懊悩編38話 チートへの道 超級編
生き抜く為ならどんな労力も惜しまないが、そうでもなけりゃ力が入らない。
リリスと同じくオレも怠惰が美徳なのだ。
全員が真っ当に勉強して試験を受けてるならオレだってそうする……と思う。
でも名家の出身ってダケで将校になるヤツがゴロゴロいる世界なんだ。
特権階級のヤツらが使うのは試験官への
厳密にいえばコネはあるんだが、
オレが使いたくなかろうが及第点に届かなかったら司令が剛腕を一振りするだけ、そんなモンがまかり通る試験なんぞマジメにやってられっかよ。
そんなコトより今は狼眼の使い方をマスターしなきゃいけないんだ。コッチはオレと仲間の生命に直結する。
バカでかい洗面台で顔を洗いながら、そんなコトをオレは考えていた。………相変わらず自分に言い訳するのは得意だねえ。
鏡に映る顔を見て、ちょっと実験する気になった。狼眼って鏡で跳ね返ったりしないのかな?
オレは目を閉じて意識を集中し、狼眼を発動させる。
………狼眼の能力は鏡で跳ね返ったりはしないようだ。
へえ、こんな目になるのか。黄金の………金狼の目だ。心なしか顔付きも引き締まって見える。
しげしげと自分の顔を眺めるなんて、こっちの世界に来て顔が変わった時以来だな。
………あれ? オレの顔ってアギトとホントに同じ顔か? 録画で見たアギトの目は、もっとつり目だったように思うし、鼻梁ももうちょい太かったような………
「カナタ、いないのか!」
マリカさんの声で我に返った。ホント、いい加減ノックって習慣を覚えて欲しいなあ。
「はいはい、今行きます!」
つまんねえコトを気にしてないで、今は狼眼をマスターしなきゃな。
「今日は狼眼の強弱の付け方の練習をやる。だがその前に邪眼系能力の長所と短所をレクチャーしてやる。耳糞をかっぽじってから聞きな。」
「はい、耳掻きはどこにあったかな。」
「よし殴る!グーで手加減抜きでだ。歯を食いしばんな。」
「ヤ、ヤダなあ。ジョークですよ、ジョーク。」
「フン、まあ失神されても面倒だ。勘弁しといてやるよ。だが大事な話なんだ、真剣に聞きな。」
マリカさんの表情が真剣になったので、オレも椅子に真っ直ぐ座り直す。
「邪眼は相手と目を合わせないと効果を発揮しない。これは分かるな?」
「はい、分かります。プリンスメロンの時も目を合わせてました。」
「一度目を合わせて術が効果を発揮したら、目を逸らしても捉え続ける事が出来る。アタイはロックするって呼んでるけどね。ま、実際に狼眼で相手を捉えれば分かる。そういう感覚が自分の中にあるのがな。」
なるほど、ロックオンすれば痛みを与え続けるコトが可能なのか、理解した。
オレが頷くのを見てマリカさんは説明を続ける。
「だが出来るヤツはロックしても、念真力を集中させて振りほどく事もある。強いヤツに狼眼を使う場合は視線を外させるな。視線を合わせてさえいれば、異名持ちレベルの奴じゃない限り狼眼からは逃れられん。」
フムフム、そういうルールか。参考になるぜ。
「多数に同時に掛ける場合は、一番デキそうなヤツに視線をロックでいいんですか?」
「ああ、それでいい。もっと出来るヤツは最初から狼眼にかからないように念真力を瞳に集中させてくる。アスラ部隊でも隊長級となれば、狼眼も決定打にはならないと思え。」
「う~ん。………中ボスには有効でも、強敵相手に使えないんじゃイマイチ有難味がないですね。」
「使えない? カナタ、アタイは
あ、そりゃそうだよな。それに………
「選択権はコッチにありますもんね。狼眼をいつ発動させるかはオレが決める。でも敵はいつ来るか分からない狼眼を
野球で言えば投手は走者ナシで投げるのと、スコアリングポジションに走者を背負って投げるのとじゃ神経の消耗度合いが違う。狼眼は持ってるってだけで有利なんだ。
「そうそう、分かってきたな。警戒させるだけ警戒させて、最後まで使わないってのもアリなのさ。地力が互角だとしても余計な神経を使わせれば勝機が増すだろ? 相手が狼眼を防げないほど消耗してから使うのもいい。」
「意表をついてドアタマからかますってのもアリかなぁ。いや、真の強者にそんな戦術はギャンブリックすぎて危険か。」
「ああ、切り札にも死に札にもなるってのはそういう意味だ。狼眼は念真力の消耗も激しいからね。それから狼眼は対象と直接目を合わせる必要がある。カメラ画像の相手を見てもロックは出来ない。」
「了解、ガラス越しならどうです?」
「ロックできる。ガラスで防げるならサングラスでもかけりゃ無効化出来ちまうじゃないか。」
「ハハハ、愚問でした。他になにか注意点はありますか?」
「一番大事な事だ。………限界を超えるな。限界を超えて邪眼を行使した場合、………最悪、光を失う。」
「………失明するってコトですね?」
マリカさんは腕組みしたまま重々しく頷く。
「ああ、アタイの爺様は隻眼だった。潰されたんじゃない、緋眼の代償だ。アタイの場合はまだ片目で済むが、カナタは両目だ。より慎重にやんなきゃいけない。」
「はい、オレもマリカさんの顔を拝めなくなるのは勘弁です。」
「はん、顔じゃなくて乳だろ? しかもアタイだけじゃなく色んな女の。」
皮肉っぽい顔をしたマリカさんも超イカしてます。いい女って得ですねえ。
「さ、狼眼の強弱の付け方を教えて下さい!タイムイズマネーです!」
「下手な誤魔化し方だね、オッパイ小僧。じゃ、始めようか。」
オレとマリカさんは邪眼の能力バトルを開始した。
マリカさんの炎のような輝きの緋眼に、オレは金色の狼眼で対抗する。
押し負けると意識が揺らぐ、押し勝つとマリカさんの表情が歪む。
邪眼持ち同士の戦いは、意志と意志の比べ合いでもあるな。
だが剣術体術の戦いではマリカさんに勝てないオレでも、邪眼の戦いなら勝負出来てる。
マリカさんに痛い思いはさせたくないけど、なにか一つでいいんだ。
………マリカさんに勝ってみたい!安っぽいけど男の意地ってヤツだ!
