激戦編30話 流血のチェスゲーム
現在地を保持するコト、10分。ハンマーシャークは無事にアスラ部隊艦艇と合流出来た。
「戦車や戦艦の襲撃もありませんでしたね、艦長。さっきの戦闘で戦艦並の火力を見せたハンマーシャークですから、戦車の襲撃はないだろうと思っていましたが。」
味方艦艇にガードされて、ようやくラウラさんは緊張を解いた。
「戦艦の襲撃もないと思っていたよ。」
「どうしてですか?」
「何度か会戦を経験してわかったんだ。将官や佐官は艦艇を逃げの手段に温存する習性があるってな。シュガーポットは大要塞だから、それなりの艦艇を保有してるはずなんだけど、保身の為の保険に戦艦を残しておきたいから全艦を投入してこない。投入出来る艦艇の数に限りがあるなら要所に配置するだろう。逆に言えば戦艦が配置されている地点こそ、ヤツらが最終防衛ラインと考えている場所だ。」
「なるほど。艦長の仰る通りかもしれませんね。」
アスラ艦隊と合流完了、今は司令からの命令待ちの状態だ。暇つぶしに現在の状況を少し整理し、考えてみよう。
要塞司令のザイドラー大将はまだ勝負を投げてはいないだろうが、タオルを投げる準備はしているだろう。
さっさと逃げてくれれば助かるが、そうはいかない。これほどの重要拠点を放棄してわれ先に逃げ出せば、ザイドラーが大貴族で大将だろうがタダでは済まない。良くて降格、最悪だと軍法会議にかけられて銃殺もあり得るんじゃないか? 理由のない敵前逃亡は機構軍でも同盟軍でも銃殺刑だったはずだ。
となると、奮戦むなしく陥落した、と言い訳出来るだけの戦いはしておく必要があるはず。ヤツの命と地位を守る為に、な。要塞司令の保身の為に死んでいく機構軍兵士はいい面の皮だ。
シュガーポットが陥落すれば、全体の戦局はどうなる? グリースバッハ総督、エプシュタイン中将、それにザイドラー大将、全部ガルム軍閥の人間だ。今回の戦役はこのままいけば、ガルム閥にとって大きな汚点になる。
ガルム閥を束ねるゴッドハルト元帥の威光に陰りが出かねない事態……ゴッドハルト元帥も重い腰を上げざるを得まい。
ゴッドハルト元帥が出馬するとして、シュガーポットを取り返そうとするだろうか?
それはない。シノノメ、ヒンクリー師団がシュガーポットに籠城すれば、大軍勢を率いて奪回にこようが、そう簡単に落とせるものじゃない。両師団は強く、なにより今度は機構軍に向かって八岐大蛇が火を噴くのだ。
シュガーポット奪回に失敗すれば、ゴッドハルト元帥の権威は傷付くどころか失墜する。そんなリスクは侵せないはず……
逆に言えば、「軍神の右腕」、「女帝」、「不屈」と言った同盟軍屈指の精鋭はシュガーポットにいる。
違う方面から侵攻中の同盟軍と戦うのなら、相手にしないで済むワケだ。
戦術タブに戦役全体の戦況図を表示して考えてみよう。
戦線は超広域に跨がっていて、各地で交戦中。だが膠着状態に陥っている戦線がほとんどだ。
アメフトで言えばラインの選手が押し合っている状態、その陥穽を縫ってロングゲインを決めたのがシノノメ、ヒンクリー師団だ。だがザラゾフ師団も手堅く機構領に侵攻しつつある。5個師団に各地の自由都市からの増援を加えた同盟最大の攻勢師団、まず止めなければならないのはコッチだろう。2個師団で広大な領土を制圧したシノノメ師団はしばらく動けない。制圧した都市群を安定させて補給ラインを構築しなければならないからだ。
……なるほど。ザラゾフが痛い目に遭うから、葬儀屋の株を買っておけ、か。
ゴッドハルト元帥が大軍を率いて出陣してくれば、
派閥争いに熱心な三元帥だが、兵士としての強さで言えばザラゾフ元帥が抜けている。希少中の希少と言われる重力操作能力を持つ軍人で、同盟創設時には「軍神アスラ」と恐れられた司令のお父さんに次ぐ男と呼ばれていた。ついた異名は「
人数的には軍閥最小のルシア閥がふんぞり返っていられるのも、ザラゾフ元帥の存在があってこそなんだよな。
「
