昇進編23話 オードブルは鉄クズで



アルビターナ高原の外れにある乾燥地帯、街道入り口の平原でアスラ部隊700余名とレブロン師団1400名が激突する。


オレの上官で世界最速の女であるマリカさんが指揮シートから立ち上がり、命令を下す。


「さぁいくよ。戦力差がたった2倍なんざアタイらにゃヌルゲーすぎだが、ピクニックだとでも思いな!」


ゴロツキ共が一斉に唱和する。


「イエス、マム!」


マリカさんはゲンさんの方を振り返って、


「ゲンさん、不知火のコトは任せたよ。」


ゲンさんは重々しく頷く。


「お任せくだされ。」


そしてオレ達は艦橋から出撃ハッチに向かい戦場へと踊り出る。


風に乗って乾いた土の匂いがする平原、だがすぐに鉄とオイル、火薬と血の匂いが充満することになるだろう。


「カナタは平原で大軍の激突する戦場は初めてだったねえ。」


オレの前を歩くマリカさんから、そう声をかけられる。


「マリカさん、オレはまだ実戦は2度目ですよ。初めてに決まってます。」


「そうだったね。なんだがカナタはずっと前からウチにいたような気になってたよ。濃いキャラしてるからかねえ。」


「オレは1番隊じゃ薄味な方だと思ってますけど。」


「カナタのどこらが薄味なんだい? まったく人間ってのはテメエのコトほど分かってないもんだねえ。リムセ、濃い味カナタの背後を守ってやんな。」


「ハイです!クドキャラ軍曹の背中はお任せなのです。」


え、オレはクドキャラって認識なのリムセさん?


