懊悩編39話 山猫のように



オレは念真力の底が見えるまで狼眼の特訓をした。


マリカさんとの違いは効率の差だ。オレは単体の敵相手にも広範囲に狼眼を使っているようだ。


そこを改善しないとな。強力な武器ほど墓穴を掘りやすい。


「♪♪♪~~♪~♪♪~~。やっぱ広くて大火力のキッチンはいいわね。腕の奮い甲斐があるわ。」


リリスはオレの部屋とは比べモノにならない豪華なキッチンが気に入ったようだ。


「今夜のメニューはなにかな、シェフ?」


「ピロシキとビーフストロガノフ、どっちもタチアナに習ったから、味は期待していいわよ。」


ピロシキもビーフストロガノフも元の世界じゃロシア料理だもんな。本場の味ってワケか。


こっちじゃロシアじゃなくてルシアって名前だけど。


「楽しみだ。じゃあ酒はウォッカにしよう。」


そして待つこと20分後、ピロシキ&ビーフストロガノフにチシャベーコンサラダが完成した。


リリスはホントに料理が上手だ。かなり量を作ってくれてるけど、美味しく完食出来た。


もう少し飲みたいのでオイルサーディンの缶詰を探していたら、もっとイイモノがあった。


キャビアの缶詰ですか、いいですな。


「クラッカーもあったわね。私はキャビアはパンに載せるのが好みだけど。あ、クラッカーに載せる時は金属臭が付かない純金のスプーンを使うといいわよ。」


さすが伯爵令嬢、よくご存じで。でもオレも知ってんだよね。親父がキャビアが好きだったんでな。


「あいよ、しかし純金に純銀の食器ねえ。ホント豪奢な部屋だよ。」


ま、オレはジャン・ヴァルジャンじゃないから盗んだりしないけどな。そして………彼のように悔い改めたりもしない。


生きる為に選択の余地がなかったからこうなった。だけどガーデンに来て良かったと思ってるんだ。


オレは罪深い人間で、自分の都合で自分本位な生き方をするのだろう。


アギトと違うのはオレには失いたくない仲間がいるってコトだけど、それもオレが自分勝手に失いたくないって考えてるダケだ。


その為に立ち塞がる敵には容赦しないってんだからさらに自分勝手な話、だけど曲げるつもりはない。


誰かの思惑で踊らされるのはもうウンザリだ。だけどこの戦争って舞台で踊ってはやるさ、オレの思惑でな。


オレがそんなコトを考えながらウォッカをチビチビ飲んでいる傍で、リリスはオレが読むべきカリキュラムの分厚いテキストを凄い速度で読んでいる。


「1頁読むのに20秒とかかっちゃいないな。司令が感心するだけのコトはあるよ。でもオレのテキストまで読むなんて読書好きだねえ。」


オレのカンニングの手伝いをする為とはいえ、マメなコトだよ。


「………好きで読んでるんじゃないわ。必要な事だから。」


「必要なコト?」


「ええ、不正がまかり通ってるカリキュラムだけど、不正させる為に設けられた訳じゃないわ。本来は将校として、部下の命を預かるのに必要な知識を学ばせる為に設けられた訳でしょ。だから私が覚えておくわ。准尉が指揮官になった時にはサポートするのが私の役割だから。」


指揮官? オレが?


「おいおい、オレは指揮官なんかになるつもりはないぜ? 昇進が早いのは扶養家族リリスがいるから、その補填であってだな…………」


リリスはテキストを閉じてオレと向き合う。


「私は扶養ふよう家族じゃなくて必要家族でしょ?」


不要の意味が違うって。だけど確かに必要です。アイ、ニード、リリスですな。


「そうだったな。では必要家族のリリスさん、オレは指揮官になる気はないぞ。」


「准尉がそう思ってても、イスカやマリカはどうでしょうね? ちょっと考えてご覧なさいよ。金銭的な補填って意味合いだけなら、お金で渡せばいいじゃない。イスカは同盟一の億万長者ミリオネアなのよ?」


そりゃそうだな。司令は合理的で形式には拘らない。金銭を渡す方が手っ取り早いに決まってる。


「じゃあ何か? オレを急いで将校にするのは指揮官にする為か?」


「今すぐって訳でもないでしょうけど、そういう事なんだと思うわ。マリカはホタルと入れ換えたいんじゃないかしら。」


「おいおい、オレがホタル隊の中隊長なんかやれるワケねえだろ。マリカさんだってオレとホタルの微妙な関係は分かってるさ。」


「じゃあ聞くけど中隊長四人の中で直接戦闘能力に劣るのは誰? はいはい、答えらんないのは分かってるけど、答は分かってるわよね? そう、ホタルよ。」


「ホタルはインセクターの多重起動が可能って稀有な素質と、それに特化したアプリを詰め込んでる。戦闘能力に影響が出るのは仕方がない。だけどホタルの役割はクリスタルウィドウの目、いや、複眼なんだ。」


