第七章 皇女編 帝国皇女は兵士と邂逅し、運命が動き出す
皇女編1話 皇女スティンローゼ・リングヴォルト
侍女の助けを借りて着替え、変わり映えのしない日常が始まる。
「ローゼ様は本当に白が似合いますこと。皇帝陛下がご覧になったら、さぞお喜びでしょう。」
そうだろうか? 父上が喜んでくれるならいいのだけれど、たぶん………無関心だと思うよ?
ボク、いや私の着る衣装は白が多い。イメージ戦略らしいけれど、着るモノひとつにそんな思惑がついて回る日常に私はうんざりしている。
侍女を3人も引き連れて執務室へ入り、いつものようにスケジュール表に目を通す。
式典式典、また式典。そして最後はパーティーかぁ、私に出来る事って他にないのだろうか?
げんなりしながらスケジュール表を眺めていると、ノックの音が執務室に響いた。
「お入りなさい。」
出来るだけ厳かな声でそう言ってみた。
「ハッ!失礼致します。」
執務室に
「ローゼ様、クラウス・クリフォード卿の面会許可が下りました。」
「クリフォードが!よかった、随分回復したのですね!」
「クリフォード卿は、姫様のご婚礼の席に出るまでは絶対に死なぬ、と仰っています。」
報告してくれる騎士の顔は嬉しそうだ。ボクも嬉しいよ!
………ボクじゃなく私だった。ああ、もういいよ!心の中ではボクでいいもん!
「まだ相手もいないのに婚礼などと、クリフォードは気が早すぎです。………午前の予定は全てキャンセル、クリフォードの見舞いに行きます。車の準備を。」
「しかしローゼ様、今日の予定は前々から決まっていたもので………」
もうもう!どうして侍女ってこう融通がきかないの!
「帝国の旗の元に戦い、傷付いた騎士を労る以上に大切な仕事などありません。車を用意出来ないなら歩いて行きます。そこのあなた、案内してくださる?」
入室してきたクリフォード麾下の騎士に声をかけると、騎士は最敬礼してボクの傍に控える。
「すぐにお車を用意いたします!しばしお待ちを!」
悲鳴みたいな声を上げて侍女達が動き出す。
うんうん、最初からそう言ってくれればいいの。
お髭の素敵なクリフォードに会うのは久しぶりだ。
戦場で重傷を負ってしまって心配したけど………本当に無事でよかった。
「これはローゼ様!このような場所へわざわざ………」
「まだ安静にしていなくてはいけません。病室に大人数は非常識、おまえ達は出ていなさい。」
「しかしローゼ様………」 「私達はローゼ様の近習で………」 「皇帝陛下に叱られ………」
「………私に病室で大声を出させるつもりですか?」
控える侍女三人にそう言って、病室から下がらせる。
なんとか侍女達を追い払ったボクを見て、「美髯の」クリフォードは可笑しそうにしている。
「クリフォード!なにが可笑しいの!」
「いやいや、しばらくお目通りせぬうちに姫様も大人になられたなと、感心しておったのです。」
どうだか。………目が笑ってるよ、クリフォード。
「………無事でなによりでした。クリフォードが無事で。」
ボクはベッドの傍にある椅子に腰掛け、クリフォードの手を握る。
「………有難きお言葉。吾輩も生きてローゼ様のお顔を見られて嬉しゅうござります。」
「でもアシェスは怒ってたよ? もうプンプンって感じで!」
「頭にヤカンを乗せたら、すぐにお湯が沸きそうな勢いでしたか?」
「そうそう!そんな感じだった!」
「………後が恐そうですな。帝国の盾、「守護神」アシェス・ヴァンガードがご立腹とは。」
トホホな感じでクリフォードはため息をついた。
気持ちは分かる、アシェスが怒ったら超こわいもん。
「………怒ったらこわいのに怒りんぼだもんね、アシェスは。」
「クエスター殿は柔和なのですがなぁ。」
「普通、逆だよね? 帝国の剣が怒りんぼで盾がなだめ役なら、まだ分かるんだけど。」
クリフォードはうんうんと頷きながら、
「帝国の剣、「剣聖」クエスター・ナイトレイドがなだめ役ですからな。まあクエスター殿は「剣聖」というより「聖人」と言った方がしっくりくるお方ですしな。」
クエスターは優しいお兄さんみたいな騎士だ。ボクの実の兄であるアデルハルトより、クエスターのがよっぽど優しい。
だから大好きなんだけど、クエスターはいっつもボクを子供扱いするんだよね。
「あれでボクを子供扱いさえしなければなぁ、理想の騎士なんだけど。」
「姫様、16歳になられたら「私」に変えるんだと仰っておられた筈ですが?」
「いっけない!………アシェスには内緒だよ?」
クリフォードは真面目くさった顔をして、大袈裟な物言いをする。
「姫様、ご心配召されるな。このクラウス・クリフォード、騎士の名に懸けて秘密は守りますぞ。」
その真面目くさった顔に耐え切れず、ボクが笑うとクリフォードも笑った。
………よかった、クリフォードが生きていてくれて。
「クリフォードほどの騎士に大怪我を負わせた兵士が無名とは信じられないなぁ。」
病室でお見舞いの林檎を剥きながら、正確には実を削ぎ落としながら、ボクは尋ねてみた。
「………可食部分がほとんど残らなそうな剥き方ですな。」
仕方ないでしょ!普段は侍女達が果物ナイフなんか使わせてくれないんだから!
