再会編28話 策謀の季節



オレは社交界があまり好きではない。昼に出会った労働者達は半年ぶりに合成肉のステーキを食べたと言っていた。このパーティー会場のテーブルの上には手付かずのローストビーフの皿がある。美食に飽いた特権階級の人間にとって取るに足らない料理だ。キャビアもフォアグラもふんだんに用意されているが、ほとんど手付かずのまま、彼らにとってこのご馳走の数々は、変わり映えのしない日常なのだ。


どんな理想的な社会であろうと格差は生ずる。だがこの世界の富める者達は、そうでない者達に対して驚くほど冷淡だ。元の世界のアメリカ合衆国は1%の富裕層が国富の半分を占有する格差社会だったが、それでも富裕層は社会福祉や弱者救済に献金したり、財団を設立したりと、寄り添う姿勢は見せていた。ニヒリストだった親父は"公正さを演出するポーズに過ぎない"と冷笑していたが、この世界の富裕層のほとんどはポーズすら見せない。


爵位を得てこの世界の歪みがよくわかった。侯爵になり、領地収入が入るようになったオレの納税額は当然増えた。だが税率自体は下がったのだ。所得税に固定資産税といった税金は特権階級になれば優遇される。普通は逆だろ。高収入を得ている者の税率が下がるとかあり得ねえ。


正確に言えば全ての高額納税者が税制面で優遇されている訳ではない。この世界にはエターナルパスとオーナーパスという二種の特権免許がある。前者は永続的にパスを相続可能で後者は一代限りという違いはあるが、あらゆる面で一般市民より権利が優遇されている。エターナルパスは世襲制なので一般市民には入手不可能だが、オーナーパスなら取得可能だ。野心家の市民はオーナーパスを入手すべく、頭脳に秀でた者は学術に、腕力に秀でた者は戦争に、それぞれ血道を上げているって寸法だ。


"権力を握ったその時には不公平税制の改革に着手する。濡れ手に粟の利権を奪われそうになった連中からは大量の暗殺者が送られてくるだろう"司令はそう嘯いたが、その司令にしても今は不公平税制の改革は公の場では口にしていない。司令が取り込んだ連中にもごうつくばりがいるから離反される危険があるし、なにより権力闘争に勝利する為には金が要る。軍閥規模では三元帥に劣るアスラ閥の強みは"精鋭兵を抱えているコト"と"司令の財力"なのだ。


