懊悩編36話 オレの部屋より豪華な営倉
リリスはサイコキネシスで手早く荷造りをしてくれる。
オレは見てるだけ、いやアイマスクのせいで見てさえいないか。
車輪の回る音が聞こえる。部屋の外に車椅子まで準備済みかよ。
司令もだけど、リリスの手際の良さもかなりなモンだよ。いい嫁さんになれまっせ、毒舌さえ控えればな。
リリスはオレの手を引いて、車椅子に誘導してくれる。
「はい、座って。着替えは向こうですればいいわ。
営倉にシャワーはあるのか。座敷牢みたいなのを想像してたんだが。
オレは電動車椅子に乗って部屋を出た。
廊下を進み、エレベーターに乗るを何回か繰り返し、ドアが開いて閉まって車椅子が止まる。
営倉に到着したようだ。
「はい、ご到着。私は准尉の後ろにいるから、アイマスクを外していいわよ。」
オレは言われた通りにアイマスクを外してみた。
まず目に入ったのは細微で精緻な模様の入った壁紙、金の額縁に飾られた名画っぽい油絵だった。
見上げれば高い天井に豪奢なシャンデリア、見回せば飾りじゃないレンガの暖炉、深みのあるチーク材の高級家具、手のかかりそうな観葉植物、オマケに部屋の隅っこに鎮座する白亜の裸婦像ときましたよ。
元の世界で言えばバロック様式に近い造りのその部屋は広さも十分、20帖はあるんじゃないか?
目に仕込まれてるセンサーで実際に距離を測定してみたら、5m×8m、ピッタリ20帖あった。
複数のドアがあるから奥にもいくつか部屋があるな。この部屋にはベットがないから、奥の部屋は寝室と水回りかねえ。
「………おい、ここはどこの三つ星ホテルだよ。これでルームサービスがあったらホテルのスイートルームだぞ。」
「あ、ルームサービスのメニューはテーブルの上にある冊子に載ってるから。」
「ルームサービスもあんのかよ!ただのホテルじゃねえか!」
「ガーデンには二種類の営倉があんのよ。お猿さんの部屋っぽいガチ
「なんでまたそんなケッタイなコトを?」
「本当に懲罰すべき事案と、表だっては言えないが、よくやったとイスカが思ってる事案とで使い分けてるんだそうよ。ロベ公の仕事ってガーデンの査察だったみたいだから、中止になって面倒が省けたって事じゃない?」
「オレの尻ぬぐいのが手間だろうに。」
「査察を適当に切り抜ける手間と、脅迫と懐柔の手間を比べたら、後者のほうがよっぽどマシなんだって。」
司令、脅迫や懐柔は好きそうだもんなぁ。
「後は気分の問題ね。ロベ公の失禁写真を見てスッとしたって言ってたわ。気に入らない青二才だったからって。」
「………ま、ありがたく滞在させてもらうか。ええんかって気はするが。」
「じゃ、私は自分の枕を持ってくるから。繊細だから枕が変わると眠れないのよね。」
「ちょい待て!オマエも一緒なのかよ!」
「キングサイズのダブルベッドがあるから問題ないわ。」
「倫理を問題にしてるんです!いけません!嫁入り前の娘がそんなんじゃパパは心配です!」
「結婚してから自分の事をパパって呼ばせる旦那様がいるけど准尉もそのクチ? 2084日後には一緒のベッドで寝るんだから、予行演習しときましょうよ。」
リリスの中でもXデーまでのカウントダウンはしっかり進んでいるようだ。
「ダメだ。オレが狼眼のオンオフが完全に出来るようになってなきゃ、リリスが危険に晒される。」
「私に関しては大丈夫、それじゃ枕を取りに行ってくるわね。」
オレの可愛い小悪魔は返事も聞かずに、三角の尻尾を振りながら部屋を出ていった。
私に関しては大丈夫ねえ………言葉の意味はよく分からんが、とにかく凄い自信だ………
はぁ………たまにはオレの言うことを素直に聞いてくれよ。オマエに痛い思いなんかさせたかないんだよ。
オレはこの世界に来てからため息つくのがクセになってんなぁ。主にリリスのせいで。
「辛気臭いため息ついてんじゃないよ。男だろ、つくもんついてんのかい?」
………マリカさんってホントにノックをしませんね。レディとしてどうかと思いますよ。
「つくもんはついてます。お見せしたいぐらいですが。」
「蹴り上げて潰してやるから見せてみな。」
昨日はちゅ~してくれたってのに、マリカさんは通常運転だ。ちょっとぐらいテレてくれたっていいじゃん。
「まだ新品なのに潰されたら勿体ないんでヤメときます。」
「生涯新品のままなんじゃないか、ソレ?」
怖いコト言わんで下さい。うすうすそんな予感がしてんだから。