「文句は侍女達に言ってよ。過保護すぎなの、何かにつけて!」
「皆、ローゼ様が大事なのですよ。あまり侍女達に冷たくなさってはいけませんぞ。」
「それはわかってるけどぉ~。」
ボクのふくれっ面を見て微笑みながら、クリフォードは綺麗に手入れされた髭に覆われた口を開く。
「吾輩を倒した兵士は無名ではなかったようです。正確に言えば
我ながらグッジョブ!クリフォードにシャットダウンアプリを渡しておいてよかったよぉ!
「じゃあ今は有名な兵士なの? クリフォードを酷い目に合わせた男って?」
「今は「剣狼」と呼ばれておるようです。あの「氷狼」の甥だという話ですが。」
………「氷狼」、かつて同盟最強の
クエスターの叔母である帝国騎士団の副団長、アシュレイ・ナイトレイドの顔に刀傷を刻んだ男。
騎士団長を務めるアシェスの父、スタークスも言っていた。この世ならざる剣鬼だったって。
「………
「まだ新兵と言っていいキャリアながら既に異名持ち、我々の前に立ちはだかる雄敵になり得るでしょうな。」
侍女達がしびれを切らしたのだろう、コンコンとノックの音がした。
「待っていなさい。まだクリフォードと話があります。」
「そうはいきません、ローゼ様!」
わ!この声はアシェス!
扉が勢いよく開かれ、長く美しい銀髪をたなびかせながら騎士(アシェス)が入ってきた。
「アシェス!どうしてここに。」
災いの飛び火を恐れた侍女達は、慌てて病室のドアを閉める。
「ローゼ様、それはこちらの台詞です。午前中のご予定を全てキャンセルされたと聞きましたが?」
「クリフォードに会いたかったんだもん!」
「………そんな事だろうと思いました。まったく、クエスターが甘やかすからこうなる。」
見かねたクリフォードが助け船を出してくれる。
「ローゼ様がお優しいのはよい事ではないですかな、アシェス殿。」
だがアシェスはすぐに容赦ない言葉の砲撃で応じた。
「不覚をとって大怪我などするクリフォードが悪いのだ。なにが悪いか教えようか? 剣の腕が悪い、ついでに運もだ!」
「悪運強く生き残りましたぞ?」
「黙れ!ローゼ様がどれほど心配されたと思っている!」
アシェスのあまりの勢いに、クリフォードはお髭の中の口を閉じざるをえなくなった。
そしてアシェスの鋭い眼光は次の獲物であるボクに向けられる。
………助け船はすぐに撃沈されちゃったし、やっぱり怒ったアシェスはこわいよぅ。クエスター、助けて~!
「ローゼ様。クエスターですが、入ってよろしいですか?」
ボクの心の叫びを聞きつけたんだね!さすがクエスター!
「入って入って!」
はやく怒りんぼのアシェスをなんとかして!
「失礼。アシェス、大声が廊下まで聞こえてきたぞ。ここは病院、弁えるべきだ。」
優雅に長い金髪をかき上げながら、救いの騎士が入室してきた。
「噂をすれば影とはよくぞ言ったものだな。クエスターがローゼ様を甘やかすからこうなると話していたところだ。」
「甘やかしてなどいない。
真顔で言っちゃったよ。クエスターってば正直なんだから。
「真顔で言うな!私だって小言など言わずにローゼ様を愛でくり返したいのだ!だが皆で甘やかし倒すから、私が小言役にならざるをえんのだろうが!」
………愛でくり返すって新語じゃないかなぁ。
怒ってるアシェスを宥めるクエスター、苦笑いしながら見守るクリフォード………ボクの大切な騎士達、いや家族。
早く戦争が終わらないかな。アシェスとクエスターは帝国の双璧だけれど、戦場に絶対はない。
………みんながいない世界なんてボクには想像出来ないから………早く平和になって欲しい。
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