懊悩編40話 友が集えばやっぱり鍋だ



特別営倉に入ってからの一週間、昼はマリカさんと狼眼の特訓、夜はリリスとカリキュラムの受講内容の特訓という生活を送った。


狼眼の方は順調で、マリカさんから実戦投入していいとお墨付きを貰ったが、勉強の方はそうはいかない。


当たり前か、本来は士官学校の四年間で習得すべき知識で、士官学校卒業者でなければ年単位の時間をかけて学ぶモノなのだ。


それが一週間でなんとかなるワケがない。


でも要点をまとめる天才であるリリスのお陰で大事なポイントは抑えられたように思う。


枝葉の軍法とかはどうでもいい、オレは軍法会議の判士や審議官になりたいワケじゃないからな。


快適な営倉生活も今日で終わり、明日にはリグリット行きだ。


マリカさんとの特訓を終え、晩メシのメニューをリリスと相談していると晩メシが勝手にやってきた。


鍋と具材を持ってきたのはシュリに同志アクセルとウォッカ、それにバクラさんまで来てくれたのか。


「お~、ここが特別営倉かよ。まるで三つ星ホテルだなあ。同志、ずっとここにいたいんじゃないのか?」


「いえ、オレには649号室の方が性に合ってるみたいです。なんとなく落ち着かなくて。」


シュリは例によって偏頭痛を起こしたらしい。そりゃシュリは営倉とは最も縁遠い男だもんな。


「………司令はやる事が無茶苦茶すぎる。これじゃ懲罰どころかボーナスじゃないか………」


薔薇園ローズガーデンの希少種である常識人には、偏頭痛持ちじゃなくても頭痛薬が必須だな。


「カナタ、毛ガニを持ってきてやったぜ。味噌仕立ての鍋と洒落込もうや。毛ガニはウォッカに最高に合うんだぜ。」


「ウォッカはなに食っててもウォッカを飲んでるじゃないか。」


パンケーキでウォッカの飲める男だからな、ウォッカは。ええい、ややこしい!


「カナタの好きな悪代官を持ってきてやったぞ。オレもこの酒が好きでなぁ。」


「ありがとうございます、バクラさん。」


リリスがジト目でバクラさんを見ながら釘を刺す。


「言っとくけど鍋奉行はやらせないわよ。味オンチで有名なんでしょ? たしか馬面バツラだっけ?」


「そうそう、馬みてえな面してんだろ………って違う!馬鞍!バ・ク・ラだ!」


バクラさんってとことん名前でイジられる星の下に生まれてるんだなあ。


「なかなかのリアクションね、准尉がうかうかしてられない訳だわ。お笑い要員として有望ね。」


「人を芸人扱いすんじゃねえ!噂通りの毒舌ちびっ子だぜ、まったく。」


「味付けは毒舌ちびっ子に任せましょう。毒舌ですが神の舌でもあるんですよ。そこんとこはオレが保証します。」


それでもバクラさんは鍋奉行をやりたがったが、民主的に多数決を採った結果、5対1の圧倒的大差で否決された。


メシは旨いにこしたコトはないからね。バクラさん、残念!


鍋の季節にゃまだ早いが大人数で囲むならやっぱり鍋だよな。


毛ガニにサーモン、鯛に牡蠣に車海老かぁ。豪勢だねえ。


オレ達はホフホフと鍋を楽しみ酒を飲む。気心の知れた仲間と囲む鍋は最高だな。


元の世界じゃ鍋と言ったら、コンビニの一人鍋だったからなあ。


一人鍋も悪くはないが、シュリ達と会うのはロックタウンに行って以来だ。


大した日数じゃないのに、寂しい気分ではあったんだよな。


「そういやロックタウンじゃすまなかったなシュリ、同志と後始末に奔走してくれたんだってな。」


シュリは綺麗に車海老の皮を剥きながら、


「あの件に関しては、カナタはなにも悪くない。同盟軍の軍人として恥ずべき行為に及んだビロン中尉達に非がある。」


「そうそう、痛い目に合うのが当然だ。リリスにツバ引っ掛けるなんざ、オレだったら首をへし折ってやったぜ。リリスも災難だったな。」


ウォッカをラッパ飲みしながら、ウォッカが相槌を打つ。


「しかし同志が邪眼系能力者だったとはな。ちびっ子共々盛りまくったコンビだよ。おっと剣狼(笑)って呼ぶべきか?」


「(笑)はヤメて下さい、(笑)は!だいたいなんで同志がそのコトを知ってるんです。」


「そりゃ同盟軍の機関紙に出てたからだよ、ホレ。」


バクラさんが同盟軍機関紙「リベリオン」を手渡してくれる。


………甦る氷狼………やると思った。眼鏡と思考がズレた姉ちゃんらしい見出しだぜ。


ウォッカの話じゃ同盟軍の公共放送でも、あのインタビューが流されたらしい。


「つー訳でカナタよ。おまえさんは同盟軍でも有名人になったと思った方がいい。なんせアギトの甥をマリカが鍛えるって話だからな。話題性もネームバリューも抜群だろうよ。」


