激闘編29話 両手に花の撤退任務
殿トリオは屋上に移動し、撤退支援の準備を開始する。
「対戦車ライフルを持ってこれなかったのは痛いですね。」
三脚を屋上にセットしたシオンが愚痴るが、あんな重くて
双眼鏡を覗いたリリスが慰めにならない慰めの言葉を返した。
「対戦車ライフルが一丁あったところで無駄なんじゃない? 戦車が1ダースはいるわ。しかもお代わりも要請してるみたいよ。」
読唇術で敵兵の会話を解析したのか。頼りになるねえ、このちびっ子様は。
「オレ達の任務は時間稼ぎ、戦車を潰す必要なんかない。狙撃で先行してくる擲弾兵の足を止めるだけでいい。」
オレは敵の進行方向の逆サイドを警戒に入る。
「シオン、あの倉庫の屋上にワイヤー弾を撃て。ハーネスは装備したか?」
「はい。」
シオンはスナイパーライフルでワイヤー弾を撃って、詰め所屋上から倉庫の屋根に道を通した。
「リリスはオレが抱える。狙撃で相手を警戒させたら退避しよう。」
「オッケー。少尉、ドサクサに紛れておっぱいを触っちゃダメだからね? それは帰ってからの、お・た・の・し・み♡」
どんな時でも、毒かエロスを吐くお嬢さんだよ。もはや病癖と言ってもいい。
「隊長、先行してくる擲弾兵がもうすぐ射程に入ります。」
「射程に入り次第、
スコープを覗いていたシオンにオレは指示を出した。詰め所にあったライフル弾を奪ったから残弾は十分だ。
オレはシオンの横にうつ伏せになり、望遠鏡を持って
屋上に銃声が響き、先頭の擲弾兵が腹を押さえて倒れた。
「次は後ろ、戦車の上にいるヤツだ。念真障壁の展開が雑。」
「ダー。」
シオンが狙撃の皇帝から贈られたスナイパーライフル、カラリエーヴァが火を噴き、戦車の上にいた兵士は悲鳴を上げて落下した。
「もう狙いやすいヤツでいい。右から左へ風が吹き始めた。風速は10m。」
「ダー。」
素早くボルトアクションを行いながら、シオンは次々とライフル弾を放ってゆく。
スチールシールドと念真障壁で防御を固めた兵士達が壁になり、倒れた兵士を搬送にかかったな。狙い通りだ。
「殺さずに腹を狙わせたのは、敵の手を取らせる為、か。少尉は性格が悪いわね。」
「死なずに済むんだから感謝して欲しいところさ。……もう向こうも狙撃位置を掴んだだろう。」
兵士が下がって戦車が前に出たな。そして砲塔をコッチへ向け始めた。
「気付かれたな。シオン、リリス、ズラかるぞ。」
対面のロープにハーネスを引っ掛け、倉庫の屋根へと滑走する。
先行したシオンが屋根に降り、オレとリリスももう少しで到達するという時に、ワイヤーがたわんだ。
砲撃が屋上に着弾し、衝撃でワイヤーが外れたのだ。
「隊長!」
「問題ない。」
オレはリリスを抱えたまま、念真皿を形成し、飛び石ジャンプで屋根へと到達した。
「さすがです。」
「念真皿の使い方はナツメに習ったからな。本職ほど上手くはないが、この程度はやれるさ。」
「いざとなったら私も飛べるし、問題ないの。シオンは心配しすぎ!」
「……どうせ私は重いわよ。重量級なんだから、仕方ないでしょう!」
重量級バイオメタルのシオンには、中軽量級のオレや軽量級のリリスにはない葛藤があるらしい。
「おっぱいが重いって自慢してんの? 10年後なら負けないんだから!」
「胸が重いなんて言ってません!」
「必ず!必ず巨乳になってやるんだからね!今に見てなさい!」
……ちっぱいのリリスにも葛藤があるらしいな。
銀髪ちっぱいと金髪巨乳を連れて1,1中隊と合流を目指す逃避行か。戦場なのに両手に花とは悪くない。
だが状況は悪い。退路を塞いだ敵兵と何度か戦い、なんとか切り抜けたが……通り抜けたい街路に戦車隊が先回りしてる。まだ見つかっちゃいないが、あの動きは明らかにオレ達を探している。
物陰に身を潜めてるオレ達はテレパス通信で善後策を相談する。
(少尉、どうするの?)
