激闘編28話 卒業証書は甘美な口づけ



リック小隊とナツメ、ビーチャムを連れて、オレは詰め所に突入した。


思った通り、詰め所内は敵兵の死体で埋め尽くされている。マリカさんの仕事だろう。


「マジか!これ、全部マリカさんがやったのかよ。」


「姉さんは地上最強なの、このぐらいは当然でしょ。」


「二階へ急ぐぞ、マリカさんもかなり消耗してる。」


「なんでわかるんだよ、兄貴?」


「異名のない兵士なら一撃で仕留めるマリカさんが、二の太刀を使ってる。疲れてるか、負傷してるんだ。」


要塞内部に潜入し、敵だらけの状況で八岐大蛇の足を奪って、休む間もなく詰め所の制圧だ。


いくらマリカさんが完全適合者でも消耗しないワケがない。選抜された特別チームを連れているにしたってだ。……いや、マリカさん一人の方が消耗は少なかっただろう。


線路を複数カ所、同時起爆する必要があったから人手が要る。だからチームで任務を遂行したんだ。マリカさんのコトだから爆破を終えた後のチームを守って、さらに消耗を重ねたに違いない。


マリカさんが二人いればいいんだが、あんな超人が二人もいるワケないしな。




二階へ続く階段を駆け上がってる途中で、剣戟のカチ合う音が聞こえてくる。間に合ったぞ!


廊下に倒れてる敵兵を跨ぎ越して、管制室へ向かう。……剣戟の音はやはり管制室から聞こえてきてる。


既に蹴破られていたドアをくぐって室内に突入。飛び込んだ管制室は、空港のそれみたいな広さがあった。


この詰め所の隊長らしき敵兵と白刃を交えるマリカさんの背中が見えた。


「マリカさん!今いきます!」


「アタイはいい!他をカバーするんだ!」


特別チームの兵士は多数の敵を相手取り、苦戦している。彼らの消耗も激しいのだ。


「いくぞ!仲間を死なせるな!」


特別チームは3人、そこへ7、8、7、の敵兵か。


新手に半分がカバーに回って、残りが特別チームを仕留めにかかる、か。当然の戦術だな。


「オレが正面、リックとウスラトンカチは左、ナツメとビーチャムは右だ!」


オレが命令するまでもなく、残ったノゾミは支援射撃の態勢に入った。


(少尉、新しいお客さんが来たわ。数は80、重装備、練度は不明。迎撃方針の指示をお願い。)


下にも新手か!忙しいコトだ。


(詰め所一階のホールまで下がれ!入り口からシオン達が狙撃、数を活かして突入してきたら白狼衆に迎撃させろ!)


(わかった。場合によっては私も殺るわね。心配しないで、完全解除はしないから。)


リリスに無理はさせたくないが、仲間に死者は出したくない。毎度のコトながら、ギリギリだぜ。


(部分解除だけで乗り切ってくれ!すぐ戻る!)


指示を飛ばしながら片付けた敵は2人か。急がないとな!




オレの担当は後6人、向かってくる3人の敵の1人は狼眼で始末し、狼眼を躱した残り二人と剣を交える。


オレがカバーしようとしてる特別チームメンバーは満身創痍だ。あのダメージでは3人相手に長くは持たない!


マズい!! オレは眼前に迫る2本の剣を、右手の1本の刀で受けて、左手で脇差しを抜いて投げ、特別チーム隊員にトドメを刺そうとする兵士の背中に命中させた。


「サンクス、剣狼!」


礼なんかいいから死ぬなよ!アンタらはこの作戦の功労者なんだからな!


バックステップしながら、天井の蛍光灯をサイコキネシスで外して、踏み込んできた兵士の眼前に落とす。


視界に蛍光灯が入った敵兵の脛を土蜘蛛で払い、転倒させた。一瞬の隙があれば、今のオレなら仕留められる。


転倒した兵士をカバーしにきたもう一人の剣は啄木鳥で落として、百舌神楽でトドメ。即座に足を払った兵士に鷹爪撃を落として仕舞いだ。これで数の帳尻は合わせた!


1対1の状況を作れればもう問題ない。特別チーム隊員と協力して残りを始末し、他のカバーに移行する。


守備隊長を仕留めたマリカさんが右のカバーに入ったな。オレは左のカバーだ。


リック小隊と力を合わせて敵兵を殲滅した時には、右に回ったマリカさんも仕事を終えていた。


「カナタ、よく来てくれた。もうヒヨッコは卒業だな。」


卒業証書代わりに頬に唇を寄せられて、望外のご褒美をもらった。小っ恥ずかしいが頬が赤くなったかもな。


「姉さんズルイ!」


「ナツメもよく来てくれたな、助かったよ。」


駆け寄って抗議するナツメの頭をよしよしと撫でてから、マリカさんはコンソールパネルを操作し始めた。


マリカさんの操作するコンソールパネル前には、特別チーム隊員の亡骸が横たわっている。


「……全員無事じゃなかったんですね。」


「ああ、コイツが最大の功労者だ。命と引き換えに遠隔爆破を阻止してくれた。じゃなきゃこの詰め所は木っ端微塵だったよ。」


「……そうですか。」


「アタイとしたコトがしくじったねえ。1,1中隊がこんなに早く詰め所に来るってんなら、他のやりようもあったってのに。特別チーム6人のうち、3人も死なせちまうとはな。」


最善を尽くし、心も躰も傷付いたはずのマリカさんは、それでも失った隊員の事を思う。そういう人だ。


「そんな事はありません。詰め所の襲撃前に死んだ2人はどうしようもなかった。それにコイツだって納得ずくでここにきたんです。」


特別チーム隊員は、見開かれたままの仲間の目をそっと閉じさせ、背中に背負う。


「この戦役が終わったら、盛大な軍葬を行わせる。勇敢で家族を愛し、任務に殉じた英雄の家族に悔やみの一つも言わないとな。」


「ハッ!」


マリカさんは作業を継続しながら、ギリッと唇を噛み締めた。死なせた3人の死を背負う重みに耐えるかのように……


歴戦のエースはドライに割り切るべきだとわかっているのに、ウェットな感情を捨てようとしない。


……だから、オレはこの人の為なら死ねる。


(少尉、シオンの残弾ゼロ!重装歩兵が詰め所内に突入してくるわ!)