「ウォッカは銀髪ちびっ子の壁になってやんな。」


「おう、お姫様のエスコートは王子様の仕事ってもんよ。」


マリカさん直属の第一中隊のゴロツキ達が一斉に笑う中で、銀髪ちびっ子が抗議する。


「私の王子様は軍曹よ!だいたいウォッカ、アンタが王子様ってツラな訳? 鏡見たコトある?」


「俺だって軍曹なんだが。鏡は毎日見てるぜ、髭を剃る時にな。」


「はん、嘘おっしゃいな。ウォッカの顔が映った途端に鏡は割れるに決まってんでしょ。それが物理法則ってもんよ。」


「………相変わらず口が悪いお姫様だぜ。俺は水に顔を映して髭を剃れってのかよ?」


「それも無理ね。ウォッカの顔が映った途端に、清水もドブ川みたいに濁っちゃうわよ。」


ウォッカが反論しようとしたが、戦闘ヘリのローター音にかき消される。


不敵な笑みを浮かべたマリカさんが命令する。


「きやがったねえ。総員、念真障壁の展開準備!第一波だけ凌げばいい!」


飛来する戦闘ヘリの群れ、コッチに向かってるだけで2ダースはいるな。


レブロン師団に優位性があるとすれば、戦闘ヘリの数だ。


陸上戦艦は戦闘ヘリの搭載が難しい。出来なくはないが数に限りがあるし、非効率だ。


ローターをたためる小型偵察ヘリは常時搭載しているが、飛び立っていない。


戦闘ヘリとまともに喧嘩するのは分が悪いからだ。


ヒンクリー師団との戦いは密林地帯だったから戦闘ヘリの活躍の場はなかったが、今回みたいに開けた平原なら有効活用出来るから惜しげもなく投入出来るって寸法だ。


ナイトホーク型戦闘ヘリから対人ミサイルが雨あられとオレ達に向かって発射される。


特注のバトルドレスを纏ったリリスが叫ぶ。


「ゴロツキ達!もっと私に寄んなさい!」


素直に従うゴロツキ達が、輪になってリリスの周りを囲む。


リリスの銀髪がゾワっと波打ち、ドーム状に念真障壁が展開される。


対人ミサイルが命中し、爆発するがリリスの展開したドームは小揺るぎもしない。


さすが念真強度600万nのモンスター娘だ。展開する念真障壁の範囲も強度もパネェなぁ。


「驚いたね。たいしたちびっ子だよ。アタイらの負担がグッと軽減されるねえ。」


「マリカさん、感心してる場合じゃないですよ。上空から一方的に削られるのはマズいです。ロケットランチャー持ってきてましたっけ?」


「いらん。カーチス達の射程にヤツらは入った。じき終わる。」


マリカさんは後方に展開する6番隊をアゴで指し示した。


オレ達の200mばかり後ろに6番隊が展開している。


その出で立ちはそれまで見た部隊の中でも一番異様な風体だった。


オレは眼球の望遠機能を使ってその姿をズームする。


先頭に立つリーゼントの中年男が「鉄腕」カーチスだ。


通信では顔だけしか映ってなかったから分からなかったが、鉄腕の異名の意味はすぐ理解出来た。


カーチスさんの両腕は文字通り鉄腕だった。ミサイルランチャーが両腕なのだ。


カーチスさんの部下たちも似たようなモノで、なんらかの重砲火器が体にマウントされているようだ。


そのマウントウェポンが一斉に火を噴く。


オレたちの頭の上を我が物顔で飛んでいた戦闘ヘリ達は、一転して逃げ惑うが次々と撃墜されていく。


チャフやフレアをばらまいて必死にミサイルの軌道を逸らそうと努力もしているが、無駄なコトだった。


カーチスさん達の放ったミサイルは生き物のように戦闘ヘリを追尾し、無慈悲に破壊していく。


そうか、脳波誘導ミサイルシステムの前にはチャフもフレアも意味をなさないってコトなのか。


「落ちてくるクズ鉄の下敷きになったりすんな!これ以上はないマヌケな死に様ってヤツだよ!」


マリカさんが一応注意を喚起するが、墜落してくるヘリの下敷きになるようなマヌケは1番隊にはいやしない。


僅かに生き残ったヘリが這々ほうほうの体で逃げ出すと、カーチスさんはガシャンと両腕のミサイルランチャーを除装する。


そして6番隊隊員がバカでっかいケースを開けてガトリングガンを取りだし、カーチスさんの両腕に換装する。


ガトリングガンを両腕に装備したカーチスさんは悠然とこっちに向かって歩いてきた。


「いよぅ、マリカ。久しぶりじゃねえの。相変わらずイイ女だなぁ。ガーデンに帰ったら俺とデートしようぜ?」


む、この中年もマリカさんを狙ってるのか。敵、敵だな!


「断る。ロボットとデートするほど酔狂じゃない。」


「つれねえなぁ。俺はロボットじゃねえよ。サイボーグだ、サイボーグ。」


サイボーグねえ。奥歯を噛んだら加速でもすんのかね。


オレは本家も好きだが後からリメイクされた009-1がより好みである。


アダルト仕様009と呼ぶべき作品で作画もセクシーで音楽も良かった。


オレの中では神アニメに認定している。


元の世界に未練があるとすれば009-1を含むアニメコレクションぐらいだ。


オレが元の世界のアニメコレクションを惜しみ、涙しそうになっている処にリーゼントのサイボーグが声をかけてきた。


「ん? おい、おまえは……」


何度繰り返せばいいのかねえ、このやりとり。


「アギトの縁者かって話でしょ。ハイハイ、そうでございますよ。アスラ部隊の嫌われ者、牙門アギトの甥っ子で天掛カナタと申します。これでよござんすか?」


「いきなり態度の太えガキだなあ。俺になにか恨みでもあんのか?」


「会う人会う人に同じコトを聞かれて食傷気味なんですよ。」


マリカさんが笑いながら合いの手をいれる。


「アタイをデートに誘ったりするから拗ねてんだよ、カナタは。」


「なんだ小僧、マリカを狙ってんのか。えらい難易度の高えトコにターゲティングしてんなぁ。その意気やよしだ。男は夢を追わねえとな。」


あれ、なんだかいい人っぽい。悪いことしちゃった気になってきたぞ。


「スイマセン、態度悪くて。」


「かまやしねえよ。アギトの甥っ子ってだけで、色々苦労もあんだろうしな。しかし犬猿の仲だったアギトの甥っ子がよく1番隊に入れたもんだ。マリカも丸くなったってコトかね。」


「アタイはもともと人格者で通ってる。おやおや、ヘリのお次は戦車と装甲車かい。多分、ヘリと連携して攻撃する予定が狂ったんだろう。リーゼントサイボーグを甘く見てたみたいだねえ。」


前方から戦車&装甲車に装甲擲弾兵達がオレ達に向かって進軍してくる。割合的には戦車1に装甲車3ってとこかな。


全部で50台ぐらいか。こりゃ面倒だな。


「ヘリで敵を掃射してから残敵を戦車で踏み潰すのが定石ってもんだからなぁ。一昔前の定石だが。我ながらちょいといい仕事し過ぎたかね。カナタって言ったな。胸ポケットにヤニが入ってんだ。ちょいと一服したいんで手ぇ貸してくんねえか? この両腕じゃあままなんねえんでな。」


