逃げた連中は全員死なす!腰抜け共め!」


「是非そうなさってください。なにか指示はありますか?」


「基地機能を保全したまま迎えを待て。脱走兵は殺してかまわん。ないとは思うが殲滅部隊の襲撃があった場合は基地兵も含め、逃げていい。通信終わり!」


当然ながら司令はご立腹か。基地司令や将校達の哀れな末路が見えるな。


アホなヤツらだよ、殲滅部隊がここに襲撃なんかかけちゃこねえってのに。




通信を終えたオレは伝令兵にいくつか指示を出してから、医務室へ向かう。


ヒビキ先生がシドー、ハシバミ先生をハーゴンとするなら、さしずめスライムかドラキーといった風情の駐屯医師に三人の容態を聞いてみる。


「どうですか、先生。三人の容態は?」


ヤギみたいな白ヒゲをモミモミしながら、老医師は歯切れ悪く言う。


「ん~~。そうじゃのぉ。雪村曹長は急所を外れとるからええが、イグナチェフ曹長は内蔵が一部傷付いておる。死にはせんがのぉ。」


ドラキーからメイジドラキーになりたきゃ、もっとマシなコトを言ってくれ。


「ドクター、リリスの容態は?」


「全身に亀裂骨折と内出血がみられるのぉ。外傷内傷だけでなく、激しく衰弱もしとる。医療ポッドに入れて、しばらく様子を見るしかないのぉ。なんせこんな田舎基地にはロクに設備もありゃせんし。」


設備があっても、アンタにどうにか出来るとは思えないけどね。


オレは医療ポッドで治療中の三人の様子を窺ってから、


「なにかあったら知らせてください、ドラキー先生。」


「略さんでくれんかのぉ。ワシはドクター・ドラキフェスじゃよ。」


やっぱりドラキーじゃん。名が体を表してる。




サーフェイス通信基地が殲滅部隊に襲撃され、壊滅したらしいという情報で駐屯兵達は浮き足立っている。


オレは駐屯兵達を訓練場に集め、殲滅部隊がこの基地を襲撃してくる可能性は薄く、救援部隊も向かっている旨を話し、動揺を押さえ込む。


解散を命じた後にビーチャムがオレの傍にやって来て、不安そうな顔で聞いてくる。


「少尉殿、本当に殲滅部隊はここに襲撃をかけてこないんですか?」


「さっき話した通りだ。包囲される危険を冒してまで火中の栗を拾うほど死神はバカじゃない。心配するな。」


死神の能力を知ってしまったオレ達を始末する為に襲撃してくる可能性はあるが、不安にさせても仕方がない。


その可能性もないと思ってるけど。もし、死神がその気なら、基地へ逃げ込む前にオレ達の捜索を始めたはずだ。


殲滅部隊は超聴力を持つキカちゃん、雪風と同等とみていいバイオメタル犬の太刀風を擁してる。


短時間の捜索でもオレ達を発見出来ていた可能性はあるのに………




わからんな。………なんで死神はオレ達を捜索しなかったんだ?



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