「バクラさん、気軽に言ってくれますけど、こんなの悪目立ちしてるとしか思えませんよ。」


「しかし同志、機構軍の全兵士に喧嘩を売るとは剛毅な話だぞ。」


「喧嘩を売ったつもりはありませんよ。オレの前に立った以上は死ぬ覚悟があると見なすって警告しただけです。」


シュリは軽く目眩がしたらしいが、気を取り直してお小言モードに入る。


「それを世間じゃ喧嘩を売るって言うんだよ!カナタ、気をつけろよ。異名持ちの兵士を倒すのが名を上げる早道って考えてる兵士は多いんだから。だいたいカナタは………」


「はいはい、そこまで。食べるのにも口を使えよ。けど忠告は痛みいる。なにがなんでもオレをアギトに絡めたがる姉ちゃんにムカついて、やり過ぎちまったかな。」


ウォッカが豪快に笑いながら、


「カナタ、俺らは緋眼のマリカ率いるクリスタルウィドウよ。どっちみち名を上げてぇヤツらにゃ狙われる。そう気にする話でもねえさ。」


「悪名は無名に勝るって言葉もあるしな。」


バクラさん、オレの異名って悪名確定なんですか?


「悪名で有名なバクラさんが言うと含蓄がありますね。僕は異名がなくて幸いだったかな。」


「シュリ、男だったら悪名だろうが名を為して見せろってんだ、覇気がねえな。」


「お言葉ですが僕の持論は「悪名より無名のがマシ」なので。」


実にごもっともな持論だ。


温燗をつけてきてくれたリリスが手際良くお銚子を配りながら、


「シュリ達は明日、業炎の街へ向かうのね。業炎の街って緋水晶って珍しい鉱石が採れるのよね。お土産よろ。」


緋水晶ってのは炎素を含んだ鉱石らしい。抽出された炎素は炎素エンジンのコアに使える。


炎素を含んだ鉱石は他にもあるが、緋水晶は装飾品としても重宝がられる。


だから業炎の街は同盟軍の重要拠点になってる。


オレ達が水晶の蜘蛛って部隊名なのは、そこからきてるんだそうだ。


緋水晶の産出地である業炎の街にある火隠れの里の忍で結成され、蜘蛛はマリカさんの家紋、だから水晶の蜘蛛ってワケだ。


今はウォッカや同志みたいに、火隠れの里出身じゃない隊員も多いけどな。


「お土産はちゃんと買ってくるよ。カナタにもね。なにかリクエストはあるかい?」


律儀なシュリはリリスのワガママにも、ちゃんと付き合ってくれるいいヤツだ。


けどオレにまで気を使わなくても………待てよ。


「じゃあお言葉に甘えて頼もうか。緋水晶で出来た勾玉って売ってるか?」


「あると思うよ。カナタは勾玉が好きなのか?」


「ああ、お守りみたいなモンだったんだが無くしちまってな。新しいのが欲しい。」


「………お守りを無くすなよ。御利益どころかバチが当たるよ。まあ分かった。勾玉だね。」


無くしちまったってのはウソだ。置いてきちまったのさ、元の世界にな。


爺ちゃんに貰ってからずっと首に提げてたから、なにも付けてないとなんだか違和感があってね。


ん? 八熾家の家紋は勾玉だったな。そしてこの体は八熾宗家の血筋であるアギトのクローンだ。


………これも何かの縁なんだろう。




友や仲間と囲む鍋パーティーは楽しいね。和気あいあいと酒と料理を楽しみ、会話が弾む。


敵と飲む酒こそ格別だと仰った偉人がいたが、オレはそんな漢にゃなれねえなぁ。


酒は友や仲間と飲むのが一番だ。静かに一人で飲るのが二番。


………いや、リリスの酌で飲る酒も格別だよな。ええいワケが分からなくなってきた!


そんな感じで全員ワケが分からなくなってきたみたいで、交わす言葉も支離滅裂になってきた。


いつの間にかリリスまで赤い顔してるし………あれほど未成年の間は飲むなって言ってんのに…………


…………スゲえ数の空き瓶だよ…………酒屋が一軒開けそうだ………


…………………眠い…………




オレはいつの間にか眠ってしまったようだ。気が付けば広くて豪華なベットの上。


そして隣には、すやすや寝息を立てる銀髪伯爵令嬢、か。


ウォッカあたりが運んでくれたんだろう。そういや入隊した時も酔い潰れてベットまで運ばれたっけ。


顔に似合わず優しいヤツだな。




オレのハンディコムから呼び出し音が鳴る。おいおい、もう日付が変わってんのに一体誰だよ?



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