激闘編31話 戦の女神は軍旗を掲揚す



刀を研ぎ終わった時にアブミさんを連れたシグレさんが戻ってきた。オレは納刀し、椅子から立ち上がってシグレさんに敬礼する。


「カナタ、来ていたか。命令は聞いたな?」


「はい、オレとリックはシグレさんの指揮で戦うように言われています。」


「うむ。頼りにしているぞ。」


「局長!エッチ君なんかよりウチのが頼りになるってところを見せたげるで!」


「お黙り、アホのコ。そういう気負いは雑念だと何度言ったらわかるのかしら? あなたが残念なコなのは重々承知しているけれど、無念の戦死はさせられません!」


アブミさんは容赦ねえなあ。さすが鬼の副長ポジション。


「雑念、残念、無念、副長はんは上手い事を言わはりますなぁ。」


アブミさんの言い回しに、コトネは感心したらしい。


「ヒサメとアスナを艦橋に呼んでくれ。すぐに進軍を開始する。五月雨、機関全開!」


指揮シートに座ったシグレさんは、五月雨を前進させた。




「アスナさん、シュガーポットを陥落させた後はどの方面に侵攻するのでしょうね?」


料理好きが高じて焼き鳥屋を開店させてしまったヒサメさんが、アスナさんに問いかけた。ヒサメさんのお店「鳥玄」は休業中なんだろうな。仲居竹極バイトマスターも戦地に来ちゃってるし。


「侵攻の前に補給ラインを安定させないと。動くのはグラドサル地方の都市に増援部隊が到着してから、になるでしょうね。」


アスナさんは穏やかな表情で答えを返す。この柔らかい物腰、落ち着いた対応。「凜誠のおっかさん」と呼ばれているのは伊達ではない。アスナさんはうちのチャッカリマンを攻略中みたいだけど、勿体なくないかなぁ。


「ヒサメ、アスナ、気が早い。シュガーポットの攻略はまだ終わっていないのだぞ。皆も聞け!障害物競走は障害を越えたら勝ちではない!ゴールテープを切るまで、決して気を抜くな!」


シグレさんは凜誠隊士を引き締めにかかる。八岐大蛇と湾曲防壁を越えたおかげで、少し空気が弛緩していると思ったんだろう。


「たぶんですけど、これが戦役最後の戦いです。気合いを入れていきましょう。」


オレの言葉に凜誠幹部の注目が集まる。


「最後? 戦いはまだまだこれからやっちゅーねん!エッチ君はもう疲れたんか? ウチはまだまだイケん…」


「お黙り、アホのコ。カナタさん、戦役最後の戦いとはどういう意味ですか?」


「カナタ、どういう事だ?」


局長シグレさん副長アブミさんに質問されたので、オレはさっきの考察をかいつまんで説明した。


「………というのが司令のデザインじゃないかと思ったんです。」


「……ぷしゅう……」


知恵熱を出し始めたサクヤの額に、優しくアイスパッチをあてるアスナさん。なんて優しい。


「カナタはんはホンマに陰湿な性格してはりますなぁ。感心しますえ?」


「陰湿な性格で悪かったな。」


何気にコトネもはんなり毒を吐くキャラだよな。毒舌女の多いコトだ。


「……だがカナタの推察通りに戦況が動く可能性はある。司令の考えそうな事、という点にも合致しているしな。カナタ、深く物事を考えられる気質も才能だ。その才を磨き、いずれは私を使いこなす男になるのだぞ?」


「恐ろしいコトを言わないでください!オレはそんな大層な人間じゃないですって!」


色んなところで過大評価されてるオレだけど、今のシグレさんの台詞はメガトン級の過大評価だ。


ほらぁ、凜誠幹部の間に微妙な空気が流れ始めたじゃん!知恵熱から回復したサクヤが騒ぎ出……


「局長!機構軍が動き始めました。こちらに向かって大軍が接近中!」


「動いたか。タラスクの餌食になる前に白兵戦に持ち込みたい、という事だろう。持てる白兵戦力を注ぎ込んで勝負にきてる。敵も我々も勝負どころだな。迎え撃つぞ!」


シグレさんが立ち上がり、隊士を連れて出撃ハッチへ移動を始めた。オレもリックを連れて後に続く。







「カナタはリックと共に凜誠と獅子神楽の間に入れ!二人が結束点だ!」


「了解!いくぞ、リック!」 「おう!」


シグレさんの命令オーダーに従い、オレ達はまたしても剣林弾雨の真っ只中に飛び込む。


凜誠左翼はサクヤ、獅子神楽右翼はジョニーさんだ。オレ達はその結節点でフレキシブルに動けばいい。


命令は位置指定だけで、フリーハンドで動け、か。信頼の証だな。もちろん結果で応えるぞ。


「私の相手をするにはまだ早い。おや、もう剣が峰ですね、剣客だけに。ふふっ。」


凄まじい槍裁きで敵指揮官を追い詰めるジョニーさんは、駄洒落も忘れない。


「斬った張ったの殺し合いの最中にサブいギャグかまさんといて!力が抜けるやん、ハゲ坊主!」


ジェット気流による高速移動で雑魚を瞬く間に片付けていくサクヤがジョニーさんにツッコミを入れた。


「ハゲではありません。剃っているのです。そもそも僧職は剃髪が基本。ハゲ坊主とは「羽根の生えた鳥」と言っているようなもの。サクヤさんはもう少し教養を身に付けられた方がよろしい。がなくともね。……ふふっ。」


