争奪編43話 誓いの指切り



「シオンとナツメは問題ないわ。適合率が高くタフな二人だから、傷痕も残らず後遺症もなく回復する。安心して。」


さすがシドーことヒビキ先生、ドラキー先生とは安心感が違う。


ガーデンの医療機器は最新鋭だから単純比較するのは少々気の毒か。


「リリスはどうです?」


「血管の断裂、無数に入った亀裂骨折は深刻だけど、リリスだってバイオメタル。ちゃんと回復するでしょう。問題は脳波が低下し、衰弱してる事ね。悪魔形態デモニックフォームの反作用なのは間違いないと思うけど、原因を特定出来ないのが不安なの。だからしばらくは鎮静剤を投与して休養させます。その間に類似したケースがないか調べてみるから。」


「だ、大丈夫なんですよね?」


「命に別状はないわ。必要なのは時間よ。安心なさい。」


重傷だと思ってたシオンとナツメより、リリスの方が深刻だったとはな。


いや、ヒビキ先生は命に別状はないって言ってくれてる。大丈夫だ。




殲滅部隊の襲撃はなく、迎えに来てくれたマリカさん達に守られながら、オレ達はガーデンに帰ってきた。


手傷を負ってたオレもヘリの医療ポッドでお休みしてたから、目が覚めたらもうガーデンだったけど。


医務室の医療ポッドで眠る三人の寝顔をしばらく眺めてから、オレは自室に戻った。


………静かだ。キッチンに立つリリスもいない。壁の穴からヒョコッとナツメが顔を出したりもしない。


そんな二人にお説教するシオンもいない………静かな部屋。


三人のあの姿はオレの責任だ。オレの見込みが甘かった。


死神が強敵なのはわかってたじゃないか。同盟兵士から「皆殺しの死神」と恐れられてる男だぞ!


いくらド素人みたいに見えても、オレなら勝てるだなんて思い上がりが過ぎるだろ!


少なくとも、シオンが逆襲された時点で逃げにかかる決断は出来たはずだ。


不意打ちで土手っ腹に氷槍を喰らってるのに、何事もなかったように反撃してきたんだから!


人外のパワーとタフネスを確認したってのに、どうして逃げる選択を選ばなかった!


そうすればナツメも無傷だったし、リリスも………




「カナタ、入るぞ。」


オレの返事を聞く前にクランド中佐を連れた司令が部屋に入ってきた。


オレはベッドに座ったまま、おざなりに敬礼する。


クランド中佐に怒鳴られるだろうと思ったが、中佐はなにも言わなかった。


火の点いてない煙草を咥えたままパソコンチェアに腰掛けた司令が口を開く。


「災難だったな。だがよく帰ってきた。」


「………オレがツイてないのはいつものコトです。」


司令の後ろに佇立した中佐が、珍しく優しい口調で話しかけてくる。


「だがあの三人を巻き込んだのが悔やまれる、か? あの三人に言わせれば自分達が一緒でよかった、じゃろう。カナタ一人なら間違いなく死んでおった。」


「それがなんの慰めになるってんですか!オレが判断を誤らなけりゃ……」


「カナタ、それこそおまえが意味が無いというたられば話だ。死神の能力の検討を始めたい。作戦室に……」


「後にしてください。今は何も考えたくない。」


オレは初めて司令の言葉に逆らった。今度は容赦なく中佐が怒声を上げる。


「甘えた事を言うな!死神の脅威はいつ迫ってくるか分からんのだぞ!」


「カナタが落ち着いてからにしよう。時間はある。」


「しかしイスカ様!」


「納豆菌が休眠状態のカナタの意見を聞いても参考にならん。死神は慎重屋だ。作戦を終えたばかりで自分の能力もバレたとなれば、しばらくは動くまい。カナタ、報告書だけはすぐに作成するんだ。ヤツの戦力分析は納豆菌が復活してからでいい。」


