再会編29話 愛のカタチ



密談を終え、パーティー会場に戻るとカレルさんが夫人を待っていた。


「待たせたわね、カレル。」


「いえ、シノノメ閣下にご挨拶に参りましょう。」


第二夫は夫人の手を取り、夫妻は中将に挨拶に向かう。


残されたオレのところにも若い夫妻がやってきた。


「カナタ、また内緒話かい?」


「まあね。タキシードを着たペンギンがファーストペンギンをお出迎えした、ってところかな。」


聡いシュリ夫妻はそれだけで事情を飲み込んでくれたらしい。ここからの会話はテレパス通信ですべきだな。


(ドネ伯爵は第二夫をアスラ閥に派遣したいようだ。この件、二人はどう思う?)


(ファーストペンギンが黒か白か、かい? ペンギンだけに黒でも白でもあるのかもね。)


アスラ閥に第二夫を潜り込ませ、スパイをやらせる。だけどアスラ閥の優位が確立されそうなら、本腰を入れて協力体制を取る両面構えか。確かにそれが可能性として一番あり得る。


(シュリの意見に私も賛成だけど、なにか他にも裏があるかもしれないわよ? )


ホタルの意見にも同感だ。さほどの地位を持ってないペンギンなら最初に餌を求めて海に飛び込むだろうが、ドネ伯爵は地位も名誉も持っている。ここでリスクを取る意味があるだろうか?


(二人に仕事を頼みたい。)


(わかった、洗ってみるよ。) (私達に任せて!)


二人には面倒を頼んでばかりだが、密偵としても超一流だからな。……お、ムーディな音楽が流れ出した。ダンスタイムが始まるようだ。


「ダンスタイムらしいな。シュリ、細君を借りるぜ?」


「まだ僕達は籍を入れてない!」 「そうよ!」


オレはドレスアップverホタルさんの手を取って、ダンスの輪に加わる。


「既に時間の問題だろ? ホタル、誰が一番に踊るかで喧嘩する困ったちゃん達がいるんで、弾除けになってくれ。」


「もう!仕方がないわね!」


プンスカしてるのか笑ってるのか、よくわからないホタルさんと手を合わせて踊る。


親友の未来嫁と踊る夜ってのも悪くないもんだな。


───────────────────────


グラドサルに滞在している間に忍者夫婦の調査が終わればいいんだが……


翌日の朝、あてがわれた官舎でそんなコトを考えながらオフィスワークに励むオレの元に調査対象のカレルさんがやって来た。


「お館様、いかがなされますか?」


来訪を告げた侘助に通すように指示を出し、お茶の準備も命じる。


畏まりながら執務室に入ってきたカレルさんに手際よく珈琲を淹れる侘助。伊達に執事歴が長い訳ではない。


「ありがとう。貴方は侯爵の執事ですか?」


「はい。八熾家の執事を務める貝ノ音侘助と申します。」


「侘助さん、申し訳ないが侯爵と二人でお話がしたい。席を外してもらえまいか?」


オレが頷くと侘助はそっと部屋から出ていった。


「よく出来た執事殿だ。侯爵の薫陶のおかげですね。」


「侘助はオレが爵位を得る前から執事をやっています。元々、八乙女家の眷族ですので。」


「なるほど、再興された八熾家に馳せ参じてきたという訳ですか。忠義な事だ。」


再興されたお家に馳せ参じてきたんじゃない。再興するべく共に戦ってきたんだ。事実関係の差異を指摘するのは意味がないからしないけどな。


「さて、カレルさん。さっそくですが、ご用向きを伺いましょう。」


「私の財団軍事部門への出向が決まったと夫人から聞かされました。"貴方は侯爵の指揮の下で戦うのです"、とね。」


「伯爵夫人にも困ったものだ。カレルさん、その話はまだ本決まりではありません。前向きに検討する、と言っただけです。」


前向きに検討しましたが駄目でした、はあり得るんだぜ?


「私は誠心誠意、財団に尽くします。決して裏切る事はない。夫人からそう命じられていますので。」


「有り難い話ですが、その決意は派遣話が本決まりになってからで…」


「侯爵は夫人をお疑いなのではありませんか?」


「………」


そりゃ疑うよ。なんせ夫人の第一夫はカプラン元帥の従兄弟だ。しかしストレートな物言いだな。どう答えたモノか……


「夫人は私を駆け引きの出来ない武骨者だと思っている。実際にそうなのだが、武骨者でも真心は分かる。」


少し口調が変わったな。本音トークが始まるのかもしれん。


「カレルさんの言葉の意味を図りかねますね。」


「今回の派遣話は私の生き残りを考えての事なのだ。カプラン元帥が失脚する事態になっても、私は生き残れるように、とね。だから夫人は"財団にとって有用な存在になり、信用を勝ち取りなさい"と私に仰ったのだろう。」