(1分耐えろ。すぐ戻る!)


「マリカさん、ゲートの開門作業は任せます。ノゾミはマリカさんのサポート!他は下に戻って敵を蹴散らすぞ!」


マリカさんが無事でよかったが、感傷に浸るのは後だ。




一階のホールでは、既になだれ込んできた敵との戦闘が始まっていた。


リリス範囲防御とウォッカのカバーのお陰で、まだ全員無事だな!


オレは階段を駆け下りながら、目につく先から狼眼をお見舞いする。


「シオン!スイッチだ!」


目の前の敵を排撃拳で吹っ飛ばしたシオンと位置をチェンジ、下がったシオンに中衛にいたリムセがアサルトライフルをパスする。殺した敵兵から奪っていたのか。目端が利くヤツだ。


ライフルを受け取ったシオンは階段を上がり、支援狙撃を開始。これで戦う態勢は整った。


数の差を活かしづらいホールでの戦いをオレはコントロールしようと試みて、それなりに上手くいった。


クィックチェンジでマッチアップを何度かスイッチさせてみたのだ。戦型の違いに即応出来る強者はそうはいない。部隊を一つのカラーに染めたがる指揮官が多いが、オレの考えは違う。


違うカラーを持つ兵士のミックスアップこそが最強の部隊、兵は詭道なり、さ。


詭道で邪道な戦術だが、仲間の犠牲は出さずに優位な状況を構築出来た。そして戦いの趨勢は一気に決した。


赤い疾風が戦いに参加したからだ。ここからは正攻法でいい。オレが右、マリカさんが左のトップを張って、一気に敵を押し返し、挟撃の態勢を整えて勝負あり、だ。


詰め所を奪回しようとした機構軍は殲滅され、シュガーポットの大門は開いた。


これで友軍が要塞内に突入してくるだろう。




「ナツメ、詰め所の屋上に上がって哨戒開始。戦車が見えたらすぐ知らせな。」


「任せて、姉さん。」


(マリカさん、ここに来るまでに神威兵装オーバードライブを使ったんですね?)


(ああ、二度ほどな。線路を爆破する時にトラブってやむを得なかった。)


神威兵装を二度もか。マリカさんの消耗具合から見て、結構な時間、神威兵装を起動させていたに違いない。


……ここでのリスクはオレが負うべきだな。


「戦車が見えたら裏口から退避だ。退路の安全はマリカさんが確保し、オレが殿をやる。」


「戦車もぶっ壊してやろうぜ、兄貴!」


「はやるな、リック。戦車の前には重装備の歩兵部隊を展開させてくるに決まってるだろう。バイオメタルソルジャーの登場で戦場の主役の座を奪われた戦車だが、こういう局面では非常に有効なんだ。動かない施設に立て籠もった敵をまとめて吹き飛ばせばいいんだからな。」


「カナタの言う通りだ。だが殿はアタイがやる。カナタが退路の確保だ。」


「さっき卒業証書をもらったでしょ? もうオレはヒヨッコじゃない。」


「……わかった。殿は任せる。」


「トンカチ、二階の管制室にC4爆薬をセットしろ。システム復旧を目論んだマヌケがいたら爆死させてやれ。」


「了解ッス!」


トンカチがC4爆薬をセットし終えてすぐにナツメからテレパス通信が入る。


(装甲擲弾兵をいっぱい連れて戦車隊が来た!)


「お出ましか。砲撃を食らってもつまらん。1,1中隊、退避開始!以降はマリカさんの指揮に従え!」


「私も隊長と一緒に殿に残ります。」


「シオン、オレ一人で……」


「残ります。今度こそ……守る!パーパの時の轍は踏まない。」


……シオンを翻意させるのは無理だな。1,1中隊はマリカさんがいるから指揮の問題はないか。


「私も残るわね。」


「シオンはともかく、リリスは…」


「シャラップ!私の範囲防御は必要でしょ? シオン、トンズラする時は抱えて逃げてよ?」


「任せなさい。リリスなんて軽いものよ。」


おっと、忠誠心の塊は詭弁を弄して説得しておこう。


「わかった。3人で殿をやろう。シズルさんは白狼衆を頼む。八熾家再興の人的資源を一人たりとも失うコトは出来ない。」


詭弁でもないな。白狼衆はミコト様の親衛隊候補だ。一人も死なせねえぞ。


「……はい。お館様も決して無理はなされないでください。」


(ナツメ、マリカさんは気丈に振る舞ってるが、かなり消耗してる。妹のナツメがカバーする時だぞ。)


(うん!姉さんのカバーは任せて!)


「いくよ、1,1中隊!アタイについてきな!」


マリカさんの後に続いて詰め所から退避してゆく1,1中隊を見送ってから、大娘と小娘を連れて屋上に上がる。




さて、殿トリオは歓迎の準備でも始めようか。



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