「ありがとうございます、司令。」


「コンマワンは休養も兼ねて、しばらく待機だ。イジケ虫に構うなとゴロツキ共にも言っておく。」


そう言って司令は席を立ち、部屋を出て行った。ため息をつきながら中佐が後に続く。


一人に戻ったオレは惰性に近い義務感でキーボードを叩き、報告書の作成を始めた。




「リリスがいないと静かですね。」


朝食の席、パンにたっぷりバターを塗りながらシオンが呟く。


シオンとナツメは一晩で医療ポッドから出られた。リリスは………まだだ。


「………リリスの作った朝ご飯が食べたい。」


オレの焼いた不格好な目玉焼きを眺め、ナツメがため息をつく。


「ナツメ、ワガママ言わないの!隊長も食べてください。食べるのも仕事のうちです。」


「………そうだな。」


窮地を切り抜けた虚脱感だろうか、それとも惨敗を喫した敗北感か。どうしても気力が沸いてこない。




そんなメランコリーな気分のまま、三日ほど過ごした。


その間、誰と話してなにを聞いたかほとんど覚えていない。気力は減退、注意力は散漫、そんな数日だった。


トレーニングもせず、定期的にやったコトはと言えば朝夕二回、リリスの顔を見に医務室へ顔を出すだけ。


その日の夕刻、傾いた日の光が差し込む医務室にヒビキ先生はいなかった。


医療ポッドの中にいるはずのリリスの姿もない。


オレはリリスを探して病室を訊ねまわり、寝かされている部屋を見つけた。


眠っている時は天使のよう、と評判のリリスは病室のベッドで眠っていた。


オレはベッドのかたわらの椅子に腰掛け、リリスの寝顔をぼんやり眺める。


………ゴメンな。オレが不甲斐ないせいで、おまえをこんな目にあわせちまって………


「………な~に辛気くさい顔してんのよ。辛気くさいのとシブいのとは違うからね。見てらんないわ。」


目を閉じたままのリリスの唇が動き、優しい毒を吐く。


「……見てらんないもなにも、目を瞑ってるじゃねえか。」


リリスはゆっくり目を開け、綺麗な碧眼を見せてくれる。


「ほ~らね。やっぱり辛気くさい顔してるじゃない。」


「バレたか。おヌシ出来るな?」


「少尉の事ならなんでもお見通しよ。どうせなんにも手につかずにみんなを心配させてたんでしょ?」


「兵士にだって休養は必要さ。………ゴメンな、おまえをこんな目に……」


「シャラップ!辛気くさい顔はもうやめて、耳糞かっぽじってよく聞きなさい! いい? 私はすべき事、いいえ、したい事をした。なのに謝るのは私への侮辱よ?」


「…………」


「ねえ少尉。私達は勝ったんだから、落ち込む必要なんてない。喜ぶべきなのよ?」


勝った? あの惨敗が?


「命からがら逃げ出したあの戦いのどこに勝った要素があるんだよ。」


「私達はなにも失ってないわ。みんな生きてるし、傷も治る。死神はどう? 秘匿していた自身の能力を私達に知られた。」


「出たな、リリスお得意の詭弁。」


「そして私達は経験も積んだ。この経験はきっと今後の糧になる。プラマイで言うなら私達の圧勝でしょ?」


「ハハッ、そうだな。初めて格上に出くわして、最初の敗北が最後の敗北になった……なんてよくある例は免れたんだし。」


「やっと笑ったわね。………ところで少尉、私と死ぬなら地獄行きも悪くないって台詞………本気だったの?」


「………答えなきゃダメ?」


「今回の件の超過勤務手当として、明快な回答を要求するわ。」


「本気だ。」


「そ、私もよ。だから約束をしましょう。」


「また約束? 迷惑の等価交換の次はどんな約束をさせる気なんだ?」


リリスは柔和な笑みと真剣な瞳で約束の内容を話してくれる。


「そうね、言うならば「運命共同体の約束」、になるのかしらね。私は少尉の為ならいつでも命を賭けてあげる。少尉はどう?」


「異存はないさ。オレもそうする。」


「決まりね。私が死ぬ時は少尉も死ぬ時、少尉が死ぬ時は私も一緒に死んであげる。そして命ある限り……」


「共に生きる。約束だ。」


オレの言葉を聞いたリリスはベッドから身を起こして、左手の小指を差し出してくる。


「指切りって覇国の風習だったわね。」


オレは左手の小指を、リリスの小指にしっかり絡ませた。


「そうらしいぜ。………天掛カナタとリリエス・ローエングリンは生も共に……」


「……死も共に。全ての運命を共にする事を誓います。」


なんだか結婚式の台詞みたいで恥ずかしいぜ。


恥ずかしいのはリリスもか。頬が赤くなってる。


「はい、これで私と少尉は運命共同体よ。私と出逢ったのが運の尽きだったわね。」


そうか? ツキのないオレにしちゃ珍しくツイてたと思ってるんだがね。


「なんだかこうなるような予感はしてたんだ。初めて逢った時からな。」


「あら奇遇ね。私もそう思ってたわ。私達、妙に気が合うのよね。」


オレとリリスはお互いを見つめ合ってから、同時に笑った。




「さあ少尉、運命共同体パートナーとして言わせてもらうわよ。イジケモードはもうおしまいにして、気合いを入れなさい!納豆菌復活の時よ!」


言われるまでもない。リリスとの指切りはオレにエネルギーを注入してくれたみたいだ。


リリスの言った通り、オレ達は貴重な経験を積んだ。この経験を活かし、生き残る為に行動しよう。




まずは死神の戦力分析からだ。ヤツは生体工学の産んだ超人、だが付け入る隙は必ずある!



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