「額面通りには受け取りかねますね。信用を勝ち取ったその後に"新たな命令"が出るかもしれませんよ?」


「いや、そんな事はない。夫人は"私の意向と財団の利害が相反した場合は、財団を選びなさい"とも命じられた。その言葉には従うつもりだが、私は夫人と財団を天秤に掛ければ夫人に傾く人間である事は了承しておいてもらいたい。」


とことんぶっちゃけちゃうお人だな。信用させようとする演技を疑うべきか?


「夫人の意向より財団の意向を重視するが、夫人が財団よりも大切だ。言葉が矛盾してはいませんか?」


「矛盾はしていない。意向ではなく存在を問われればそうなる、という話だ。夫人と財団が同時に窮地に陥った場合、私は夫人の元に馳せ参じるだろう。」


「なぜです?」


「夫婦だからだ。第一夫はカプラン元帥から押し付けられた男で、夫婦間に愛など一欠片もない。だが私は違う。夫人を心からお慕いし、尽くしたいと思っている。貧民街の孤児だった私を拾って育ててくださったご恩に報い、己の心を貫く為に。」


「言いたいコトはよくわかった。だが最後に一つ、聞いておきたい。なぜ馬鹿正直に事情を話した? 黙っていてもいいコトだったはずだ。」


口調が変わったコトで、オレが真剣なのは伝わったようだな。


「黙っておくのは卑怯だと思ったからだ。俺がそういう人間であると承知で使うのならいいが、そうでないならこちらの裏切りだ。"侯爵は貴方が出し抜ける人間ではありません。誠心誠意、お仕えするように"、そうも言われた。だから俺の心情を正直に話しておく事にしたのだ。夫人の言葉はいつも正しいから。」


「なるほど。話は理解した。この話は夫人には秘密にしておく、でいいんだな?」


「頼む。馬鹿正直に事情を話したとなれば、夫人の不興を買うかもしれない。私は常に夫人の為に尽くすと言っているのだが、どこまで信じてもらえているやら……」


この武骨で不器用な男の真心は伯爵夫人に届いているのだろうか? 今の話が本当なら、夫人は夫の身を案じて保険を掛け、夫は夫人の身を誰よりも案ずる。悲しい愛のすれ違いだな。


─────────────────────


三日間の逗留を終え、グラドサルを進発する前にオレは司令に通信を入れた。


「今、イスカ様はお忙しくてな。用件はワシが聞いておこう。」


気まずそうなボーリングジジィにオレは返答する。


「中佐、"理事就任の件でどうこう言いたい訳じゃありません"と伝えてください。」


オレがそう告げると現金な上官がすぐに顔を出した。


「なんだ、カナタか。なにかあったのか?」


「司令、お忙しいはずでは?」


「今、手すきになったところだ。」


「それはよかった。司令、シグレさんに"ごめんなさい"はしたんでしょうね?」


「ああ。トーナメントが盛り上がるだろうとちょっと悪ふざけしたのだが、シグレがあそこまで憤慨するとは思わなかった。事情を説明したらわかってくれたよ。」


事情? あのトーナメントに何か事情があったのか?……まさか本当にオレを育てる為だったとか……


「用件なんですが、司令の読み通り、ファーストペンギンが現れました。」


「そうか。そのペンギンはドネ伯爵あたりじゃないのか?」


「当たりです。伯爵夫人は財団に婿殿を派遣したいと。その経緯なんですが……」


詳しい話を聞き終えた司令はニヤリと笑った。


「おまえの事だからシュリあたりを使って裏取をさせているのだろう?」


「はい。カレルさんの話は信じてもよさそうだと思いましたが、手の込んだ策略である可能性は捨てきれません。調査期間があまりにも短いので結論は出せませんが、"第一夫とは別の寝室、カレルさんとは同じ寝室、夫人の過去のスケジュールから考えても第一夫とは仮面夫婦である可能性が高い"シュリはそう言っていました。カレルさんが孤児であったことも、夫人が彼を保護した事も事実のようです。」


「わかった。その調査は私が引き継ぐとシュリ夫妻に伝えろ。」


「了解。我々は予定通り、シュガーポットに向けて進発します。」


「うむ。では何かあったらまた報告するのだ。」


さて、それじゃあ心おきなくシュガーポットへ向かおうか。




シュガーポットに着いたらリックを連れて少将に会いに行こう。タフガイ親子にもうわだかまりはないはずだ。


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