争奪編44話 傾向と対策
ちびっ子パートナーのおかげで復活したオレは、翌日から精力的に動き出す。
まずは屋内訓練場でサボっていた訓練だ。あの惨敗を繰り返さない為にも、もっと強くならないと!
地道な研鑽の上にのみ強者は存在するってオレの信念は死神に木っ端微塵にされちまったが、ヤツはヤツ、オレはオレだ。
今までも真剣に訓練していたつもりだったけど、真の意味で切羽詰まってはいなかったのが分かった。
アギトのクローンであるこの体の素質に、心のどこかで天狗になっていたんだろう。
その天狗鼻は死神にへし折られた。いつ、ヤツに匹敵する雄敵と出くわすかわからない。
順当に格上に敗れて死にました、そんなつまんねえ最後はオレとリリスの死に方じゃない。
格上に対抗する為には、夢幻一刀流の最終奥義、夢幻刃・終焉をマスターするのが一番なんだが……
これは上手くいかなかった。前提条件である天狼眼が安定して発動出来ないのだ。
たまに発動出来ても持続が出来ない。終焉の準備時間を縮めるどころか、放つところまでこぎつけられないとは……
あの時は出来たのにどうして出来ねえんだよ!シジマ博士の気持ちが少し分かるな。
オレは訓練場で座禅を組み、考える。
なぜ出来ない。あの時ほどの真剣さがないから? それもあるだろう。
だが終焉の前提条件である天狼眼を発動させる条件が足りてないってのもあるんじゃないか?
前提条件の条件が足りてないなんてややっこしい話だが、そう考えるべきかもな。
邪眼能力は心の能力でもある。まだ未熟なオレが失明しないようリミッターがかかってる、ありそうな話だ。
あの時は発動出来なきゃお終いって状況だったからリミッターが外れた、そういうコトじゃなかろうか?
……これは意味のない類推だな。単純に狼眼の扱いに習熟していない可能性だってある。
よし!狼眼にさらに磨きをかけ、天狼眼に耐えうる力を身につけるコトから始めよう。
それに剣術の方ももっと磨きをかけないとな。
天狼の力を刃に込めた一撃必殺の奥義、それが夢幻刃・終焉だ。
一撃必殺は逆の言い方をすれば、
全てを賭けた奥義をヒョイっと躱されて負けるなんて間抜けすぎる。
確実に命中させられる剣の腕、これも終焉をマスターするのに必要な条件だ。
死神に喰らわせられたのは、単にヤツが剣術武術はド素人、だったからなんだし。
訓練を終えて着替え、小作戦室に向かう。
時間より10分早く来たのに、オレ以外は全員揃っていた。
司令に中佐、マリカさんにシグレさん、オレとシオンが検討メンバーだ。
「来たね、イジケ狼。早く座んな。」
「マリカ、カナタはモードを切り替えているようだ。私が喝を入れるまでもなかったな。」
シグレさんにも心配をかけてたみたいだ。不肖の弟子だな、オレって。
「もう大丈夫です。始めましょう。」
「うむ、泣いた
作戦室のスクリーンにはオレと死神の戦闘録画が映し出される。
「シオン、腕時計の録画モードで撮影してくれてたのか。ファインプレーだな。」
「意識を取り戻してからすぐに録画を開始しました。転んでもタダでは起きない、も覇国の諺でしたね。」
泣いた鴉がもう笑う、よりはメジャーな諺だな。
死神のド素人丸出しの戦闘スタイルを見た中佐が、テーブルを叩きながら叫ぶ。
「なんじゃコヤツは!まるでド素人のような……いやド素人そのものじゃ!」
中佐もそう思いますよね。ま、ヤツが言うには……
「死神曰く、「サルでもなれる剣術の達人」ってテキストを読みながら通信教育を受けたそうですが……」
ウソ満開の死神の
「ジョークと剣術のセンスは最低だが……脅威ではあるね。なんだい、この人外の膂力と冗談みたいな念真力は。タイプとしては狂犬に似てるか……」