だけどザラゾフ元帥もタダで負けたりはしない、ゴッドハルト元帥相手に善戦はするのだろう。そこで余力を残したシノノメ師団がさらに機構軍領に侵攻する動きを見せれば、ゴッドハルト元帥はどうする? ザラゾフ師団を破った余勢を駆っての同盟領侵攻よりも防戦を選ぶんじゃないか? 惜敗したザラゾフ元帥が生きていれば、同盟領侵攻はリスクが大き過ぎる。後方にいる予備戦力と呼応して、防衛ラインを構築するに決まっているからだ。
だけどザラゾフ元帥が戦死していれば、司令はどうするつもりなんだ? ゴッドハルト元帥が破竹の進撃を見せ、リグリットを落とされるかもしれない……
あの司令がそこを計算してないはずはない。
………そうか。ザラゾフ元帥が戦死したなら、司令はもっけの幸いとばかりに、兎我元帥とカプラン元帥に脅しをかけるつもりだ。内輪揉めがどれだけ好きな連中でも、存亡の危機となれば司令に協力する可能性は高い。ザラゾフ元帥が戦死したならゴッドハルト元帥を止められるのは、シノノメ中将&司令だけなんだから。
ザラゾフ元帥が戦死した場合、兎我元帥とカプラン元帥に出来る選択は二つ。
自分達、もしくは自派閥の軍人の指揮でゴッドハルト元帥を止めるか、シノノメ中将と司令に指揮を任せるかだ。
ザラゾフ元帥の負け方にもよるが、両元帥は後者を選ぶだろう。そうなれば司令は当然、彼らに全師団の指揮権を要求する。自分達が矢面に立って戦いたくはない、シノノメ中将や司令より強い部下もいない、だけど同盟は存続させたいというのなら、イヤイヤだろうと司令に軍権を預けるしかないはずだ。
……とはいえ、司令はザラゾフ元帥が戦死するとは思っていないんだろう。ザラゾフが
ザラゾフ元帥の生死によって司令の行動は変わってくるが、ゴッドハルト元帥の行動は変わるまい。リグリットを落とす前にリリージェンが陥落するかもしれないリスクをゴッドハルト元帥は取らない、いや、取れないはずだ。ゴッドハルト元帥の命令一つで一丸となって機構軍が動くというなら話は別だが、機構軍には同盟軍以上の派閥争いがある。指揮系統が分散した状態でのるかそるかの決戦を挑む愚を犯す皇帝ではあるまい。
……完璧だ。ザラゾフ元帥が生きていたとしても、連戦連勝し、グラドサル地方を制圧したアスラ元帥派は威光を増し、ゴッドハルト元帥に負けたザラゾフ元帥の威光には傷が付く。ザラゾフ元帥が戦死すれば軍権を預かって、同盟を掌握にかかる。この戦役そのものは同盟軍の辛勝で、両軍ともに軍を立て直す為に休戦状態となって当面は動けない。すなわち戦功を背景に権力闘争をやる時間的余裕が生まれる。
全て司令の手のひらの上、か。……恐ろしい人だ。
その恐ろしい司令の命令で、オレとリックは凜誠の戦艦「五月雨」に移動した。
シグレさんの指揮下で戦うのは初めてだな。どんな戦術を見せてくれるのか楽しみだ。
五月雨の艦橋に到着したオレ達を出迎えてくれたのは、無遠慮な神難弁だった。
「なんでエッチ君が五月雨におるんや!ここはウチらの船やで!」
山盛りのタコ焼きを乗せた舟を持ったサクヤは不機嫌顔だ。戦役前にオレに負けたのを根に持ってやがるな。
「呼ばれたから来たんだよ、神難製貧乳兵士さん。」
「だれがド貧乳じゃコラァ!タコ焼きを口に詰め込んで窒息させたんで!」
おいおい、サクヤ。ド貧乳とは言ってないぞ?
「サクヤはん、声が大きゅうおますえ?」
コトネは羊羹と玉露ですか。カロリー補給に個性が出るのは余裕の証。余裕がなければガムシロップ一択だからな。
「コトネ、シグレさんは?」
「バクラはんと打ち合わせにいったはります。もう戻られるはずどすけど。」
「じゃ、シグレさんが戻るまで待ちますかね。」
あっかんべぇしてるサクヤに向かって、右手の親指を下に向けて挑発するリック。微笑ましい光景だな。
ゼスチャーによる挑発合戦は、すぐに罵り合いに発展したが構ってられるか。
オレは手近な椅子に腰を掛けて刀の手入れをするコトにした。……また熾烈な戦いが待っているに決まってるんだから。
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