「だからこそ、よ。ホタルのもたらす戦術情報を元に、機動力を活かした戦術を遂行する。ホタルはクリスタルウィドウに欠かせないキーマンなの。准尉が敵の立場ならどうする?」


リリスの言うコトが正しい。ホタルは替えの利かないセクションをカバーしていて戦闘能力に劣る。


「最優先で撃破を考える。クリスタルウィドウを崩すならホタルからだ。」


「だからマリカも不知火か指揮車両で戦術サポートに専念させたいのよ。でも四人の中では劣るってだけで一般的な中隊長より強さはかなり上、だから前線近くに出さざるを得ない場合もある。」


「そういう場合は異名持ちの兵士の対処要員としてナツメを付けてる、か。」


「ナツメに指揮官としての適正があればナツメを中隊長にして、ホタルをバックアップに回したでしょうけど、生憎ナツメは……」


「典型的なワンマン、いやワンウーマンアーミー。指揮を取るより単独で好きに動いて結果を出すタイプだもんなぁ。コミュ障を克服したとしても、女豹っぽい性格と行動は変わんないだろうし。」


そのネコ科っぽいとこが魅力なんだから変わって欲しくないんだけどね。しれっと落ち着き払ってる役はゲンさんやカレーの教祖様で十分だ。


「そこに納豆菌と踊る男が現れた。狡っ辛い頭脳に高い身体能力と念真強度、オマケにサイコキネシスに狼眼まで持ってる。中隊長の入れ換えを考えるのは当然じゃない? 入れ換えじゃなくても6中隊編成にしてホタル隊をサポート特化に回したいって思うのが当然、私ならそうするわ。」


確かにそうかも。いやそうした方が絶対に一番隊クリスタルウィドウは強化される。だけど今はその話より………


オレは呑む蔵クンを起動させてアルコールを抜いた。


そしてテキストを手に取ってリリスにお願いをする。


「オレが指揮官になるならないの話は今は仮定に過ぎないよ。今すべきはオレが知識面でも強くならなきゃいけないってコトだ。リリス、テキストを読んで重要部分のレクチャーをしてくれ。特に味方の生命に直結する部分をピックアップしてな。」


リリスはヒューと口笛を吹いてから、


「試験はカンニングで切り抜ける方針だったんでしょ? どういう心境の変化かしら?」


「勉強は意味がないなんてのは、オレの思い込みに過ぎないって分かった。指揮官にならなくとも、その知識はオレや部隊の役に立つハズだ。役に立たなくとも荷物にはならないし、やらない理由がない。カリキュラムの最終日の試験までに間に合わなければ例の手カンニングは使う。でもカリキュラムが終わった後も勉強はするつもりだ。」


リリスはキャビアを載っけたクラッカーを眺めやりながら、


「せっかくキャビアの缶詰を開けたんだから、今夜はゆっくり飲めば? 試験が終わってからも勉強を続けるのなら時間の制限はないんだし。」


「勿体ないから食べるし、酒も飲むさ。勉強を進めた後でね。頼むぜ、夜型のチャーミングな先生。」


「オッケ、私は准尉のおだてには弱いのよね。………でも、そういうところよ。」


「なにが?」


「准尉が指揮官向きだって理由。必要と判断すれば躊躇なく方針を変えて必要な手段を講じる、教えを乞う事も厭わない。生き残る為にだけじゃない、には大事な事だわ。」


リリスは相変わらずオレを過大評価してくれるなぁ。その期待には応えたいモンだけど。


でもオレはこの世界に来てから変わったよな。………いや、生き残る為に変わらざるを得なかったと言うべきか。


「………変わらずに生き残る為には、変わらなければならない、か。」


「あら、いい台詞ね。カナタ語録に追加しておくわ。」


オレの台詞じゃないよ。山猫って映画に出てくる老貴族の台詞だ。正確には若者と老貴族の会話の一節だけど。


………山猫が教えてくれた通りに生きてみるか。生き残る為に、オレは変化を恐れない。




………でも魂の骨格は変えない。オレがオレじゃなくなってまで生きる意味はないんだから。




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