戦闘が終盤に入り、本気を出した死神の姿を見たシグレさんが憮然とした顔で、
「マードッグとも違う。奴には天性の戦闘センスがあるが、死神にはない。この男は素人が竹刀を振り回しているのと大差ないぞ。だが……認めたくないが私も勝てそうにない。研鑽を重ねた日々を否定されているようで釈然としないが……」
ド素人の癖に身体能力と念真力だけで強者たり得る死神は、研鑽に研鑽を積み上げてきたシグレさんの努力を頭からコケにしてるようなヤツだからなぁ。
シオンが湖に飛び込む為に走り出したところで映像は途切れ、司令がオレ達を見回してから話を始める。
「これが死神ことトーマトウシロウの戦闘記録だ。分析班の話では死神の推定念真強度は1000万n、カナタとの会話で奴が言った通りだな。」
「1000万n!? 狂犬やリリスの600万nすら越えているのか!」
冗談みたいな念真強度に、冷静沈着なシグレさんですら驚きを隠せない。
「トーマトウシロウ、か。あからさまに偽名だね。おおかたド素人だからトウシロウって事なんだろうが……このド素人が本気を出した時の膂力はアビー以上なのかもな。この膂力と念真力があれば剣術武術なんて要りません、ってか。気に入らないねえ。」
マリカさんが煙草を荒っぽく灰皿に押し付けながらそう言い、司令がさらなる脅威点に言及する。
「もう皆もわかっていると思うが、死神はパイロキネシスも使う。普通と違うのは炎と雷、2種類の能力が融合している点だ。パイロキネシスの融合など聞いた事がないが事実は事実、認めるしかあるまい。それに身体能力の高さから鑑みて、死神は完全適合者と見ていいだろう。」
「無茶苦茶ですな。なんでもアリか、コヤツは。実際に戦ったカナタはどう思う。」
ターミネーターに襲われたサラ・コナーの気分がよく分かりましたよ。
「無茶苦茶ってのは同感ですね。パイロキネシスの融合はヤツ固有の能力なんでしょう。ひょっとしたら邪眼の力かもしれません。」
「邪眼? カナタ、ヤツは邪眼も持っとるのか!?」
「中佐、ヤツが本気を出したところまで巻き戻してください。そこでストップ!顔の部分を拡大して。」
「………十字架のような紋様が瞳に浮き出しているな。邪眼に見えなくはない。」
「シグレ、コイツの性格を考えるとハッタリの可能性もあるよ。あらかじめ用意しておいた画像を網膜に映すぐらいの事はやりかねない。」
「マリカさん、死神がハッタリを弄するタイプなのは確かですが、この瞳に関してはハッタリじゃないと思います。第一、意味が……」
「そうだな。あまり意味がない。」
マリカさんが頷き、それまで黙って話を聞いていたシオンが死神の戦闘能力をまとめてくれる。
「この映像と私達の体験からわかった死神の能力は………最高レベルのパワーとタフさのある重量級。反応速度が異常に速く、スピードも並の軽量級よりはるかに速い。推定強度1000万nの念真力を誇り、パイロキネシス能力の融合という固有能力の保持者にして
シオン、ウケないジョークでも構わず畳みかけてくる、が抜けてるぜ? 天丼がヤツの好物らしいからな。
「まだある。奴は零式ユニットを搭載している。」
「イスカ!そりゃ本当かい!」
マリカさんが珍しく驚いた顔を見せ、腕組みしたシグレさんの目がやや細まった。
部隊長は零式ユニットを搭載しているだけに、その性能を熟知している。最高の装備を持った尋常ならざる敵と認識したみたいだ。
零式ユニットは5世代型ユニットを超える基本性能に加え、現在の技術では作り出せない戦術アプリもインストされてる。奴の頭脳を考えればフルに活用してくるだろう。それも踏まえて考えるんだ……つけ込む隙はどこにある?