「貸しますけど、ちゃんと利子をつけて取り立てますからね。」


オレはカーチスさんの胸ポケットから煙草とライターを取りだして咥えさせ、火を点ける。


「なかなか口の達者な坊やだ。指八本も便利だが、早いトコ指五本の体に戻りたいもんだな。」


指八本っていうのは8連装ガトリングガンのコトを言ってるのかな。


「ガーデンでも指八本で過ごしたらどうですか? おしゃれで似合ってますよ。」


「よせやい、ナイフとフォークも持てねえじゃねえか。それともおまえがあ~んして食べさせてくれるってのかい?」


「だいぶ近づいてきたクズ鉄の集団をなんとかしてくれたら考えますよ。」


「やれん事はないが、そいつはアビーの仕事だからな。」


そう言ってカーチスさんは武骨で剣呑な8連装ガトリングガンで全面に展開する8番隊を指した。


アビー姉さん率いる8番隊は戦車軍団に向かって散開しながら進撃する。


戦車の主砲はオレ達精鋭バイオメタル兵士に取っては、さほどの脅威じゃない。


直撃だけ避ければいいのだ。そして一発躱せばすぐには次弾はこない。


接近して最低射程を割り込めば脅威は半減、さらに接近し密着すれば、ほぼ脅威でなくなる。


問題は戦闘車両に搭載されている強力なガトリングガンへの対策だ。どうするつもりなんだろう?


「カナタ、よく見とけ。アビーが戦車や装甲車の殺し方を見せてくれるからな。」


マリカさんがそう言った直後に戦車の主砲が火を吹く。


8番隊は砲塔の向きで射線を確認していたらしい、うまく直撃は避けて着弾時の破片は念真障壁で防ぐ。


距離を詰めていくとガトリングガンがうなりを上げて8番隊を狙い撃つ。


3人が一組となり先頭の兵士が念真障壁を張って、後ろの2人はその後に続く。


掃射が一区切りつくと2番手が前に出て、先頭の兵士は最後尾に下がるというフォーメーションだ。


なるほど、うまく考えてある。あれなら消費する念真力は三分の一ですむ。


その分、強力な障壁を形成出来るってコトだな。


「うまい手ですね。あれならリミットオーバーの障壁を展開しながら密着出来る。」


「そこだけじゃない、念真障壁を斜めに展開して弾丸を受けるんじゃなくて逸らしてるだろ? あれが重機関銃対策の模範例だ。あれが出来るなら、そこにいるカーチスなんざ雑魚もいいトコさ。」


カーチスさんは両腕のガトリングガンで拍手していたが、マリカさんの台詞を聞いて抗議する。


「雑魚はないだろ、雑魚は!確かに弾丸を受けるヤツは雑魚で逸らすヤツは面倒だけどよ。」


マリカさんはカーチスさんの抗議には取り合わずに、


「んで、アビー曰く、装甲車にはシンプルで致命的な欠陥ってヤツがあるらしい。」


装甲車に密着したアビー姉さんが大きく振りかぶってパイルバンカーで凶悪な一撃を加えると、凄い金属音と共に装甲車が横転した。


「な? カメと一緒でひっくり返るとなにも出来ねえ、だそうだ。」


「いやいやいや!あんなの真似できないですって!」


「だよねえ、アビーは事もなげに言うけどさ。脳筋にしか出来ねえって話さ。戦車はさすがにひっくり返すって訳にゃいかないみたいだけどね。」


「戦車はどうするんです?」


「見てれば分かるさ。」


アビー姉さんは戦車の砲塔をへし折ってから、無茶苦茶にパイルバンカーで殴打を加える。


「………力任せにぶっ壊す、ですか。」


「そうだ。ま、だいたいは戦車がぶっ壊れる前に、中の人間がぶっ壊れてるんだけどな。」


………壊し屋アビーって呼ばれる訳だよ。


8番隊の役割分担もうまいもんだ。


部隊の大半を占める太マッチョは戦闘車両担当で、残りの細マッチョが装甲擲弾兵の始末をしている。


アビー姉さんは車両も兵士もおかまいなしだけど。


「さて、半分ぐらいはスクラップになったみたいだねえ。賢いヤツならさっさと引くんだろうけど………」


レブロン師団は賢明な策をとらなかったようだ。


後方に布陣していた歩兵達が前進を始める。ここからは白兵戦、今の戦争の主戦力の激突の時間だ。


「来たねえ、車両が全部スクラップにされる前に歩兵を投入か。だけど全てが一手遅いね。ヘリと同時に機甲部隊も歩兵部隊も出しとくべきだった。乱戦での同士打ちを嫌ったんだろうけど、格上相手にそんな余裕かましてる場合じゃなかろうに。」


「格上相手なら相打ち上等って考え方が出来ないもんかなぁ。兵数の多さの最大の利点は、同じ数だけ殺しあえば数の多い方が残る、に尽きるってのに。」


カーチスさんがオーバーに肩をすくめる。


「わりかし怖い事を言う坊やだな。」


「カナタは結構黒いオツムしてんだよ。さ、歩兵部隊の相手はアタイらの仕事だ。いくよ、野郎共!」


マリカさんが先陣を切って走りオレ達は後に続く。




戦場に鉄とオイルと火薬の匂いは充満してる。足りないのは………血の匂いだ。







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