「アイマスクつけますね、しかし不便だ。目が使えないと。」
マリカさんはリリスが開けっ放しにしたドアを閉じながら、
「付けなくていい。そこの椅子に座れ。」
リリスと違って素直なオレは言われる通りに、オレの部屋の椅子が1ダースは買えるに違いないチークの椅子に腰掛ける。
マリカさんは自分も椅子を無雑作に引いてきて、オレの前に腰掛ける。
オレは反射的に目を瞑ったのだが、マリカさんは意に介さない。
「カナタ、瞑らなくていい。目を開けろ。」
多少逡巡したがマムの命令だ。オレは恐る恐る目を開ける。
マリカさんはルビーのような瞳でオレの目を見つめていた。
「よし、狼眼は発動していないようだね。カナタ、狼眼を使ってみろ。」
「どうやってですか?」
「発動トリガーである殺意を呼び起こせばいい。」
無茶言うなあ。マリカさんに殺意なんて持てるワケがない。
「マリカさんに殺意なんてウソでも持てません。それに狼眼が発動して、マリカさんは大丈夫なんですか?」
「………アタイがヒヨッコ狼に睨み殺されるような雑魚だとでも思ってんのかい? 構わないから昨日の事を思い出せ。プリンスメロンがリリスにやらかした時の事だ。」
オレは昨日のコトを、リリスにツバを吐きかけられた時の灼熱した気持ちを思い出す。
瞳に………力を………力を感じる!分かってきたぞ!この力を集約させればいいんだな。
太陽の光を
イメージを高めていくと、マリカさんの瞳に映るオレの両目が金色に輝き始めた。
そしてマリカさんの緋眼も炎のような光を放っている。おそらくオレの狼眼の力を打ち消すタメだ。
「アギトの狼眼は氷みたいな白銀だったが、カナタの狼眼は
オレと仲間が生き残るタメなら手段は選ばない。オレは覚悟を決めてるから………迷わず狼眼を使う。
オレが軽く頷くと、マリカさんは言葉を続ける。
「じゃあオフにしてみるんだ。シグレに習ったろ? 心を静める方法を。」
オレは師匠に習ったように深呼吸し、心を静めてみる。
………自然と一体化するように静かに……密やかに……心を鎮めろ。
イメージするのは湖面に広がる波紋だ。薄く広くのばしていき、やがて無に帰す。
マリカさんはオレの目を覗き込みながら、ニヤリと笑った。
「シグレに預けて正解だったね。いいぞ、それでいい。オマエは心のドアの鍵を手に入れたんだ。もう殺意はなくとも発動も停止も出来るはずさ。やってみろ。」
言われている意味は理解出来る。意識的に発動と停止をやってみたコトによってレールが敷かれた、そんな感覚があるのだ。
後はレールの上を円滑に走り、止まるように反復練習をするだけだ。
5回ばかりオンオフの練習を繰り返したあたりで軽い疲労を覚える。かなり負担がデカいみたいだ、狼眼ってヤツは。
「よし、休憩だ。狼眼は精神も念真力も消耗させる。さっき
そこでドアがノックされた。リリスが帰ってきたんだろう。
「おかえりリリス、マリカさんも来てる。」
枕を抱えたリリスはマリカさんに敬礼しながら、
「あら、マリカもいたの。お茶にするから飲んでく?」
「ああ、もらおうか。冷蔵庫にカナタの土産のつるかめ屋の栗羊羹を入れといた。」
「そう、じゃあ玉露にするわね。」
リリスの淹れてくれた玉露を飲みながら、栗羊羹をお茶請けにティータイムか。悪くないね。
栗羊羹を上品に食すリリスが質問する。
「それで? オンオフはなんとかなりそう?」
リリスとは対象的に豪快に羊羹を齧るマリカさんが答える。
「オンオフに関しちゃもう問題なさそうだ。念の為に今日はオンオフだけの練習をした方がいいが。」
「そ、早くマスターしてもらわないと。次の作戦ではアテにしたいもんね、准尉の老眼。」
「そうなんじゃ、最近デジペーパーの字が見えにくうてのぅ………って、なんでやね~ん!」
「あら、お爺ちゃん、ノリツッコミも会得したの。同じツッコミ体質の
「オレがツッコミキングならオマエはボケクィーンだよ!老眼じゃねえ!狼眼だ狼眼!狼の目、ウルフアイだ!」
オレのツッコミをリリスはしれっと顔で華麗にスルーしやがった!
こ、こやつもラセン流奥義の使い手か、やりおるわ!
マリカさん、テーブル叩いて笑わない!まったくぅ、オレはコメディリリーフばっかやってんぜ。
ま、オレも楽しいからいいか。地獄に近いこの世界で、
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