「奴が零式ユニットを搭載しているのは間違いない。零式を搭載し、人外の身体能力に冗談みたいな念真強度を持った超人か。剣術武術はド素人、という点以外につけ込む隙がない。」
不機嫌な顔でチェーンスモークを開始する司令にマリカさんが意見する。
「お言葉だけど、つけ込めるかい? コイツが剣術武術のド素人なのは必要がないから、だよ。無造作に振り回す刀が一撃必殺の威力、雑魚なら傍に立ってるだけでダメージを受ける炎と雷の念真重力壁、離れりゃ速射砲みたいに飛んでくる念真重力破ときたもんだ。攻防、距離の不得手はないと見ていい。パワーでコイツに対抗出来るのはガーデンでもアビーかイッカクぐらいじゃないか?」
「マリカ、イッカクはともかくアビーはマズい。相手の攻撃は障壁と装甲で弾くのがアビーのスタイルだが……」
「シグレの言う通りだ。むしろ回避が苦手なアビーやイッカクの天敵と言える。ド素人の斬撃だが速さも手数もある。大振りのパワーヒッターが強打を連打してくるようなモノだ。」
そう言って司令は腕を組んで考え込む。他のみんなもそれぞれ思案顔だ。
「あの~、尻尾を巻いて逃げ出したオレが言うのもなんですけど、付け入る隙はあると思います。」
オレが挙手すると10個の瞳が一斉にコッチを向いた。
「いやん、そんなに見つめないで。テレちゃう。」
「カナタ、ボケるのは後にしろ!場の真剣さぐらい考慮しないか!」
腕組みを解いた司令がテーブルを叩き、テーブル上の灰皿とペットボトルがジャンプした。
「後ならボケていいんですか?」
「クランドが聞いてやるそうだ。先に考えを話せ。」
面倒事を侍従筆頭にトスした司令に促されたので、考えを述べる。
「死神は無敵ですけど、万能じゃないってトコにつけ込めると思うんですよ。」
「意味がわかんないねえ。無敵と万能がどう違うってんだい?」
「マリカさんは無敵で万能ですけど、死神はそうじゃないって話です。」
「アタイへのヨイショも後でやんな。何が言いたい?」
「まず水中戦です。実際オレ達は湖に飛び込んで虎口を脱したワケですけど、死神は追ってきませんでした。剣術武術はド素人の死神が泳法だけは達人ってコトはないと思います。それに雷撃は水中で使うと自分が感電しかねない。ヤツの厄介なパイロキネシス能力は水中では使えないんじゃないかな?」
「なるほどねえ。カナタ、その顔は他にもあるんだね?」
マリカさんの期待には応えないとな。
「ヤツの攻撃はランダムに形状変化する鋭利な鈍器って感じで躱しずらいったらなかったんですが、鍵を握ってるのは宝刀武雷だと思うんです。たぶん宝刀武雷があってこそ、あんな戦い方が可能なんだ。並の刀じゃヤツの念真力に耐えきれないし、宝刀武雷はその名の通り、帯電しやすい特性があるのかもしれない。宝刀武雷を奪うか、使わせない状況を作れば脅威は半減するかもしれません。」
フムフムと頷いたシグレさんが口を開いた。
「ヤツが重量級だという点にもつけ込めるかもしれん。」
「シグレ局長、どういう事ですか?」
シオンの問いにシグレさんはテーブルで手を組みながら答える。
「重量級には
「なるほど、シグレやカナタの言う通り、案外穴は多いのかもしれん。死神の驚異的な能力に驚かされたが、冷静に考えれば手はありそうだ。皆で検討してみよう。」
司令がそう言ったので、みんなで珈琲と煙草を消費しながら検討に入る。
いくつかの対抗策を戦術化し、それが可能な人選まで済ませ、ブリーフィングはお開きとなった。
シオンが夕飯の材料を買い出しに行くと言うので、一緒に購買区画へ出掛けるコトにする。
購買区画のスーパーで、買い物カゴに食材を入れながらシオンが話しかけてくる。
「無敵だが万能ではない、か。いい分析でした。さすが隊長です。」
「……死神の一番ヤバイ能力は念真強度でも身体能力でもないんだがな。」
「??……どういう事ですか?」
「ヤツがすこぶるキレる男だってコトだよ。ワナに嵌めてるつもりが、それがヤツのワナだった、なんてコトがあり得る。」
一番いいのは総合力でヤツを上回るコトだ。おそらく完全適合者である死神にそれが出来るのは同じ完全適合者しかいない。
完全適合者……マリカさんは死神相手でも怯まず戦いを挑むだろう。
マリカさんは同盟最強……いや世界最強の兵だ。死神が相手でも勝てる。
その確信は揺るがないが……別の確信もある。
マリカさんといえど、死神と真っ向から戦えばタダでは済まない。これも事実なんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます