懊悩編37話 納豆菌だが悪玉菌
オレは営倉入り初日を狼眼のオンオフの練習に費やした。
そして夜はリリス先生による軍法のお勉強タイム、いくら可愛い先生の授業といえど憂鬱この上ない。
お勉強タイムが終われば就寝なのだが、オレはリリス先生を懸命になだめすかし、一緒のベットで寝るなんて事態だけは回避出来た。
いくら未来の嫁とはいえ、さすがに10歳の少女とベットに
リリスは可愛いだけになおヤバイ。ネコ耳の良さに気付いたみたいに、ロリッ娘の良さに気付かないとは言い切れない。
そういう意味ではオレはオレのコトを微塵も信用しちゃいないのだ。
狼眼の扱いが未熟なオレと一緒にいても、リリスは平気だ。
その理由はマリカさんが教えてくれた。
一般人なら即死するってのは、一般人の念真強度はゼロだからだ。
念真強度の高いヤツほど念真能力への抵抗力も高い。
つまり念真強度600万nのリリスは、邪眼系能力への抵抗力も極めて高いってコトだ。
無防備な状態で狼眼を食らっても死んだりしない、痛みすら通常の範囲で収まるんじゃないか、マリカさんはそう言った。
リリスがいないとオレが不便だし、オンオフにはもう自信があるから大丈夫だろう。
「手が止まってる。今は妄想タイムじゃなくてお勉強タイムよ。サッサと進める!時間がないんだから!リグリット行きまで今日を合わせても一週間しかないのよ!」
リリス先生はスパルタ教師だ。もうちょっと優しくしてくれよぅ。
「リグリットに行ってカリキュラムを受講しながらでも勉強出来るじゃん。試験は最終日なんだからさ。」
「ダメよ!せっかくの大都会、准尉は夜は私とお出かけするんだから!」
………オレには予定を決める権利がないらしい。
「ん~、大隊において隊長、副隊長共に戦死、もしくは指揮が取れない重傷を負った場合に指揮権を委任されるのは………考えたくない事態だなぁ。」
「ボヤいてないでサッサと進める!同じコトを言わせない!」
四苦八苦しながら軍法の模擬試験のマークシートを埋めた。リリス先生に採点してもらおう。
「……………ねえ、准尉。マークシートの意味が分かる?」
失敬な、これでも中学までは名門校に通ってたんだぞ。そっから雪だるま式に転がり落ちたけどな。
「ちゃんと綺麗にマークしたじゃん!」
リリス先生は目を閉じて首をゆっくり振る。
「あのね、マークシートはね、選択問題なのよ? 四つの選択肢の中の一つが正解な訳よね?」
「そんな言わずもがなのコトぐらい分かってるよ。」
「じゃあなんで間違える訳? 数式が解けないっていうなら分かるわ。でも
……コイツ、マークシート試験を全否定しやがった!これだから天才ってヤツは!
「待て!オマエはマークシート試験を全否定する気か!選択肢の中にある一つの正解を選ぶのに受験生がどれだけ苦労してると思ってるんだ!」
リリス先生は小首をかしげた。頭の上に?マークまで出してる。
………考えてみりゃ超天才のリリスが試験で苦労したコトなんかあるワケがない。
そもそもロクに試験だって受けちゃいないかもな。
女子校はポルターガイスト騒ぎを起こして三日で首になったヤツなんだし。
だいたい
「あ、そうだ!アイカメラの録画機能を使えばいいんじゃん!オレって頭いい!」
「………机の上に設置されてるカメラが瞳に画像を写した瞬間にブザーを鳴らして不正認定されるわよ。まばたき以外で目を瞑ってもアウトですけど?」
………バイオメタルのカメラ機能を利用したカンニングぐらい誰でも思いつきますよね~。
そうだ!いい手があるぞ!この手は使えるかもしれない!
「ねえ、オレの可愛い可愛いリリスさん。お願いがあるんだけどぉ~。」
「キショ!キショい顔でキショい台詞を言わないでよ!鳥肌が立っちゃったじゃない!」
「リグリットの夜をエンジョイするために必要なんだ。荷物持ちでもなんでもやるからさぁ。」
「ま~たロクでもない悪巧みを考えたんでしょ。まあいいわ。言ってみなさいよ。」
「テレパス通信は傍受も妨害も不可能、これを利用しない手はないだろ?」
「その対策もされてるわよ。カリキュラムの受講は統合作戦本部の会議室で行われるけど、試験は開発計画が進んでる黒龍島って所で行われるの。生徒同士でのテレパス通信が出来ないように距離をとった別々の場所でね。試験会場の開発中のビルの近くにガードもいるから、部外者がテレパス通信で解答を教えるのも不可能よ。」
「並のヤツなら、な。テレパス通信の発信、受信距離は念真強度に左右されるのは知ってるだろ? テレパス通信なんて傍受も妨害も不可能な機密保持的に完璧な通信手段があるってのに、機械無線が主流なのは距離の問題があるからさ。」
「だからなに?………あ!」
「そう、ここに念真強度600万nの
「アイテムは非道くない? でも言わんとする事は分かったわ。確かにそこまでは想定してないと思う。」
「だろ? 最優秀レベルのバイオメタル兵でも500mは飛ばないんだ。警戒範囲は1キロもないはず。」
「私ならキロ単位のテレパス通信を拾えるし届かせられる。………本当に准尉の納豆菌って悪知恵だけはすぐに思いつくわね。」
「リグリットには同志アクセルも行くって言ってたから、試験会場に向かうオレの後をリリスを連れて尾行してもらう。そんでオレが問題の内容をテレパス通信で教えるから………」
「警戒範囲の外で待機してる私が解答を教える、ね。それでいきましょ。バカに勉強を教える手間より、そっちの方が私も楽だわ。」
「オマエのがよっぽど非道いコト言ってるよ!どうせオレはバカですぅ!でも好きでバカに生まれてきたんじゃないやい!バカバカ言うコが一番バカだって、パイソンさんのママンも言ってるんだからな!」
「………なんでパイソンのママが出てくるのか意味不明なんだけど、准尉が勉強が苦手なのは分かったから。准尉はヴィジョンのない事には集中出来ない類の人間なのよね。」
は? なに言ってるんだリリスは。
「ヴィジョンのない事?」
「ええ、バカバカ言ってるけど准尉の地頭は明晰よ。でもその明晰さは目的がないと発揮されない。受験にいい思い出がないのは薄々分かってるから詳しく聞かないけど、なんの目標もなく勉強するだけだったんじゃない?」
………言われてみればそうかも。強いて言えば親父の期待に応えたいってのが目的だったかなぁ。
「将来の明確なヴィジョンもなく、ただただ勉強して結果の出せる人間って少ないのよ。偉くなって出世したいとか、政治家の息子で自分も名門校を出て政治家にならなきゃいけないとか、強い目的がないとなかなか本気にはなれないわ。准尉の納豆菌には目的が必要なの。でも今は目的がある………でしょ?」
今のオレには目的がある、絶対に成し遂げたい目的が。
「………ああ、オレは生き残る、仲間も死なせない。」
そうか、親父は頭のいい人間だったけど、それだけじゃなかった。社会を変えるっていつも言ってた。
現実に社会を動かしているのは官僚だから、自分は官僚になったんだって。
親父には強い目的意識があって、オレにはなかった。受験に失敗するよな、そりゃ。
目的意識があれば、オレが名門高校に合格出来たとまでは思わない、オレは不肖の息子だったから。
でも、だからこそ教えて欲しかった。
親父から………生きる意味とか、目的とかを、親父の人生の
親として………子に自分の生き方、その意味や目的を教える価値はあったんじゃないか。
例えオレが選ぶ道が、親父とは違っていたとしても、だ。
………これは甘えかな。………やっぱり甘えか。自分の生きる意味は、自分で見つけるしかないんだから。
元の世界には帰れないし、帰るつもりもない。
でももし親父に聞けるなら、聞いてみたいコトがある。
親父にとってオレの存在って何だったの?って。
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