そんな欲目を出した瞬間の隙を突かれたのか、マリカさんの瞳の炎が一段と輝きを増す。
まるでプロミネンスみたい……な………ほ……の…………お…………………
「寝坊助、起きな。まだ日が高いよ。」
「キスしてくれれば起きますよ。昔話の定番です。」
ドリームアゲイン、ちゅ~をもう一度。
「そうかい、永眠したいのかい。手がかかるねえ。」
切ない願望はドスの利いた言葉で断ち切られましたか。
「起きます!起きます!ああ、生きてるって素晴らしい!」
オレはリビングのソファーに寝かされていた。
向かいのソファーにマリカさんが座っていて、いつものように煙草を咥えながら教えてくれる。
「カナタの狼眼は相当強い。強いだけに自制心を持って細心の注意を払うんだよ。激昂しても構わんが、キレるな。狼眼を暴発させたら相手を殺すと思え。同盟軍にゃ階級と気位は高いが、念真力は低いなんてのがゴロゴロいるからね。プリンスメロンみたいに処理出来るとは限らないんだ。」
「はい、キレ芸は封印します。一つ聞いていいですか?」
「なんだ? 言ってみろ。」
「司令の鏡眼は邪眼を跳ね返す能力で、邪眼系能力者以外には意味がない。それに司令の出撃頻度の低さからすれば能力を秘匿しておくのは分かります。でも緋眼と同じく狼眼は能動的な邪眼系能力です。なのにアギトが狼眼を持っていたコトが、なんで知られてないんですか?」
「アギトが自分の事しか考えない奴だからさ。アギトは狼眼を雄敵相手の保険としてずっと隠してた。知ってたのはごく一部の部下だけだったんじゃないか。
八熾一族がここで出てきたか。………狼眼は八熾一族宗家の人間に稀に顕現する目、ね。
アギトは八熾一族の秘伝剣法である夢幻一刀流の使い手だったってサンピンさんが言ってた。
となるとアギトは八熾一族、それも宗家の血筋ってセンが濃厚だな。
野心の強さは、かつて一族が持っていた栄華を取り戻したいってのもあったのかもしれない。
だからってヤツがホタルやサンピンさんにやらかしたコトの免罪符にゃならねえけどな。
「保身の為の切り札ってだけじゃなく、八熾一族宗家の血筋である事を隠匿する意味もあったのかも知れませんね。」
「かもな、なんにせよ狼眼を使えば死なせずに済んだ味方を見殺しにする理由にゃなりゃしないが。」
だよな、だからオレは迷わず狼眼を使う。
オレと仲間の命を助ける為に敵を殺すってんだから道義的にはイーブンだろうが、これは戦争なんでね。道義的な正しさは隅に引っ込めとくさ。
オレにとっちゃオレと仲間の命は敵の命よりはるかに重い。どんな命も平等なんておためごかしは道徳の授業でやってくれ。そんなコトより照京の御三家について気になるコトがあるな。
「照京の御三家は三つありましたよね。確か叢雲、御鏡、そして八熾、他の家にも邪眼か特異体質があったりしません?」
「ああ、御鏡宗家には鏡眼を持つ者が出る。イスカが鏡眼を持ってるのは、イスカの婆様が御鏡家の人間だったからさ。御三家を統べる御門一族にも龍の目を持つ者が出るらしいってアタイの爺様が言ってたな。」
「龍の目?」
「
「それだけだとただの呪いですね。………命を削るような特殊能力がある、と考えるべきかな。」
「だろうね。ただ短命って訳じゃあるまいよ。」
マリカさんは頷き、指先に灯した炎をくるくる回す。
邪眼系能力者については、もっと調べておいた方がいいな。敵に邪眼系能力者がいないとは思えない。
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