「また駄洒落か、クソ坊主!ウチには教養がないとか大きなお世話や!後で覚えときぃ!」


仲がいいね、キミ達。……呆れてねえで、結節点をやるか。


指揮官を串刺しにして仕留めたジョニーさんは、数珠を片手に軽く祈りをあげた。


その隙に襲いかかろうとした敵兵を、数珠を巻き付けた拳で殴り倒して、トドメに顔を踏み付ける。……えげつねえなぁ。そもそも数珠って凶器に使っていいものなのか?


「容赦なしですね、ジョニーさん。物騒だなぁ。」


「私は物騒ではなく、仏僧です。……物騒な仏僧……ふふっ、傑作。」


「……戦場だってのに、ジョニー節全開ですねえ。」


「私に折伏しゃくぶくされた者は幸せな部類ですよ。ついでに祈ってもらえますからね。ふふふっ。」


物騒な仏僧に近寄って折伏されたくない敵兵達は、離れた位置から射撃してきたが、ジョニーさんは念真力を纏わせた槍を回転させて弾丸を弾く。


槍の回転が止まると同時に、グリフィンカスタムを2丁持ちしたオレが射撃で敵を仕留めた。


「おや、狼眼を使わないのですか?」


「雑魚には使うまでもないですから。それなりに消耗もしますんで。」


「なるほど。サクヤさん、やる事はわかってますね?」


「あたりまえやろ!アホのコみたいに言わんとって!みんな、いくでぇ!」


駄洒落坊主とアホのコを起点に、両中隊は前進を開始する。


結節点に入ったオレ達は、双方のバックアップだ。


「リックは右、オレは左だ!」


「任せときな、兄貴!」


長物使いが多いジョニー隊には剣のオレが、剣客主体のサクヤ隊にはポールアームが得物のリックが回る。


基本戦術はこれでいい。状況次第で入れ替わればいいだけだ。


獅子神楽の右端であるジョニー隊、凜誠の左端であるサクヤ隊が戦線を押し上げると、バクラさんとシグレさんは大隊全体を押し上げ、敵を圧迫してゆく。


雷霆と獅子髪、昔馴染みで力量と特性をよく理解しあう二人だけに、完璧な連携だ。


バクラさんが実戦で戦うのを見るのは初めてなんだけど、ド派手で荒々しい。


伸ばした髪で敵兵二人を巻き上げ、叩きつけながら、手にした槍で哀れな敵兵を刺し貫く。


「チョロチョロしてねえでまとめてこねえか、雑兵どもがぁ!すぐに地獄に送ってやんぞ、オラァ!!」


荒ぶる獅子の狂乱に、敵兵達は怖じ気づき、浮き足立ち始めた。


「さすがバクラ師匠だぜ!」


そういやバクラさんはリックの師匠でもあったな。リックの粗さを削り、ビーチャムを化けさせてくれた。


豪放磊落な性格だけど、部下を見る目は繊細、軍教官としても有能だよなぁ。


「早くああなれよ、リック。」


「おうよ!右翼の兄貴の師匠もスゲえぜ!」


シグレさんの闘法はバクラさんとは対極だ。荒々しさはなく、精緻の極み。


敵の攻撃を最小限の動きで躱し、返しの一撃で沈める。黙々と、淡々と、その繰り返し。


他隊の働きもスゴい。一番目につくのは言うまでもなく、トゼンさん率いる羅候だ。


戦線中央、最激戦の乱戦に投入された人でなし達は、周りとの連携なんかお構いなしで、手当たり次第に敵を切り捨て、文字通りの血路を開いてゆく。中衛からフォローに回ってるトッドさんは大変だろうなぁ。


敵の戦車隊はアビー姉さん率いるスレッジハマーがスクラップに変え、戦闘ヘリはカーチスさんのヘッジホッグが撃ち落とす。重装歩兵の対処はイッカクさん、新参部隊のレイニーデビルの働きも目覚ましい。


部隊全体の指揮を執る女帝は部下の持つ異能を十分に引き出し、均衡をあっという間に崩してゆく。


フィニッシャーとしてインフィニティとクリスタルウィドウを率いた司令が戦場に現れ、大勢は決した。


司令の十八番、ワンサイドゲームは完成したのだ。




その後何度か行われた戦闘も、判を押したように同じ展開だった。


司令はアスラ部隊と御堂グループの企業傭兵のみで、シュガーポット内の主要戦闘に完勝した。


突破力に自信を持っているオプケクル大佐すらはるかに凌駕する戦果を上げた司令は、自らの手で要塞司令部に同盟軍の軍旗を掲げた。軍神の娘は戦の女神、軍旗を掲げた司令の勇姿を見た同盟兵士達はそう思っただろう。……それも司令の計算なんだが。




こうして機構軍の大要塞、シュガーポットは同盟軍の手に落ちた。



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