司令もとんだパラドックスを抱え込んだものだな。不公平を是正する志を捨てない為に、不公平を最大活用して財力を維持しなくてはいけないとは……


「考え事ですか、侯爵?」


ワインを飲みながらパーティーの賓客達を眺めるオレに話しかけてきた貴婦人。さっき挨拶してきた貴族の一人だ、名は確か……


「そんなところです。ドネ伯爵、でしたね?」


確かペネロープ・ルイーズ・ドネ伯爵、野心家の目をしていたので印象に残っている。


「名前を覚えて頂いたようで光栄ですわ。今、夫が到着したのでご紹介を。」


「第二夫のカレル・ドネと申します。お見知りおきを。」


夫人より一廻り若い旦那に会釈されたので会釈を返す。


「夫人、第二というコトは第一がおられるようですね?」


「ええ。第一夫はグラドサルの執政官を務めておりますのでパーティーには参加出来ませんの。閣下がパーティーに出席されていますので、総督府に残っております。」


ヒムノン室長の後任がドネ伯爵夫人の第一夫という訳か。複数の配偶者がいるというコトは伯爵号を有するのは夫人で、旦那二人は入り婿だな。マスオさん一号、二号って訳だ。


「ところでカレルさん、この会場に武器の持ち込みは禁止です。」


「え!?」


「ホホホッ、カレル。脇が膨らんでいますわ。貴方、昔の癖で拳銃を吊しているのでしょう? 普通は金属探知ゲートをくぐって入場させるというのに、閣下も豪胆です事。」


「軍神の右腕」と呼ばれる中将を討ち取れる奴なんかそういるモンじゃないとはいえ、もっと用心してもらわないとな。中将はアスラ閥の要石だ。


「これは失敬、私は元々夫人のボディガードだったもので。武器を係員に預けて参ります。」


入り口に向かう夫には構わず、夫人はオレに囁いてくる。


「侯爵、少し内密のお話があるのですけれど?」


「良人の帰りを待たなくてよろしいので?」


「ホホホッ、ご冗談を。侯爵はよくお分かりのはずでしょう?」


ああ、わかってるさ。あの旦那はお飾りで、発言権なんざゼロだってコトはな。


「行きましょうか。お話とやらを伺いましょう。」


社交界の風物詩、密談のお時間だ。


─────────────────────────


中将の計らいでオレには密談用の客間が用意されている。"高い身分を得たカナタ君には必ず接触してくる誰かがいるだろう"中将の予言通りになったな。


宝石の散りばめられたシガレットケースから細い煙草を取り出した夫人は、オレに喫煙の許可を求めてきた。


「吸ってよろしいかしら?」


「どうぞご遠慮なく。……それでお話というのは?」


「小耳に挟んだのですが、御堂財閥と御門グループが合同で財団をお作りになるそうですわね?」


メンソールの匂いがする紫煙を纏った台詞。メンソールに混じって策謀の匂いもするねえ。財団が設立されるコトをどこで聞きつけてきたのか、警戒レベルを上げる必要アリ、だ。


「さあ、私は存じ上げませんね。」


「侯爵、私は腹蔵なくお話したいですわ。とりあえず一人称を"オレ"にして頂けません? いつもはそうなさっているのでしょう?」


「なるほど、オレのコトはお調べのようだ。夫人、財団が設立されるとして、何をなさろうと仰るのですか?」


「ドネ家はその財団に出資したいと思っています。」


「有り難い話ですが、その見返りは?」


「先ほどのカレルを財団軍事部門の要職に就けて頂きたいのです。カレルは貧民街の出身で、学歴も軍歴もありません。軍での出世は望めないのです。」


「腕さえあれば立身出世が望める時代です。伯爵である夫人の後押しがあればなおのコト、ですからそれが本音とは思えませんね。カレルさんは見た感じ、"使う"男です。」


「剣狼の異名は伊達ではないようですわね。確かにカレルはそこらの異名兵士に引けは取りません。では本音を言いましょう。保険をかけておきたいのです。軍の力学はご存じですわね? 権力構造のたすき掛けの原則を。」


銀行の合併時にやるアレか。頭取をA銀行から出せば、副頭取はB銀行から出し、頭取が退任すれば出身母体も入れ替えってヤツ。グラドサルのトップである総督はアスラ閥のシノノメ中将。臨時の執政官はヒムノン室長がやったが、正式な執政官は他派閥から出す。統治機構のナンバー1と2は出身母体を別にするコトによって勢力の均一化を図るとか、派閥政治のダメなところだ。


「ドネ家は名前からしてフラム貴族。おそらくトガ閥のシモン・ド・ビロン侯爵か、カプラン元帥に関わりがお有りだ。」


「その通り、ドネ家はカプラン元帥の縁戚にあたる家です。ミドウ准将はシノノメ中将のグラドサル総督就任をカプラン元帥に後押しさせる見返りに執政官の椅子を提示されました。」


なるほどね。司令はグラドサル地方の利権のおこぼれを日和見カプランに提示し、ザラゾフとトガを牽制したのか。司令らしいやり口だよ。


「状況はわかりました。司令が同盟を掌握した場合に備えて歓心を買っておきたい。その為に第二夫を財団に派遣しておく、ですね?」


「はい。有り体に言えば、ミドウ司令だけではなくミコト姫の存在も影響しています。古来より仁徳を備えた貴人を神輿に担いだ梟雄きょうゆうは天下を奪い得る。侯爵、そんな事例には枚挙に暇がないでしょう?」


司令を梟雄と言っちまうあたり、本当に腹蔵ない話だな。この夫人は司令の才幹に、ミコト様の権威が加味されれば化けるかもしれないと考えたようだ。


「お話は承りました。しかしオレに決定権はありません。司令とミコト様に伝えておきましょう。」


「財団理事で軍事部門トップの侯爵に決定権がないのですか?」


「………」


思った以上に情報が漏れてるのか? だとすれば漏洩元の調査が最優先……


「ああ、どこで機密が漏れたのか、という心配をなさる必要はありません。私が知り得たのは共同出資による総合財団設立の話だけです。それも噂レベルの不確定な風聞ですわ。」


それでオレの理事就任を読んだのか。かなり切れる頭をお持ちのようだ。


「カレルさんの処遇については前向きに検討しましょう。ですが財団の機密が漏れた場合、一番に疑われる立場になるコトはお忘れなく。」


「ご心配には及びませんわ。カレルは武骨者で駆け引きの出来る人間ではありません。実際に使ってみればお分かりになるはずです。」


確かにそんな印象を受けたが、額面通りに受け取っていいものかはわからない。




愚者が賢者の真似をしてもじきにボロが出るが、逆なら簡単だからな。


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