(3人で戦車複数とバトるのは賢明じゃない。擲弾兵もいるしな。)
(では迂回しますか? どっちにしても敵だらけですが……)
……どうしたもんかな? 突破か、迂回か……
答えは別方向からやってきた。轟音と共に、複数の戦車が爆発したのだ。
戦車隊が懸命な応戦を開始するが、鋼鉄の鮫の前進は止まらない。
「隊長、隠れて待ってましょう。」 「以下同文ね。」
はい、それが正解でしょうね。
ハンマーシャークに収容された1,1中隊の損耗状況の報告を受け、艦橋で考えを巡らす。
「ラウラさん、後続艦隊はどのぐらいでここに来る?」
「後10分です。」
「後続到着までここで待機。戦車の相手はしてもいいが、戦艦や白兵戦部隊が来たら後退しよう。死者こそ出てないが皆の消耗が激しい。」
「了解です。」
「リリス、マリカさんと特別チームは医療ポッドに入ったか?」
「ええ、マリカが強情張ったみたいだけど、ナツメが宥めてしぶしぶね。」
「艦長、不知火から戦況データが送られてきました!」
「敵味方の位置関係をメインスクリーンに映してくれ。ノゾミ、疲れてるだろうけど解析も頼む。」
「まだまだイケますから!データ解析開始します。」
……ゲートは開いたが、まだ優勢とは言えないな。現状では侵入した同盟軍を駐屯部隊が包囲してると考えた方がいい。
この状況を打開する為に、司令はどう動く? 最強連隊アスラ部隊と、突破力のあるオプケクル軍団で両翼を崩して全面展開ってセンが濃厚だな。
ファーストダウン獲得まで1ヤード切ってるこの状況なら、読まれていても力ずくで進めばいい。
広げた陣地に味方を引き込んで厚みを増し、その厚みでさらに陣地を広げる。
戦線を広げられる鍵になりそうな場所をピックアップしておくか。まず、ここと、ここ。それから……
「艦長、白蓮から通信が入りました!」
「繋いでくれ。」
メインスクリーンに映った司令に向かって、立ち上がったオレは敬礼した。
「次からは立たんでいい。無頼が取り柄のアスラ部隊なのだからな。」
気前がいいだけじゃなくて、鷹揚なボスでもあるんだよな、司令は。
「司令、マリカさんと特別チーム3名を収容しました。」
「……そうか、ご苦労。シノノメ師団から選りすぐった精鋭工作員を3人、失ってしまったか。」
「クリスタルウィドウから選抜すればよかったのでは?」
「線路を爆破する爆弾はかなりの重量があってな。重量級並のパワーがあり、なおかつ隠密工作と爆弾に精通している兵士を選んで、半年かけて特殊訓練を積ませていた。ベストな人選だったと思っている。」
……そうか。クリスタルウィドウのニンジャはほとんど軽量級だ。軽量級なのに重量級を凌ぐパワーがあるマリカさんは特異な例外だもんな。侵入させる為のトロイの木馬といい、半年かけた特殊訓練といい、司令は何事にも用意周到だぜ。
「特命任務に殉じた3名の為にも負けられない戦いです。現状、我々は駐屯軍に包囲されている状態ですが、どう打開しますか?」
「カナタならどうする?」
「最強連隊であるアスラ部隊と、突破力のあるオプケクル軍団で道を開きます。戦線を左右に広げれば、質の戦いになる。駐屯軍もそれなりにやる様ですが、我々以上とは思えません。」
「私も同じ意見だ。その様子だと、どこを落とせばいいのか算段もつけているようだな。」
「検討は始めていましたが……」
「検討を済ませ、データを白蓮に送れ。参考にさせてもらう。すぐにアスラ部隊が撞木鮫に合流する。合流後、撞木鮫は最後方に下がって、1,1中隊は待機だ。カナタとリック以外はな。」
「了解。」
珍しく黙って聞いていたリリスだったが、ここで司令に食ってかかった。
「イスカ!なんで少尉とリック以外は待機なのよ!」
「1,1中隊のバイタルデータを見たが、万全の状態で戦えるのがカナタとリックだけだからだ。超再生持ちのリックはともかく、カナタも余力を残していたとはな。カナタ、おまえも超再生を持ってるのかもしれんぞ?」
言われてみれば、オレは傷の治りが早いような……
シオンと戦った時、同程度のダメージを与え合ったのに、治りはオレの方が早かったよな?
ま、考えるのは後でいいか。超再生を持ってるんなら好都合なだけなんだし。
「リック、カロリーを補給するぞ。楽しい残業タイムに備えてな。」
「おうよ。気は進まねえが、ガムシロップの一気飲みでもやるか。」
リックは不景気面でペットボトルをパスしてくれた。カロリー補給には手っ取り早いんだけど、気持ち悪いんだよな。ガムシロップの一気飲みは。
「ボヤくな。シュガーポットを陥落させたらビールの一気飲み大会が待ってる。司令の奢りのな。」
オレが司令をチラ見すると、吝嗇という言葉を知らないボスはおっきな胸を震わせながら、ふんぞり返った。
「サラミとチーズもオマケしてやろう。カナタ、リック、期待しているぞ。」
通信が切れた後、オレとリックはペットボトルで乾杯し、ガムシロップを一気飲みした。
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